第16話 星の心の緩み
なんか昔の夢を見ていたようだ。
ふと目が覚めて寝ぼけ眼で時計を見ると、時計の短針は4を指し長針が12を指していた。
夢を見ていたせいか少し頭がボーっとしているため、それを16時だと理解するのに少しだけ時間がかかった。
これでは結局、バイトに行くのはいつもの時間になりそうだ。
随分寝てしまったものだと、自分に呆れてしまう。
それはそれとして、バイトに行く準備をするためにベッドから身体を起こす。
そしてスマホを手に取って画面をタッチすると、メッセージが7件、不在着信が12件あった事を通知していた。
なんだこりゃと思って開いてみると、メッセージは全て坂上からであり、着信10件が坂上で2件が学校から来ている事がわかった。
坂上からのメッセージは内容を見なくても何となくわかるが、学校からの着信まであるのはなんでだろうと疑問に思う。
まあでも坂上はバイトが終わってからでいいし、学校も明日でいいやと気に留めずにバイトへ行く準備を始めた。
バイト先の“花鳥風月”には電車で通っているため、家を出ると最寄りの駅へと向かう。
そして、駅が見えてきて構内に差し掛かった時・・・
ふと1組の男女が目に入った。
何やら神妙な面持ちで話している。
・・・
って、あいつらは・・・
よく見たら2人共、見覚えのある人物だった。
男は坂上で、女性の方が・・・
・・・緑川双葉。
なんであいつらが・・・
いや、まだ緑川は俺と同じ地元なのだから、この駅に居たとしても確かにおかしな事ではない。
見たくもないのは間違いないが・・・
でも、坂上がここにいる意味がわからない。
俺は坂上に家の住所を教えてはいないため、俺の家を尋ねに来たとは考えにくい。
それに、ここは遊びに来るような施設などはないため、用事がなければこの駅で降りることはまず考えられない。
だから、たまたま坂上がこの駅で降りて、たまたま緑川と何らかがあって話しているとは考えられない。
そもそも、2人が今初めて会ったようには見えない。
という事は・・・
あいつらは、知り合いだったという事か・・・
そう考えた瞬間。
俺は色んな事に合点がいった。
なるほどな・・・
おかしいと思ってたんだよ・・・
坂上が入学当初から俺に話しかけてきていた。
それはなぜなのかと、ずっと疑問に思っていたのだけれど・・・
坂上はきっと俺と知り合う以前から緑川と繋がりがあって、俺の事を聞かされていたという事なのだろう。
だからおそらく、俺の中学時代に何があったのかも知っているのだろう。
ただ坂上は、最初から俺に対して常にフレンドリーに接してきている。
それに対しては、どういう意図なのかはわからない。
緑川に指示されて、仲良く見せておいて最終的には俺を裏切ってバカにしようとしているのかもしれない・・・
もしくは、事実は違うが緑川に聞いた俺の本性を暴き出して、俺を追い込もうとしているのか・・・
今の状況で疑えばキリがないが・・・
理由はなんであろうと、純粋に俺と仲良くしたいと思って近づいてきたのではない事だけは分かる。
坂上は何かしらの理由で俺に近づくことで、緑川に気に入られる要素があったのだと思う。
坂上の緑川を見る目を見れば、あいつが緑川を好きな事くらいわかるし。
もちろん俺に近づくことで、坂上や緑川にとって何がプラスになるのかはわからない。
今だって、俺の事で話をしているとも限らない。
しかしさっき考えたようなこれまでの経緯や、俺が停学になったタイミングでの2人の逢瀬を考えると、何かしらで俺が関係している以外は考えられない。
結局坂上は、最初から俺の事などはどうでもよかったんだな・・・
俺を通して緑川を見ていたのだろう・・・
別に俺は坂上と仲良くなりたかったわけではない。
ただ、自分を利用していた可能性がある。
そう考えるだけで、坂上に対する俺の感情が下がっていくのがわかった。
あの2人が何を話しているかなんて、知りたくもないしどうでもいい。
そう考える俺は、あいつらとは一切関わりたくないため、2人からは見えない位置にある駅の入り口から中に入ってホームへ行き、電車に乗り込んだのであった。
・・・・・
俺は電車の座席に座ると、あいつらを見たせいか夢の事をふと思い出す。
俺は親父のアドバイスによって高校に通っているが、未だに高校に通う事そのものに意味は感じていない。
ただ高校の帰り道に寄り道した事で、バイト先である“花鳥風月”に出会う事が出来た。
逆に言うと、高校に通わなければ“花鳥風月”には出会う事が無かっただろう。
そう考えると、高校に進学した意味はあったと思う。
それはやはり、親父のおかげなのだと感謝する。
“花鳥風月”で出会った人達は、本当に良い人達でかけがえのない人達ばかりなのだから。
・・・・・
とりあえず、いつも通りの時間に“花鳥風月”へと着いた。
今日の早番は水島花音だけで、店に入ってきた俺を見るなり飛んできた。
「あ、セイちゃん!おはよ~!」
「水島さん、おはようございます」
ニコニコしながら挨拶をしてくる水島さんに、俺も笑顔で挨拶を返すのだが・・・
「ん~?どうしたの?何かあった?」
と聞かれてしまった。
自分では普段どおりにしているつもりでも、何となく顔に出てしまっているのだろうか?
「いえ、別に何もありませんよ?」
「そう?なんか、いつものセイちゃんと違って、笑顔に陰りが見えたから・・・」
俺は「気のせいですよ」と言いながらも、気をつけないといけないなと反省しつつ着替える為に店の奥へと進む。
やはり、“花鳥風月”の皆は人の機微に敏い。
それが嬉しくもあり、自分程度を気にさせてしまっているという心苦しさもある。
「マスター、おはようございます」
その途中でカウンターの中にいるマスターに挨拶をすると、マスターは「おはよう」と優しげな笑顔で応えてくれた。
正直、それだけで俺は安心できる。
俺はここに居てもいいのだと・・・
俺は着替えながら、そんな事を考えて心を落ち着かせていく。
そして着替え終わりホールに戻ったのだが・・・
「セイちゃん?本当に大丈夫?何か辛いことでもあったんじゃない?」
俺は気持ちを払拭して、何事もないような面持ちでいるつもりだった。
なのに、水島さんには本気で心配されてしまう。
「えっ?な、何でですか・・・?ほ、本当に・・・だ、大丈夫・・・って、あれ・・・?」
俺は大丈夫だとはっきり告げようとしたのだが口が思うように回らず、更には目から温かいものが流れてくる感覚があった。
「セイちゃん・・・」
「むぐっ!」
そんな俺を見た水島さんは、俺の顔を掴むと自分の胸に引き寄せて思い切り抱きしめてきた。
「セイちゃん、いいんだよ・・・無理しなくて・・・辛い事や悲しい事があった時は思いっきり泣きなさい」
そんな優しい言葉をかけられ、水島さんの心と体の暖かさを感じてしまい、俺の感情が抑えきれなくなってしまった。
水島さんの胸の中で、俺は生まれて初めて思いっきり泣いた。
俺は自分では気丈なつもりでいた。
何も気にしていないと思っていた。
でも、それは違った。
高校に入ってからもずっと色々あった上に色々と重なりすぎて、自分でも思っていた以上に心が弱ってしまっていたらしい。
ただそれでも、中学の時は誰とも一切関わらないようにしていたから大丈夫だった。
でも今は、人と関わりすぎた。
それは・・・
状況はどうあれ、学校で心開かずともクラスメイト達と少なからず関わってしまった事。
そして、この“花鳥風月”で出会えた人達と・・・
どちらかと言うと、“花鳥風月”で出会った人達の存在の方が俺を弱くしてしまった要因として大きいと思う。
なぜならば“花鳥風月”で関わった人達は、みんな温かくて優しいから・・・
中学で心を閉ざしてから、こんなに人の心に触れた事はなかった。
その優しさに、俺は気づかぬ内に次第に甘えるようになっていた。
それが居心地いいと思ってしまうようになっていた。
何もなければ何も感じない。
でも大事なものが出来ると、守りたいという気持ちで心は強くもなり、逆にそこに居場所を求め・甘える事で心は弱くもなるという事が、今初めて理解したのだ。
とはいえ、俺は“花鳥風月”やこの店に関わる皆の事が好きだ。
決して無くしたくはない場所なんだ。
だってこんなにも・・・
俺の話を聞いてくれる・・・
話を聞かずとも温かく見守ってくれる・・・
こうして優しく寄り添ってくれる・・・
その反面で、学校の連中は誰も俺の事を信じようとせず・・・
坂上が俺に近づいたのも、俺を見ていたからではなかった・・・
そして、緑川・・・
彼女と坂上の逢瀬に・・・というよりも、緑川を見てしまった事が感情の導火線に着火してしまった。
自分では気にしていないつもりでも、忘れかけていた僅かな感情を思い出してしまった。
そんな中で、水島さんの優しさに触れて完全に爆発してしまったのだ・・・
・・・・・
「すみません・・・情けない所を見せてしまいました・・・」
しばらくの間、水島さんの胸で泣いていた俺がようやく落ち着きを取り戻し、彼女から離れて謝罪する。
「ううん、全然情けなくなんかないよ?誰だって悲しい時は悲しいし、辛い時は辛いんだからね。そういう時は、感情に委ねるほうがスッキリするんだよ」
「・・・はい、ありがとうございます」
ほんと、あんなに情けない所を見せたのに、水島さんは優しい笑顔でそう諭してくれる。
そして・・・
「とりあえず、今日は帰ってゆっくり休んで」
「えっ、でも・・・」
「ほらっ、そんな顔では人前に出られないでしょ?」
「・・・」
そう言って、俺を鏡の前に立たせる。
・・・確かにひどい顔だ。
お客様の前に出られるような顔ではない。
とはいえ俺が帰ってしまうと、今日は小鳥遊さんが休みだからマスター1人になってしまう。
そう思っていたら・・・
「今日私は何も予定ないから、このままセイちゃんの代わりに通しで出るから何も気にしなくて大丈夫だよ!」
と言い出した。
「いや、流石にそれは・・・水島さんも疲れるでしょう?」
「いいからいいから!今月は結構お金使う予定があるから、来月ピンチになるかもしれないんだ・・・だから、とりあえず今は少しでも多く稼がせてよ」
水島さんはそう言って、ニカッと笑った。
それは俺を無理にでも休ませるための嘘だというのはわかっている。
だって水島さんは普段の行動や見た目とは裏腹に、かなり計画性が高い。
そんな彼女が、お金に困るほど使うとは思えないからだ。
まあ、少し稼ぎたいというのは本音かもしれないけど・・・
とはいえ、俺を気遣ってそこまで言ってくれるのだから、それを無下にするわけにはいかない。
「・・・わかりました・・・水島さん、お気遣い本当にありがとうございます」
「えっ?何がぁ?」
水島さんは“俺の為じゃなくて自分の為だよ”という風を装って、俺の言葉にも知らんぷりを見せる。
本当に・・・
この店の人達は・・・
学校の連中の場合だったら、明らかに俺を見ていないのがわかるため、言葉通りの意味で間違いないのだが・・・
でも、彼女を含めて“花鳥風月”で関わる皆は違う。
本当に自分だけが良ければいいと考えている人はいない。
彼女達の言っている言葉だけが全てではない。
言葉ではなく、感覚で伝わってくるのだ。
それは、互いに信じているから伝わる事。
信じていなければ分からない事。
それが“花鳥風月”で出会う人達と、学校の連中との違いなのである。
そんな水島さんの俺に気を使わせまいとする、その心遣いにまた感情が緩んでしまいそうになる。
水島さんには再度感謝しつつ、俺はマスターにも謝罪をしてから再度着替え直して店を後にしたのだった・・・
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