第18話 再び牢屋へ

 あの死亡通知から三日経ちました。その間もウグルに食べられた哀れな方々の死亡通知は流れ続けています。パン屋のカセラさんから始まり、船乗りのメニュウアさん、屠殺師のセハムさんなどなど九人も殺されています。

 一日一食で十分なはずですが、一日三食もいただく豪勢なウグルさんです。未だに捕まる兆しが見えず、苛立ちがゆっくりと溜まりそうでしたが、思いの外に苛立ちを覚えませんでした。


 元気よく町の観光に向かうカルアさんの存在が大きな要因のひとつです。部屋から出れないわたしを思ってか、わたしですら知らないような事柄を聞いてきてくれます。

 例えば、ある国で織物制作を簡易化してくれる機械が作成されたなどの技術的なお話から、ここ数百年に作られたであろうタコが巨大化した海の怪物についての御伽噺など、とてもバリエーションに富んでいます。つい彼女が眠たいというまでしつこく聞いてしまいました。

 それに漁師さんと仲良くなったらしく、教えを乞い小さいながらもナマズを取れたと無邪気に語ってきました。その姿に癒しを感じずにはいられません。


 彼女がいない間は退屈がこの部屋の住人になるため、苛立ちが溜まるのではないかと思われるかもしれません。ですが、その部分も抜かりありません。実は双子の姉のネメセスさんと仲良くなりました。

 ネメセスさんと仲良くなれた理由は、彼女がセカティアやカルアさんのように文化に対して強い興味を持っていたためです。泊まる人がだいぶ限定的な宿屋に働いているとはいえ、貿易が盛んな町です。異文化の住人と接することも多かったそうです。

 その度に肌の色の違い、言葉の違い、信じるものの違い、あらゆる点に違うと感じながらも、家族を愛するところ、酒に酔うところ、何かを心の拠り所とするところ、またあらゆる点で同じであったことが引っかかったそうです。

 わたしは無駄に長生きです。一応それなりにはそれぞれの文明について知っています。それで同類と思われたらしく、旧知の仲のようになりました。休憩中などの時間が余ってるときは、ここに訪れてくれるようになりましたので、退屈な時間の方が少ないです。


 妹のヘクシスさんとは共通点はなく、まだまだ高い壁を感じずにはいられません。今日も料理を運んできてくれたときに、軽く声をかけたところ、ネズミなどの小動物が蛇のような捕食者に見つかったときのように、激しく驚かれてしまいました。

 今日の朝食にスープはありませんでした。もし熱々のスープを持っている状態で話しかけたら、想像に難くない結末が訪れるでしょう。


 ネメセスさんが来るのをランラン気分で待っています。今日は何を話しましょうか。楽しみです。突然一階から怒鳴り声のようなものが聞こえてきました。揉め事でも起こったのでしょうか。耳を澄ませますと、何やら衛兵さんがこの宿屋の調査をさせろと騒いでいるようです。

 その手の人物が多く泊まる宿に、ウグルが潜伏していると考えるのはそう変なことではありません。ただ彼らの仲間のカルモさんの件があります。その心には正義感や仕事を熟す感情以外のものが含まれていないと決して断言できません。大丈夫だとは思いますが、荷物を荒らされないか心配です。万が一セカティアの日記を見られたら、それこそ一巻の終わりです。


 程なくして、大勢がドタドタと階段を駆け上がり廊下を軋ませました。そして、ドアが蹴破られました。大柄で鉄製の胸当てやガントレットを着けた屈強な衛兵さんが、この部屋に押し入り広々とした部屋は一気に狭くなりました。


「何かごよう……」


 問答無用とはまさにこのことを言うのでしょう。友好的な態度で用件を聞こうとしましたが、先が二手に分かれた刺又という拘束具に酷似したもので喉やら手足を押さえつけられました。

 対象を抑える部分が鋭角となっており、刃物のように切れはしません。ただ体に食い込んでいます。常人ならそれなりの痛みに苦しむでしょう。ともあれ安全に拘束できる点から優れた道具といえるでしょう。それから手首を縄でまとめられて、黒い麻袋を被せられました。


 久しぶりの日差しはぽかぽかと暖かく気持ちの良いものです。しかし、気分としては最悪です。外に連れ出された途端に荷台に放り投げられ、既にいた先客とごっつんこしてしまいました。

 この荷台にはウカルが詰め込まれているようで、声だけの判断ですが五人ほどいます。ネメセスさんやその妹さんの声はしません。ここ最近で町に入った人物をかき集めているのでしょう。

 それにしてもあまりにも強引です。わたしとぶつかってしまった子供が泣いています。袋のせいでよくわかりませんが、その傍でお母さんが必死に子供をあやそうとしています。しかし、子供は感情にかなり敏感です。親の心に平穏がないことを本能的に理解してか、荷台が止まるまで泣き声が耳を刺激しました。


 荷台が止まると、畜産家が豚などを誘導するように手首に縄をつけられて、何処かへと案内されました。足元の石畳はとてもひんやりとしています。道中で階段を降りましたので、恐らくは地下へと誘導されたのでしょう。

 それで今どこにいるのでしょうか。地下のある施設で衛兵さんと関係のある場所といったら、貴族様の館でしょうか。ただウグルと思われるものの入城を許すとは思えません。

 ワインセラーなどの酒場でしょうか。いえ、そもそも牢などがないためあり得ません。なら単純にこの町に来た日に入れられた牢屋に放り込まれたのでしょう。もしかしたらカルモさんがいるかもしれません。


「カルモさん、カルモさんはいますか? もし居るのなら返事をしてください。少し聞きたいことがあります」


 返事がありません。しかし、見張りの人の息遣い自体は感じます。全くもって薄情な人物です。強引に連れてこられて混乱しているであろう人物に、安心を与えてあげようという気概はないのでしょうか。もしくはそのような心の余裕すらないのでしょう。


 我々はこの町に入るときに、三日間も検査をしています。ウグルである可能性は極小と言えます。しかし、予防線を張るかのようにその極小の可能性を試してきました。

 その行動になかなかウグルの捜査がうまくいかず、段々と闇雲になってきていると感じずにはいられません。念に念をいれたと言えます。または極小の可能性を試さなければいけないほどに切迫しているとも言えるでしょう。


 少々気掛かりなことがあります。どうしてこれほどまでに痕跡を残すことなく人を襲えるのでしょうか。わたしの知る限り、昼夜問わず大勢の衛兵さんが町中を警備しています。もし誰かがウグルに襲われ、悲鳴をあげるだけで足がつくのです。

 見つからないのは考えにくいのです。魔法の使用、もしくは魔法使いの協力があるかもしれません。決して迷信や妄想ではなく、事実としてある技術によるものです。


 魔法は全能ではありません。しかし、研究に励み、学びをやめなければ万能に等しい力を得られます。例えば、水を生み出す、本来人の力では完全に操れない炎を己がままにできます。他にも、己の姿を透明にしたり、空を飛んだり、また透明な相手を探知する魔法など、不自然な効果は多岐に渡ります。無限の時間を持つわたしでさえ、その全容の把握は不可能でしょう。

 忘れてはならないことがひとつあります。本来翼の生えていない人が空を飛ぶなど、とても不自然な現象を起こす魔法も、大きく広い自然の一部でしかないことです。なぜなら人もその造形物すらも自然であり、技術も結局は大きな流れを利用した自然なのです。


 話が逸れました。この想像があっていたら、ウグルはよほど捕まらないでしょう。それに伴い、わたしの未来は長らく軟禁されるか、いずれ町を追い出されるかの二択でしょう。なのでわたしに関してはそこまで心配いりません。

 ただどうしてこのような事態を生み出したのか、その根本的な理由がハッキリしません。魔法が使えるのなら、それこそ死んでも構わないような人間を密かに襲うはずです。

 わたしが彼らの立場ならそうします。わざわざ食料確保に手間をかけたくはありません。ゆえに何か理由があって騒動を起こしたわけです。騒動の先にあるものが見えません。領主の失墜なら手っ取り早く殺せば早いですし、別に魔法の力でどうとでもなります。他にも色々と考えられますが、須く魔法で解決する問題ばかりです。

 わたしの説はあまり正しくないのかもしれません。ひとまずは頭の片隅に置いておきましょう。


 カルアさんが心配です。ウグルに襲われるかもしれません。それにわたしが捕まったと知ったら、彼女は何をするのでしょうか。素直に宿で過ごしてくれるといいのですが、ここに来る可能性も想像できます。

 彼女の性格から間違いなく騒ぎ立てます。それはもうきっと豪快に駄々っ子のように、兵士さんは手を焼いて、わたしたちの拘束に使った道具を持ち出すほどでしょう。

 ネメセスさんが止めてくれるでしょうから、彼女が怪我をする未来は訪れないはずです。ただ無事に合流できるか気が気ではありません。安全を祈っておきましょう。

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