第13話 牢屋で三泊

「あんた、もう大丈夫なの?」


「ええ、一晩経って冷静になりました。大丈夫です。カルアさんはどうですか? 気分は良くなりました?」


 ふたりとも心地が良いとは言えない気分で一夜を過ごしました。彼女はともかく、わたしの気分も悪くなった話を変に思うかもしれません。しかし、不確定で形の見えない、不愉快な気持ちにさせる記憶が脳裏にこびりついているのです。本来は不可侵であるはずの魂に、大量の得体の知れない存在の手が触れているかのような気持ちで、精神的に疲労しないわけがありません。


「一応はね。日記からも旅の途中でだいぶショッキングな光景を見せられると思ってた。まさか短期間に二回もとびっきりのものを見せられるとは思ってもいなかったわ」


「すみません。昨日は何といいますか、少し気を病んでいました。アザを認識すると自分を傷つけなければならない、そんな考えに取り憑かれてしまったのです。今後は精神的に良くない姿を見せないように頑張ります。それよりも二回ですか。もしかして火のアレを思い出しましたか?」


「最悪なことにね。それよりもそれ本当よね? ご先祖さまの日記に書いてあったけど、そういうことを言うあんたは大嘘つきものだって」


 セカティアの日記には、はたしてどのようなことが書かれているのでしょうか。ここ数日間で日記のイメージが日々を綴ったものではなく、わたしのダメな点などを事細かくつけたダメ出し本に変わりつつあります。実際の日記の中身はどうなっているのでしょうか。


 村から一週間ほどで町へと到着しました。普通に歩けば数日で着く距離でしたが、我々は別に出稼ぎではありません。そもそもの話として我々は旅行をしているのです。

 ですので、釣りなどの寄り道をしていました。釣竿本体には太い枝を整えた棒を使い、釣り針には動物の骨を夜な夜な削ったもの、糸はこれまた夜な夜な植物の蔓を編んだもの。それらで釣竿を作り、地面から掘り出したウネウネと動くミミズを餌に釣りをしました。

 むかしも同様に骨や角を削って釣竿などを作っていましたが、これがなかなかの重労働でした。なかなか削れないのです。なので作業時間は恐ろしく長くなりますし、とにかく疲れるのです。それにこの釣り針で魚を釣るには少しテクニックも必要で……この話は終わりにしましょう。

 カルアさんの体に砂をかけて、むかし教わった砂風呂のようなものを体験してもらいました。そのときに、ちょっとした悪戯心がうずいてしまいました。砂でガッチリと体を固定して、動けなくなり慌てている彼女の顔に、パラパラと少量の砂をかけて反応を楽しませてもらいました。とても怒られました。

 また丘に登って高いところから見た海の絶景に、彼女は言葉を失ってしまうほどの感動を覚えてくれました。見せた甲斐があります。

 途中で素潜りをしたいと言われましたが、この町までの楽しみに取っておいてもらいました。弓は振り絞りを解放したときに一番の力を発揮します。それと同じで楽しみのカタルシスを味わうには、我慢が必要なのです。


 どうやらこの町に入るためには、必ず門楼を越えなければならないようです。入場者の話を盗み聞く限り、漁業以外に貿易でも栄えているらしく、ウグルが町に出没しないように細心の注意を払っているそうです。

 船にウグルが紛れ込んだ事案が過去にあったらしく、抵抗手段を持たない者どもが不死の怪物に勝てるはずもありません。乗船していた数百名が食われ、別の大陸でも猛威を振るったそうです。

 これからわたしにはウグルか、そうでないかの診断が待っているはずです。はたしてどのようなものが待っているのか、もしかしたら神官様と会えるのではないかと、少しワクワクとした気持ちになってしまいます。もし会えるのなら是非とも不死殺しについてお聞きしたいところてす。


 予測通りウグルかどうかの診断がありました。内容は、人差し指に傷を入れること、牢で三日過ごすことです。人差し指は単純明確、不自然な再生をするかの確認です。そう大したことではありません。

 重要なのは牢で三泊することです。一応、その間はあまり美味しいとは感じませんが食事も出ます。それに荷物は我々から目に見える範囲で置かれます。なので盗難の心配は薄いでしょう。

 それに驚くべきことに協力的なら報酬金が支給されます。その額は子供の小遣い程度ではなく、五人の家族が一週間食うに困らないほどの金額です。なかなか破格の額ですので、何もなくても泊まりに来たくなってしまいます。しかし、一度通れば書類に記録が残るため検査はパスとなるそうです。

 ただ城壁の地下に作られた部屋であるため、薄暗く、あまり快適とはいえません。


「どこを見てもレンガの壁で狭いし、やることがなくて暇だしで、本当に息が詰まりそう。ねぇメルル何でもいいからひとつ話を聞かせてよ。このままだと退屈で死んじゃうかも。でもひとつ条件というか話す内容に制限をかけさせて。そう、せっかくだし今とちなんだ話でお願い」


「わかりました。なら話し上手なおばあちゃんが語ってくれた昔話をしてあげましょう。ただ少々過激な点もありますが、大丈夫ですか?」


「ここ最近でなれたわよ。旅の途中で動物の解体とかをして、特に首のあたりとか。他にも燃やして毛皮を剥きやすくしたとき……やっぱり微妙にしかなれてない」


 彼女が弱音を吐きます。特に気にすることなくお話をしましょう。観客は二人しかいませんが張り切ります。

 観客のひとりはカルアさん。もうひとりは見張りの兵士さんです。実のところ、簡素な鎧をまとい槍を持った兵士さんが牢に異常がないか、定期的に見回りをしています。ですが、この場所に囚われているのは我々だけの様子で、見張るべき場所は一箇所も同然です。ゆえにじっと壁に座り込んでいます。それでは語りましょう。

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