第5話『無力』
二人が見つけたのは、人型の体に犬のような頭をした、中肉中背のレイパーだ。手には
分類するなら『人型種犬科』……と言いたいところだが、ここは異世界。『コボルト種』とするのが適当か。
「ちょっとごめん、行ってくるわ」
「わ、私も行きます!」
「あなたはまだ未熟でしょ。それに、あいつはこの世界のレイパーよ。あなたが戦う必要は無いわ」
関係ない奴が首を突っ込むな、と言わんばかりにレーゼは雅の申し出を突っぱねる。
剣を鞘に収めると、レーゼはあっという間に家を出ていってしまう。
こういったことは慣れているのだろう。あまりにも迷いの無い、テキパキとした動きで、雅がレーゼに食い下がろうか迷っている間に彼女はいなくなっていた。
「え、ちょ……レーゼさんっ?」
来るな、と言われたものの放っておけるはずも無く、雅は『百花繚乱』を出すと、レーゼの後を追う。
雅が家を出た時には既に、レーゼとレイパーは戦闘を始めていた。レイパーの棍棒による乱打を、レーゼが剣で受け流したり躱したりしつつ、攻撃の合間を縫うように斬撃を繰り出している。
雅とレーゼ達との距離は約三百メートル。しかもレーゼとレイパーは攻防を続けながら、雅との距離をさらに離していく。
そしてついにレーゼとレイパーは、家の屋根の上に上がり、不安定な場所でも器用に戦い始めてしまう。
近づけない。
直感的にそう悟る雅。
戦況は雅の目から見て、明らかにレーゼが押されていた。
雅は百花繚乱の柄を曲げ、片手で刀身を支える。刃の先端にある銃口が日の光を受けてキラリと光った。
剣が一転、銃へと変わる。
実は雅のアーツは、剣銃両用のアーツなのだ。柄を曲げ伸ばしすることで、ブレードモードとライフルモードを切り替えることが出来る。
呼吸を整え、激しく動き回るレイパーの動きを予測する雅。
引き金を引くイメージでグリップを強く握り締めると、銃口から桃色のエネルギー弾が放たれた。
閃光のように飛んでいくエネルギー弾は、レイパーの顔のすぐ側を通り過ぎる。
続けざまに二発目、三発目を放つも、全て空振り。
全く当たらない事に焦りを覚えつつも、四発目を撃とうとした雅だが――その刹那、彼女の耳に悲鳴が飛び込んできた。
声のした方を見れば、そこにはもう一体、レイパーがいた。五十メートル程離れたところにある、人の少ない通りの方だ。
四速歩行の、狼のような姿をしたレイパーである。全長は一・五メートル程度。分類するなら『ウルフ種』とすべきだろうか。コボルト種の仲間なのか、たまたま近くにいただけなのかは分からないが、何ともタイミングの悪い時に出てきたものである。
ウルフ種レイパーに襲われているのは、五歳位のツインテールの女の子だ。周りに大人はいない。一人でいるところを狙われたのだろう。
女の子は尻餅をつき、恐怖で身が竦んでいる状態だ。殺されるまで後僅か。
遠くにいるレーゼは、当たり前だがウルフ種のレイパーには気がついていない。
躊躇う暇は無かった。雅はウルフ種レイパーを見た瞬間に、百花繚乱の銃口をそちらに向けていた。
「こっちですよ!」
そう叫んで、柄を強く握る。
放たれたエネルギー弾は、ウルフ種レイパーの胴体に命中した。
弾が命中したところから、僅かに煙が上がる。
少女を殺そうとしていたウルフ種レイパーは、頭をゆっくり雅の方へと向けた。
グルル……という低い唸り声が聞こえる。上手く敵意を、女の子から逸らすことが出来た。
百花繚乱の柄を伸ばしてブレードモードにすると、それを中段に構える雅。
互いに威嚇するような気迫でジリジリと距離を詰めていく。
先に動いたのはレイパーの方。
僅かに姿勢を低くしたと思った瞬間、レイパーの体がブレ、雅の目の前に迫っていた。
敵のあまりの速さに行動が遅れた雅は、咄嗟に百花繚乱を薙ぎ払うように振る。
レイパーと百花繚乱がぶつかり、鈍い音を立てて互いの体が弾き飛ばされる。
尻餅をつく雅と対照的に、上手く着地するレイパー。無論、レイパーはこんな大きな隙を逃さない。
「くっ……っ!」
力強く地面を蹴り、雅に飛び掛かる。雅は押し倒され、レイパーの四本の足が、雅の首、右腕、両足を押さえつけた。大きな口を開け、雅を喰らおうとするウルフ種レイパー。
ムワっとした生臭い息が、雅の顔に容赦なく浴びせられる。
雅は左手を乱暴に振り上げる。その手には百花繚乱。
レイパーの顔を横から、百花繚乱の柄で殴りつける。
僅かに緩んだ四本の足の力。
二回、三回と同じように殴りつけ、体を捻るように動かしてようやくレイパーを体の上からどかすことに成功する。
激しく咳き込みながら立ち上がった途端、吹っ飛ばしたレイパーが頭から突っ込んできた。
雅は何とかそれを剣で受け止める。
悲鳴を上げる腕に鞭を打ち、気合と根性で突撃してきたレイパーを跳ね除けた。
そしてそのまま地面を蹴り、百花繚乱を振り上げてレイパーとの距離を詰め、斬撃を繰り出す。
横っ跳びして、攻撃を躱すレイパー。
だが、次の雅の動きは速かった。
「――ッ!」
繰り出された回転斬り。レイパーの息を呑む音がした。
ウルフ種レイパーは咄嗟に伏せるように身を低くしたため、雅の攻撃は当たらない。
しかし雅の斬撃は、レイパーのすぐ後ろにあった街灯の柄に当たる。
バキ、という音を立てて圧し折れる街灯。先端のカンテラが地面に叩き付けられ、ガラスが割れた途端、発火した。
火は一瞬大きく燃え上がったが、すぐに消えてしまう。
ウルフ種レイパーはそれを見ると、僅かではあるが動きを強張らせる。
そして低く唸り、雅を一瞥すると背中を向けた。
「ま、待てっ!」
猛スピードでその場を立ち去るレイパーにそう叫ぶも、雅に出来るのはそれだけだ。足の速いレイパーに追いつけるはずも無い。
雅は歯軋りして、百花繚乱をしまい、襲われていた少女の方を振り向く。
彼女はまだ、へたり込んだままだった。顔は真っ青で、ガタガタ震えている。怯えて逃げることも出来なかったのだろう。
何となく、異世界転移する前に助けた少女の姿と、彼女の姿が重なった雅。
「怪我は無いですか?」
肩で息をしながらも何とか笑顔を作り、雅は屈みながらそう声をかけた。
「お、おねえさんのほうが……」
か細い声で、少女は目線を雅の頭から足まで滑らせる。
言われて雅も気がついた。体のあちこちに血がついている。レイパーに押し倒された時に出来た傷だ。そんなに深刻な怪我では無いものの、激しい動きで血が飛び散り、ちょっと大袈裟に見えているだけなのだが……少女からしてみればそうは思えないのだろう。
「こんなのへっちゃらですよ。ほらっ! 全然動かせます!」
そう言ってグルグルと肩を回してみせる雅。だが僅かに作り笑顔が強張ったことには、雅本人も気がついていない。
怪我は大したことなくても、体は悲鳴を上げているのだ。
「立てますか? おうちまで送りますよ」
「う、うん……」
差し出された雅の手をとり、少女は立ち上がろうとするも……ふらついてまた座りこんでしまう。無理もない。
雅は少女をおぶり、彼女の案内の元、家まで歩き出した。
***
少女の家の、リビングにて。
少女を家まで送り届けると、彼女の母親が憔悴した娘を見て顔色を変えた。雅が事情を説明すると、何度も何度も頭を下げられ、お礼を言われた。まさか自分の娘がレイパーに襲われているとは夢にも思っていなかったという。
雅は家に送り届ける道中で少女に、何故あんなところに一人でいたのか聞いていたところ、家から出る時はずっと親と一緒でなければならず、偶には一人で外を出歩いてみたかったのだと言われた。親の目を盗んで遊びに行ったら、レイパーに遭遇し、雅に助けられたという訳である。
まだ五歳では、女の子が一人で歩き回ることの危険性が分からないのも無理は無い。
ちなみに彼女は今、リビングにあるソファの上で横になり、泥のように眠っている。
「本当に、ありがとうございました……!」
「いえ、無事で何よりでした」
一段落したところで母親が雅に、今日何度目か分からなくなったお礼を言う。
「娘さんが小さい内は、あまり目を離さないようにして下さい。彼女には私から、簡単ですけど注意しておきました。凄く危ないので……」
「はい、申し訳ありません……」
自分が言うことでもない気がしたが、大事なことだと思ったので雅は少女の母親にそう話をした。
「それじゃ、私は失礼します」
「もう行かれるんですか? お茶でも飲んでいかれません?」
「すみません、お気持ちだけ頂きます。……別の場所で、もう一体レイパーがいるので」
「ええっ?」
コボルト種のレイパーが出現した情報はここまで広まっていないようで、母親の顔が不安の色に染まる。
「バスターの人が戦っていて、もう終わってるかもですけど……心配なので。お母さんも、しばらく家から出ないようにして下さい」
「は、はい……。でも、まだいるのね……。後、何十年こんなことが続くのかしら」
母親は、寝ている娘にチラリと視線を向けて、そう言った。
「せめてこの子が生きている間に、あの化け物がいなくなるといいんだけど……ちゃんと無事に生きていけるのか、心配だわ……」
それを聞いて、雅の握りこぶしの手の平の部分が、僅かに白む。
どう答えて良いか分からず、逃げるように頭を下げる雅。
「それじゃあ、失礼します。お子さんによろしく伝えてください」
「ええ。本当にありがとうございました」
雅は見送られながら家を出る。
レーゼ達を探し回ったが見つからない。街の人に聞いたら、もう戦いは終わったと言われた。レーゼは無事だが、レイパーは逃走したらしい。
一先ずレーゼが無事のようだと知って安堵した雅は、急いでレーゼの家に戻った――のだが。
「どこに行っていたのっ?」
「――っ?」
リビングにて、レーゼは雅の顔を見るや否や、胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。
「ご、ごめんなさい……っ。別の、狼みたいなレイパーが女の子を襲ってて……」
「何ですってっ?」
そこでレーゼは、雅の体のあちこちに怪我があることに初めて気がついたようで、胸ぐらから慌てて手を離した。
「……そのレイパーは?」
「逃げられました。あの……レーゼさんの方は? 街の人の話だと、レーゼさんの方も逃げられたって聞いたんですけど……」
雅がそう聞くと、レーゼは苛立たしげに舌打ちをした。
「その通りね。何で逃げたのかは分からないけど」
「近くに二体のレイパーがいるんですよね……。次にあいつらが現れたら、どうします? 片方は私が引きつけて、その間に――」
「どっちも私が対処する。あなたは来ないで」
雅が言い終わらないうちに、レーゼはピシャリと言った。
「で、でも……」
「でも、じゃない。未熟な人間に中途半端に関わられると却って迷惑だわ」
ギロリと睨まれ、雅はそれ以上言い返すことが出来ない。
永く思える一瞬の沈黙。
「……ごめんなさい」
ようやく絞り出した言葉は、謝罪だった。
「……今回の件について、上に報告しないといけない。後であなたも詳しい話を聞かせなさい」
レーゼはそう言ってリビングを出て、自分の部屋に閉じこもってしまう。
独り残された雅。
掴まれた胸ぐらに、そっと右手を伸ばす。
壁に叩きつけられた背中よりも、胸が痛む。
ふと、薬指に嵌った指輪が目に入る。
元の世界にいた時は、百花繚乱の合体機能を使うことが出来たため、自身の戦闘力は無くとも、周りの人と協力することで、何とかレイパーを撃破することが出来ていた。
しかしここは異世界。百花繚乱と合体出来るアーツは無い。
「私、独りじゃこんなに弱かったんだ……」
強くなりたい。
雅は、そう思った。
***
「…………」
自室に戻ると、レーゼは入り口の扉に寄りかかる。
日も落ちてきて、部屋は薄暗い。しかし電気をつける気力が湧かなかない。
コボルド種のレイパーには逃げられ、別の場所に出現したウルフ種のレイパーの存在には気がつかなかった。
レイパーが出現したら連絡が来るようになっているといっても、完璧ではない。今回のように、バスターが把握できないこともままある。
もし雅がいなければ、襲われていた女の子は死んでいただろう。同時に、今回は運よく生き延びれたが、雅が少女諸共レイパーに殺されていた可能性だって充分にあった。
レーゼは問う。
もっと自分が強ければ――アーツを使いこなせていれば、コボルド種を倒した後、ウルフ種を屠れたのではないか、と。雅の手を煩わせる必要も無かったのではないか、と。
未熟なのは自分も同じ。苛立ちから雅に当たるような態度を取ってしまったことを、レーゼは恥じる。
もっと強くならなければ。
レーゼは、そう思った。
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