第11話 情熱的な獣
カクタスさんと三人組が一緒にいる姿に、不思議と安心感を覚えてしまいます。まだ彼らと過ごした時間はとても短く、また彼らが四人でいる姿を見たのは二回程度です。なんでしたら、別に彼らは仲良しさんではないのかもしれません。
ですが、ワインとチーズ、硬いパンに温かいスープ、教会と導きとなる教えがあるように、あるべき場所にあるべきものがある安心感を覚えてしまいます。
彼らは何やらコソコソと顔を寄せて相談事をしていました。恋する乙女が意中の相手をまえに友人に助けを求めているかのようで、情けなく思えます。きっと彼らの場合は絡まないでくれという合図でしょう。
ええ、ええ、わかっています。理由は分かりませんが、今はコソコソと動き回りたいのでしょう。カルアさんが気がつくまえに、彼らの目のまえを通り過ぎましょう。
それから何事もなく日が傾くまで森の中を進み続けました。日が隠れて、ほんの少し先ですら見通せなくなってしまうまえに火をつけます。そうしなくては、木々が生み出した影に紛れるしたたかな獣に襲われてしまいます。
わたしだけならば獣も影もそう大したことではありません。ただカルアさんは首を噛まれるだけでコテっと眠ってしまうでしょう。
火打ち石を炭布の近くで何度も擦り、火花を生み出します。火が付いたら空気を送り込みながら、燃えやすいものにつけます。それで乾燥した枝や葉っぱに投げ込みます。メラメラと炎が燻り始めました。
かつては火をつけるのになかなか苦労しました。火が容易に手に入る時代に感謝です。覚えている限り、乾燥させた植物を板と棒で挟み、棒を一心不乱に回し続けたものです。火種ができたら、それを慎重に慎重に自分たちの命の炎を激しく燃え上がらせようとしました。しかし、うまくいかずにこの世の不条理と意地悪な神さまに嘆きました。
特に雨でジメジメと湿っているときは最悪でした。暗くなっても火がつきません。月の灯りのない夜は本当の意味で暗闇です。四方八方が闇で覆われ、化けものに常に凝視される感覚を一晩中味わい続けました。ちょっとした想像から化け物が生まれて来ます。それはもう際限なく生まれ続けましたので、恐怖に耐えるのに必死でした。
「にわかには信じがたいけど、あんたってそんな方法に頼らなくても火を起こせるのよね。なのにどうしてそんな原始的な方法を使うの?」
「魔法のことですか。魔法を使うのが嫌いだからですよ。ですが魔法を使うものたち、また魔法自体は尊敬しています。しかし、わたしは自身の特異性から魔法の行使が嫌いです」
彼らは己の魂を薪にして魔法と呼ばれる奇跡を作り出しています。わかりやすくいうと寿命を減らして魔法の使用、また探求をしているのです。しかし、日常を補助する程度の簡単な魔法なら寿命はそう減りません。それに道具で多少なり寿命の消費を抑えられたりします。
しかし、根本的にわたしは彼らと違いました。わたしが魔法を使うときの薪は己の魂ではなく、もっと強大で無尽蔵の何かを燃やします。それで得られる力は計り知れません。
ある意味でズルをしているのです。別にズルを非難したいわけではありません。ズルとは言い換えてしまえば、他者と差をつける競争意識からくるものです。それをもとにさらなる技術が生み出されます。イカサマなどがその例でしょう。
そこはともかく、その巨大な力の源が嫌いで仕方ありません。そして源とわたしは繋がっています。魔法を使うと水が低い場所に行こうとするように力が流れてくるのです。ゆえに使いません。
「何だかもったいない話ね。使えるものを使わないなんて。まぁこだわりは人それぞれ。変にとやかくいう必要もないわね。それじゃあ火もついたし、そろそろご飯にしましょう」
「ええ、わたしは周囲の警戒をしていますので、安心してゆっくりと食べてください」
「何言ってるの。あんたも食べるのよ。どうせ海まで数日ぐらいでしょ? なら十分食料も持つし、旅は楽しくて好奇心に満ち溢れたものじゃないとダメなのよ。私のこだわりみたいなものよ。だからほら、とっとと座って食べるわよ」
「旅には予想外がつきまといます。あなたを案内すると言った以上は、可能な限り安全な道を取りたいのです」
「いいじゃない、危なくて。むしろ危ない方が楽しいぐらいよ。でも死にたいわけじゃない。それにあなたがいればちょっとやそっとのことぐらい簡単に抜けられるでしょ。それともあなたの案内はそれほど不安なの? ほら、食べましょ」
どうしてあなたはわたしにもう信頼を置いているのでしょうか。まだ会ってから間もありません。多少を日記で知っているだけです。それ以上は知らず、日記に書かれているのもセカティアの主観。実際の評価とはかけ離れている可能性も大いにあります。
ですので、危機感に欠けた信頼の寄せ方に不安を覚えます。その点もセカティアと同様です。彼女は怪しい霊媒師の話を真に受けて、変なお守りを購入したりと本当に色々と大変でした。
「わかりました。ですが、ほんのわずかで結構ですからね。リスやネズミが食べるような小さな一切れで結構です。ひとつのパンをゆっくりと日をかけながらいただきます」
「メルルは人じゃなかったのね。ほらチューチューご飯よ。冗談よ。ならリコの実はどう? むかし試しに植えたらなんかいい感じに実るようになったの。甘酸っぱくて美味しいわよ」
「リコの実ですか。ええ、それはいただきましょう。わたしの好物です。特に甘酸っぱいものが好きなので運命的なものを感じますね。それではいただきます」
手のひらにスッポリと収まり、ほんのりと甘い匂いを発し、皮がテラテラと光を反射するリコの実をガブっといただきます。甘酸っぱい風味が口いっぱいに広がりました。わたしの歯形がついた実の断面には蜜が溜まっています。
もう少しだけ木にぶら下げておけば、より強い甘さを味わえたはずです。その濃厚な味わいと食感は何よりもわたしの口に合っていでしょう。しかし、どこか寂しさを感じさせたことでしょう。この口に合っていると言えないものが与えてくれる充実感はなかったはずです。
彼女の言う通り食事はやはり重要なものです。わたしの心はあまりにも長い隠居で、木はみずみずしくも、実の方は潤いを失いかけていました。 こうやって実に潤いを与えることは、風化の防止に繋がります。
「せっかくですからパンもいただけませんか? 都合がいいとは思いますが、何やらおなかが空いてきまして。こんな感覚は凄まじく久しぶりで、満たしたくなってしまいました」
「やっぱり食べたくなる。ほら。やっぱりあげない」
パンを受け取ろうとしたら物を真上に挙げられて届きません。とても意地悪なことをしてきました。ええ、カルアさん。あなたがその気だというのなら、わたしもそれに応じましょう。
わたしもそのむかしはかなりヤンチャでした。この手の奪い合いは不死など関係なく得意としています。それこそむかしは命がけで、お供物から食べ物を盗んでいたほどのワルです。
ですので彼女からパンを奪うことなど雑作もありません。それから彼女と不思議な振り付けの踊りを楽しみました。
こんなにも賑やかな夜は久しぶりでした。セカティアともこんな風に馬鹿騒ぎをしたものです。彼女は少々お酒に弱く、すぐに呑まれて厄介なことが多発したものです。はたして隣でスヤスヤと心地良さそうに眠る彼女はどうでしょうか。
わたしはあいにくと酔えません。なので皆が心地よくお酒の力で悩みを飛ばし、生きる活力を得ている間はなかなかテンションが上がらず、気まずさを感じてしまいます。
たとえ水銀や鮮やかな蛇の猛毒であろうとも、全ての液体はわたしにとって水でしかありません。溶岩や酸は別ですよ。流石に溶けてしまいます。
そこらへんの木の枝の長さを整えて、メラメラとの火の中に入れます。時々、目をランランに輝かせたオオカミさんが近くに来ることがあります。火をおそれない勇敢な戦士さんです。
その度に手にわずかなお酒をつけて、燃える手を彼らに振ってあげます。すると大体の良い子は大人しく帰ってくれます。ですが、たまにいるいたずらっ子はなかなか帰ってくれません。
おなかすいた、おなかすいたと駄々をこねられてしまいます。ですが、ここにはわたしのお肉ぐらいしかないため、どうすることもできません。
そして今も、クルクルと可愛らしいオオカミさんがわたしたちの目と鼻の先まで迫ってきています。火を見ても逃げません。それになにやら人に慣れていそうな気配がします。もしかして既に人の味を覚えているのでしょうか。
そうなりますと少々面倒です。放置しては被害が無駄に出るだけです。それにおそらく我々を逃す気はありません。仕方ありません。ここで駆除しましょう。
服をささっと脱ぎます。頭からお酒をかぶります。オオカミさんが何やら異様な光景に驚いている様子ですが、構わずに全身に火をつけます。あとはオオカミさんに抱きつくだけです。
髪や皮膚が燃えてかなりの異臭を放っていますので、早くケリをつけましょう。カルアさんが起きてしまいます。オオカミさん目掛けて突進しようとしましたが、オオカミさんは逃げてしまいました。
下手に追って、別のオオカミさんにカルアさんが襲われたら大変です。追うのはやめておきましょう。なのでゴロゴロと地面の上で転がりながら、焚き木とともに周囲を照らしましょう。
ちなみにですが、このような火だるまになるような行いはしないでください。わたしのような不死なら後遺症ひとつとして残らずに回復します。しかし、ただの人では私生活ひとつとしてままならないほどの重傷を負ってしまいます。
それ以前に普通に死んでしまいます。現に火によって全身の皮はボロボロですし、筋肉やぷよぷよとした脂肪は豚肉などに火を通したように白くなっています。髪の毛はチリチリで最悪です。
「……なんか臭いんだけど」
カルアさん、そんなに叫ばないでください。死ぬわけではありません。ひどく錯乱した様子で怖いと言われてしまいました。今頃になってセカティアがわたしに何度も注意をした理由がわかった気がします。
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