第14話 幸せな夢

「……カルモさん、昨日今日のお付き合いでしたが、その間に遊び道具など、ありがとうございました。特に彼女の好きなリコの実を持ってきてくれたことに、なんとお礼を言っていいのでしょう」


「良いんだよ。俺たちが詰所で暇を潰す道具を適当に持ってきただけだ。リコの実だって知り合いから多く貰いすぎたものを渡しただけ。俺も遊びに混ぜてもらったし、ちょっとした愚痴を聞いて貰ったからな。明日の明朝には出ていくんだ。メルルも早く寝ると良い」


 明日、閉鎖的な壁に囲われた部屋から出られます。わたしからすればそこまで大した感動ではありません。しかし、先ほど寝付いたカルアさんはその事実に胸が高鳴って、何度も何度も眠れない眠れないと訴えてきたほどに嬉しそうでした。

 わたしの話もありましたし、我々の世話をしてくれた兵士のカルモさんとも仲良くなりました。決して退屈であったわけではありません。カルモさんが持ってきてくれた貿易で流れてきた海外の玩具には、わたしですら知らないようなものも含まれていました。


 それでも彼女が一番喜んだのはリコの実でした。ただ甘酸っぱい味わいのものではなく、わたしの大好きな芯まで甘いタイプでしたので、少し肩を落としていました。それでも自分の分をシャクシャクと食べ終えると、オオカミか何かに狙われたことを思い出すほどの鋭い眼光で、こちらのリコの実を見てきました。

 そのまま全て食べてもよかったのですが、彼女が悲しそうな顔を浮かべるのが目に見えました。カルモさんに頼んで切ってもらいました。ちょっと食い意地が張りすぎているような気もしますが、誰であろうと好きなものをまえに我慢などできません。

 この狭い牢屋でぴょんぴょんと幼い少女のように跳ねる姿には、愛らしさを感じずにいられませんでした。


「そういえばカルモさん。どこかおすすめの宿を知りませんか? なるべく安く泊まれるところがいいのですが、わたしの見た目を受け入れてくれる場所ならどこでも大丈夫です。せめて安心できる場所を、カルアさんに」


 わたしの見た目はウグルと呼ばれる化けものと同じです。当然、宿など安全を提供する場所で、火事の火元を泊めようと思う店主は少ないでしょう。わたしは外の路地裏で寝泊まりしても問題ありませんが、よからぬ噂が立つかもしれません。それはなるべく避けたいところです。もしものことで不死性が露呈したら神官さまに貫かれてしまいます。


 実際に不死を殺せる武器が間近にあると考えると、今すぐにでもそこへ向かいたくなってしまう衝動に駆られます。わたしは死という光に誘われた蛾のようなものです。

 それが眉唾なポンコツではないのを祈ります。古来より人は、自身と他者の空想と現実をつなぎ合わせ壮大な物語を作ってきました。その中には当然というべきか、人の夢である不死が登場することも多くあります。そのたびにあらゆる場所で、不死殺しの武器が作られました。蛾は作り物の光であっても誘われてしまうのです。何度騙されたことでしょう。


 いくら誘われても、今は旅の案内をしている途中です。何分知識が古いために完璧な案内はできません。ですが、軽い道導にはなれるはずです。

 これが終わったら、きっとセカティアに出会えるはずです。ヘアメセスという記憶には残っていないものの心には住んでいる人よ。きっとあなたと会えばセカティアと違った喜びが胸を巡って、幸福感がわたしを襲うでしょう。


 話が逸れてしまいました。カルモさんにウカルでも泊まれる宿を紹介していただきました。ニュースという名前の老婆が経営している宿だそうで、こぢんまりとして質はお世辞にも良くないそうです。ただ格安で止まれ、それなりの食事を出してくれます。

 彼女が起きたらこのことを話しましょう。もし嫌がったら別の宿を探すとします。わたしが多少指揮しても基本的にこの旅は彼女のものですから。


 それでは彼女の横で目を閉じるとしましょう。眠りにつくわけではありません。別に彼が荷物を盗んだり、我々に乱暴するかもしれないのを警戒しているわけでもありません。もうすでに彼は家族の待つ家に向かいました。

 以前にもいいましたが、単純に眠るのが嫌いなだけです。三大欲求とさえ呼ばれているものを嫌うのは変な話と思われるかもしれません。不死となって不要となりました。それに詳しく覚えてはいませんが、寝ていたら淡いピンク色の蛇が体を這い回っていたトラウマと、決して許すことのできない怒りを睡眠によって抱いたことがあるのです。それに見たくもない巨大な何かを見る羽目にもなってしまいます。


 それでわたしが横になる理由は単純です。夜間も少数ながら兵士が見回りを行なっており、時折我々の牢屋の前を横切るからです。そこでわたしが堂々と起きていては不自然でしょう。

 初日はそのことを知らず、静かな吐息をたてて眠る彼女を見守っていました。すると、近くでカーンと高い音が聞こえ、慎重に音を立てずにベッドに横になりました。兵士さんが何をしたのか知りませんが、奇跡的と言わざるを得ないでしょう。


 彼女の隣で眠る姿勢をとっていると、負の気持ち以外に安らぎにも似た気持ちが芽生えてきます。実はセカティアと何度もともに寝たことがあります。誤解しないでください。先ほど語った感情は決して嘘ではありません。


 ですが、到底人が生きていけない灼熱の砂漠にも、人を祝福し潤いの恵みを与えてくれるオアシスがあるように、睡眠を安らぎと捉えられる面もまた存在するのです。

 気持ちが安らぎます。久しぶりに眠るのも悪くはないかもしれません。今後どこで眠る機会を得られるのか、全くもって先は見えません。一度静かな世界に旅立つのも悪くはないでしょう。


 ……やはりたまには寝てみるものです。若々しく生い茂る木々の下で、セカティアがわたしの頭を膝で支えて顔を覗き込んでいるのですから。彼女の頬を引っ張ると嫌がる素振りをしてから、それを振り解くのではなくわたしの髪の毛をぐしゃぐしゃとして抵抗の意思を表現するなど、本当の彼女と差し支えありません。

 夢とはどうしてこれほどまでに不思議なものなのでしょうか。強く強く求めるものを与えてくれるのはどうしてなのでしょうか。ときとして悪戯心が働くのか、見たくもない悪夢を見せてきますが、どうして我々を楽しませてくれるのでしょうか。

 セカティアまたともに眠りましょう。良ければわたしの横になってください。そしてその首のアザを隠さないでください。それだけがあなたに返せたものなのですから。

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