第15話 過去の出来事




 俺は中学2年生の時、仲の良い女友達がいた。


 彼女の名前は緑川双葉みどりかわふたば

 ショートボブの髪型で、笑顔が可愛い娘だった。


 その娘とは付き合っているわけではなかったが、互いに名前で呼び合うほど仲が良く、校内でも校外でも一緒に居る事が多かった。


 そんなある日の放課後。

 俺は双葉と遊びに行く予定だったのだが、彼女に「急に呼ばれたから、ちょっと行ってくる。終わったらメッセージを送るから適当に時間を潰して待ってて」と言われたので、俺はプラプラと校内を歩き回っていた。


 すると・・・


「きゃあああ!!」


 という悲鳴が聞こえてきた。


 しかも、その声は間違いなく双葉だとわかった。


 彼女の悲痛な叫びに、何か大変な目にあっているのではないかと考えた俺は、全身の血の気が引いた。


 俺は焦りながらも、急いで声がした方へ向かう。


 そして、おそらく声がしたと思われる場所へ到着すると、それは外にある体育倉庫だった。


 扉は閉まっているのだが中からはガサゴソと音がするため、明らかに中に人がいる事がわかる。


 俺は躊躇せずに、体育倉庫の扉に手をかけた。

 鍵がかかっているかもしれないと一瞬思ったのだが、扉には鍵がかかっておらず抵抗なく開かれた。


 そして、中を見た俺は唖然として固まってしまう。


 なぜなら・・・


 双葉が5人の男に囲まれ、ワイシャツのボタンは外され、力任せに引きちぎられたのか手前に彼女の物と思われるブラジャーが落ちていた。


 そのため、双葉はワイシャツを引っ張りながら両手で胸を隠して、後じさりするような恰好であった。


「ちっ!先公かと思って焦ったじゃねえかよ!」

「おい!誰だ、カギ閉め忘れたやつ!」


 俺が扉を開けた事で、双葉に襲い掛かろうとしていた男達は動きを止めて、俺の方を見ながら舌打ちをしていた。


 こいつらは、うちの学校で有名な不良共だ。

 色々な悪さをしていると噂になっている。


「おい、てめえ!俺達はお楽しみ中なんだよ!邪魔してんじゃねえよ!」

「つーかよ、お前・・・もちろん、この事は誰にも言わねえよな?あ?」

「それとも、一緒に混ざるか?」

「こんな極上な女、こんな奴に抱かせたらもったいないだろが!」

「そりゃそうだな!」


『ぎゃはははははっ!!』


 俺が茫然として何も言わない事を良い事に、こいつらは好き勝手な事を言い続ける。


 そして・・・


「とりあえず俺が最初にやるって決めたんだからな。俺は女を相手してるから、お前らはそいつをどうにかしておけや」

「はあ?めんどくせえな」

「お前は女を相手にして、俺達は男を相手かよ」

「まあ、しゃあねえな」

「ほらっ、てめえもボケッとしてねえでこっちに・・・ぐふっ!」


 双葉が襲われかけていたという現状。

 そして、こいつらのあまりに自分勝手な言動に対して、俺は完全にブチギレてしまった。


 そして、怒りのあまりに我を忘れてしまった。


 そのせいで、俺に近寄って来た男の腹に手加減なしの一発を入れた所までは記憶にあるが、その後の事がほとんど記憶にない。

 それほど俺は、完全に怒りに支配されてしまっていた。


 そんな俺が気づいた時には、そこにいた5人全員をすでに叩き潰した状態で、かなり酷い有様になっていた。


 俺はふと我に返り、やってしまったと思いつつも双葉に目をやると、彼女が無事だった事が確認できて安堵する。


 そして、ボロボロの状態で意識を失っている邪魔な不良共を体育倉庫の外に投げ捨てると、双葉に近寄っていった。


 そして・・・


「大丈夫だった?」


 と、声をかけて手を伸ばしたのだが・・・


「ひっ!!」


 という小さな叫び声をあげ、俺を怯えた目で見て震えながら後ろに下がろうとしている。


 俺はその態度にショックを受けてしまった。


 とはいえ実際、男に囲まれて襲われかけたのだ。

 それがどれほどの恐怖だったのか。


 俺には想像もつかない・・・


 更には、俺が怒りに任せて奴らに暴力を振るったのも怖がらせてしまう要因なのだろう。


 そんな彼女にとっては、俺も襲った奴らと同じ男という事、そして暴力的な場面を見せてしまったせいで、今は恐怖の感情が大きくて気が動転してしまうのも仕方がない。


 でも、それはきっと一時的なもので、落ち着けば問題ないはずだ。


 そう思い込もうとしていた。


 だから俺は双葉を恐がらせないように、彼女が落ち着くまで時間をかけてゆっくりと待とうと考えた。


 それがまた良くなかったのだ・・・


 俺は双葉が恐がらないように、しゃがんで彼女と目線の高さを合わせ、ゆっくりと手を伸ばしておいた。

 そうすれば、気が動転している双葉が落ち着いた時、彼女から俺の手を取ってくれるだろうと期待して。


 そんな状態が少し続いた頃・・・


「きゃああああ!!」


 と、俺の背後から女性の悲鳴が聞こえたのだ。


 何事だ!?

 もしかして、あいつらが目を覚まして他の女子生徒を襲ったのでは!?


 そう思って後ろを振り返ると・・・


 その女子生徒は、俺を見て悲鳴を上げていたのである・・・


「誰か!!誰かああああ!!女の子が襲われてる!!」


 女子生徒は叫びながら、他の者に助けを呼ぼうと叫んでいる。


「え!?ちょっと待って!!」


 俺はそう言いながら、体育倉庫を出て女子生徒に近づこうとしたのだが・・・


「いやっ!来ないで!!」


 と言われて、手で制されてしまった。


 これは、俺が双葉を襲った犯人であると勘違いされてしまっているのだと思った。


 でも、彼女を本当に襲った奴らはそこに・・・


 と思いながら、さっき放り出した場所を見ると、そこには奴らの姿はなかった。


 どうやら双葉が落ち着くのを待っている間に、すでに目を覚まして逃げ出してしまっていたらしい。


 そんな事を考えている内に、他の男子生徒や先生達が集まり始めてきた。


 俺は男子生徒や先生に拘束され、女子生徒がはだけた双葉を服で隠してあげている。


 俺はやっていないと主張しても、この状況から見れば言い逃れは出来ないと全員から詰め寄られてしまった。


 とはいえ、今は気が動転している双葉が落ち着けば、きちんと説明して俺を擁護してくれるはず。

 それまでの我慢だ。


 そう考えて、その状況を素直に受け入れる事にした。

 従って、俺はすぐに2週間の停学を言い渡された。


 俺は双葉に対しては何もしていないとはいえ、彼女を襲おうとした奴らに暴力を振るった事は間違いない。

 だから停学を受ける事自体には、特に何も言うつもりはなかった。


 それに、俺は間違った事をしたとは思わない。

 だって彼女を助ける事が出来たのだから。


 とはいえ・・・

 だからこそ、停学の理由が“彼女を襲ったから”というのは正直辛いものがある。


 でも、きっと彼女が落ち着けばすぐに誤解を解いてくれる。

 そうすれば停学の理由は、“喧嘩をしたから”という事に変わってくれるだろう。


 ただ俺は・・・

 元々親父に鍛えられていて格闘技などで殴り合いに慣れているとはいえ、正直に言えばこんな事さえなければ俺は暴力など振るうつもりなどなかった。


 ちなみに俺の親父は若い頃にかなりのやんちゃをしていたらしく、今は落ち着いて建築関係の仕事を真面目にしているが、当時の名残と建築現場で鍛えられた肉体により色んな意味で半端ではない。


 はっきり言って、親父以上に強くて怖い者などいないと思える程に。


 そんな親父のエピソードとして・・・

 俺が子供の頃にTVで屈強な男がリンゴを力一杯握りつぶしていたのを見た親父が「これってそんなに凄い事なのか?」と言いながらテーブルのリンゴを持ったと思ったら、トマトを潰すかのようにクシャッと簡単に握り潰した。


 それを見た俺は・・・

 あ、これは親父に逆らったら殺されるやつ・・・


 と、思った。


 更には、家族で出かけていた時に街のごろつき達に絡まれた事があるのだが・・・


 親父は家族を守るために、その内の1人の顔面を片手で掴んだ。

 いわゆるアイアンクローというやつだ。


 そして、アイアンクローをしたままそいつを片手で持ち上げてしまったのだ。


 その時は俺もごろつき達も、マジでビビったもんだ。


 ただ親父のその光景にビビりはしたものの、反面では家族を守るために振るった力強さに憧れもした。

 家族や誰か大切な人を守るためには、使うかどうかは別としても抗う力はあった方がいいのだと教えられた気がしたのである。


 それからは、親父に頼み込み鍛えてもらった。


 話がそれてしまったが、そんな誰よりも怖くて強い親父と一緒にいたのだから、元々あの程度の相手は恐いとも思わないし問題にもならない。


 にも関わらず、俺は怒りに任せて奴らを完全にボコボコにしてしまった。


 ただ後悔はしていないとはいえ、もう少しやりようがあったはず・・・

 親父なら、もっとうまく対処出来たはず・・・

 もう少し冷静でいられたら、あの程度の相手なら他のやり方も出来たはず・・・


 いや、でもあの状況で冷静でいられるわけがない。

 何度思い返しても、怒りしか込み上げてこないのだから。


 そう考えると、また同じ場面に遭遇したら同じ結果にしかならないだろう。


 そう考えた俺は、停学期間中に親父に相談した上で再度鍛え直してもらう事にした。


 親父には停学になったと伝えてあるし、俺が停学になったくらいで怒る事はない。

 むしろ親父は、笑いながら「そうか」というだけだった。


 もちろんその理由も伝えてあるし、それを聞いた親父は「後悔はしてないんだろ?だったらそれでいい」と言っていた。


 そんな親父に精神面も含めて鍛え直してもらうように頼んだもんだから、最初は驚いていたようだけど「わかった」と言って俺を鍛えてくれた。


 そんな感じで、色々と考えたり鍛えたりしている内に、あっという間に停学期間が終った。


 そして停学を開けた初日。

 俺は、双葉がきっと誤解を解いてくれているものだと確信しながら教室に入ると・・・


 俺を見たクラスメイト達はピタッと止まり、一瞬静まり返った。


 まあ事実はどうあれ、停学を受けた者が戻って来たのだから戸惑うのも仕方がないだろう。

 そう楽観しながら自分の席に向かった。


 すると、俺はあまりの驚きに固まってしまう。

 なぜなら・・・


“強姦魔消えろ!!”


 俺の机には、そうでかでかと書かれていたのである。


 俺は訳が分からなかった。

 いや、確かに状況的にそう思われてしまっても仕方がないが・・・


 でも・・・


 双葉は事情を知っているじゃないか!

 真実を伝えてくれてはいないのか!?


 と、机に書かれた落書き以上に、真実が伝わっていない事に愕然としてしまったのだ。


 そして、すぐに双葉の姿を探す。


 いた!


 俺が双葉の姿を見つけ、彼女と目が合ったのだが・・・

 双葉は俺と目が合った瞬間に怯えたように俯き、目を反らしたのである。


 ・・・ああ、そっか。


 双葉は誤解を解いてくれなかったんだ・・・

 俺はあいつらと同類だと思われてるんだな・・・

 だから、俺を擁護してくれる気はないのか・・・


 そう考えた俺は、本当にショックだった。


 双葉と仲が良いと思っていたのは俺だけで、一方通行の思いだったのだと。

 だから俺が双葉を助けようとも、双葉は俺を助けてくれないのだと。


 正直最初はきつかった・・・

 双葉だけでなく、仲の良かったクラスメイトまでが俺を侮蔑の目で見て、酷い言葉を浴びせ陰口を叩く。


 俺を信じて真実を聞き出そうとする者など誰もおらず、噂が真実である事を疑わない。

 クラスメイトからすれば、俺は信用するに値しないんだと言われたような気がした。


 そう思った瞬間、俺は抜け殻のようになってしまった。


 だからその日以降からは、落書きされるのは当然の事としてカバンや教科書などの道具をボロボロにされたりなど酷い陰湿的な虐めを受けていたにも関わらず、誰から何をされようとも何を言われようとも、何も感じず何も反応しなくなっていた。


 ただ、俺が不良を相手にボコボコにした事は何らかで伝わっていたのか、直接的な暴力を振るってくる者は誰もいなかった。


 そんな学校に行く理由も目的も見出せなくなる中でも、俺は学校に通い続けていた。

 いつかは正しい情報が伝わり、状況が変わる事を信じて。


 しかし、そんな日が訪れる事もなく月日だけが無駄に過ぎ、気が付けば3年生になっていた。


 その中で、俺は徐々に自分を取り戻しつつ色々と考える日々が続いていた。


 このまま中学を通い続ける意味があるのか。

 高校に行く必要はあるのだろうか。


 嫌がらせなどは相変わらず続いていたが、それに関してはいくら何をされようとも、はっきり言えばもうどうでもよくなっていた。


 問題はそこではなく、学校に通っても誰とも関わらない・関わりたくもない状態で通う事。

 会いたくもない人物と、学校に行けば嫌でも顔を合わさざるを得ない毎日。


 そんな事を考えている内に、段々と嫌気がさしてきた。


 そこで親父に一度相談する事にしたのである。


 すると親父は・・・


「別にお前の好きにすればいいんじゃないか?」


 と、答えにもならない答えをよこしてきた。


 投げやりにも聞こえるかもしれないけど、それは親父なりに俺の事を思って言ってくれていた。


 というのも、俺の人生は俺の物なのだ。

 だから、自分が納得して後悔しない生き方をするのであれば、親父はそれを容認するし後押ししてくれるという事。


 だから俺が中学に行かないと決めたのであればそれはそれで構わないし、高校にも通わないと決めたのであればそれも別に反対はしないと。


 ただ、親父はそう言ってくれながらも・・・


「だけどな、高校に行かなかった俺から言わせてもらうと、通ってみたかったという思いや憧れがある。大人になってからそんな思いをするくらいなら、まずは何事も経験した方がいいんじゃないかとは思うがな。もしかしたら高校に通えば何か変わるかもしれないし、行ってよかったと感じるかもしれない。まあ、もちろん何も変わらないかもしれないが、選択肢がある中で何もしないで最初から選択を潰すよりは、出来る事をやっておいた方が後々になって後悔する事は少ないはずだ。その結果、途中で嫌になって高校を中退した所で、俺はお前を責めたりするつもりはない」


 と、いつもは口下手な親父が、自分自身の気持ちを含めてアドバイスしてくれた。


 それを聞いた俺は、確かにそうかもしれないと思った。


 高校に行ったからといって、特別何かするつもりもないし期待をするつもりもない。

 それでも、環境が変化すれば何かが変わるかもしれない。


 だから高校くらいは出ておこうという気持ちになったのである。


 それからの俺は、周りの事は一切目に触れず勉強に励んだ。

 机に落書きされようが教科書をボロボロにされようが、そんな事は全く構わずに。


 教科書が無ければ参考書、参考書もボロボロにされれば図書室の本で。

 とにかく俺は一心不乱に勉強した。


 すると、あまりに俺が反応しないからなのか、自分達も受験勉強や内申の事を考えたのかはわからないが、俺に対する嫌がらせが徐々に無くなっていく。


 嫌がらせもなくなれば、元々俺に話しかけたり関わろうとしたりする奴なんていないため俺の周りは静かになり、より一層勉強に集中出来る環境が整った感じがして気が楽になった。


 そう思っていた矢先、たった一度だけ話しかけられた事がある。


 その相手は・・・


「あの・・・キラ?・・・ちょっといいかな?」


 緑川双葉であった。


 何で今更・・・


 そうは思うものの、俺に話しかけてきた理由なんて知らないし知りたくもない。

 正直言えば、今の俺の状況を作り出した大元の元凶である緑川双葉には、もうすでに嫌悪感しか抱かない。


 それにもう・・・


 友達でも何でもない・・・

 ただの赤の他人なのだから・・・


 だから俺は、彼女に目を向ける事もなく・・・


「何かご用でしょうか?・・・緑川さん・・・・


 と敬語を使った上に、今まで下の名前を呼び捨てで呼んでいた彼女を・・・

 名字かつ敬称を付けて呼び、完全に他人行儀な言葉で対応した。


 その瞬間、俺の視界の端で双葉・・・緑川が息を飲んだのがわかった。


 そして彼女は何も言う事なく、その場を走り去って行ったのである。


 ・・・緑川が何を思ったのか、どんな思いで話しかけてきたのか。

 そんなのは知る由もないし、知る気もない。


 ただ一つわかるのは・・・

 俺と緑川のえんは、この時点を持って完全に切れたという事だけであった・・・




 ―――――――――――――――



 あとがき


 お読み頂きありがとうございます!

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 本当にありがとうございます。


 ここまでがストック分でしたので、16話以降は少し投稿ペースが落ちると思いますが、最後まで応援よろしくお願いいたします!

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