第2話

『オンライン旅行って、楽しいですか?』

 彼女は、とても可愛いかった。

 ふんわりとした肩に届く茶色い髪、ぱっちりと縁取られた大きな目、ぷるんとしたピンクの唇、上品な服装がとても似合っていた。

「楽しいですよ。家にいながら、世界中どこにでもいける」

 興味もないのに、さも興味があるように聞いてくる。こういう女は、そうやって男を値踏みするんだ。

 彼女も、そんな女達と一緒だと思っていた。

『あの、国内旅行もありますか?』

「国内?」

『はい』

 意外だった。こんなことを聞かれたのは初めてだ。

 彼女のプロフィールを見る。名前はnana、25歳。趣味は読書、映画鑑賞、音楽鑑賞。見た目に反して地味な趣味。

「オンライン旅行に、興味がお有りで?」

 答える前に尋ねてみる。

『はい。私、旅行が好きだったんですけど……あの……仕事が忙しくて、旅行する時間がなくて……』

 しどろもどろになりながら、彼女は一所懸命答えてくれた。

 男好きする見た目に反して純情そう。声も言葉遣いも控えめだ。これが計算なのか素なのか分からないけれど、聞かれたことが嬉しくて、俺は笑って返事をする。

「なら、オンライン旅行はぴったりですね。パソコンの前に座れば、どこにでも行けますから」

『1回の旅行時間って、どれくらいですか? 何時間もパソコンの前にいないと、いけないんでしょうか?』

「いろいろです。1時間くらいのもあります。俺は、世界遺産や歴史的建造物を巡るツアーによく行きます。nanaさんは、どういったツアーに興味がおありですか?」

『私は……』

 その日、初めてアドレス交換に成功した。





「こんばんは、nanaさん」

『こんばんは、hiroさん』

 画面の向こうのnanaさんは、今日も可愛い。髪はふんわり、メイクはばっちり、上品な花柄の服も似合ってる。

『hiroさんが仰ってた映画、観ました』

「そう、良かった」

 nanaさんの鈴を転がすような声を聞いていると、仕事の疲れも吹っ飛ぶ。

 あれから、俺達は急速に親しくなった。メッセージのやり取りをし、2人だけのオンライン飲み会をし、オンライン旅行にも2人で参加した。

『hiroさん、お疲れですか?』

「ちょっとね。クライアントが我がままで……」

『大変ですね』

「そんなことないよ。看護師さんのお仕事の方が大変でしょ?」

『いえ……私はそれほど……』

 俺はゲームクリエイター、nanaさんは看護師。互いの職業は全く違うから、仕事の話は基本的にしない。とはいえ、たまに愚痴をこぼしてしまう。それをnanaさんは、嫌な顔1つせず聞いてくれる。だけどnanaさんは、仕事の話を全くしない。都内の病院で看護師をしているとだけ聞いたけど、それ以上のことは教えてくれない。

 俺は、信用されてないのだろうか?

 nanaさんのことをもっと知りたい。nanaさんともっと親しくなりたい。そんな思いが膨れ上がったある日、俺は酔った勢いでやらかしてしまった。

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