第12話 更なる確執の始まり・・・




 放課後、雑務を手伝わされた後、玄関を出てボーっと歩いていた。

 カキーン、カキーンと野球部が練習している音が聞こえる。


 前を見ると、2人の女子生徒が歩いていた。

 その顔を確認した俺は顔を歪ませる。


 というのも、その2人は杉並と結城だったからだ。


 その2人に気づいた俺は普段よりゆっくりと歩き、彼女達と距離を取ろうとしていた。


 いくら、少しくらいは歩み寄っても良いかもしれないとは思っても、そんなすぐに気持ちの切り替えなど出来るはずはないからだ。


 だからこそ、杉並には坂上をワンクッションに置けと言ったんだし・・・


 早く行ってほしいと思いながらゆっくり歩いていると、一際大きなカキーンという音が聞こえた為、ふとそちらに目を向けた。

 すると、ボールがこちらに向って飛んでくるのが見えた。


 140m級の特大ホームランを打った奴が居るらしい。


 そのボールはこちらに・・・

 というより、俺の少し前を歩く2人のほうに向って飛んできている。

 しかし2人は話に夢中になっていて、気づく素振りが全くない。


 140m飛んできた野球の硬球をまともに受けてしまえば、無事に済むはずが無い。


「危ない!!」


 俺は危険を知らせる為に大声を上げた。


 彼女達は俺のその声に反応して、顔を後ろに振り向かせる。

 しかしそれは、飛んでくるボールとは反対側からであった。


 それでは彼女達がボールに気づく事が出来ないため、このままでは危ないと思った俺は走り出した。


 しかし、このタイミングではギリギリすぎて、ボールを弾く余裕がない。


 そう思った俺は、とっさに杉並と結城を突き飛ばす事に決めた。


 ドンッ!!


『きゃあ!!』


 俺は走っている勢いはそのままに、力は抜きつつ押すように2人の背中を突き飛ばした。

 その瞬間、2人がいたはずの場所をボールが通過していった。


 結果ボールは、彼女達には当たる事なく・・・

 そしてもちろん、俺や他の誰にも当たることはなく、そのまま転がっていった。


 俺はよかったと安心していたのだが・・・


「な、なに・・?・・・い、一体何が・・・?」

「ちょ、ちょっと、マジで何なの!?人を突き飛ばすとか、ありえないんだけど!!」


 俺が突き飛ばした事で、彼女達は前のめりに倒れ込んでしまっていた。

 そして2人は、あまりの驚きに一体何が起こったのかを理解出来ていなかった。


 そして後ろを確認した結城が、俺を見て状況を理解して怒り出した。


 彼女達はボールが飛んでくる様子を見ておらず、かつボールは既にどこかに行ってしまっているため、俺がただただ彼女達を突き飛ばしたとしか認識出来ていなかったようだ。


「・・・痛っ!」


 そして痛みより先に驚きが勝っていた事で、地面にぶつけた膝の痛みには気が付いていなかったようで、遅れて気づいた痛みに悲痛な声を上げた。


「うう・・・ひどいよ・・・」

「大丈夫?・・・って、痛ぁ!私達2人とも膝擦りむいちゃってんじゃん!」


 俺はそこでようやく、彼女達に怪我をさせてしまったのだと気が付いた。

 傷の度合いはそこまで酷くないが、膝を打ち付け軽いかすり傷を付けてしまったのは事実だ。


「ご、ごめん・・・野球のボールが飛んできて危ないと思ったから、とっさに・・・」


 俺は謝るのと同時に、どうして突き飛ばしたのか理由を話す。

 それで許されるとは思ってはいないが・・・


「はあ!?どこにボールがあるって言うのよ!」

「い、いや、もうボールは通り過ぎたんだ・・・」


 俺が言うように、ボールは既に遠くまで転がって行ってしまっている。


「人を突き飛ばして怪我をさせておいて・・・嘘にも程があるわよ!」


 そう言いながら結城は立ち上がり、俺に近づいてきた。

 そして・・・


 ばちぃーーん!!


 俺の頬に、物凄い音を響かせながら強い衝撃が走る。

 一瞬目が眩み、何をされたのかわからなかった。


 後から来る頬の痛みで、俺はビンタをされたのだと理解した。


 これでは、何を言っても聞いてもらえない可能性が高いと感じた俺は、ぶたれた頬に手を沿えながら、俺は結城達にひたすら謝る事にした。


「ご、ごめん・・・ほ、本当にごめん・・・怪我は・・・大丈夫?」

「大丈夫なわけないじゃん!」


 俺が謝っても、取り付く島もない。


「ごめん・・・杉並は歩ける?保健室まで連れて行くよ」


 そう言いながら俺は杉並に近づいて、起こそうと手を伸ばす。

 すると杉並がビクッとして、俺を拒否するように身体を引きながら、非難するような目で俺を見ていた。


 その瞬間、俺は過去・・・中学の時の事がフラッシュバックし、伸ばした手が途中で止まる。

 更には・・・


「ちょっと、美鈴に触らないで!!」


 結城にまでそう言われてしまえば、手を差し伸べる事など出来はしない。


「本当にごめん・・・許してくれとは言わないけど・・・本当に悪かった・・・」


 触るなとまで言われてしまっては、これ以上俺にはどうする事も出来ない。

 俯き加減で謝った俺は過去の事を思い出した事もあり、これ以上は居たたまれなくなって逃げ出すようにこの場から走り出していた。


 俺の背後からは「ふざけんな!!逃げんなよ!!」と言う結城の声が聞こえてきたが、俺は足を止める事はなかった。


 俺は確かに、杉並と結城を嫌っている。

 だったら本当は、飛んでくるボールから助ける必要もなかったのかもしれない。


 だからといって、目の前にある危険を見て見ぬフリをする事も出来なかった。


 きっと、硬球が頭になんて当たったら、ただではすまなかっただろうから。

 もし頭じゃなかったとしても、下手をすれば骨折してしまうかもしれない。


 それは俺も望んでいる事では無い。


 彼女達を嫌っていたからといって、彼女達に危害を加えたり怪我をさせたりなど、そんなダサい真似はしたくはなかった。


 しかし結果として、大きな怪我をさせないようにする為に、小さな怪我を負わせてしまったのも事実。


 でも、それでも・・・


 何も叩かなくてもいいのではないか・・・

 そんな目で見なくてもいいじゃないか・・・

 少しくらいは俺の話を信じてくれてもいいじゃないか・・・


 結局、学祭の揉め事の件以降も含めて、高校生になった所で俺の行動に対する学校での周りの反応は変わらないんだ。


 やっぱり俺は、学校の連中に関わるべきではないんだな。

 誰かを助けようとすれば、俺は非難されるのだから・・・


 更に言えば、俺が学校の誰も信用していないように、俺の言うことなど誰も聞きもしないし信用しないんだ。


 だから・・・

 歩み寄ろうと考えたのも、一時の心の迷いで完全に間違いだったんだな。

 最初からそんな事を考えるべきではなかったんだ。


 そのせいで、こうなる事がわかっていながらも彼女達を助けてしまった。

 本当に俺は、中学の時に同じことがあったにも関わらず、何も学習してないんだな・・・


 そして、先日杉並達が店に来て言っていた事も、本心ではなかったかのように思えてきた。


 そんな思いが徐々に湧き上がり、俺を非難する彼女達と余計な事をした自分自身に少しだけ怒りの感情も芽生え始める。


 彼女達に怪我を負わせてしまったことへの負い目と、彼女達を助けた事に対する俺への仕打ちが原因で、彼女達に対してさらに心を閉ざしていく事になる。



 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・



 キラが走り去ったあと、結城は怒り心頭であった。


「何なのよ!あいつ!人に怪我を負わせておいて、逃げやがったよ!」

「う、うん・・・そうだね・・・ひどいよね・・・」


 結城の言葉に杉並も肯定する。

 と、そこに・・・


「お~い!大丈夫か!?」


 と、グラウンドの方から駆け寄りながら声をかける者がいた。

 野球の練習用ユニフォームを着ていることから、声をかけたのは野球部員のようだ。


「え?ああ、うん・・・突き飛ばされたせいで、膝を擦りむいちゃったけどね」


 結城はその野球部員に、自分達が突き飛ばされて怪我をした所を見て、心配してくれたのだろうと考えていた。

 しかし、駆け寄ってきた野球部員の次の言葉は、結城と杉並を驚かせる事になった。


「大きな怪我がなくてよかったよ。いやあ、本当に悪かったね」

「え?なんで貴方が謝るの?」


「だって、俺が打ったボールが特大ホームランで喜んでいたのはいいんだけど、気が付いたら君達に直撃するコースに飛んでいったからさぁ。さっき居た彼が気づいてくれて君たちを押さなかったら、下手したら頭に当たっていた可能性もあるし、危なかったよ」

「・・・はっ?」

「・・・えっ?」


 話を聞いていた結城と杉並は絶句してしまった。


 キラが言っていた事は、本当の事だったのだという事を知った。


 でも、だったらなぜ、あの場でそれを強く何度も言わなかったのか。

 ちゃんと言ってくれれば、自分達も理解を示そうとしたはず。


 ・・・


 いや、嘘だ・・・

 やはりそれはありえない・・・


 あの時の自分達は、突き飛ばされた事で驚き・恐れ・怒りなど、様々な感情により興奮状態であった。


 そんな自分達に何を言っても、彼の言葉を受け入れる事は出来なかっただろう。


 それを彼は理解していたから、必要以上の弁解をしなかった。

 それと、彼が自分達を怪我させてしまったのだという負い目もあったのだろう。


 その状態では、何を言っても言い訳にしか過ぎないと感じたから。


「俺が言えた事ではないかもしれないんだけど、どうやら彼は君達に怪我をさせてしまったみたいだね。でも、あのままボールが当たっていたら骨折していたかもしれないし、頭に当たっていたらと思うと正直ゾッとするよ・・・彼の行動は君たちを助けるためであって、彼に悪気があったわけじゃないって保証する。俺も君達に大怪我を負わせなくて済んで助けられたわけだしね。俺達は3人共、彼に助けられたと言えるよね」


 そんな事言われても、もう遅い。

 結城は侮蔑の言葉を浴びせた上に思いっきり頬を叩いてしまったし、杉並も彼には恐れや悲しみなど非難の目を向けてしまった。

 さらに言えば、彼の言葉に全く耳を貸さなかった・・・


 呆然としている2人をよそに、野球部員はさらに話を続ける。


「ところで彼は、君達の知り合いなのかい?」


 杉並と結城は自分達がしてしまった事の重大さを感じているため、はっきり言えばそれどころではない。

 それでも結城は、喉に詰まった声を絞り出すかのように、何とか言葉を返した。


「・・・う、うん・・・クラスメイトだよ」


 その声は、本当に自分が出しているのかも定かではないほど、はるか遠くに感じていた。


「そうか!じゃあ、悪いけど野球部の大田が、今回の事で礼を言っていたと伝えておいてくれるかい?俺が直接会えるかどうかわからないし」


 2人は本当なら、自分で言いに行ってくれと言いたい所ではあったが、それを押し留めて結城が・・・


「う、うん・・・わかったよ」


 と、言う事しか出来なかった。

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