第4話 盗賊の村

 「来てくれてありがとう。お互いに自己紹介をしよう。俺の名前はサール、性はカナティヌだ。このチェルト傭兵団の団長をしている。カクタス、彼女に椅子の準備をしてやってくれ」


 カナティヌという姓にひとつ聞き覚えがあります。この地を治めているメディス領主に嫁いだ人物の姓が、カナティヌでした。婚約パレードを見ていましたので、間違いありません。

 カナティヌ家が没落せずに残っていれば、彼は高貴の出かもしれません。そういえば、関係深い友人は忘れてしまうのに、関係のない歴史上の人物を忘れないのはどうしてなのでしょうか。知識と思い出は別物だからでしょうか。


「ご丁寧にありがとうございます。わたしも名乗りたいのですが、実は名前が無いのです。嘘ではありません」


「それは困った。なら俺が君に名前をつけてもいいかい? 今後はそれを名乗ってくれと言いたいわけではない。ひとまずの仮名が欲しいんだ。名付けのセンスはあると思っているから安心してくれ」


「ええ、それは本当に助かります。本来の名前を思い出すまで使用させて頂きますね」


 盗賊団の団長を務めており、貴族の末裔かその出なのです。壊滅的な名前になることはないでしょう。ですが、ごく稀に多くの物事を並以上にこなすのに、一部のセンスが壊滅的な人物もいます。不安がないわけではありません。


「今日からメルルと名乗ってくれ。いつまでも裸では色々も困るだろう。部下に準備をさせるから一旦外で身なりを整えてくれ」


「何から何まで至れり尽くせりで感謝します。ひとつ質問なのです。わたしに何か期待しているのですか? あいにくと金目のものは持ち合わせていませんよ。このネックレスは大切なものです。それにわたしは町へ降りるつもりですので、労働力としても期待しないでください」


 後々で法外な額な請求をされては、また引きこもるしかありません。善意のみで動く人間はなかなかいないのです。自分から見た善人には注意しましょう。相手が客観的な善人とは限りませんから。


「別に構わない。金目のものは貰えると嬉しいが、そういう俗世的なものは求めていない。ただ君と少し話がしたいだけなんだ。口説きたいわけではない。もう結婚しているからね」


「そうですか。それは安心しました。わたしも永遠を誓った人がいますからね。もう死んでしまいましたが」


「知らなかったとはいえすまない。また後で会おう」


 身だしなみを整えに向かいます。カクタスさんに案内されて川にたどりつきました。追い求めていた透き通った川の水を浴びます。カピカピに乾いた体液がおち、髪がサラサラと解けました。

 かつて巨大な川を神聖視する国に行ったときにら遺灰を川に流す水葬を見ました。どうして川を神聖視し、大切な人の残滓を流すのかと思いました。今ならばわかります。それほどに川での水浴びが心地よいです。


「メルル! 水浴びが終わったら服を貰いに行くぞ。そのあとは飯だ」


「わかりました。せっかくです。カクタスさんもよければ一緒に泳ぎますか? 身体中に土がついている様子ですが?」


「俺は太陽が沈む前に入るから気にするな。それよりもとっとと上がれ。体の汚れは落ちただろう」


 服がもらえるという小屋に入ります。ふくよかな体型の女性四人に囲まれました。

 気分が良いのか、鼻歌を歌いながら体の寸胴などを取られました。数分のうちに、おばさまは滑らかなシルクで作られた真っ白いワンピースを着させてくれました。


 シルクはかなりの希少品、それで作られた編み物は相当高価なはずです。それを他所者であるわたしに与えるとは、彼の正気を疑ってしまいます。

 技術などの向上により、極めて安価に売れるようになったのでしょうか。商人たちがそれを許すとは思えません。裏がありそうです。


 服を得ましたので、食堂に来ました。わたしに食事は必要ありません。不死となってから、睡眠、食事、その他の生物的な行為の多くが不要となりました。

 ですが、一部地域で根強い人気のあるタバコ。万病の薬とさえ称される酒のように、必要不可欠ではないけど必要とされる娯楽品的な意味合いでとても大好きです。


 意外にも食堂は綺麗でした。酒瓶や食物が散乱していません。この団がキチンとしたルールのもとで運営されている証です。

 席に着きます。キッチンの方から一週間まえにわたしを解体した、あの三人組が料理を運んで来てくれました。

川魚の丸焼きに、何かしらの動物の肉を焼いたもの。付け合わせに畑の野菜のソテー。その野菜のスープ。メインに茶色と黄色が混じった柔らかそうなパンも出てきました。胡椒などのスパイスの匂いが料理からしてきます。

 もてなしの料理としては、最上級に当たるほどの豪華さではないでしょうか。


 ここまで豪勢な歓迎を受けたのは、わたしを神と崇める村に行ったときだけです。サールさんはわたしをどのように捉えているのでしょうか。このワンピースが祭服のように思えてきました。


「またお会いしましたね。あなた方がこれらの料理を作ったんですか?」


「メルルさん、俺らは運んだだけだ。料理は料理長が真心を込めて作ったものだ。堪能してくれや」


「感謝します。どうですか。よければあなた方も同席しませんか? あなた方からしたらそこまでの量でしょう。しかし、わたしには少々多いのです。不死とはいえども容量は一般の方と大差ありません」


 彼らは後ろに控えているカクサスさんに目を向けます。カクサスさんはコクリと頷きました。彼らは子供のように意気揚々とキッチンから取り皿をとって来ます。

 少々むさ苦しいです。ですが、静まり返った食堂は賑やかになりました。しれっとカクサスさんも自分の分を調達していました。料理を美味しくいただきました。正直に言います。彼らに分けないほうが良かったかもしれません。意外にペロリと食べられました。


 この集落をグルリと見渡します。本当にしっかり整った場所です。わたしの覚えている限り、国王のお膝元である城下町よりも断然清潔です。それに各々から生きる余裕を感じられます。それだけここが裕福であるという証でしょう。

 少なくとも余裕がなければ人は優しくありません。またルールなどを守ったりはしません。そろそろ日が落ちそうです、


「手厚い歓迎ありがとうございました。それにこのような高級品までいただいて、本当によろしいのですか?」


「あぁ問題ない。俺の部下が君にしたことを思えば、そう大したことではない。そこの椅子によければ腰掛けてくれ」


「失礼しますね。彼らはわたしがウグルという怪物かどうかを確認するためにやりました。仕方がなかったことですよ。まぁでも、もらったものは返しませんよ。お話をしましょうか。まずはあなたからどうぞ」


「お言葉に甘えて。単刀直入に聞く。君は何者だ? 部下から君に関する報告を受けた。常人なら死んでいるはずの傷を受けたが死なず、また一週間も土の中にいたというのに死んでいない。君は不死。だがウグルでもない。君はなんだ?」


 どう答えましょうか。馬鹿正直に全てを教えても良いのですが、それはあまりにも愚かです。わたしの情報ひとつに金貨の山を積む国があったほどです。そこまで安くはありません。

 ひとまず不死であることは公にしました。全能の神には触れないようにしましょう。


「わたしは永遠を彷徨っています。死ねないのです。致命傷を負っても、致死的な毒を盛られようとも、この身は朽ちてくれないのです。我々が自身の臓器がどのように動いて、どのような働きをしているのかわかりません。またわたしも自身について詳しくありません」


「なら、俺の部下が若返った理由について何かわかるか?」


「いえ、何も。どうして彼らが若返ったのか、検討もつきません」


「なるほど。個人的な見解だが、君の血を口に入れたためだと思っている。エーシル教の神官を知っているか?」


 彼はわたしの正体を絞っています。どれほど生きているのか、どれほど俗世との関わりを絶っていたのか。その程度はわたしの質問で公開するつもりでした。気にする必要もないでしょう。


「いえ、知りません。たびたび神官という言葉を聞きます。それはなんなのですか?」


「ならエーシル教について教えよう。教祖不死のへカティアのもと、永遠の神とその血を崇める教団だ。その降臨により楽園を目指すことを目標にしている。様々な国で広く信仰されていて、聞いた話によるとじきに設立から千五百年も経つらしい」


 篭るまえに聞いたことがありません。流石に千五百年も洞窟にこもっていません。なので実際にはもっと歴史の浅い組織だと思います。しかし、神と血ですか。あまり良い気持ちにはなりません。

 それで不死のへカティアさんは、わたしと同じく神さまから不死の呪いを受けてしまったのでしょうか。わたしは神さまの像を破壊した罰で不死の呪いをかけられました。へカティアさんは何をしたのでしょうか。気になってしまいます。


「そのヘカティアから祝福を授かった神官の血を飲むと、量にもよるが死にかけの老人でも二十代ぐらいまで若返る。まぁ多額の寄付を求められるがな」


 やはり神の血が絡んでいるようです。一度教会について調べてみるのも良いのかもしれません。お互いに時間は有り余っています。のんびり調べましょう。


「俺は君の身が心配だよ。もしも、君の血に神官たちと同じ効果があると割れたら、教会から狙われる恐れがある。それに貴族に捕まったら、血を流し続けることになるぞ」


「ふふ、大丈夫ですよ。もう既に何度も狙われたので慣れています。わたしも質問してもよろしいですか。ウグルとは何でしょうか?」


 説明を受けました。基本的にウグルに理性はありません。それに人を好んで襲います。しかし、人の血、動物の血を一定以上摂取すると、ばらつきはありますが一日ほど理性を取り戻せるそうです。自分が失われる恐怖に駆られ、道徳などを投げ捨て人や動物を襲うそうです。

 ウグルに血を啜られた人は、稀にウグルに覚醒するようです。髪の色は白髪となり、男なら女性に近い体型へ。あらゆるところに変化が訪れるとのこと。そして驚異的なまで身体能力が向上するそうです。


 地上はウグルで溢れてしまうと思うかもしれません。実は教団がウグルを滅ぼす術を持っているため、その心配は入りません。そして教団が覇権を得た理由のひとつでもあります。

 従来までのウグルの対処法は、彼らを串刺しにし、動きを完全に止めてから地下深くに埋めるというものでした。ウグルはその環境下であっても生き続け、早速生き地獄に等しかったようです。

 教団が不死殺しを編み出したことで、ウグルとなった人物にも救いが齎されました。若返りの血で権力者を取り込み、現在は世界で名前を轟かすに至ったらしいです。とても胡散臭い話としか言いようがありません。


「わたしの方から有益なことは言えませんでしたが、ここら辺で失礼させていただきます」


「いや、不死である君と関われただけでも十分な経験だ。それよりも今すぐに出るのではなく、今晩は泊まるといい。もう日は沈んでしまった。街まで危ういだろう。明日になれば部下に案内させよう」


「そうですね。記憶違いがあるかもしれないので、お言葉に甘えて今晩だけ失礼します」


 彼の案内で別のこぢんまりとした小屋に入りました。それと、どうやら約千年ほど洞窟に篭っていたようです。本当にあの本はよく持ちました。

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