第11話 少しだけ揺れる心
「こんにちは、
望月さんが帰ってから少し経つと、翼が店にやってきた。
「こんにちは、翼」
俺が挨拶を返した上で彼女を翼と呼んだことで、翼は嬉しそうにニコッと笑ってくれた。
何が嬉しいのかはわからないが、それでも
こうしている時間が、俺は本当に幸せなのだと思う。
今の俺にとって、やはりこの場所が一番大切な場所だと実感する。
それはいくら学校で何か良い事があったとしても変わらない。
むしろ、どちらかというと学校はおまけのようなものだ。
そう思いながら翼に紅茶のアッサムを出して、いつものように会話をしていると・・・
カラーン!
店の扉が開いてお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
と言った俺は、一瞬だけ顔をしかめてしまう。
なぜなら、それは杉並美玲と結城亜沙実だったからだ・・・
はあ、またかよ・・・
俺は内心うんざりしていた。
というのも実は、杉並と結城はこの店を貶していたにも関わらず、あれから何回か店に来ていたのだ。
しかもそのたびに、俺は話しかけられていた。
とは言うものの、彼女達は俺がクラスメイトの風見星だとわかっているわけではない。
むしろ、未だに知らずに話しかけてきているのである。
じゃあなぜ、貶していたはずのこの店に来るのか・・・
更には、なぜ店員の俺に話しかけてくるのかが全くわからない・・・
いや、この店の特徴として店員と客の距離が近く、普通に会話しているのは間違いない。
だから以前来店した時に、俺が常連客と話をしていたのを見ていたのかもしれない。
とはいえ、やはり俺に話しかけてくる意味がわからない。
そんな事を考えていると・・・
「
俺が一瞬顔をしかめたのを見ていたのか、翼がこそっと俺に尋ねてきた。
そういえば、翼がいるときに2人が来店したのは初めてだったな。
「ええ、そうです・・・なぜか、あれから何回か来ているんですよ」
俺は翼の質問に頷いて、うんざりするように溜め息を吐く。
ちなみに以前、翼と圭には敬語はいらないと言われたが、他の客がいたりすることも考慮し、店内ではなるべく以前と変わらずに敬語で話すようにしている。
と、それはいいとして・・・
俺の言葉を聞いた翼は、彼女達からは見えないように覗きながら「ふ~ん・・・」と言うだけだった。
とりあえず、客として来店しているのだから接客しないわけにはいかない。
杉並と結城には好きな席に座るよう伝え、お冷を用意する。
そして彼女達の元へ行くと・・・
「あ、ウチはいつもの・・・って、お願いしてもいいです?」
「あ・・・わ、私も・・・い、いつものを・・・」
彼女達は来店するたびにいつも同じ物を頼んでいた。
おそらく俺がさっき翼にやっていたように、他の常連客達が“いつもの”で通るのを見ていて、自分達もやりたかったのだと思う。
これまでは普通に注文していたが、今日は初めて“いつもの”と頼んだ。
恐る恐る言う所を見ると、それで通じるかどうか不安になっているようだ。
俺は嫌な相手とは言え、常連客が何を頼んだのかくらいきちんと覚えている。
だから俺は・・・
「かしこまりました。アイスティーとホットのダージリンでよろしいですね?」
と、彼女達がいつも頼んでいる物で注文を確認した。
すると彼女達は嬉しそうに『はい!』と言った。
そして俺が、その場から離れると・・・
「やった!これ、一度やってみたかったんだよね♪」
「ふふっ、そうね。何か常連って感じで嬉しいよね」
結城と杉並は楽しそうに話をしていた。
なんでだよ・・・
なんでなんだよ・・・
正直、勘弁してほしいと思った。
というのも、常連にならないでほしいという事ではなく、それならなぜ最初に来た時にこの店を貶したのかという思いで・・・
それさえなければ、俺も彼女達を素直に客として受け入れる事が出来たのに・・・
でもやはり、俺はこの店が何よりも大事だ。
だから、あの時の事は許す事は出来ないと思う。
でも俺は今、その大事な“花鳥風月”の店員なんだ。
だから店員としての対応だけはしっかりしないといけない。
そんな複雑な思いを抱えていたのだった。
・・・・・
「お待たせいたしました」
準備が出来たドリンクを杉並達へ持っていく。
「ありがとうございます」
「あっ、どうもです」
ドリンクをテーブルに置くと、杉並と結城は礼を言ってくれる。
そういう所はきちんとしているのに・・・
彼女達と接するたびに、そんな事ばかりを考えてしまう。
そんな俺の気も知らないで、杉並は俺に話しかけてきた。
「あの・・・店員さん?・・・相談があるのですが、聞いてもらってもいいですか?」
杉並と結城は俺が他の常連さんと話しているのを見ていて、以前から少しずつ話しかけてくるようになっていた。
普段は何気ない会話だったのだが、今回は相談だと言う・・・
一体、何の相談があるというんだろう。
「ええ、構いませんよ。どのような事でしょうか?」
俺の言葉に杉並はホッとした様子を見せる。
「えっとですね・・・同じクラスの人で、私自身はその人に何かをしたつもりはないんですが、なぜか急に嫌われてしまったみたいなんです・・・それまではそんな感じが全くなかったのに・・・」
・・・ん?
これってもしかして・・・
「えっ?そうなの?」
結城は、杉並にそんな事があったとは知らなかったらしく驚いていた。
それに対して杉並は結城にうなずくと、再び俺に目を向けて口を開く。
「だから理由を聞いて、もし私が悪いのであれば謝りたいと思っているんですけど、あまり接したことがないせいか私が声をかけても全然話をしてくれないんです・・・その人は男子なので、同じ男性である店員さんにどうしたらいいか意見を聞きたかったんです」
・・・・・
間違いなく俺のことを言っているよな・・・?
それとも、全く気がついていない素振りを見せておいて、本当は目の前の店員=クラスメイトの風見星だと気がついていてわざと聞いてきているのか?
いや・・・
今までの感じや今の話しぶりからすると、それはないと思う。
だったら今は、この店の店員に徹して接しなければならないだろう。
とはいえ・・・
さて・・・
どう答えていいものやら・・・
そう考えながらも、俺は何も知らないフリをして問いかける。
「・・・それだけでは判断しにくいものがありますが・・・その方とはあまり接したことがないとはおっしゃいましたが、嫌われたと感じるようになった以前に何かで関わった事はございますか?」
「・・・いえ、ありません」
「それでは、こう聞くのも失礼ですが・・・その方の陰口を叩いたり間接的に何かをしたりなどは?」
「それもありません・・・」
「そうですか・・・それでは、これは僕の憶測でしかありませんが、おそらく貴方の会話がどこかでその方の耳に入ったのではないでしょうか?そして貴方にとっては何気ない言葉の中に、彼が不快になる何かが含まれていたのではないかと思います」
「えっ・・・そんな・・・だとしたら本当に申し訳ないとは思いますが・・・でも、話をしてくれない事には私の言葉の何が彼にとって不快だったのかが・・・」
俺の言葉で杉並は真剣に悩み、本当に申し訳無さそうにもしている。
・・・
杉並は本気でそう思っているのだろうか?
それにしても、俺はなぜこんな事を真面目に答えているのだろう。
そして、俺はなぜ杉並にヒントを与えているのだろう。
そんな事を思いながらも・・・
仕方がない。
このまま俺が彼女にしてほしい事を伝えるとするか・・・
「・・・別にその方に特別な思い入れがないのであれば、特に何かしないでそっとしておいてあげてはいかがでしょう?」
「その方がいいんでしょうか・・・?でも・・・」
俺がそれを望んでいるのだから、そうしてくれるのが一番いい。
そう思って伝えているのだが、目の前にいる店員が本人だとは知らない杉並は、何か納得いかないような顔を見せる。
「・・・一つお尋ねしますが、なぜそこまでその人に拘るんですか?」
「えっと、そうですね・・・店員さんが言うように、もし私が何かを言ってしまっていたのであれば、その人に不快な思いをさせてしまっていたのかもしれませんよね・・・そのせいで私が嫌われてしまっても仕方がないとは思いますが、でも知らないで傷つけてしまったのであれば謝りたい・・・何よりも、しこりを無くして彼にも学校生活を楽しく過ごしてほしいと思うんです」
・・・
本気でそう思っているのだろうか。
俺が楽しもうが不快に思おうが、杉並にとっては何も関係ないはず。
なのになぜそこまで・・・
杉並がそれを本気で考えているというのであれば・・・
まだ、あの時の事を許せるわけではないけど、少し位なら話を聞いてもいいのかもしれない・・・
「なるほど・・・では、一つ提案です。その彼が普段会話している方はいますか?もし居るのであれば、その方をワンクッションに置いて様子を伺ってみてはいかがでしょう?」
直接来られても、今はまだ気持ち的に整理がつかない。
だったら本当に話をするかどうかは別として、坂上を間に置いておきたい。
そんな思いから、杉並にはそう助言した。
「そう・・・ですね・・・わかりました!確かにそれが一番いいのかもしれませんね。店員さんのアドバイスに従ってみます!相談に乗っていただき、ありがとうございました!」
そう言った杉並は、憑き物が落ちたような表情を浮かべていた。
逆に結城は、ずっと俺達の会話を聞きながら不思議そうな表情を浮かべていた。
・・・いや、結城も関係者というか、杉並以上に結城の言葉の方が許せないんだけどな。
まあそんな事は本人達にはわからない事なので、どうでもいいけどと思うのであった。
・・・・・
「・・・はあ」
杉並と結城が帰った後、俺は溜息を吐いた。
「ふふっ、
俺の様子を影からずっと見ていた翼が、笑いながら声をかけてくる。
「本当に疲れましたよ・・・何で自分に対する相談を、自分で答えないといけないんですか・・・そもそも彼女達はこの店を貶しながら、何で何度も店に来るんですかね・・・」
「・・・あの子達が最初にこの店を貶したと聞いた時は私も頭にきたけど、でも今あの子達を見た限りだと多少は気に入ってくれたんだと思うよ?・・・何よりも、あの子達の目当ては・・・この店の店員さんである
どういう事だろう?
杉並達は俺の事を本当はわかっていて、あの話をしたということなのか?
「はっ?僕ですか?彼女達は僕が先程の話の中心だったクラスメイトと同一人物だとわかっていたという事ですか?」
「ううん、違うよ?あの子達は、アナタがクラスメイトだという事は多分気づいてないよ。それよりも、もっと別の目をしていたのよ」
杉並達は俺がクラスメイトの風見星だとわかっていないのに、俺が目当てで来ている?
しかも、別の目?なんの事だ?
翼の話を聞けば聞くほど意味がわからない。
「ふふっ、
自分の事は、自分が一番わかっているというのに翼は何を言っているんだろう?
「ほらっ、
そう言って翼は俺の頬に手を当てる。
「い、いや、可愛くないですし、可愛いとか言われてもですねぇ・・・それに人気なんて出てないでしょうに・・・」
恥ずかしくなった俺は、翼の手を軽く振り払いながら顔をそむける。
「だから
翼の後半の言葉はモニョモニョ言っていて、何を言っているのかは聞こえなかった。
というか、本当に意味がわからない。
俺が素顔を見せた所で、人気なんて出るわけがないだろう・・・
「ふふっ、まあその件は置いといて・・・真面目な話をすると、あの子達がこの店の店員さんであるアナタに相談したのも、きっと自分達を知っている身近な人だと相談しにくいから、あの子達の事を知らない第3者であれば話をしやすいと思ったんでしょ」
ああ、なるほど。
確かに自分達を知っている人に相談する方が、色々と分かっていたりして解決しやすいとは思う。
ただその反面で、知っているからこそ変に勘ぐられたり、周りにも面白おかしく吹聴されるかもしれない。
だったら、自分達の事を知らない人に相談した方が、分からないなりに真摯に向き合ってくれる可能性が高い上に自分達の周りに噂が流れる心配もないから、気分としては楽だという事なのだろう。
それが解決の糸口になるかどうかは別として。
「まあ、それは理解しましたが・・・それでも、自分の事の相談を自分で受けるとか、どんな拷問ですか、全く・・・」
「まあまあ・・・でも、良かったんじゃない?」
「何がですか?」
「彼女の思いを少しでも聞くことが出来て」
「・・・・・」
「
確かに翼の言う通り、互いに何も知らないよりは知った上で和解するなり拒否するなりした方が良いのかもしれない。
特に今回の件に関しては杉並達に原因があるとはいえ、それを知っているのが俺だけだという事。
彼女達がその原因を知らない事には、それに気をつけようがないという事。
もちろん、普段からお店の批判をしなければいいだけなのだが、そうは言っても入った店の雰囲気が気にいるか気に入らないかは人それぞれだし、口にしてしまう事もあるだろう。
だからと言って、俺がそれを容認するというわけではないが、人ではなく店であろうと批判すれば不快に思う人がいる事くらいは教えておいてもいいのかもしれない。
杉並がさっきの事を本気で考えているのなら、そういう意味で少しだけ歩み寄っても良いかもしれないと思い始めたのだった。
―――――――――――――――
あとがき
お読みいただきありがとうございます。
この作品は自己満作品だと理解している中、読んでくださり応援してくださる方には本当感謝いたします。
次話から、タグに入れた本作品メインの展開なります。
16話以降は更新ペースが落ちると思います。
どうぞ最後までよろしくお願いいたします。
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