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 64まで進んだ年号のカウンターは、たった一週間で1にリセットされてしまった。


 新しい時代の到来。だけど、僕には全く実感がない。世の中は景気が良くなっているみたいだけど、悲惨な事件は後を絶たない。世間を騒がしていた連続幼女殺人事件の犯人がようやく捕まったのだが、こいつがいわゆる「おたく」だったせいで、僕みたいに部屋にこもってアニメを見たりプログラムを書いたりしているような人間に対する世間の風当たりが、非常に強くなった。全くもっていい迷惑だ。


 昼休み。インナーイヤータイプのヘッドフォンを両耳に突っ込み、それを接続したウォークマン SONY WM-3を再生させながら、僕は自分の席でポケコンの小さなキーボードをひたすらタイプしていた。


 本当は16ビットのパソコンが欲しかった。だけど、何十万円もするようなものを高校生が買えるわけがない。MSXやファミコンすら買ってくれないうちの両親が、到底そんなものを買ってくれるはずもない。かろうじて、ポケコンだったらなんとか小遣いを貯めて買うことが出来た。それでも中古になってしまったが。


 僕の愛機、PC-1251 は型落ちになってもう随分経っているが、結構売れたためこの機種で動くプログラムは雑誌に沢山載っている。しかもこの機種は機械語が使えるので、結構高速に動くプログラムも作れたりする。

 雑誌のプログラムを入力するのに飽き足らなくなった僕は、最近では自分でプログラムを考えて打ち込むことが多くなってきた。


「何聴いてるの?」


「!」


 いきなりヘッドフォンが両耳から外される。振り返ると、クラスメイトで幼馴染みの足立あだち 泰子やすこが、それらを持って椅子に座っている僕を見下ろしていた。

 長いストレートの黒髪。端整な顔立ち。体付きは痩せているが、最近ちょっと胸が膨らんできたみたいだ。現在絶賛バッシング中の「おたく」っぽい僕に、分け隔て無く声を掛けてくれる、数少ない……というか、実質唯一の女子だ。


「……聴いてみる?」


 僕が言うと、泰子はためらいもなく自分の両耳にヘッドフォンを装着し、目を閉じた。


 元々泰子と僕は音楽の好みが何となく似ていた。だから、こんな風に互いが互いの聴いてる音楽を聴いたりすることも良くあった。


 正直、僕は彼女が好きだった。だけど……下手に告白したりして、こんな他愛のないやりとりができなくなるのは嫌だった。だから僕は自分の気持ちを、常に心のワークエリアの奥底のアドレスに格納したまま、呼び出すことは無かった。


「……」


 彼女の顔に微笑みが浮かぶ。気に入ったのかな……?


「なんか、おしゃれっぽい曲だね。歌が入ってないんだ」


「ああ。シャカタク、ってグループだよ。イギリスの」


 今再生しているのは、最近の僕のお気に入りのアルバム、"Da Makani"。シャカタクは"Night Birds"みたいな女性ボーカルもいいけど、インストも悪くない。


「へぇ。今度、私にもテープ貸してくれる?」


 やった。気に入ってくれたんだ。僕は笑顔でうなずく。


「うん。いいよ」


「……また、何か難しそうなことしてんの?」


 視線を僕の手元に移し、泰子は呆れ顔になる。こいつはプログラミングに全く興味が無いのだ。ファミコン持っててゲームはそこそこやってるくせに。


「ああ。今、占いのプログラム作ってる。もう少しでできるから、ちょっと待ってて」


「うん」


 僕は大急ぎで残り3行を入力し、サブルーチンを完成させる。


「よし、できた。それじゃ、自分の名前をアルファベットで入れてみて」


 RUNモードに切り替え、早速プログラムを実行した僕は、そのまま彼女にポケコンを手渡す。


「え……と……これでいいかな?」


 覚束おぼつかない一本指で、えらく時間をかけて彼女は ADACHI YASUKO と入力した。


「よし。じゃ、ENTER キーを押してみて」


「うん」


 彼女が人差し指で ENTER キーを押すと、表示が始まった。


 ANATA NO UNSEI HA....


 DAIKICHI DESU.


「ダイキチ……大吉?」泰子の目が丸くなる。


「ああ、やったじゃん、泰子!」


「そっか、大吉か……でも、なんかコンピュータだと、あんまりありがたみが感じられないね」


 彼女が苦笑する。


「……それは言わないでくれよ……」


 僕がそう言った瞬間、5時間目開始を告げるチャイムが鳴った。


「じゃあね、一郎」泰子が手を振って自分の席に戻る。


 もちろん彼女は知らない。


 彼女の名前を入れたら必ず大吉が出るように、僕がプログラムしていたことを。


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