第3話 土の中にも一週間
地面の冷ややかさに包まれています。セカティアと氷に覆われた山に行ったことを思い出しました。頬っぺたに氷を当てたら、とても気持ちが良かったため、その姿勢でいたら張り付いてしまったお話です。
そのときのわたしは張り付いた皮膚をナイフで剥がそうとしました。それにセカティアはギョッと目を見開きました。彼女に止められそうになります。なので事情をしっかりと話し作業を進めようとしましたが、ナイフを取り上げられてしまいます。
水を温めるから待っててと、魔法で頑張ろうとしてくれました。あまり期待はできそうにありません。案の定、時間がかかりそうでした。腕に力を込めて強引に皮膚をビリビリと剥ぎました。それで彼女に自分を大切にしてと、酷く怒られたものです。
大切にする以前にわたしは不死です。そのような心配をしなくとも問題ありません。無駄に体力を消耗しないほうが良いと彼女に言いましたら、さらに怒られてしまいました。なかなか理解に苦しみます。
上に彼らはいるのでしょうか。血を落とすために川に向かったと思います。予想が外れてしまったら面倒なことに発展しかねません。
とても悩みます。……このままボーとしていましょう。息苦しいですが夜になれば彼らも寝床に帰るはずです。
……上の方からザクザクと地面を掘り返す音が聞こえてきます。どうやら掘り起こしているのは、わたしを埋めた男性方のようです。ただ聞き慣れない声もあります。なので四人でしょうか。
墓荒らしとは死者を敬う気持ちを持っていないのでしょうか。見損ないました。
スコップの矛先が鼻に当たりました。数時間ぶりに、不変で永遠の輝きを発する太陽と出会いました。わたしを埋めた男性と似た二十代そこらのお兄さんが、わたしの土を払ってくれます。
「一週間前に埋めたっていうのに、腐敗も、むくみも、死斑も現れてねぇ。生娘のようにみずみずしい。それに虫一匹と近くに見当たない。お頭、間違いなく俺たちが若返った原因はこいつです」
「えらくひどい状態じゃないか。神官さまとして生きることを拒んだのか知らないが、運がないこった。なんだろうがこれからの稼ぎ頭様だ。丁重に取り出してやれ」
驚くべきことに一週間も土の中にいたようです。やはり長いことじっとしていた影響でしょう。それでも気にする必要はありません。時間は無限にあるのですから、どれだけ浪費しようと変わりません
彼らはわたしの血を口に含んでしまったようです。血には不死の力が宿っています。水で血を希薄にしたものを生物が飲むとたちまちに若返り、体の欠損や病が瞬時に治ります。血を大量に摂取すれば、わたしと同様に不死の存在へと変貌します。
おそらく川で血を洗い流しているときに、摂取したはずです。体外の不死の血は特殊な加工、保存をしない限り、分刻みで効力が劣化していきます。なので若返る程度で済んだのでしょう。
なので、どうしてもウグルの存在に引っ掛かりを覚えてしまいます。はたして彼らはどこから来たのでしょうか。
ともかく、彼らにわたしが特殊な存在であると知られました。これ以上死んだフリをするのは無駄でしかありません。風が吹き、彼らが目を守るために瞬きをする一瞬のうちに、折れ曲がった足や、潰れた目や脳、ありとあらゆる部位を回復させます。
「おはようございます」
土を払っていた男性が悲鳴を上げました。野太い声がお腹の奥深くまで響いてきます。そんな彼にかまわず、彼らはそれぞれは武器を構えました。一週間まえにわたしの体をもてあそんだ太い槍もあります。
「叫ばないでください。体に響きます」
「お前は一体なんだ?」
若返った方々よりも、身なりがそれなりに綺麗なお頭と呼ばれた男性が代表に聞いてきます。
「なんだと聞かれても、わたしはわたしとしか言えません。先に言っておきます。あなたたちが恐れるウグルではありませんよ。血なんて飲みたくもありません」
「そう言われてもな。体がズタズタな状態で、一週間も放置されたのに生きてる。そんな奴をウグルではないからと警戒しないほうがおかしいってやつだぜ。とりあえずお互いに名前を名乗ろうや。俺はカクタス。性はまぁいいだろう」
性は基本的に貴族が使うものでした。今では平民にも浸透しているのでしょうか。むかしは常識とされたことが、今では非常識となることもあります。時代の流れでしょう。
「それもそうですね。わたしも名前を名乗るべきなのでしょう。あいにくと名前は忘れてしまいまして」
「ますます意味のわからねぇ奴だな。とりあえず大人しく拘束されて、俺たちについて来てくれねぇか? 決して暴行を加えたりしねぇからよ」
「別にいいですよ。ただ弓で射抜かないでくださいね。地味に痛いんですよ。それで条件があります。実は世間一般にかなり疎いので、今の世の中について色々と教えてください」
「それなら別にいいぜ。だが本当に拘束を受け入れるのか? こんな厳つい外見の男性四人に、ハイハイとついていくのはハッキリ言って異常だぜ?」
無言で一週間ほどまえと同じように手を差し出します。カクタスさんはわずかに驚いたような顔をします。次の瞬間にはわたしの手をロープで縛っていました。
ウグルの存在やら神官やら、洞窟に籠るまえと今の時世は大きく異なるようです。常識を身につけにいきましょう。
森の奥深くに、しっかりとした柵で囲った小規模の村を彼らは築いていました。木製の家が並んでいます。畑には見たことのないオレンジと赤の中間とも言える色の野菜に、丸い葉野菜。遠くから動物の声も聞こえます。畜産も行っているのでしょう。
村はとても活気で満ちて溢れています。女子供は一切の陰りのない笑顔です。武装した一見物騒な者たちも自分たちの生活を守る決意を感じさせる顔つきです。
小さなこぢんまりとした家に案内されました。腕に大きな傷をつけた初老間近と思われる渋い男性に歓迎されました。
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