ヤバい奴が異世界からやってきました

Puney Loran Seapon

第0章 新潟県新潟市

第1話『転移』

「いや、ですから違うと言っているじゃないですか。別に怪しい者じゃありません」

「分かった分かった。君にも言いたいことはあるんだろうけど、詳しいことは署で聞くから。ね?」


 西暦2221年、四月五日木曜日。午前八時四十四分。


 ここは、新潟県新潟市中央区白山はくさん。人通りの少ない道端にて。


 桃色の髪をしたボブカットの少女が、男性警察官に向かって、青い顔をして何やら抗議していた。彼女が声を上げる度に、頭の天辺から伸びたアホ毛がピョコピョコと跳ねる。


 彼女の名前は束音たばねみやび。十五歳。桃色の髪は地毛だが、立派な日本人だ。


 雅と警察官の間には、六歳くらいのおかっぱの女の子。彼女は困惑した顔で、雅と警察官を交互に見ていた。


「いやいやいや、迷子のこの子の両親が見つかるまで一緒にいただけじゃないですか。なんで警察署までいかなきゃならないんですか。おかしいでしょうっ?」

「分かった分かった、だから、ね?」


 雅の必死の弁論も、警察官には届かない。彼女の言っていることは事実で、雅はただ迷子の女の子と一緒にいただけであり、天に誓って恥じ入ることなど何もしていない。


 なのに、あろうことか警察に職務質問され、あまつさえ怪しい者と決め付けられていることに憤りを感じていた。実際この警察官は雅を怪しい者として認識しており、事実だけを見れば、間違っているのは警察官の方だ。


 だがしかし、である。


 じゃあ警察官に百パーセント非があるのかというと、彼を責めるのは少し酷だと言える。なぜなら女の子に構う雅の手つきは痴漢の如くいやらしいことこの上無く、ちょっと息も荒かったのだ。事実を知らない人がパッと見れば、雅が少女に対して猥褻な行為を働いていると思ってしまうのは無理からぬことだった。


「あれ、みーちゃん? どうしたの?」


 敗色濃厚。


 このままでは署まで連れていかれてしまうと思った瞬間、雅にとっては助けと言える声が後ろから聞こえてきた。


「さがみん! ちょっと助けて下さい!」

「む? なんだね君は?」


 振り向いて見れば、そこには黒髪サイドテールの活発そうな顔をした女の子の姿が。


 怪訝な顔で雅と警察官を交互に見ている彼女は、相模原さがみはらゆう。互いに「さがみん」「みーちゃん」と呼び合う、雅の親友だ。五歳の時からの付き合いである。要するに幼馴染だ。


 優は雅と警察官の間にいる少女を見ると、苦笑いを浮かべる。


 雅のこういう誤解は、よくある話。何があったのか、すぐに分かった。


 取り敢えず誤解を解こうとして、優が口を開きかけた時だ。


「あ、パパ!」


 女の子がそう叫び、走り出す。


 そちらの方向を見れば、若い男性が額に汗を浮かべ、こちらに走って来るのが見えた。


 ポカンと口を開ける、警察と優。


 そんな中、雅は、


「あわわわわ! 走ると危ないですよぉ!」


 そう言いながら、慌ててその後をついて行く。


 雅の顔は明るい。


 迷子の少女が、無事に両親と再会出来たことが、純粋に嬉しかったのだ。


 優はやれやれと言うような笑みを浮かべ、雅の後に着いて行く。警察官はそこでやっと自分の勘違いに気が付き、少し気まずそうな顔になっていた。


 色々と誤解はあったようだが、平和な日常。




 だがそれは、突然終わりを迎える。




「――っ!」


 雅の顔が、青褪めた。


 先程警察官に弁明していた時よりも、ずっと。


 雅だけではない。優や警察官、少女の父親の顔も、恐怖に染まっていた。


 何故なら――少女の体が突然、宙に浮いたからだ。


 車に轢かれた、というわけでは無い。


 まるで首を吊られたかのように、空に向かって引っ張られたのだ。


 少女の体は、近くのビルの屋上へと投げ出される。


 その直後、


「っ?」

「ちょ、何これっ?」


 雅と優の首に、何かが巻き付いた。


 白い糸で、粘り気がある。まるで、蜘蛛の糸を太くしたようなものだ。


 刹那、糸が引っ張られ、二人の体が宙に浮く。


 二人は糸を外そうとジタバタともがくが、抵抗虚しく、勢いよくビルの屋上へと引き上げられる。


 背中からコンクリートの床に叩きつけられる二人。激しい痛みと、肺の中の空気が全部出ていく苦しさが襲ってきた。


 一体、何が起きたのか。


 辺りを見た雅と優は、顔を強張らせる。




 ビルの屋上には、女性の死体がいくつも転がっていた。老若は関係ない。まるで、ビルにいる女性を無差別に殺したかのようだ。




 死臭は無い。殺されて間もないのだろう。


 そして彼女達を殺したそいつは、雅と優の目の前にいた。


 それは、一言で言うならば化け物。


 全体的にくすんだ灰色の体色をした、人型の化け物。腕が六本生えており、目玉は八つ。口からは、雅達の首に巻きついている糸と、同じものが垂れている。







 まるで蜘蛛を人型にしたようなそいつの名前は、『レイパー』だ。







 実は今、この世界はこのレイパーの脅威にさらされていた。およそ百年前、突然現れたのだ。


 名前の由来は、こいつらが何故か、女性ばかり襲うからである。


 今二人の目の前にいるのは蜘蛛のような奴だが、見た目は様々。


 それぞれに分類があり、こいつは人型の蜘蛛だから、『人型種蜘蛛科』だ。


 先程屋上に投げ出された少女は、今まさに、そのレイパーに首を掴まれ、殺される寸前であった。


 このままでは彼女は殺されてしまう。そして雅達も、すぐにその後を追うことになるだろう。


 だが、そうはならない。


「さがみん! 行きますよ!」

「うん! 分かってる!」


 雅と優が、レイパーに向かって同時に右手をかざす。


 その手には、指輪。


 それが光ると、二人の手に、メカメカしい見た目をした武器が出現した。


 雅の手には、全長ニメートル程の剣。


 優の手には、それより若干小さいサイズの、弓。







 これは、『アーツ』と呼ばれる武器だ。レイパーは、『女性がこのアーツを使った攻撃』でないと、何故か倒せない。







 世の女性は、皆このアーツを持っている。レイパーに殺されないために、持たねばならない。それが、今の世の中だった。


 優がメカメカしい弓――名前は『霞』だ――を構え、弦を引くと、自動的に白い矢型のエネルギー弾が装填される。


「はっ!」


 勢いよく放たれたその矢は、アーツの名前の通り、その姿を霞ませる。レイパーがこの矢を視認するのは、非常に困難だ。


 その矢型エネルギー弾が、少女を掴むレイパーの腕に命中。爆発と共にレイパーは少女を投げ出した。


「きゃぁっ!」

「おっと!」


 雅が少女の体をキャッチすると、そのまま近くの物陰に連れていく。


「ここに隠れていて下さい!」

「で、でも!」

「大丈夫!」


 雅は怖がる少女にサムズアップしてから、レイパーの方へと向き直る。


 優は敵に矢型エネルギー弾を連射しているが、倒すまでには至らない。


 ビルの中から、父親が娘の名前を呼ぶ声と、警察官が周囲の人達に、レイパーの存在を知らせる声が聞こえる中、雅は剣を構えた。


 雅のアーツの名前は、『百花繚乱』。


 その名前の通り、刃や柄に、様々な花の紋様が施されているアーツだ。


 いざ、攻撃せんとした、その刹那。


「ぐっ?」

「きゃっ!」


 レイパーが糸を吐き、雅と優の首に巻き付ける。


 そのまま手元に寄せようと、レイパーが糸を勢いよく引っ張った。


 だが、


「さ、させないっ!」


 雅が剣を振り、自分と優から伸びる糸を切断する。


 突然糸が切れたことで、よろめくレイパー。


 雅は飛び起きるように立ち上がると、百花繚乱を振り上げて突進し、隙が出来たレイパーに向かって叩きつけるように斬りつける。


 しかしそれが直撃する寸前で、レイパーは仰け反り、紙一重で斬撃を躱してしまった。そして反撃しようと、三本の右腕を振り上げる。


 その瞬間。


 レイパーの脇腹、白い矢型のエネルギー弾が命中し、爆発する。


 雅を援護するために、優が攻撃を放ったのだ。


 優の攻撃に僅かに怯むレイパー。追い討ちと言わんばかりに、雅の剣が、アッパーのように下から上に向かって斬りつけられ、レイパーはそのまま大きく吹っ飛ばされた。


 派手な音を立てて体を打ち付けるレイパー。


 雅と優の目が光る。


 今が勝機だ。


「さがみん! 『あれ』やりましょう!」

「うん!」


 雅が優の元に駆け寄りながらそう叫ぶ。


 百花繚乱には、ある機能が備わっている。


 その機能とは、合体。


 同じメーカーのアーツと組み合わせることが出来るのだ。


 雅が、矢の代わりに百花繚乱を、優の霞に番える。


 そして二人で一緒に、弦を引いた。


 エネルギーが百花繚乱に集まり、白い光を放つ。


 レイパーが立ち上がるのと、百花繚乱が放たれるのは同時。


 レイパーにその攻撃を避ける時間は無い。


 百花繚乱が、白い閃光となってレイパーの胸元に深々と突き刺さった。


 だが、貫通はしない。体の半分ほど突き刺さったところで止まっているのは、このレイパーの肉体がそれだけ強靭だと言うことだ。


 レイパーは刺さった百花繚乱を抜こうと、僅かに身動ぎしたものの、やがて事切れたように仰向けに倒れて動かなくなった。


「勝った……んですかねぇ?」

「うーん……普通なら爆発するんだけど……」


 雅と優が首を傾げる。


 絶命したレイパーは基本的には爆発四散する。『基本的に』と言うのは、レイパーの種類によっては爆発しない個体もいるし、別の理由で爆発しない時もあるからだ。


 アーツの使い方が未熟な者がレイパーを絶命させた時が、この『別の理由』にあたる。現に、雅も優も何度かレイパーと戦ったことはあるが、偶にこういったことがあった。


 だから今回もそうなのだろうと、二人は結論付ける。


「みーちゃん、アーツ回収しよっか」

「うーん……さがみんはここで待ってて下さい。万が一ってこともありますし」

「うん? まあ……別にいいけど?」


 雅は慎重にレイパーの方へと近づいていく。雅の中で、何かが警報を鳴らしていた。第六感とでも言うべきものだ。


 そいつに近づいてはならない。


 第六感は、そう告げていた。


 だが、矢として放った百花繚乱を回収しないわけにはいかない。遠隔から指輪に収納できれば近づかなくても済むのだが、生憎アーツに触れなければ収納できない仕組みとなっている。


 だからこうして、優をその場に残し、レイパーに慎重に近づいていたのだが……すぐに、その第六感に従わなかったことを後悔することになる。


「……っ!」

「みーちゃんっ?」


 レイパーが突然強い光を放ったのだ。


「さ、さがみぃぃぃいんっ!」

「みーちゃぁぁぁあん!」


 慌てて優の元に逃げようとするが、時既に遅し。


 助けを求めようと雅が手を伸ばし、


 その手を掴もうと優が手を伸ばす。


 しかし発光がさらに強くなり、優は思わず目を閉じてしまう。


 伸ばした手が掴んだのは、虚空。


 優が目を開けた時にはもう、親友とレイパーの姿はどこにも無かった。




 ***




「……ちょ、え?」


 光に包まれた雅。気がつけばそこは見知らぬ場所。


 薄暗く、辛気臭い、寂れた臭いが鼻をつく。


 多分倉庫だろう。雅はそう思った。


 自分の後ろには、倒れたレイパーと、百花繚乱。


 ここがどこだかは分からないが、何となく空気が新潟とは違う気がした。


 雅は思いっきり、息を吸う。


「ええぇぇぇぇぇえっ?」


 絶叫が、虚しく倉庫の中に響き渡ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る