第12話 海の村

 我々の旅は順調に進んでいきました。天候不良、物資の紛失などに見舞われることもなく、あと少し歩けばセイレー漁村までつきそうです。

 ただ夜な夜な動物に襲われることはありました。なので必死に火の棒を振り回したものです。本当なら体に火をつけて追い払ったほうが早いのですが、カルアさんに配慮してやらない方がいいでしょう。

 実は焼け爛れたわたしを見て、彼女は気を失ってしまいました。強いショックを受けたためでしょう。幸い記憶が曖昧となっているため、呼び覚ますようなことをしない方が賢明です。


 そろそろ漁村に着く頃合いですが、奇妙です。人の密集した場所で感じる独特な気配を感じられません。漁村に着くと疑問は綺麗に氷解しました。


 カルアさんが名前を知らないのも無理はありません。この村はとうのむかしに廃村になっていました。

 ここに人が住んでいたであろう痕跡は、雨風に晒され続け大部分が崩落し、緑に侵食されながらも、それに支えられている家の残骸。それと家庭で使われていたであろう包丁やフライパンと思わしき、錆びた金属の塊ぐらいなものです。


「思ってた通りね。ここからセイーレに移ったんだと思う。それにしてもどうしてこの村を捨てたのかしら。まぁいいわ。とりあえず廃墟の探索なんてなかなかできるものじゃない。ほら色々と見るわよ」


「ええ、そうですね。今日はこの場所の探索に時間を使いましょう。まずは中央広場のあったところまで進むとしましょう。むかしは立派な村を興したものの像が立っていたんですよ」


 かつては尊敬されていた立派な像は、根本からポッキリと折れて、大部分が崩壊していました。やはり実は時間とともに消えてしまうのでしょう。


「それは台座の残骸です。かつては漁村に因んで、魚の刺さった銛を掲げた男性の像があったんですよ。それがむかしの村長さんで、名前は台座に掘ってありますよ。サ……これ以上は掠れて読めませんね。次に停泊場に行きましょう。むかしは漁船がポツポツとありました」


 かつて停泊場として使われていた場所は、その原型を留めていませんでした。いえ、何もありません。人のいた痕跡から何から何まで。わかっていました。かつてお世話になった名も知らぬ漁師さんの漁船も消えています。廃村にいると大切な実に傷が入ってしまいそうです。


 以前、ここに訪れた時よりも海の水位が上がっている気がします。いえ、気のせいではありません。間違いなく上がっています。それに波も高いです。そういえば昨日は満月でした。漁師さんから聞いた話と経験から、満月や新月のときは妙に水位が高くなり、波も高いです。


「カルアさん。海に潜るのはセイーレについてからで良いですか? 正直に言いますと、今日潜るのはお勧めしません。分かりにくいと思いますが、波が普段よりも高いのです。良いですか、決して海を舐めてはなりません。この世界の数多の源です。多くの繋がりそのものです。その力は不死であるわたしですら霞んでしまうほどに強大なのです」


 彼女に肉薄します。そして海の強大さ、その力について語って聞かせます。例えば、その道何十年の漁師であろうとも、一歩道を踏み外すだけで海は容赦なく命を波で押し流します。ですので、危険な日にわざわざ初心者を海に入れるはずがありません。もちろん熟練者でも駄目です。鬱陶しく思われようが、注意しなければなりません。


「ええ、ええ、わかったから離れて。いくら気になっても命に変えることはできないわ」


「ええ、不死ではないあなたの命は一度っきりなのです。わたしが危ないと言ったときは、なるべくおとなしく従ってください。納得いかない点がありましたら、納得するまで教えてあげます」


 廃墟の探索を進めます。突然、わたしの奥底で眠る記憶のひとつが身動きを起こしました。意識的に思い出すことのできない記憶の線に何かが触れて、赤子が親の手に触れて眠りから覚めるように瞳を開けかけているのです。


「あんた急にうずくまってどうしたの? あんたの首元にそんなアザがあったの。いつも服で隠れていて気がつかなかったわ。でもあったかしら?」


 アザと聞き、海を質の悪い鏡のように使い自分の首元を見ます。そこにはハッキリと人の手形がわたしの細い首を絞めるようについていました。


 私は不死です。私の体に変化は訪れません。例え、この星から緑が消えて、大地が消えて、青色が消えて、人が消えて、そして星そのものが消えても、未来永劫それは絶対にして不滅の真実。私は不滅、私は不変、私は不朽。そしてそれらを与える者。

 ゆえに例えなんであろうとも、普通は変化が訪れません。外から力が加わったのでしょうか。ここに来るまでに毛虫か何かが首についたのでしょうか。とにかく気がつきませんでした。

 とりあえずこれを治すとします。町に行くにしても、このようなものをつけていては不審な目で見られてしまうでしょう。


「急に走り出したと思ったら真っ裸で首をかいて何してるの。ねぇ大丈夫? 首が真っ赤に腫れてるわよ。それに爪もそんな鋭かった? メルル? ねぇちょっと血が出て来てるじゃない!」


「耳元で叫ばないでください。少々耳に響きます。痛みは感じませんが、音だけはどうすることもできないので勘弁してください。それとこれは首のアザを消してる最中なので向こうに行くことをお勧めします。皮膚に異常が起きているのなら、皮膚自体を変えてしまった方が手っ取り早いのです」


 実は今回のようなことは初めてではありません。過去に何度か、体にアザがついて離れなくなったことがあります。基本的にアザなどの皮膚の異常は不死の力によって消えます。しかし、不死の力の異常か、それとも別の要因か、たまにそれらが残ることがあります。

 それでも自然と消えてなくなります。不死ですから。それに、こうやって外部から治しに行けば、砂浜に書いた文字に砂をかけて消すように簡単になくなります。ガリガリと皮膚を削っていきます。

 突然、腕を掴まれました。このままでは皮膚を削ることができません。本気を出せば彼女を振り解けます。ただ怪我をさせてしまったら治るまでここで足止めです。


 仕方ありません。ここ数日間で彼女はセカティア並みに頑固であるとわかっていますので、爪で岩を削るように面倒ではありますが説得しましょう。そのためにも彼女の方を向こうとしたのですが、首が動きません。


「もう皮膚は無くなってるよ。それを通り超えて肉を抉ってる。何してるのさ」


 鏡を覗きます。わたしの首の両方は抉れており、何とか皮一枚でギリギリ保たれているといっても差し支えありません。その皮一枚に触れたら頭はコロリと転がってしまうでしょう。そして首からは絶え間なく血が流れ続けており、今も海に流れ落ちています。

 波がわたしの姿を消した瞬間には、何事もなかったかのように血は消え、わたしの首は自由を取り戻しました。そして首のアザも初めからありませんでした。黄金のアクセサリーも揺れて全てキッチリと万全です。ただカルアさんはとても気分が悪そうでした。わたしの意識は波に攫われました。

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