第19話 坂上の回想にて緑川の当時の心境


 <坂上視点です>


 ―――――――――――――――――




『坂上くん・・・私・・・私ね、学校の不良5人に乱暴されそうになったの・・・』


 その言葉は、心臓を撃ち抜かれた様な感覚に陥るほど、俺にとっては衝撃的過ぎた・・・


 緑川が塞ぎ込んで以降、徐々に笑顔を取り戻しつつあったとはいえ全然話をしてくれなくなっていた事もあり、『坂上くん・・・あのね・・・』と久しぶりに緑川から普通に話しかけられた事で舞い上がってしまっていた。


 だから話を聞いてくれるかどうかを確認してきた緑川に、何も考えずに「いいよ」と言ってしまったんだ。

 でも最初のその言葉を聞いた時、その時の自分を殴ってやりたいと思うほど、耳を塞ぎたくなるようなあまりにも重い衝撃の出来事だった・・・


 ただ、その話を聞いた瞬間は、それが原因で今まで塞ぎ込んでいたのかと思った。

 しかし、その考えは違っていた・・・


 それは次の言葉が全てを物語っている。


『そして、その結果・・・私は取り返しの付かない幾つもの罪を犯し、大切な人を裏切る事になってしまった・・・』


 乱暴されそうになったという言葉から考えて、おそらくそれは未遂に終わったのだとわかる。

 もちろん、それ自体もショックだったのだとは思うが、それ以上に今の言葉を言った緑川の顔がさっきよりも辛そうだったんだ・・・


『ごめんね、こんな話をして・・・聞きたくなかったら聞かなくていいから、このまま話だけさせて?』


 緑川は相談できる相手がいなかったのか、1人でずっと抱え込んでいたのだと思う。

 もう限界なの、とでもいうような乾いた笑みを浮かべていたからだ・・・


 俺は緑川の事なら何でも知りたいという思いと、もしかしたら彼女を助けてあげられるかもしれないという安易な気持ちがあった。


 だから俺は何も言わずに頷いて、それ以降は黙って緑川の話の続きを待った。


 すると彼女は、当時の事を1つ1つ思い返すようにゆっくりと語ってくれた。


『・・・ある日の放課後。

 私はメッセージで知り合いに呼ばれ、校舎の外の指定された場所に行ったんだけど、見渡してもその人は見つからなかった。


 ただ、少し遅れているのだろうと思って、特に何も気にしないでそこで待っていたの・・・


 そして誰か来た様な気配がしたから、その人が来たのだろうと振り向こうとしたら・・・


 手で口を塞がれて、外にある体育倉庫に無理矢理連れ込まれてしまった。


 私を押し込んだのは、うちの学校で有名な5人組の不良達。


 最初は怖くて震えて声も出なくて・・・


 でも、ワイシャツを無理矢理引っ張られて前がはだけそうになった所で、ようやく私はなんとか声を振り絞って一度だけ思い切り悲鳴を上げる事が出来たの。


 すると・・・私の仲の良かった男子がすぐに駆けつけてくれた。

 恐怖と絶望の淵に立たされている中で、私が最も来て欲しいと思う人が来てくれた。


 だから、その時は物凄く・・・嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

 すぐにでも彼に駆け寄りたい衝動に駆られた・・・


 でも・・・


 私の有様を見て・・・

 更には私を囲んでいる不良達の言葉を聞いた彼は、すぐに状況を理解し・・・


 そして・・・

 彼の表情が一変した・・・


 彼は私が今まで一度も見た事もないような怒りの表情に変わり、その不良達に殴りかかっていったの・・・


 私、彼のそんな姿を今まで見たことがなかった・・・

 彼は誰かに暴力を振るうような人ではなかった・・・


 私を助けるため・・・

 そんなのはわかってる!


 どんな彼でも、彼は彼・・・

 そんな事もわかってる!


 でも、あまりにもショックが大きすぎた・・・


 初めて目にする殴り合いの喧嘩自体も怖かったし、何よりも見た事のない彼が怖く・・・恐ろしく感じてしまったの・・・


 だから助けてくれた後、私に伸ばしてくれた彼の手を・・・

 優しかった彼の、人を殴ったその手を取る事が出来なかった・・・


 それどころか、反射的にビクッとしてしまって悲鳴の様な声まで上げてしまった・・・


 その時の彼の悲しそうな顔が、未だに脳裏にこびりついて離れないの・・・


 それでも・・・


 そこですぐに手を取れてさえいれば、その後は全てが違っていたはず。

 なのに、怯えてしまっていた私は彼の手を取れなかった・・・


 ううん、取る気になれなかった・・・


 色々と衝撃が大きすぎて・・・


 彼は私を待ってくれていたのに・・・

 優しくずっと手を差し伸べてくれていたのに・・・


 それが・・・

 私の彼に対する最初の罪・・・


 そのせいで・・・


 すでに私と彼の2人きりになっていたその現場を、たまたま通りがかった女子に見られてしまった事で、彼は私を襲った犯人にされてしまう・・・


 その時の私は、まだ恐怖に支配されていたのと気が動転していたせいで、誰から何を聞かれても言葉が全く出てこなかった。


 だから彼を庇う事も出来ずに・・・


 結果、彼はすぐに2週間の停学処分を言い渡されてしまった・・・


 そして私も、さすがに色々とありすぎて落ち込んだのと体の震えなどが止まらなかったから、気を落ち着かせる時間が必要だった為に3日間学校を休んだの。


 気分が落ち着いてくると、思考も徐々に冷静さを取り戻してきた。


 色々と考えられるようになった中で、すぐに彼の容疑を晴らす事が出来なかった申し訳なさも感じながらも、登校したらすぐにでも真実を話して誤解を解けば大丈夫だと楽観視する自分がいたんだ・・・


 後回しにしてしまった事が、どれだけ大変な結果を招くとも知らずに・・・


 それが私の犯した2つ目の罪・・・


 私の気分が完全に落ち着きを取り戻し、登校した初日。

 彼の噂が学校中に広まっていて、取り返しの付かない事になっていたのを知る事になる・・・


 クラスメイトは登校して教室に入った私を見ると、すぐに駆け寄り心配して沢山声をかけてくれた。

 ただその時は、学校を休んだ私の体調を心配する言葉ばかりだったので、純粋に私を心配してくれているのだとしか思っていなかったの。


 私はクラスメイト達に出来るだけ笑顔で対応しつつも、停学になってしまった彼の事ばかりが気になる。


 それとまずは・・・

 彼の間違っている情報を知っている人がいれば、その誤解を解かないといけない・・・


 全員が全員、彼の停学の理由を知っているわけではないだろうから。


 そう思いながら、停学中で居ないはずの彼の席を見ると・・・


 私は衝撃を受けてしまった・・・

 なぜなら・・・


 彼の机や道具などが酷い有様になっていたから・・・


 その光景を見た私は、あまりのショックで笑顔も忘れ呆然として再び声を失ってしまう。


 何でこんな事に・・・


 ・・・

 その瞬間、私は理解した・・・


 そうか・・・

 知っている人がいるのではなく・・・


 もう全員に事件の事が・・・

 彼に関する偽りの情報が知れ渡ってしまったんだ・・・


 だからこんな事になっている上に、それを見ても誰も何も言わないんだと・・・


 でも・・・


 実情は別として、被害者は私。

 なのに、被害者である私が関与しない所で、勝手にこんな事をされているという現状が信じられなかった。


 これをやった人達は、本当に私の為になると思ってやっているのか・・・

 それとも、そうする事が正義だとでも思っているのか・・・


 カッコつけたいから、自尊心の為、憂さ晴らし・・・

 どれも当てはまっている気がして、考えれば考えるほどキリがなくなってくる・・・


 どちらにしても、当事者である私はこんな事望んでいない!

 誰がこんな事で喜ぶと思ってるの!?


 そんな怒りが湧き上がるのと同時に、いくら悪いとされている相手に対してであったとしても、平気でこんな事が出来る人達に・・・

 そしてそれに直接加担していなくても、この光景を見ても何も感じていないクラスメイト達が心底恐ろしいと感じた。


 クラスメイト達は、彼の机や道具の惨状を見て笑っている・・・

 怖い・・・恐ろしい・・・


 そう感じながらも、私はフラフラとした足取りで彼の席に近寄ろうとした。


 すると、クラスメイト達は「ダメだよ!あいつの席に近づいちゃ!」「あいつ最低だよね!あんな奴の事なんて忘れなよ!」など彼を非難する声を上げて、私を彼の席に近づける事をしなかった。


 力の抜けてしまっていた私は、その止める手を押しのける事すら出来なかったの・・・


 気がつけばもう、私が真実を語れるような雰囲気ではなかった・・・


 何よりも・・・

 私はクラスメイトにも恐れを抱いてしまった。


 そのせいで・・・

 真実を話して彼を庇う事で、今度は自分がこんな目に合うのではないか、という思いが一瞬脳裏をよぎってしまった。


 だから彼らに、何かを強く言う事が出来なくなってしまったの・・・


 それが私の3つ目の罪。


 私が取るべき行動は、自分がどうなろうとも・・・

 是が非でも彼を庇うことだったのに・・・


 それが出来なかった・・・


 その時の私は一時の感情だけで物事を考えて・・・


 何が本当に大切ものなのか・・・

 私が優先すべき事は何なのか・・・

 切り捨てるべきは一体どっちだったのか・・・


 それを理解していなかったの・・・

 ううん、恐くて目をそむけてしまっていたの・・・


 私にとって何よりも大切なのは・・・


 クラスメイトとの絆なんかよりも・・・


 彼との変わらぬ関係・・・

 彼と楽しく過ごす事だったはずなのに・・・


 それでも彼が戻ってくる前に何とかしたいと思って、勇気を振り絞って仲の良かった女子に“違うの、彼は助けてくれたの”と言った事があるんだけど・・・

「うんうん、あんな奴を庇うなんて双葉は本当に良い子だね」と言われ、取り付く島もなかった。


 私が彼を庇う言葉を言っても、私が懸念した酷い目に合うことはなかったのだけれど・・・

 でもクラスメイトに恐れを抱いてしまっている私には、彼女のその目からは“もう2度と言わないでね”と訴えかけられているように見えてしまった・・・


 私と仲の良い友人ですら、私の言葉を信じてくれなかった・・・

 それどころか、彼を庇うことすら許されなかった・・・


 そう感じてしまった時点で、私は心が折れてしまう・・・


 その日から、私は今までの様に笑うことが出来なくなってしまった・・・


 そして、そのまま状況が変わることがなく・・・

 ううん、状況を変える事が出来ないまま日は流れ・・・


 そして・・・


 とうとう彼の停学が開ける日がやってきた。

 私は彼が戻ってくるこの日を待ち望んでいた反面、彼に対する申し訳無さや現状を見せたくないという思いもあり、この日が永遠に来なければいいとも考える複雑な思いを抱いていた。


 そんな中、彼はきちんと登校してきた。


 久しぶりに見る、以前と変わらない彼の姿。


 私は嬉しくて仕方がなかった。

 そして私は、誤解を解けなかった事を謝りたかった・・・


 タイミングをみて・・・タイミングをみて切り出そう・・・


 そう思う私の目には、教室に入ると真っ先に自分の席に向かった彼の様子を写し出していた。


 そして、自分の席を見た彼の顔を見て・・・

 私は一気に血の気が引いた・・・


 なぜならば・・・

 彼が失意のどん底に落とされたような顔を見せたから・・・


 その様子を見て、人の目を気にして後にしようと考えていた私のせいで、彼を傷つけてしまったのだと気づき愕然としてしまった・・・


 タイミングをみて謝れば大丈夫だなんて、甘い考えをしていた自分自身に腹がたった。

 こうなる事は、少し考えればわかるはずだったのに・・・


 私がするべき事は、彼が教室に入る前・・・もっと言えば、学校に来る前にちゃんと助けてくれたお礼と誤解を解けなかった事を謝罪した上で、状況を伝えておくべきだった・・・


 我が身可愛さに溺れ、全てを先延ばしにしてしまった私の責任・・・


 そして、そんな考えが脳裏をよぎってしまった為、彼に対して後ろめたさを感じてしまった。


 そのせいで、誰かを探すように教室を見渡す彼と目が合った瞬間・・・

 私は顔をそむけてしまった・・・


 それが私の最大の罪・・・


 私は顔をそらしたまま、再び目だけ彼に向けると・・・


 彼は失望したような表情になっていた・・・


 そして次の瞬間には、絶望し何かを諦めたような目に変わり・・・

 最後には光を失ったように見えた・・・


 私は彼の目から伝わる感情が変わるのを見て、全身にズンと重力がかかったような・・・もしくは全身の力が抜けたような、よく分からない感覚に襲われた。


 ああ・・・

 私は何という事を・・・


 私はまた間違ってしまった事に気がついて、心の中で思わず嘆いてしまった・・・


 彼は私が誤解を解いてくれている事を期待していたんだ・・・

 彼は私が助けてくれると信じていたんだ・・・


 それなのに・・・


 彼は私を助けてくれたのに、私は彼を助けるどころか・・・

 何もしてあげることが出来なかった。


 いや、それどころか・・・


 彼にとってみれば、私が完全に裏切ったようなもの・・・


 どう言い繕っても・・・

 どう言い訳しても・・・


 恩を仇で返したという事実だけは、決して消すことは出来ない・・・


 本当に私はバカだったと・・・


 その日以来、彼は魂が抜けてしまったかのように、目は虚ろで誰に何をされても反応しなくなった。

 誰にも目を向けることすらしなくなった・・・


 そんな彼に、私は声をかけたかった・・・

 もう1度、一緒に笑い合いたかった・・・


 でも、そんな彼の姿を見るのが辛くて・・・

 私は周りの目に怯え、声をかけることすら出来なくて・・・


 あれからずっと、私は毎日後悔し続けているの・・・

 罪の意識にさいなまされていたの・・・


 今すぐにでも彼に謝りたいと思いながら、未だに彼に声がかけられないの・・・

 心を失ったような彼の姿を見るのが辛すぎて、未だに直視する事が出来ないの・・・


 全て自分が招いた種なのに、自分が辛いからって・・・

 本当にバカだよね・・・


 彼のほうがよっぽど辛い思いをしているというのに・・・


 私が罪の意識から逃げれば逃げるほど、彼を追い詰めているだけだというのに・・・』


 ・・・・・


 緑川は途中から目に涙を溜め、それが流れ落ちても拭う事もせずに語ってくれた。


 俺は緑川の事なら何でも知りたかったし、塞ぎ込んでいた理由も知りたかった。

 だから、全てを話してくれた事自体は嬉しかった。


 だけどその話を聞いた時、色んな事でショックが隠せなかった。


 緑川に想い人がいたという事実。

 更には俺が思っていた以上にあまりにも重い内容で、俺がどうにか出来るレベルではなかったからだ。


 そのせいで、正直俺には何と言って声をかけていいのかわからなかった。


 回らない頭の中で、ただ一つだけわかったのは・・・


 その話に出てきた、当時は名前も知らぬ彼・・・キラの事で、どれだけ心を痛めていたのかという事だった・・・








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 あとがき


 お読み頂きありがとうございます。

 あとがきが不要と思う方もいるとは思うので、出来るだけ書かないようにするつもりですが、今回も少し書かせていただきます。


 本当なら、全体的に要点だけを書いて坂上が近づいてきた真相まで描くつもりでしたが、緑川双葉の事件当時の心境を全てを描いてしまいました。

 少し変わった構成になりましたが、本当は坂上の言葉を交えつつと考えていた所、一気に書いた方が入り込めそうと考えて変更した結果です。


 色々と思う方もいるとは思いますが、タグに“ざまあ”を入れていないように絶対に救いのないような展開を書くつもりはありません。

 これからどの様に変化していくのかを見守って頂けると幸いです。


 そして前話のあとがきで、1話で終わらせるつもりだったといいながらも、すでに3話に差し掛かってしまい、誠に申し訳ございません。


 ストックの無い状態で、作者が1話で終わらせるつもりと言った時は、終わらないことが多々ありますので、あまり信用は出来ません・・・


 それとこれ以降の更新も、作者の都合により常にだいたい中2~4日ほど頂くと思いますのでご了承下さい。


 未だに沢山の応援・評価等が増えており、本当に感謝の念に堪えません!

 沢山の感想も励みになりますし、有難いし嬉しいので意欲が湧いてきます!


 これからも是非よろしくお願いいたします!


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