第10話 予想外の人物による・・・




 学校祭が終って数日後。

 俺は正直うんざりしていた。


 というのも学祭が終ってからは、例の事件を知っていて俺を腫れ物でも見るように様子を伺う者が多かった。


 いや、それ自体は中学の時に経験しているので、うんざりするのは変わらないけどそれほど気にはならない。


 問題はその件を知らない極一部のクラスメイトが、俺の元に人が寄ってくるようになったからである。


 料理が上手かっただの、テキパキして手際が良かっただの・・・

 料理をどこで覚えたのか、今度教えてほしいだの・・・


 ・・・

 適当に対応してはいるものの、はっきり言って俺にとってはうっとおしいにも程がある。


 どうせ何だかんだ理由をつけて、翼や圭を紹介してほしいというのが目に見えているからだ。


 男なんて特に、それ以外に俺に近づく理由はないだろう。


 更には、なぜか杉並が俺と話したそうにしているも、正直うっとおしかった。


 もう、放っておいてくれよ・・・


 そう思いながらも、登校した俺はいつものように小説に目を落とす。

 すると・・・


「よ、よう・・・うっす」


 気まずそうな顔をしながら俺に声をかけてきたのは、予想外にも堺だった。

 周りを見渡すと坂上もいるようだが、こちらの様子を伺うような素振りは見えるが、珍しく声をかけてきていない。


 まあ、どうでもいいやと思いつつ堺に目を向ける。


「ああ、おはよう」


 俺は別に堺に対して信用がないと言うだけで、怒っているわけではないから声を掛けられれば返事はする。


 しかし何の用だ?と思っていると、堺は口を開く。


「風見、学祭の時は悪かったよ・・・」

「はっ?」


 俺は一瞬、何で謝っているのかわからずに疑問の声を上げてしまった。


 だって俺が翼や圭、小鳥遊さんに適当に紹介した事で、堺は怒っていたよな?

 それに拒否られていたわけだし。


 未だに怒っているならまだしも、堺が謝っている意味がわからない。


「それ・・・何の謝罪なんだ?」

「・・・学祭の時に綾瀬翼さん・・達に俺を紹介してくれと、風見に無理矢理頼んだ事だよ」


「ああ、なるほど。それの事か・・・でも、何で今更謝ろうと思ったんだよ?あの時はどうしても紹介してほしかったんだろう?謝るつもりなら、最初から頼まなければいいわけだし」

「ぐっ・・・い、いや、それについては本当に悪い・・・後から考えたら、確かに話した事もない相手を紹介させるのは良くなかったな、ってさ・・・」


 堺の説明で謝罪してきた意味と経緯がわかった。


 確かに堺自身もそう考えたのだろうけど、おそらくは坂上の入れ知恵なんだろうな。

 さっきから、ずっとこっちの様子を伺っているし。


 とはいえ、そのせいなのかどうかはわからないが、俺の知り合いであるという事で堺は以前のように綾瀬翼ちゃん・・・と言わないほどには反省しているという事なのか?


 まあ、どうでもいいけど・・・


「わかったよ。それについてはもういいよ」

「許してくれるのか?」


「許すも何も・・・はっきり言わせてもらうと、堺が謝罪しようがしまいが正直どうでもいいんだよ」

「んなっ!何でそんな・・・いや、坂上の言う通りだったのか・・・」


 そう、俺は興味のない人間のしでかした事なんて、特に気に留めない。

 ただ単に、特定の人物が何かをしたという事ではなく、そういう事実があったという事で更に他人を信用しなくなるだけだから。


 そういう意味で言ったのだが、どうやら堺は坂上から何かを聞かされていたようで、何かを理解したようにボソッと呟いたのが聞こえてきた。


「ははっ・・・そうだよな・・・今まで俺は、風見に見向きもしなかったんだもんな」


 堺は乾いた笑いを浮かべながら、うつむき加減にそう漏らした。


「でもさ、これからは少しずつでも風見と話して俺を知ってもらって、信用してもらう事は出来ねえか?」

「話をするのは構わないけどさ・・・悪いけど、信用するのは無理だよ」


「な、何でだ!?」

「・・・俺が堺と仲良くなったとして、堺はそのおかげで彼女達に近づけるかもしれないと期待する気持ちが絶対にないと言い切れるか?」


「そ、それは・・・」

「ほら、言い切れないだろう?俺に近づく事で必ず脳裏の片隅に彼女達がつきまとう。その時点で信用するのは無理なんだよ。結局の所、俺と仲良くなろうとするのは裏がある、と言っているのと同じなんだから」


 俺にモデルの知り合いがいる。

 それがわかった時点で、本気で俺自身と仲良くなりたいと思うやつはいないだろう。


 俺と仲良くなる事で、彼女達とお近づきになれるかもしれない。

 普通ならそう考えるのだろうから。


 だから俺はもう、学校の連中とは必要以上に近づくつもりはない。

 少なくとも、今は誰も信用出来ないのだから・・・


「ちょうどいい機会だし、ついでに言わせてもらうよ」

「な、何をだ?」


「俺は誰かを紹介してほしいと言われても、今後は紹介する事はしないからな。俺も嫌だし、それ以上に相手にも迷惑をかけるからさ」

「・・・・・」


 俺は堺と話しながらも、クラスの他の連中にも聞こえるような声でそう告げた。


 これで、もう2度と紹介を頼まれる事はないだろうと考えて。

 そして誰も近づいて来ないだろうと・・・


 すると・・・


「・・・独占欲たけぇ」


 というクラスの男子の声が聞こえてきた。


 ・・・はっ?

 独占欲?何言ってんだ?


 独占とかそういう問題じゃないだろう?

 今言ったやつは、頭おかしいのか?


 そう思って、その声の主に目を向けて言葉を発しようとした瞬間・・・


「高橋、お前・・・それはねえわ」


 と俺を擁護したのは、意外にも堺であった。


「はあ?」

「最初に風見に頼んだ俺が強く言える事じゃねえけどよ・・・お前のその発言は最低だぞ」


「ちょ、いきなり何だよ!」

「お前はそれを言う自分がカッコいいとか、そういう風に言えば風見は考えを変えて紹介してくれるとでも思ってんのか?それって全くの逆効果だぜ?・・・まあ、俺も・・・以前の俺だったら、お前と同じような事を思って言ってしまっていたかもしれないが、あんな事をしてから自分を客観的に見るようになって、自分がお前のような発言をしていたかと思うと、クソダサくて恥ずかしいわ」


「な、なんだよ!元はと言えば、お前が発端じゃねえかよ!」

「ああ、そうだよ。だからあの時の事も含めて言ってんじゃん、クソダセえってさ・・・そもそも考えてみれば、紹介してほしいと思ったのは俺達であって、風見や翼さん達ではないんだ。そこを履き違えんなよ?」


 ・・・


 俺が思っていたよりも、堺はあれから本当に色々と考えてくれたらしい。

 まさか、ここまで俺を擁護してくれるとは思いもしなかった。


 そこまで考えてくれた堺に対しては、俺も少しだけ見直すべきかもしれない。


 もちろん、堺はそこまでを見越しての考えかもしれないけど。


 とはいえ、いくら俺は人を信用しないといっても、そこまで疑ってかかるとさすがに疲れてくる。

 だから翼達を紹介しないという前提で、少しは歩み寄ってもいいのかもしれない。


 そう思えるほどには、堺に対する印象が少しだけ上がったのであった。



 ・・・・・



「おはようございます」


 放課後になり、俺はバイトで“花鳥風月”に来ていた。


「おはよう、キラくん」


 今日の早番は望月さんで、俺が入ってきたのを見ると挨拶してくれる。

 そして、俺の顔を一目見るなり・・・


「あらっ?キラくん、何かいい事でもあった?」


 と、聞いてきた。


「え?どうしてですか?」

「だって、いつもよりも少しだけ嬉しそうな顔や雰囲気を出しているからね」


「そんな事、この一瞬でわかるんですか?」

「ええ、わかるわよ。流石に正確な年齢は教えないけど、伊達にキラくんよりも1.5倍も生きていないのよ?だからこう見えても、星くんが思っている以上に色んな経験をして、色んな人と接してきているんだからね」


 確かに、俺が心を閉ざして以降の学校生活の中では、一番良い出来事だったとは思う。

 だからといって、俺自身はそこまで嬉しく感じているつもりはなく、態度や表情に出しているつもりもなかった。


 でも、自分で気がつかないほどには表れてしまっていたのかもしれない。

 その僅かな変化でも、望月さんには伝わるんだ。


 逆に言うと、その変化がわかるほど俺の事を気にかけてくれている、と言ってもいいのかな?


 そう考えると、少しだけ嬉しくもあり恥ずかしくもあった。


「そう・・・なんですね」

「ふふっ、別に詳しく聞こうとは思わないから安心して。ただ、キラくんが嬉しそうにしているのが私も嬉しかっただけだから」


 望月さんのこういう心遣いは、本当に有り難いし大人だなと思う。

 本当にささやかな出来事であり、嬉々として人に話せる内容でもないのだから。


「ただね、一言だけ言わせてもらうなら・・・キラくんは自分1人で抱え込まないで、もっと周りを頼る事を覚えた方がいいと思うの」


 望月さんはそう言いながら、俺を正面から軽く抱きしめてきた。


「えっ?ちょっ、ちょっと!望月さん!?」


 フワッと感じる望月さんの体全体の柔らかさを感じ、俺は動揺して慌ててしまう。


キラくんとは、働く時間が違うから一緒にいられる時間はあまりないけど、それでも私は星くんを弟のように感じてずっと見守ってきたの。その私から見た貴方は、いつも何かを我慢しているようだったわ。だから少しでも嬉しそうな星くんを見れば私も嬉しい・・・その反面、誰にも打ち明けずに自分の中で気持ちを全て完結させているんだろうなと思うと、それはそれで少し寂しく感じるのよ」

「・・・・・」


 なんというか・・・

 色んな意味で、俺は望月さんには勝てないなと思った。


 そしてやはり望月さんは、大人の女性なんだなと実感する。

 常に周りや人をよく見て理解し、相手の気持ちを考えてくれている。


 俺が学校で出会った人達・特に中学の頃はただただ周りの意見に流されて、俺個人を見ようとも気持ちを理解しようともしない者ばかりだった。

 高校に入ってからは俺に近づいてくる者はいても、本当の意味で俺の気持ちを理解しようとしている者なんていない。


 坂上なんて特にそうだ。

 彼は自分の気持ちや考えを行動しているだけで、俺の気持ちを考えているわけではない。


 だから坂上にとっては良かれと思って、その気持ちを俺に押し付ける事もある。

 それが俺にとっては余計な事でもあるにも関わらずに。


 その点、望月さんは俺に何かあった事に気づいても、無理に聞くことはせずに俺が自分から話すのを待ってくれる。

 そのまま俺が話さない事を知りながらも・・・


 その気持に救われたような気分になる。


 だからこそ逆に、それが故に望月さんには俺の気持ちが完全に見透かされているような気がして、気恥ずかしさも覚えてしまう。


 そして、望月さんの本音を聞いた今となっては、頼ってほしいと思ってくれていた彼女をないがしろにしているように思えて、少しだけ申し訳なさも感じてしまう。


「・・・今はまだ・・・自分自身、心の整理がついていません。なので、もう少しだけ時間をください。そうすれば、皆さんに色々と話せるようになると思いますので」

「ふふっ、それでいいわ。ただ自分の中で抱えきれなくなる前には必ず相談して?自分1人で考える事には、必ず限界が来るものよ。それに答えが出なくとも、吐き出すことでスッキリする事もあるのだから」


 本当に望月さんは、俺が思っている以上に色々と経験してきているのだろう。

 彼女の言葉は良い意味で、俺の心に刺さる事が多い。


 だから俺は望月さんの心の温かさを感じ・・・


 ・・・


 いやいや、物理的にも温かさを感じてるじゃん!

 俺は今、望月さんに抱きつかれてんじゃん!


 俺は望月さんの心の温かさに触れたせいで、抱きつかれている温もりも同時に感じてしまったのである。


「ちょ、ちょっと、望月さん!?望月さんの心遣いは感謝しますが・・・とりあえず俺から離れてくれません!?」

「ん?どうして?」


「どうしても何も・・・俺に抱きついているのはおかしいでしょう!」

「弟との抱擁なら、別におかしな事じゃないでしょ?」


「いや、おかしいですよ!・・・それに望月さんには旦那さんがいるんでしょ?」

「うっ・・・それを言われると・・・」


 なぜか離れない望月さんに、必殺の旦那さんを持ち出すと「もう、本当に主人と合う前だったら・・・」と言いながら、ようやく離れてくれた。


 そして、優しい笑顔で微笑みながら俺を見ると・・・


「ふふっ。でもキラくんが、普段からそうやって素をさらけ出す事が出来るようになるといいわね」


 と言われてしまった。


 ・・・やっぱり望月さんには、色んな意味で敵わないなと思うのであった。


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