第1章 ノースベルグ
第2話『遭逢』
「ここはどこでしょう……?」
雅は辺りを見渡しながら、そう呟いた。
上には窓があり、そこから外からの光が僅かに入っている。そのお陰で、辛うじて視界が確保出来ているものの、どうしても薄暗さは拭えない。
壁際には大小様々な木箱やドラム缶が大量に置いてあり、そのどれもが埃を被っていた。床には釘が散乱しており、何だか分からない液体が水溜りになっている。
しかしそんな散らかった中でも、人が三十人いても不自由なく体を動かせるくらいのスペースがあった。割と大きい建物だ。
恐らく、どこかの会社が使っている倉庫なのだろうと、雅は結論付ける。
「…ん?」
釘を下手に踏んでしまわないように注意して歩き回っていた雅は、野球ボールくらいのサイズの透明なガラス玉が落ちていることに気がついた。
拾ってみると、羽のように軽い。
一体何に使う物なのかと不思議に思いつつ、何気なくガラス玉を握る。
すると、
「きゃっ?」
ガラス玉の中に突然火が灯り、驚いた雅はそれを投げ捨ててしまった。高い音を立てて割れるガラス玉。玉が割れると同時に火も消えた。
危うく火事になるところだったため冷や汗を流す雅。よくよく見てみると、壁に無造作に置かれていた、蓋の開いた木箱の中に、このガラス玉が沢山詰まっていることに気がついた。
こんな物は初めて見た雅。どんな原理で動いているのか皆目検討もつかない。何の目的で使う物なのかも謎のままだ。
「……早く出ましょう」
何となく気味が悪くなって、雅は倒れた人型種蜘蛛科のレイパーに突き刺さったアーツ、『百花繚乱』を抜きにいく。
百花繚乱はレイパーに深々と突き刺さっており、雅は力一杯引っ張ったり、こねてみるも抜ける気配が無い。
そんな時だ。
「誰かいるのっ?」
突然倉庫の扉が音を立てて開く。女性の声が響き渡り、背筋をピンっと張って飛び上がる雅。
突然人が来たことに驚きながらも、声のした方に目を向けた雅は息を呑む。
腰の辺りまで伸びたスカイブルーの髪に、翡翠の眼。
空色の西洋剣が、腰にぶら下がっている。
おおよそコスプレ会場でしかお目にかかれないような容姿だが、コスプレのような作り物感は一切無い、完璧な自然体だ。おまけに美人。
「ちょっとあなた! 危ないわ! 早くそこから離れなさい!」
そんな人物が流暢な日本語で話しかけてくる。
それら全ての情報が、雅を困惑させた。
「あ、あのっ、大丈夫ですよ。こいつはもう倒しましたから! そこ、釘とかガラス片とか落ちてるので気をつけて下さい!」
「あら、ファイアボールの破片ね。危ないわね……なんで誰も掃除しないのかしら?」
「……ファ、ファイアボール?」
突如聞こえたファンタジックな単語。
雅の知る限り、現実の日本にそんな物は存在しない。ゲームや漫画、小説の中でならいくらでも聞いたことはあるが。
雅は何となく、嫌な予感がした。
「あ、あのぅ……ファイアボールって何ですか?」
「何よ、知らないの? 非常用の灯り。そこの箱に一杯入ってるじゃない」
「ひ、非常用の灯り、ですか……あはははは……」
「な、何よ……気味の悪い笑い方するわね……」
雅の顔が引き攣り、女性は眉を顰める。
雅はあまり深く考えないようにして、レイパーの体からアーツを抜くことに専念する。グイグイと柄に力を入れていたら、ようやく抜けてきたのだ。
そしてついに、
「――うわっぷ!」
「ちょっと、大丈夫?」
アーツが抜けると同時に、尻餅をつく雅。
「だ、大丈夫ですぅ……」
ヨロヨロ立ち上がり、雅がそう言うと、百花繚乱が消える。アーツを指輪にしまったのだ。
「ちょっとあなた、今の剣はどこにやったのよ?」
「え? この中ですよ?」
突然百花繚乱が消えたことに驚いたらしい女性に、雅は右手の薬指に嵌った指輪を見せる。
「いや……この中ってあなた……御伽噺じゃないんだから……」
「アーツの収納ギミックとしては珍しくないと思いますが……」
女性の反応に困ったような表情を浮かべる雅だが、そんな話をしている場合では無かった。
雅はもっとよく確認するべきだったのだ。アーツを抜いた後のレイパーの様子を。
雅の背後で、何かが動く。
「――危ない!」
「え? ……えぐっ?」
女性が異変に気がついて、危険を知らせた時にはもう遅い。
レイパーが起き上がり、雅の後ろから首を掴み、雅の体を持ち上げ、そのまま締め上げる。
今までに倒れていたとは思えない程の力。首を掴む手を振り解こうとするも、びくともしない。普段出さないような変な音が喉から出る。
このままじゃ殺られる。
そう思った、その刹那。
「はあぁぁぁあっ!」
女性が腰の剣を抜き、一瞬の内にレイパーとの距離を詰める。
そのまま、レイパーの首を刎ねた。
手から一気に力が抜け、地面に崩れ落ちる雅。
その後、レイパーがゆっくりと倒れる音がする。
女性が雅を抱きかかえ、その場を離れると同時に、レイパーが爆発四散した。
「大丈夫っ? 怪我は無いっ?」
「あ、はい……大丈夫です……」
そう言いながらも、咳き込む雅。倒した気になって油断していた自分に腹を立てながらも、生きていることにホッとする。
「あ、ありがとうございます……ごめんなさい、お手数お掛けしました……」
「死体が残っているからおかしいと思ったわ。気を付けなさい」
「は、はい。あの……私、雅っていいます。束音雅」
「タバネミヤビ? 聞いたこと無い名前ね……。私はレーゼ。レーゼ・マーガロイドよ」
「えっと、ここ、どこですか? 私、さっきまで別の場所であいつと戦ってて……倒したなぁって思ったら、突然あいつの体が発光して、気がついたらここにいたんです」
嫌な予感がいよいよ現実味を帯びてきて、雅は恐る恐る尋ねた。
予感が当たりませんようにという彼女の希望は、次のレーゼの言葉で打ち砕かれる事となる。
「転移したってこと? ここはノースベルグ。アランベルグの北にある街なんだけど……知ってる?」
「……ちょっと、失礼します」
ここは日本では無い。にも関わらず、このレーゼという女性はとても自然な日本語で雅と話している。
クラクラとする頭で、フラフラと倉庫の外に向かう雅。
「え、ちょ、待ちなさい!」
レーゼが後ろからついてくる。
倉庫の外に出ると、今まで薄暗い場所にいたせいか、日の光がやけに眩しく、雅は目を細める。
「――っ!」
雅の息が、一瞬止まった。
少し遠くの方には、石造りの壁に双子窓のついた、左右対称の建物がいくつも建ち並んでいる。街だ。雅のいるこの場所は、街から少し離れたところにある倉庫である。
奥の方には一見しただけで頑丈と分かるエンタブラチュアのあるアーケードが見えた。
空を、見た事も無いくらい大きな、鳥のような生き物が通り過ぎて行く。驚くことに、その鳥のような生き物の上に、人が乗っていた。
確信する。これはゲームや漫画、小説でしか知らない世界。実にファンタジーな世界であることを。
「まままままさか……」
つまり、だ。
「私、異世界に来ちゃったんですかぁぁぁあっ?」
雅は俗に言う、『異世界転移』をしてしまったのだ。
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