第6話 正直者

「太陽を見つめてどうした?」


 カクタスさんが話しかけてきました。彼が町へ案内してくれるのでしょうか。


「ただ見ていただけです」


「そうか。わかるぞ。その気持ち。ずーと眺めていると目が痛くなっちまう。だが暖かな光とその力強さは惹かれるよな。俺は昔から陽を浴びながら寝るのが好きでよ。太陽っていいよな」


「そうですね。暖かくて気持ちいいですよね。不変で、綺麗で、変わらなくて、わたしは嫌いですよ。わたしは太陽よりも月の方が好きです。あの柔らかな光。恋焦がれても届かない姿。月は素晴らしいです」


「綺麗なのに嫌いってのは珍しいな。人には人の感性があるってか」


「そうですね。とても複雑です」


 好きだからこそ傷つけたくなる、そんな人がいるほどに価値と思考は複雑です。いえ、人のみにそれを適用するのは不十分でしょう。全ての生物は極めて複雑です。同一のものはこの世には存在しません。

 例えば、同じ環境、同じ教育、全てにおいて同様のものを与えられた同性の双子ですら、その思考は共通点を持っていながらも異なるでしょう。


「んじゃ、今から町に案内するぞ。昼過ぎぐらいには着くはずだ」


 瞼を数秒ほど閉じて太陽を見つめます。あのときから変わっていません。やはり不変の美しさを持つ太陽を好きになれません。

 ですが、直視できないものを隠してくれるのは本当にありがたいです。森に入っていくカクタスさんの背についていきました。


 湿った枝や木々から零れたまだ若い緑の葉を踏みしめます。木々の間から見える輝かしき太陽の位置から推測するに、あと少しで正午でしょう。


「なぁ。サールの奴はあえて触れなかったみたいだが、自分の血や神官の血についてかなり詳しいだろ。俺たちの何十倍も生きてるのに、不慮の事故で知りそうなことを知らないとは思えねぇ。例えば、俺の部下に襲われたときのように血を流すことは何度もあったろ。その度にたまたま襲撃者の口に血が入らなかったと」


「あなたは真っ直ぐ聞いてきますね。気に入りませんでしたか?」


「いや、ものを隠そうとするのは普通のことだ。そこに好きも何もない。俺だってサールの奴には言えないことはごまんとある。でだ血の正体は何だ?」


「知らない方が身のためですよ。きっとあなたも知ってしまったら一時の狂気に身を任せて、永劫の苦しみに飲み込まれてしまいますよ」


「あんたはそれに飲み込まれたと?」


「まぁそうですね。本当に若いときでしたから。感情のコントロールがうまくできなかったんですよ。それに運もありませんでした。……それでわたしと話したことはサールさんに報告しますか?」


「そうだな。あいつからはどんな些細なことでも、教えろって言われてるからな。団長からの命令には逆らえねぇ」


「えらく正直に話しますね」


「どうせ嘘ついたところで分かってるだろ。それにな、俺は陰湿な嘘や隠し事は嫌いなんだ。むかしの惨めったらしい生活を思いだすからな」


「豪快な方ですので、過去には囚われないと思っていました。意外と違うんですね」


「人なら誰しもが過去に囚われているだろ。怪我、病気、癖、性格、何もかも過去から生じるもんだ。決して未来から訪れたりはしない。だからこそ過去を正確に覚えておき、今と合わせることで、未来の予測を可能にできる。過去は重要だぜ」


「ええ、その通りですね」


 一理あるでしょう。今朝の彼女の病の話も町の人々の様子を深く観察していれば、気づけた可能性も無いわけではありません。今に思い返すと、多くの人が咳き込んでいました。

 自身の特異性からそうした周辺の変化に、無頓着となっていたのが仇となりました。まぁもう過ぎたことです。考えるだけ無駄でしょう。


 むかしよりも圧倒的に大きくなったセカティアの生まれ故郷が、眼前に広がっています。何千年もむかしに作られ、何度も改修などを経ながらも、街を守り続けてきた不屈の城壁。そのところどころの黒ずみに歴史を感じます。

 かつてとは比べ物にならないほどの量の人が行き交っています。町の興しと崩壊を常に見てきた身としては、喜びを感じずにはいられません。


「ここからはひとりで問題ないだろ?」


「ええ、さまざまなことでお世話になりました」


「そうか、ならついでにコイツも持ってけ。それで当面は生活できるだろ」


 ジャラジャラと音の鳴る重たい小袋と、髪と目を隠せるほど深いフード付きの羽織りものを下さいました。この件はサールに言わないでくれと頼んできました。つまり、この贈り物は彼の独断によるもの。


「そのフードは正体が割れた時に使え。それ以外の時は使うなよ。基本的にどの国でも髪の毛や瞳の色を隠すのは禁止されてるからな。衛兵が来ても適当に切り抜けろよ」


「ありがとうございます。どうしてわたしにここまでするのですか? 少なくともあなたに実はないはずですが」


「んなもん決まってんだろ。将来的に返してもらうためだ」


「あなたは本当に正直ですね。まぁ血を分けることはしませんが、貰ったお金の倍を稼いで返しますよ」


「おう、期待してるぞ。まぁ今すぐに血、もしくはそのネックレス、いやこれ以上はやめておこう。触らぬ神に何とやらだ」


「面白い冗談ですね」


 一瞬睨んだのがいけなかったのでしょうか。何やらカクタスさんとわたしの間に距離が空いてしまいました。まぁいいでしょう。親切なカクタスさんと別れて町へと向かいました。本を買うために何か仕事を探すとしましょう。

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