第4話『技能』

 この世界には、大陸が三つある。


 雅がいるのは、内一つのナランタリア大陸だ。そこの北にある『アランベルグ』という国の、ノースベルグという街に転移した。


 ノースベルグは国の最北端にあり、どちらかと言うと田舎。土地柄、農業はあまりやっていないが、北に行けば海があり、漁業が盛んだ。


 気候の面から見れば、季節で言えば秋と冬しか無いようなもので、一年を通して全体的に寒い。今の季節はノースベルグの中で最も温かい時期とのことだが、後二ヶ月もすれば雪が降ってくる。新潟県民の雅は寒さには強い方だが、それでも若干肌寒い。


 言語は日本語と英語の二種類が通じる。こちらでは日本語のことを『ナランタリア言語』、英語のことを『エスティカ言語』と言うそうだが、言葉の問題に苦労しなくて済むのは助かった。


 こういった、この世界のことを、雅はレーゼの家で教わっていた。


 レーゼ・マーガロイスの家は、ノースベルグでも比較的栄えている辺りにある。庭と二階がある立派な一軒家で、家を出て徒歩五分のところには商店街があるところだった。立地の良い場所である。


「あ、そうだレーゼさん。ご両親はお仕事中ですか? 帰ってきたら、挨拶させて下さい」

「いないわ。どちらも五年前に病気で他界して……」

「……ごめんなさい」

「あなたが謝ることじゃないわよ。あぁそう言えば、あなたもご両親が心配しているわよね。早く帰れる方法が見つかるといいんだけど……」

「あー……実は私も、相当前に両親を事故で亡くしているんです」

「…………」


 雅の言葉に、レーゼは気まずそうな顔になる。


 両親を亡くした雅は、それから祖父母の元で暮らしていたが、その二人ももう亡くなった。雅と血縁関係のある人間は、もうこの世にはいない。


「あっ、そうだレーゼさん。歳はいくつなんですか? 私と同じくらいに見えますけど」

「十六歳よ」

「あ、じゃあ私より一つ上なんですね」


 慌てて話題を変えた雅に、レーゼも少しホッとしたような様子になる。


 それから話を進めていくと、


「え? レーゼさん、働いているんですか?」

「ええ。こっちでは十五歳になったら働く人がほとんどね。あなたのところは違うの?」

「私の世界じゃ、働くのなんて二十歳を過ぎてからが一般的ですねぇ。私だって十五歳ですけど、まだ学生でしたし。レーゼさんは、どんな仕事をされているんですか?」

「レイパーの始末よ」


 雅の質問に、簡潔に答えるレーゼ。


「ま、まぁちゃんと言えば、市民の安全を守る仕事ね。レイパーの始末の他に、住民同士の揉め事の仲裁とか、犯罪の取り締まりなんかもやってるわ。こっちの世界じゃ、私みたいな人は『バスター』なんて呼ぶわね」


 あまりに簡潔に言い過ぎたと思ったのか、レーゼはコホンと咳払いしてから、言い直す。要は警察のようなものかと、雅は解釈した。


「へぇ。私の世界じゃ、レイパーと戦う女性は『大和撫子』なんて呼ばれるんですけど……やっぱり場所によって色んな呼び方があるんですねぇ」


 それを聞いて、ふと、レーゼはあることに気がついたようで、眉を顰めて口を開く。


「……そう言えば、あなたはアーツを持っていたわね。向こうじゃ学生だったのでしょう? どうしてアーツなんか持っているの?」

「えと……私の世界じゃ、持っているのが普通というか……自衛のために、皆がアーツを持ってますね。こっちの人は、アーツを持たない女性もいるんですか?」

「普通は持たないわ。だって未熟な人がアーツなんか持っていたら却って危ないじゃない」


 確かに雅の世界でも、齢一桁の少女がアーツを持ち歩いていることに疑問の声を上げる人もいる。事実、少女に限らず、実力の低い女性が無理にレイパーと戦い、命を落とすという事故はいくつもあった。


 しかしレイパーは神出鬼没だ。自衛の手段が無ければ死に直結する。最低限の身を守る術すら無いことは安全とは言い難い。アーツをどこかに置き忘れた女性が、為す術無くレイパーに殺された事件だっていくつもある。そういったケースがあることを鑑みれば、自衛のために武器を持つな、とは言えないだろう。


 ここら辺は価値観の違いだ。元の世界では雅の考え方が、この世界ではレーゼの考え方が主流というだけである。


「レイパーが出現したら、近くにいるバスターに連絡が来るから、すぐに現場に向かうことになっているわ。到着までは辛抱してもらうしかないけど……一般市民がレイパーと戦うなんて無謀よ。あなただって、まだ未熟なのでしょう?」

「えーっと、まぁ……。まだ『スキル』も貰ってませんからねぇ」


 未熟かどうかは、ある一つの指標がある。


 それが、アーツから『スキル』が与えられているかどうか、だ。


 アーツは、使用者が一定以上の実力を身に付けると、『スキル』という特殊能力をその者に与えるという不思議な力がある。アーツによって与えられるスキルは異なるのだが、どれもレイパーとの戦いに役に立つものばかりだ。


 ただ、この『一定以上の実力』というのは結構曖昧だ。肉体的な力を重視するアーツもあれば、精神的な力を重視するアーツもある。人と同じで、十人十色なのだ。


 とは言え、雅はまだ『百花繚乱』から『スキル』を与えられていない。つまりレーゼの言う通り、雅は未熟なのだ。


「レーゼさんは、アーツから『スキル』を貰ったんですか?」

「ええ。私のスキルは『衣服強化』って言って、身につけている衣服の強度を鎧並にするわ」

「凄いじゃないですかっ! そう言えばレーゼさんのアーツって、さっき使ってたあの空色の……?」


 少し頬を赤くして、レーゼは咳払いをしてから、腰に着けた鞘から西洋剣を抜き、雅に見せる。


 全長一メートルはある長剣で、全体的に美しい空色をしていた。使いこまれた跡はあるが、きちんと手入れがなされており、大事にしている様子が見受けられた。


「これが私のアーツよ。名前は『希望に描く虹』って言って、理想的なフォームで振ると、剣が通ったところに虹が出来るわ」

「へぇっ! そんなアーツがあるんですねっ! 虹、見てみたいです!」


 そう言うと、レーゼは若干気まずそうな顔をした。


 雅を未熟者呼ばわりしたが、実はレーゼもこのアーツを使いこなせているとは言えないのだ。日々弛まぬ鍛錬も虚しく、レーゼは練習でも数えるほどしか虹を出したことが無い。実戦に至っては一度も虹を出すことが出来ないでいる。


 無論彼女はまだ十六歳。いくら鍛錬を積んだところで、安定して理想的なフォームで剣を振れるはずも無い。ストイックに自分を磨く彼女を認めたアーツが、『衣服強化』のスキルを与えた事から考えても、レーゼは決して弱く無いのだ。


 とは言え、だ。「私、まだアーツを完璧に使いこなせていないのよ」なんて言うのは、レーゼのプライドが許さなかった。


 さて、どうやって説明しようか……レーゼがそう頭を悩ませ、何気なく外の方を見た、その時だ。


「――っ!」

「……? どうしました?」

「……出たわ。レイパーが」


 レーゼの目に、大きな棍棒を持ったレイパーが、遠くで歩いている姿が飛び込んできたのだった。

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