シータ・カイリを探せ 3
シータ・カイリという学者は前にも言った通り学者になるべく天文台に来たかなりの変わり者だ。そして、その研究も群を抜いて異質なものだと言われている。
曰く、古代遺跡の研究とはあくまで表向きのことで、実際は失われた古代文明や忘れられた古代の生物種などについて研究しているらしい。何とも馬鹿馬鹿しい話だ。
失われた古代文明などあるはずもなく、忘れられた古代にだけいた種など妄言でしかない。
この世にあるものは、今この時にあるものがすべてであり過去にだけ存在したものなどありはしない。
ローボはそこまでではなくともあり得ないほら話を追い求める変人だと思っていたし、学者たちは実際にそう考え罵詈雑言をぶつける者もいたらしい。けれど、事情が変わった。
ウルという古代遺跡から発見された遺物が話す知識や常識のうちいくつかは、少なくとも今現在のどこにも当てはまるものがない代物だ。
つまり、今まで聞き流していた変人学者の少なくとも話の半分くらいは本当のことかもしれないのだ。
ならばその人物とウルを合わせてやることはいいことのはずだ。
シータはウルの知識から研究を進められるかもしれないし、ウルは自分の知識や常識が通じる相手を見つけられるかもしれない。
それはきっといいことのはずなのに。
『あの学者にあの子を会わせるのはやめなさい。傷つくのはあなただけじゃないのよ』
ルサルカがここまで口を出してくることも珍しい。単なる嫌がらせの可能性もなくはないが、それにしては真剣な顔だったことが印象的だ。
「ていうか、シータ先生本当にどこ行ったんだよ……」
ひとまずウルを一緒に連れ出したという学者たちの元へ行ってみたが全員が知らないと首を振った。いや、どちらかというと興味がないといった感じだったか。
研究の過程で必要だと判断しなければ関わり合いになりたくない。そういう意味ではトゥーラとシータはよく似た扱いを受ける学者なのかもしれない。
妙なところで既視感をおぼえながらローボは研鑽地区を走り回る。
いろいろと聞き込みもしてみたが、誰もが知らないと口にするばかりでどこで見かけたとか、誰と一緒だったとかの情報が一切入ってこない。
これはいよいよ研鑽地区にはいないのかもしれない。となると、居住地区、学舎地区、ないとは思うが天文地区も探さなければならないだろう。これはいよいよ時間がかかりそうだ。
重くため息をつきながら、ローボはとりあえず一番シータがいそうな天文地区を目指すことにした。
霊峰アストラルの山頂近くの傾斜を削り取ってつくられた平地にある天文地区。そこは決して広くはなく、いくつかの建物と星読みのための建物があるだけの簡素な場所。噂では使徒の住居もここにあるのだという。
「すみません、シータ・カイリ先生はこちらにいらっしゃいますか?」
天文地区の入り口に立っている番人たちはギロリと睨みつけるだけで答えてはくれない。
その反応だけでシータがここにいないことはすぐに分かった。そもそも、ここに忍び込んでいるのならすぐに見つかって追い出されているだろう。
「待て!」
肩を落として立ち去ろうとしたローボに番人の一人が声をかける。高圧的な声に嫌な顔一つせず素直に振り向いたローボに、番人が顔をしかめながら問いかけてくる。
「クナーレ・コシカ殿を見かけなかったか? 数日前から行方が分からんのだ」
「……いえ、研鑽地区では見かけませんでしたが」
「そうか。まったく、どこへ行かれたのやら。これ以上勝手をされては我らがニュサ様にお叱りを受けてしまう」
「わかりました。見つけたら天文地区に戻るように言っときます」
何となく、シータが今誰とどこにいるのかがわかったローボは苦笑する。もし彼の思う通りなら、きっとクナーレもいくら探しても見つからないだろう。
「これは、待つしかないか」
あきらめきった声が夕空に溶けていった。
ひび割れて劣化した七つの柱とそれらに囲まれるようにして立っている朽ちた巨木。長い時の果てに見つけられた古代の遺跡さながらの様相だが、こうなってしまったのはつい最近のことである。
「やっぱ、あの遺物を連れ出したからだよな」
「……うん、多分そう」
つい最近、ここから持ちだされた遺物とこの異変の関係はよくわからないが無関係ではないことだけは確かだった。
手元の頼りない灯りをもとに柱などに触れて何事かを確かめているシータを横目に見ながら、クナーレは覆う物のない夜空を見上げた。ここは星がよく見える。
「……あ」
ふと何気なく星を見上げていたクナーレは空にまたたく光の川が訴えかける声を聴いた気がした。ニヤリ、と口元を歪めて楽し気にシータの方へ体を向ける。
相棒の様子が気になったシータもまた、クナーレをまっすぐに見上げていた。
「今天文台に帰るといいことがあるみたいだぜ?」
「そ、それってニュサ様のお叱りを受けるとかじゃないだろうな」
「おいおい、それなら言わないだろ」
お前を囮にして逃げられないからな。
意地悪くそう続けたクナーレにムッと眉をしかめるシータだったが、そういえば何度かそういう事態になったことがあったのを思い出して妙に納得してしまってもいた。
ジトっとねめつけらているというのにニヤニヤと笑ったままのクナーレに嘆息してシータは荷物をまとめ始める。
「うんうん、素直が一番だ。俺の星読みなんだからな、絶対にいいことあるって」
「……はいはい。そうだね」
うざったそうにしながらもシータは天文台に待ついいことが何であるのかに思いをはせる。
朽ちた柱と大樹に刻まれた文字が星の小さな明かりに照らされていた。
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