第8話 重なる姿

「それを作ったのはわたしですよ。それと今のわたしの名前はメルルです。覚えておいてください。そしてその口でわたしをテューエと呼ばないでください。そして、あなたの目的は不死ですか?」


 わたしの正体を探ってきました。つまり何か目的があるはずです。不死か、それによって得られる利益を狙っているのかもしれません。

 そう例えば、サールさんです。わたしを掘り起こすときのカクタスさんの発言から、わたしの血を豪の者に売ろうとしていたのは明白です。

 彼はわたしを神に属するものと捉え、敵対することを避ける選択を取りました。しかし、間違いなくチャンスが有れば得ようとするに違いありません。


「あなたの血の効果は知ってるわよ。日記に血について根掘り葉掘り書かれていたもの。でもあんたの血はいらない」


 カルアさんは悩む素振りも見せず、鬱陶しいものを払うように、かつては人の夢とされた不死の魅力を吐き捨てました。今までの長い生で、少数ながらも永遠を捨てたものと会ってきました。

 その者たちも彼女のように永遠を拒みました。しかし、将来的に訪れる死への恐怖からか、またはその利益から、多少は永遠の蜜に惹かれていました。ですが、彼女から迷いを微塵も感じ取れません。


「なら、あなたは何を求めているのですか?」


「私は世界を見たい」


「世界とは?」


「ねぇこの骨を見てみてよ。地図や日記を頼りに発掘したんだ。昔はこんなに巨大な生物がここら辺を歩き回っていたの。あなたはこれにあったことある?」


「何分昔のことなので自信はありませんが、記憶違いでない限りありますね。大きくて毛むくじゃらで、肉を多く取れることから狩りの対象としていました。だいぶ苦労しました」


「あなたにとってこれは大したものじゃない。でも数年前まで私の世界にあなたもこんな存在もいなかった。あなたに似た化け物はいたけど。でね、お父さんの遺品を整理してたら見つけたの。この日記や地図で私の世界は広がったの! 言ってしまえばあなたが広げてくれたの!」


「そして何を望むのですか?」


「この日記に書かれている光景を見たい。湖すらもすらも容易に蒸発してしまうほどの熱い砂の海に、永久に溶けることのない氷に覆われた大地。頂が雲よりもずーと上にある高い山。光が存在しない闇が支配する海の底。かつてあなたがご先祖様に案内した場所に私も行ってみたい。この広い世界を私は駆けたいの! だから案内して。闇雲に行くばかりでは駆ける前に死んじゃうから」


 わたしは思わず、後退りしてしまいました。勘違いしないで欲しないでください。恐怖を感じているわけではありません。そのような感情はとうの昔に枯れ果てました。それにそのようなものを感じる瞬間ではありません。

 わたしには自分の動作の原因が皆目検討も尽きません。


「少し考えさせてください。わたしにもわたしなりの事情があるのです。人里に久しぶりに降りたのもそれを果たすため。……ですので、少しお時間を」


 別に迷う必要などありません。わたしには事情などありません。本を買うことを目的に据えていました。それの結局は暇や退屈を少しでも和らげるのが目的です。

 ならば、人と関わって退屈を潰せばいいだけの話。事実として過去のわたしは豪華絢爛な王や、カクタスさんのような荒々しい人物、ガリガリの痩せ細った浮浪者といたときもあります。

 迷うもなにもありません。即決で旅に出ると言ってもかまいません。ですが、気がついたらセカティアの墓地にもたれかかっていました。本を眺めていたときのように、完全に無意識です。


『テューエ、ねぇテューエ、私の話ちゃんと聞いてる? あなたが度々語る世界を私も知りたいの。だって不公平じゃない? あなたは広い世界をいつだって味わえるのに、私はこの城壁の近くでウロウロとしかできない。あなたの語る広い世界を見たい。私の窮屈で広かった世界を、本当の意味で広げてくれたあなたと世界の表情をより見たいの!』


 かつての記憶が鮮明に甦ってきます。弟の死を乗り越えた彼女は、好奇心旺盛でわたしの話をいつも楽しそうに聞いてくれました。

 このときに強く断っていれば、彼女は子供を作り幸せな家庭を築けたのではないのでしょうか。いえ、彼女のことです。わたし抜きで無理矢理にでも旅に出ていたでしょう。

 彼女の場合は、そもそもわたしと出会わないほうが幸せだったのかもしれません。どうせ過ぎたことです。気にしないでいいでしょう。己を責めるだけ無意味です。


『そうね。まずはそう砂漠に行ってみましょう。あなたの話だととても暑いのよね。だから必要だと思って、ほら皮水筒を買っておいたの。それに見てこのリュック。とてもいっぱい荷物が入る。そう、私はとても準備がいいのよ。楽しみね』


 瞼の閉じると見える光景。聞こえてくる声。今まで記憶の底から意図的に彼女を引っ張って来ても、このような感覚に陥ることはありませんでした。カルアさんがその原因でしょう。


 彼女は本当に何者なのでしょうか。どうしてあれほどまでに彼女と似ているのでしょうか。本来千年という年月は、子孫から祖先の要素を残り香程度、もしくは感じられないほどに奪うものです。それこそ赤の他人と言っても差し支えないでしょう。

 しかし、彼女からはセカティアの残り香どころか、留木そのものの匂いがあります。本当に理解できません。


 ……返す答えをそろそろ出しましょう。考えるまでもありません。万年暇なので行くと答えるだけです。夕方に考えた通り、たったそれだけです。特別何かを気に留める必要も、また輪郭のない不安に左右されることもありません。

 久しぶりに他人と旅ができるのです。約千年もの年月を経た世界はどのように変わったのでしょうか。それを自分のペースで楽しむのも味のある行いです。ですが、一度は人と巡ってみるほうが良いに決まっています。

 カルアさんと訪れた頃の違いを楽しんだり、またカルアさんとではいけない場所に行ったりと、違う楽しみを見出せるのです。それにふたりのときでは気づけないものに気付けるでしょう。


 思い立ったが吉日と言います。ですが、真夜中です。彼女も寝ているでしょう。早朝カルアさんに返事を伝えられるように町に行きましょう。また家の隙間から飛び出て驚かしてあげます。彼女に別れの挨拶をしましょう。


「せっかく帰ってきましたが、再び旅に出ますね。今度のパートナーはあなたの子孫ですよ。あなたにとても似ていて、写みのようです。あまりにも似ているため困惑してしまいました。またあなたと旅に出る気分のようで、心地がいいような、少しむず痒い気持ちになっています。それでは行ってきます。またいつかに帰ってきますね。大丈夫です。どれだけ長くともたったの五十年ほどですよ」


 家の隙間を目指して歩きましょう。彼女へ別れの言葉は済ませました。心残りはありません。むしろ今のわたしは未来への楽しみに満ち溢れています。

 数歩ほど光のない森を歩きました。ふと、自分が道に迷う姿が浮かんできました。この真っ暗な中を進むのは、わたしといえども少々危険でしょう。別に道に迷い動物に襲われても、崖から転落しても、そう大した出来事ではありません。ただ面倒です。今は墓標にもたれてじっとしていましょう。


 ……空から暗闇が消えていきます。太陽が登ってきたのです。もう道に迷う心配はありません。道を進みましょう。ちゃんと行きますよ。ただ同じ姿勢で過ごしていたので、足が痺れてしまいました。

 不死の力ですぐに治せます。しかし、これから不死ではないものと旅に出ます。不死ではない不便さを味わっておきましょう。なので痺れが引くまでじっとします。決して気が進まないわけではありません。


 足の痺れは引きました。しかし、足を上げようとすると鉛の鉄球がつけられていました。とても足が重たいのです。気持ちは万全です。仮に彼女がこの場にいるのなら即座に旅に出ていけるほどです。

 しかし、足が重たいので彼女のもとに返事を伝えに行けません。足の重さが消えるまで、セカティアのもとで過ごすとしましょう。

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