第5話

 翌日の日曜日。早速、中西が探してくれた病院に向かった。病名は分からないけれど、本名は知っている。名前が分かれば、受付で病室を教えてもらえるはずだ。

 突然会いに行って、nanaさんがどんな反応をするのか分からない。それでも、一目顔を見れば安心できる。

 万が一、会えないほど容体が悪かったら……


 その晩、病院近くのファミレスで、俺はうなだれていた。

 どの病院でも、nanaさん……竹内七海さんなんて名前の若い女性は入院していないと言われた。中西が探してくれた病院全部回って、全部同じ答え。最後に、一番最初の病院にもう一度聞いてみたけれど、やっぱり同じ回答だった。

「難病で入院してるんじゃなかったのかよ……」

 数時間後に、離島に戻る船が出る。もう時間はない。

 明日、休みをもらって、もう1日病院巡りをするか考えた。だけど、都内に入院してるって話が嘘の可能性もあり、闇雲に探すには、情報が足りなさ過ぎる。

 悩んだ末、今日は帰ることにした。


 あんなに会ってあんなに話しをしたのに、俺はnanaさんのことを何も知らないんだと、思い知らされた。





 船に乗る前につまみとお茶を買いに、ファミレス近くのコンビニに寄る。

「あ、すんません」

 ぼけっとしていたせいで、コンビニの入り口で、女性とぶつかった。

「いえ、こちらこ……ひろっ!」

「へ?」

 短く上がった悲鳴のような声に驚いて女性を見下ろすと、さっと顔を伏せられた。女性はそのまま、小走りでコンビニから出て行く。

「何だ、あの女……」

 早足で遠ざかる女性を、なんとなく見送る。

 ジャージの背中に、適当にまとめただけの黒い髪。一瞬しか見えなかったけど、若かったと思う。

 別れた元カノは、近所に行くのでさえ髪を整えて着替えていたから、女性はそういうものなんだと思っていた。ジャージで外に出る女もいるんだなぁと、変な意味で感心する。

 知らない変な女のことを考えながらコンビニに入ろうとして、突然、さっきの声が誰かの声と重なった。

『ひろ……』

 鈴を転がすような、少し高い声。

「あの!」

 遠ざかっていく背中に慌てて声をかける。細い肩がびくりと震えたけど、歩く足は止めてくれない。走って追いかけながら、さらに声をかける。

「違ってたらすみません。あの……nanaさんじゃ、ありませんか?」

「ち……違います。人ちがい……です……」

 答えてくれたけど、振り返ってくれない。だけど俺は、その声で確信した。

「nanaさんですよね! 俺です! hiroです! あなたに会いに来ました!」

 叫ぶように訴えると、細い背中は足を止め、ゆっくりと振り返る。暗くて表情はよく見えないけど、俺を見つめる目がきらきら光って見えるのは、涙で潤んでいるせいだとは分かった。

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