外れものたち 2

 研鑽地区の外れにぽつりとボロ小屋が建っている。ドアに〈トゥーラの研究所〉と書かれた札を下げたそこは、天文台の学者たちの中でもかなりの際物がいる場所だ。どうしても必要な時以外、誰も好き好んで近づこうとはしない。


 突然、ボロ小屋の中が光ったかと思うと屋根が吹っ飛んだ。


 文字通り天井がない空間からモクモクと怪しい色の煙が立ち昇る。近くを歩いていた学者や学徒たちが慌ててその場から逃げ出す。誰かがまただ、と叫んだ。


「ゲホッ、ゲホッ! あっれー、おかしいな。爆発しちゃったよ」


 小屋から這うようにして誰かが出てくる。あちこち変な色がついた白衣を身にまとった金髪の耳長は実験の失敗が心底不思議なようだ。おそらく、このふくよかな体つきをした学者が小屋の主であるトゥーラなのだろう。


 と、ただの囲いと化した小屋が大きく震えて倒壊し始めた。ギョッと目を見張る周囲のことなどお構いなしに小屋は跡形もなく崩れて、中から成人男性二人分の大きさはありそうなピンク色をした何かが出てきた。

 あえて言うならば体がぐずぐずに溶けかけている皮膚をはいだカエルだろうか。


 あちこちで悲鳴が上がる。運悪くそれを直視してしまった者は発狂したかのように叫ぶか意識を飛ばし、直視しなくともまた気味の悪い怪奇物が誕生してしまったことを察した者は悲鳴をあげながら逃げ惑う。


「んー。やっぱり血の量が適切じゃなかったのかなぁ? それとも食べさせたナギ君の角が合わなかったとか? いや、でも普通生き物は爆発しないし」


 周囲が世界の終りのような騒ぎになっているというのにぼさぼさになった頭をかいているトゥーラは気づいた様子もない。

 それどころか己の実験に対する考察を延々を述べ続けている。そのすぐ後ろにはピンクの怪生物が迫っているというのに。


 おそらく口なのだろう部位がバカリと空いて、真っ青で伸縮性がありそうな肉の塊が伸びてくる。


「お腹の中にガスがたまってて、それがナギ君の角と反応しちゃった? いやいや、ナギ君の角はあくまで髪の毛の集合体みたいなもの。つまり爪と同じようなものなのに爆発物になるはずもない。となると、やっぱり血をあげたのがまずかった? それとも爆発草をあげたのがまずかった? ……おりょ?」


 青い肉塊が腰に巻き付いた。今さら自分の後ろにいるモノに気づいてトゥーラは気の抜けた声を出した。


「うーん、これは舌だね。私を食べたいのかな?」


 その予想は果たして正解だったのか、哀れな姿になってしまったカエルが舌を口の中に引き込む。当然それに巻き取られているトゥーラも口の中にダイブすることになるのだが、不思議なことに慌てる様子もなければ絶望に染まった様子もない。


 むしろ目を輝かせて自ら飛び込むような勢いを見せている。あと指一本分進めば口の中にゴールインとなった時、ふいに赤い液体が飛び散ってカエルの舌が微塵に切り刻まれる。


「あ、ナギ君。来たんだ」


 自分を抱えるようにして落下している青年の顔を見上げてトゥーラは残念そうにつぶやいた。

 ナギと呼ばれた額から二本の黒い角をはやした青年はひくり、と口元を歪める。こめかみの血管が浮いているようだった。


「ほぉ、命の恩人に向かって言うことがそれか。今からでもあれの口に突っ込んでやろうか」


「え?! いいの?!」


 あからさまに目を輝かせるトゥーラ。舌の先にまで出かかった万の言葉を何とか飲み込んでナギは乱雑に変態学者を放り捨てた。情けない声をあげて顔から落ちたようだが気にしない。

 手に持っていた独特な反りを持つ片刃の剣を鞘に入れたまま構える。


「まったく、なぜ毎度毎度こうもわけの分からぬものを生み出すのか」


 苛立たし気に低くつぶやくと、一気にカエルの頭まで跳躍する。生物が発揮できる運動性能をはるかに超えた動きに怪生物もついて行けずナギの姿を見失った。

 ぶよぶよとした気色の悪い肉塊の上に立ったナギは抜き取った剣をかざしながら一瞬だけ顔を歪めた。


「すまぬな。我が同胞よ」


 次の瞬間、怪生物となったカエルの頭が二つに割れ、肉体が粉々に切り刻まれた。


 怪生物爆誕の騒動がひとまず落ちついたころ、ナギはトゥーラにひたすら泣きつかれていた。


「えーん、ひどいよナギ君! あの子のことをもっと知りたかったのに全部焼いちゃうなんて! 鬼、悪魔、人でなし! ナギ君には良心ってものがないんだ!」


「……」


 罪のないカエルをあんなものにしておいて良心だなどとよくもまぁ言えるものだ、とあきれる。ナギの思考など露知らずトゥーラはただひたすら叫びまくる。


「死んじゃったものは仕方ないからせめて命をありがたくいただこうね、て言っただけなのにそれを必要ないってみじん切りにして油かけて火を突っ込むなんて。あんまりだ! あの子が何をしたっていうんだよぉ!」


「……」


 むしろお前が何をするんだ、と言いたいがここはぐっとこらえる。あと少し黙って聞いていればけろっと元に戻るのは経験で理解している。


 その証拠に、さっきまで散々わめいて子どものように駄々をこねていたことが嘘のようにおとなしくなり始めている。あともう少し、このツッコミどころ満載の変人学者の話を聞いていれば終わる。


「あ、そういえばあの子ナギ君の角を食べたとたん爆発しちゃったんだよねぇ。なんでだろ?」


「……拙の、角……だと? おい待て、そなたあのカエルに何を食わせた?!」


「何って、ナギ君の角とー、爆発草とー、私の血」


「……」


 へらへらとしながら言われた材料に目をむく。なぜそれをカエルに与えようと思ったのか。というか、なぜよりにもよって自分の角と魔女の血を一緒に与えたのか。それ以前になぜ自分の角を持っているんだ。


 額を抑えて深々とため息をつくナギを不思議そうに見上げながら、トゥーラは今思い出したと言わんばかりに手のひらを拳でうつ。

 嫌な予感がひしひしと忍び寄ってくるのを感じながらナギはとりあえず言わんとしている言葉を待つ。


「ナギ君に渡した薬も希釈してあげた!」


 あまりにも自然に、あっけらかんと言われた言葉に頭の中が真っ白になる。


 なぜ、よりにもよって劇物に劇物を重ねて与えたのか。というか、ナギ以外があの薬を飲めばそれは間違いなく生物が異様な変化を遂げるだろうことは想像に難くないというのに。

 その上魔女の血をそのまま直接与えたというのだからもう、ふさわしい罵倒が思い浮かばない。


「おかしいよねー、計算上ではちゃんと耐えられる量だったんだよ? あのカエル君根性足りなかったのかなぁ」


「こ、の……たわけが!!!」


 何とか絞り出された罵倒が空しく響いた。






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