外れものたち 4
世界中の知識が集まると言われる天文台に、外れものと呼ばれる集団がいる。
彼らはすべて世界中から集められた研究対象であり、保護対象だ。
生まれること自体があり得ないモノ、まさに生きていることが奇跡としか言えないモノ、一見普通に見えるモノ。
一通の手紙を眺めながら占い師のキハーナはため息をつく。
「僕はいったいどれに分類されるんだろう」
「そりゃあ麗しの紫の君は存在そのものが奇跡だぜ。何せ砂漠に咲く一輪の薔薇、それも紫色ときた。お前ほど美しいものはなく、世界だってお前にひれ伏すだろうさ」
「……そういうのはいいよ。ウザイしキモイ」
濃く鮮やかな紫の髪に指を滑らせ自分を褒めたたえる用心棒のハナンの言葉をばっさり切り捨て、ため息をつく。
一体なぜこんな軽薄で歯の浮くような言葉ばかり喋る男を用心棒として雇ってしまったのか。
自分を売り込んできたハナンの言うことを鵜呑みにして受け入れた過去の自分を張り飛ばしたい衝動に駆られるキハーナだったが、肝心の用心棒は上機嫌でキハーナのあごに指をかけ軽く持ち上げる。
「そうつれないこと言うなよ、キハーナ。俺は本気でお前のことを美しいと思ってるし、愛してるんだぜ? お前だって、俺がいないと生きていけないだろ?」
「うぬぼれないでくれないかな。僕は一言も君にそんなこと言ったことはないし、そもそも荷物をまとめるようにお願いしたはずなのになんで僕を口説いているんだい? 仕事をしてくれないならここで契約を解消してもいいんだよ」
丸い目を何とかつり上げて凄んで見せても、目の前の男はニヤニヤしたまま親指でキハーナの頬を撫でるだけ。
食い扶持がなくなるうえに客の中からいいと思った相手を口説く趣味を持つ彼は、契約を切られることは絶対に避けたがるだろうと踏んだうえでの言葉だったのに、予想したよりも反応が軽いことにキハーナは首をかしげる。
「別にいいぜ」
「……え」
用心棒が呆気なくそれを了承したことに思わず声が出てしまった。キハーナは慌てて口をふさぐが、しっかりと聞いていたのだろう。
男は笑みを一層深くして意味深にあごにかけた手を滑らせる。
「ほらな、いくら強がってもお前は俺を必要としてるんだよ」
ニマニマと顔をだらしなく緩める男にキハーナは言い返すこともできなかった。
草原地帯の南部街道を一台の幌馬車が走っている。
御者台に乗って手綱を握っているハナンは荷台の中で膝を抱えてむくれている主を盗み見て苦笑した。
少しばかり意地が悪かったかもしれないが、だからといってすでに半日は立っているのだ。むくれている幼い表情も大変愛らしいが、そろそろ機嫌を直してほしい。
「紫の君、むくれてちゃ美しさ半減だぜ? そろそろ機嫌を直しちゃくれねぇか」
「……本音を言ったら考えなくもないよ」
「むくれてるお前も美しく可憐だし、まったくもって俺が困ることはないがいつまでもむくれてちゃ紫の君が疲れるだろ? そろそろ機嫌を直しちゃくれねぇか」
ゴン! とハナンの頭に人の顔ほどの大きさの水晶玉が投げつけられた。
頭が割れたのか、血が噴き出す。ハナンの顔にも血がだくだくと流れ出す。つり気味の目元をひくつかせながらハナンは自分の主を睨みつけた。
「いってぇ!! ちょ、紫の君! 殺す気か?! つうか俺じゃなかったら死んでるからな?!」
「チッ」
「うーん、とげとげしい。美しい花を守る茨のよう……ちょ、まっ、待て待て待て!!」
水晶玉を両手で持ち上げて振りかぶるキハーナに慌てて片手をかざして制止をかける。
褐色の肌でもわかるほど真っ赤に顔を染めてプルプルと震えている少女に、さすがに言い過ぎたかなと思わなくもなかったが本心なのだから否定はしないし取り消しもしない。
流れていたはずの血がきれいさっぱり消えた顔を睨みつけていたキハーナはふいっと背中を向けた。どうやら本格的にふてくされてしまったらしい。
「悪かったって。それにしても、なんでお前だけじゃなく俺も呼ばれてんだろうな」
「……」
「お前は未来を見る占い師だから興味を惹かれるのもわかる。何よりその在り方が美しいしな。けど、俺は腕っぷしは強いが天文台の学者たちが興味惹かれるような特別なものは持ってない。お前の用心棒としてきてもいい、ならわかるが連名で招待されるってのはちょっと納得しがたいな」
「……それ、本気で言ってるのかい?」
憮然とした声で問われてハナンは首を傾げた。
「おう。お前は姿かたちも美しいが何よりもその心が美しいと」
「そっちじゃない!! あー、もう! 君に真面目な話を期待した僕が悪かった。もう黙ってておくれ」
水晶玉がぶつかったせいで出来た傷がきれいさっぱり消え去った頭をそっと見つめながらキハーナはため息をついた。
なぜここまでわかりやすい現象を体験しておいて自覚がないのか。
「僕はおまけだよ」
ぽつりとつぶやいた言葉は用心棒の耳に届くことはなかった。
世界の秩序を守るために地上へ遣わされた使徒が1柱の治める知識の蔵へ秩序から外れた存在が集まりつつある。
長い歴史の中でも異例の事態に、学者たちの中にも何かが起こるのではないかとうすうす感づいている者がいる。
天文台を治めるニュサ・レウスの思惑は一体どこにあるのか。
不変の輝きに包まれていた世界に小さく流れゆく彩が生まれ始めていた。
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