第6話

「嘘ついて、ごめんなさい……」

 目の前に座るnanaさんは、小さく細い体をさらに縮こませて言った。

 とりあえず話をしたいと、半ば強引にさっき出たばかりのファミレスに連れ込んだ。黙って座るnanaさんに、昨日が新年会で都内に来ていたこと、今日はnanaさんを探して病院を巡ったことを話した。nanaさんは、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

「えっと……じゃあ、病気じゃなかったってこと?」

「はい……」

「えっと……じゃあやっぱり、看護師さん?」

「いえ……その、近くに大きな病院があるので、それでつい……」

 なるほど。じゃあ自宅はこの近くなんだ。

「その……仕事は……して、ません」

「えっ?」

「私、高校の頃から、その……引きこもってて……働いたことはなくって……」

「そ、そうなんだ……」

「あの……兄の手伝いは少々……」

「お兄さんは何を?」

「兄は、ウェブ関係の仕事をしてます。オンライン飲み会も、兄が教えてくれて……家族以外の話し相手が出来ればって、オンライン合コンも……」

 なるほど。そこで俺と会ったわけか。

「でもさ、なんで病気なんて言ったの? 俺、すごく心配したんだけど?」

「ご……ごめんなさい……」

 nanaさんの目に、再び涙が浮かぶ。俺は慌てて言い募る。

「ああ、違う違う! 怒ってる訳じゃなくて……なんで、そこまで会うのを拒まれたのかなと思って……」

 実際、そこまで怒ってる訳じゃない。怒るより、病気じゃなかったことの安堵の方が大きい。ただ、嘘をついてまで俺に会いたくない本当の理由が知りたかった。俺と話してる時のnanaさんは、本当に楽しそうだったのに、本当は嫌っていたんだろうか? 俺以外に友達がいないから、我慢して付き合ってくれてたんだろうか?





「私……ブスだから……」

「へ?」

 思わず間抜けな声が出た。

「この年でお化粧もしたことないし、可愛い服も持ってないし……」

 言っている意味が分からない。化粧のことがよく分からない俺でも、nanaさんのメイクはとても上手だと思うし、いつも可愛い服を着ていたと思う。

「あの……実はあれ、バーチャルメイクとバーチャル衣装で……」

「へっ?」

「兄が開発してくれました。汚い部屋を見られたくないって言ったら、おしゃれな部屋のバーチャル背景を作ってくれて……」

 バーチャル背景は知ってる。割と前からあった。nanaさんの可愛らしい部屋も、バーチャル背景だったとは。

「それから、可愛い服とか持ってないし、ぼさぼさ頭を隠せる方法ないかって、相談して……」

 えっ?

「25にもなって、お化粧もしてないのもおかしいからって……」

「つ……つまり……」

「はい。全部バーチャルです」

 技術革新ここまで来たかー! クリエイターとして負けた気がする。いや、nanaさんのお兄さん、凄すぎねえ?

「全然気付かなかった。違和感なかったし……」

「はい! お兄ちゃんはすごいです!」

 低かった声が少し高くなる。機嫌のいい時の、鈴を転がすような声。

「でも、利用する側も結構大変なんですよ。少しは頭を動かしても大丈夫なんですけど、下を向いたり横を向いたりの大きな動きには付いて来れなくて。そこをもっと改良してってお願いしてるのに、難しいって……」

「そりゃ、難しいよ」

 俺もエンジニアの端くれ。その難しさを少しは理解できて、思わず苦笑が漏れる。

「でも、ずっと前向いたままって結構大変なんですよ! 首が痛くなって、肩が凝って……」

「ふふ……」

 饒舌に話すnanaさんの声を聞いて、思わず笑ってしまった。

「なんですか?」

 ラインで縁取られていない少し垂れ下がったきれいな目が、上目遣いに俺を見る。

「元気そうで、本当に良かった」

「あ……あの、本当にごめんなさい……」

 チークを塗っていない白い頬が、赤く染まっていく。


 メイクなんかしていなくても、髪の毛が少しぼさぼさでも、nanaさんは、やっぱり可愛かった。

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