第3話

「nanaさんに、会いたい」

『えっ?』

 nanaさんのぱっちりした目が、大きく開かれる。俺はその目を真っ直ぐ見返し、言葉を続けた。

「今度、都内に行きます。社長の意向で、毎年新年会はオフラインでやるんで。それで……nanaさんにも会いに行きたいです」

『あ、あの……急に言われても……』

 nanaさんが困ったように視線を彷徨わせる。俺は勢いにまかせてさらに言い募る。

「少しでいいんです! 病院でも会いに行きます! 少しお話し出来たら、それで、帰りますから……」

 nanaさんはしばらく黙った後、絞り出すように言った。

『ごめん、なさい……』

 大きな目が、潤んできらきら光っている。その目があまりにもきれいで、見惚れてしまって、nanaさんがなんて言ったのか聞き逃していた。

『ごめんなさい……会えません……』

 ようやく耳に入った言葉の意味が分かると、一気に酔いがさめた。

「あの……すみません。やっぱ、直に会うのは、嫌ですよね……」

 オンラインで全て済ませられるんだから、会う必要なんてない。ずっとそう言っていた奴が、何を言ってるんだ!

 だけど、nanaさんに会ってその考えが変わったんだ。nanaさんと並んで歩きたい。nanaさんの声を直に聞きたい。nanaさんをもっと近くに感じたい。

 オンライン飲み会で他の女達が言ってたことを、やっと理解できるようになった。


 好きな人とは、ぬくもりを感じる距離で会いたいって。





『違うの……私……嘘、ついてて……』

「嘘って、なんですか?」

 nanaさんの目から、涙が一粒落ちた。

『ごめんなさ……』

 突然、通信が切れた。

「nanaさん!」

 焦って叫んでも、切られてしまっては声が届く訳がない。

 酒の勢いに任せて、急に会いたいなんて言ったのがいけなかったか? それより、nanaさんがついてた嘘って何だ?

 パソコンの前でぐるぐる回る頭を抱えていると、テーブルに置いていたスマホが、メッセージの受信を告げた。今の俺に、それを確認する余裕はない。にも関わらず、しつこくなる受信音。

「うるせえ、誰だ!?」

 いっそ電源を落としてやろうとスマホを手にする。

「えっ?」

 そこに表示されていた名前は、さっきまでオンラインで会っていたnanaさん。

『さっきはごめんなさい。会いたいと言ってもらえて、すごく嬉しかったです』

『でも、どうしても会えないんです』

『私、hiroさんに嘘をついてました』

 ここから少し、時間が空いていた。

『看護師というのは嘘です』

『実は私、ずっと入院しているんです』

「えっ? 入院?」

『外に出られない私に、兄はオンライン飲み会を勧めてくれました。友達のいない私に、友達が出来るかもしれないからって』

「お兄さんが……」

『そこでhiroさんに会えて、hiroさんとお喋りして、オンラインで旅行やライブに行って、本当に楽しかった』

「nanaさん……」

『だから、hiroさんに会えません。今まで嘘ついて、本当にごめんなさい』

 メッセージはここで終わっていた。


 俺は一晩考え、朝になってから返信した。

『こちらこそ、不躾なことを言ってすみません。今まで通り、オンラインで会いましょう』

 送ったメッセージに既読はすぐについたけれど、返事は来なかった。夜になってやっと来た返事には『ごめんなさい。個室から大部屋に移ったので、オンラインも難しくなりました』と書かれていた。

 俺は、nanaさんの不自然なメッセージに疑問を持ちながらも

『それは残念です。また、オンライン旅行やライブに行けるようになりましたら、一緒に行きましょう』とだけ返した。

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