第6話 学校祭にて①




 学校祭当日。


 俺はクラスの出し物である、軽食喫茶の厨房で料理を作っていた。


 思ったよりも繁盛しているようで、次々と注文が入ってくる。


 周りからは「へえ、キラ君すごいね~」とかクラスメイトの声が聞こえてくるが、そんなものにかまけている時間はない。


 一応、厨房もホールもシフト制のため、9時~12時、12時~15時の2交代制にしている。


 俺はどうせならさっさと自分の番を終わらせて学祭を周りたいと思い、前半に立候補していた。

 それに外部から来る一般客も、午後の方が多いと予想し楽な方を選んだ為でもある。


 学祭に来る一般客は、午前中に来る場合は色々と見る事をメインとして、せいぜい軽食として少しずつ食べ回る事を考えるからそんなに注文は多くないはず。

 昼以降は、昼食を取っていない客が来て混雑するかもしれないと考えていたのだ。


 とはいえ、どちらにしても普通の飲食店と違って、昼食目的の人は少ないだろうとは思うけど。


 そんな予想を裏切り、午前中は思いのほか忙しかった。

 そして12時に近づいてくると、昼食目的は少ないという予想通り段々と落ち着いてきたのである。


 とはいえ、注文が無くなったわけではないので、俺は相変わらず料理を作っている。


 するとホールをやっていた杉並美鈴が厨房に入ってきて、料理を作る俺の姿を見て側に寄って来た。

 それに気が付いた俺は嫌悪感を抱くものの、料理から手が離せないためにこの場から動くわけにはいかない。


 はあ・・・

 全く何の用だよ・・・


 杉並の方には一切向かずに、そう思っていると。


「へぇ、風見くんって凄いんだね!物凄く手際がいい」


 と、話しかけられてしまった。


「ふ~ん、そうかな?」


 俺は一方的に嫌いな相手であっても、それを表に出すつもりはない。

 ただ単に、関わりたくないだけである。


 だから話しかけられてしまえば、それに反応せざるを得ない。

 とはいえ特に話したくもないため、適当に返事をする。


「うん、普段から料理を作っていたりするの?」


 そんな態度の俺にも、杉並は普通に話しかけてくる。


 ・・・本当に意味がわからない。

 俺なんかに興味を持ったって仕方がないだろう。


 というか、むしろ興味を持たないでくれよ・・・

 本人は知らないとはいえ、俺はまだあの時の事を許してはいないのだから。


「ああ、まあ・・・バイトで作ったりするし」


 俺は杉並には一切目を向けずに、そっけなく話しながら料理を作っている。


「そっか・・・あ、ごめんね。料理の邪魔しちゃって・・・」

「ああ、別に・・・」


 俺がそっけない態度を取っている事で、杉並に目を向けない俺は彼女がどんな顔をしているのかはわからない。

 ただ少しだけ、声に寂しさを含んでいるような気がした。


「今度・・・もしよかったら今度、話を聞かせてほしいな」


 正直、それだけは勘弁してほしいと思う。

 俺は出来るだけ、杉並と結城には近づきたくないのだから・・・


 そう思いながらも・・・


「まあ、気が向いたら・・・」


 とだけ答えておいた。


 その俺の言葉を聞いた杉並が、特に何も言わずに俺の視界の端で軽く頭を下げていたのが見えた。

 そして、その場から去って行く。


 彼女が視界から消えると俺は、はあ~と溜息を吐いた。


 端から見れば、ただただ俺の性格が悪いように見えただろう。

 別にそれはそれでいいけど、はっきりいって関わりたくない相手と接するのは本当に疲れる。


 今の杉並の無邪気な感じを見ると、あの時は彼女達に悪気があったのかどうか本当の所はわからないが、それでも“花鳥風月”を貶したという事実は俺の中からは消えない。


 だから正直言えば、本人達が貶したという意識がなく俺に話しかけられると、なおさら腹が立つ部分もあるのだ。

 もちろん、あの時の店員が俺だと言う事を彼女達が知らないとしてもだ。


 とはいえ、彼女達にどうこうするつもりは無いので、本当にこれからは関わらないでほしいと願うばかりであった。



 それから少しして、休憩を取りながら料理を作っていると、教室のホール側からざわざわする声が聞こえてくる。


 何だろうと思っていると、厨房にクラスメイトが駆け込んできた。


「お、おい!風見かざみいるか!?客にお前を呼んで欲しいって言われたぞ!」

「はっ?」


 客が俺を呼んでいる?

 どういう事だ?


 特に誰かを学祭に招待した覚えはないし、俺を訪ねてくるような人も別に思いつかない。


 そう思いながら、厨房として仕切られているカーテンから顔を覗かせる。


 すると、そこにいたのは・・・


“花鳥風月”の常連客である綾瀬翼と西野圭、そしてバイトの同僚である小鳥遊沙織の3人だった。


 帽子にサングラスをしているけど、モロばれである。

 綾瀬さんと西野さんは、仮にもモデルという事なので、姿を隠そうとしているのもわからなくは無い。

 しかし、なぜ小鳥遊さんまで同じように帽子とサングラスを・・・?


 3人共あれでは、かえって目立つ気がする・・・


 そんな彼女達を発見した俺は、フリーズしてしまっていた。


 というのも、綾瀬さんは俺の学祭には来ないと言っていたはず・・・

 しかも西野さんと小鳥遊さんまで来るとは、意外にも程がありすぎる。


 そうして俺が固まっていると、俺を呼びにきたクラスメイトの堺が声を掛けてきた。

 彼とはクラスが一緒になってから、ほぼ話した事はない。


「お、お前、あんな美人な友達がいたのか!?」

「あ?ああ、いや、まあ・・・」


「っていうか、あれって・・・綾瀬翼ちゃんと西野圭ちゃんだよな?もう一人は誰かわからないけど、かなりの美人さんだし」

「なんで堺が彼女達の名前を知っているんだ?」


「ばかか、お前は!!あの2人は、誰もが知ってるトップモデルだろうが!」

「へぇ、やっぱりモデルってのは嘘じゃなかったんだ・・・」


「つーか、2人・・・いや3人に俺を紹介してくれ!」

「はっ?嫌だよ」


「何でだよ!いいじゃないか!」

「いや、こっちこそ何でだよ?そもそも堺は俺に話かけてきた事なんて、今までないだろう?」


「い、いや、まあ、そう・・・だけどさ・・・まあ、いいじゃないか。クラスメイトのよしみで紹介してくれよ!」

「なんだよそれ・・・はあ、わかったよ。その代わり後で文句は言わないでくれよ」


 俺はそう言いながら堺を連れて、カーテンから出て彼女達に近づいていった。


「あっ!キラくん、やっと出てきたぁ!遅いよ!」

「そうだよ、キラくん!注文を受けたらお客様を出来るだけ待たせないのが飲食店の鉄則だよ!忘れたの!?」

キラちゃん、久しぶり~!元気にしてたぁ?」


 俺が近づくなり、綾瀬さんと小鳥遊さんがクレームをつけてくる。


 いや、小鳥遊さん・・・

 俺を注文したって事?

 俺はメニューに載ってないんだけど・・・


 入ってくるなりクレームをつけるとは、なんという最低なお客様達だ。


 その点、西野さんだけは俺を見て優しく笑顔で迎えてくれた。


 いいお客様だ。


 という事で、クレームを付けてきた最低なお客様である2人を横目に、西野さんに挨拶を返すことにする。


「お久しぶりですね、西野さん。僕は元気、と言うかいつもと変わりはありませんよ。西野さんこそ元気にしていましたか?」


 俺が2人を無視して西野さんの方を向いて話しかけた事で、綾瀬さんと小鳥遊さんが「ちょっと無視しないでよ!」とかなんとか言っているが、気のせいだろう。


「う~ん・・・元気だよ!とは言いづらいかなぁ・・・」

「え?何かあったんですか?」


 いつも元気一杯の西野さんが自分から元気ないと言うので、何かあったのかと思って問いかけた。


「うん・・・キラちゃんに暫らく会えなかったから、星ちゃん不足によりモチベーションが・・・」

「・・・・・」


 俺はガクッと肩を落とした。

 心配損である・・・


「ほら、この前言っておいたでしょう?圭ちゃんがキラくん成分が不足してるから顔を見せるって」


 綾瀬さんが、西野さんをフォローするように横から口を挟む。


「ああ、確かに言ってましたけど、店に来るとばかり思ってましたよ・・・なんでうちの学祭に?」

「それはほら、あれよ!サプライズ的な?」

「そうそう、折角サプライズで行こうって話をしていたのに、翼さんたら口を滑らしそうになるから焦ったよ」

「私の都合が、今日を逃すとまた少し先になっちゃうから、どうせなら皆で一緒にキラちゃんの学祭に遊びに行こうって事になったんだよねぇ」


 俺の質問に何故か疑問系で綾瀬さんが答え、それをフォローするように小鳥遊さんが答える。

 西野さんは、とりあえず俺に会いに来たのだとアピールしてきた。


「ああ、そうなんですか。まさか来るとは思ってなかったんで、驚きはしましたけど嬉しいですよ」


 俺がそう答えると、3人は満足気な顔をしていた。


「それにしても、この前言っていたように、学校では本当に雰囲気が全然違うんだね」


 綾瀬さんが言っているのは、俺の容姿の事だろう。

 俺は普段は完全な地味男であり、今日もいつも通りの黒縁メタルフレームの眼鏡をかけて前髪を下ろしている。


「まあでも、これはこれで・・・」

「確かに、こんなキラくんは貴重だね」

「私はどんなキラちゃんでも・・・星ちゃん、ただそれだけで私は満たされるよ」


 なんでこんな俺が高評価を受けているのかは良くわからないが、意外と西野さんの言葉が一番嬉しい気がした。

 どんな俺でも、俺は俺だと言われたように聞こえたから・・・


 俺が彼女達と話をしていると、それに横槍を入れる者がいた。


「なあ、お前ばかり話していないで、いい加減に俺を紹介してくれないか?」

「あ、ああ」


 そう、堺だ。

 はっきり言って、どうでもよかった堺の存在なんて、すっかり忘れていた。


「ん?キラくんのお友達?」


 綾瀬さんが俺に尋ねてくる。

 それに対して俺は・・・


「友達と言うか・・・ほとんど話した事もない、ただのクラスメイトの堺くんです」

「おい!!」


 俺が適当に紹介すると、堺が怒って声を上げた。


 そして、紹介された3人は訝しげな顔をしている。

 なぜ、そんな人を紹介してきたのかと・・・


「さすがにそれはないだろう!」

「・・・いや、それ以外どう言えばいいのかわからないし。そもそも、俺は話した事がない堺の事はよく知らないんだ。それなのに、嘘を並べてでも紹介しろとでも?」


 俺と堺のやり取りを見た3人は、無理矢理紹介を頼まれた事情を察してくれたようだ。

 そこで綾瀬さんが口を開く。


「ふ~ん・・・それで、キラくんのただの・・・クラスメイトの堺くんでしたか?私達に何かご用ですか?」


 綾瀬さんは普段俺に見せるのとは違う笑顔=営業スマイルをしながら、俺に対しては決して使う事のない敬語を使って堺に問いかけた。


 彼女達・・・綾瀬さんと西野さんは、俺に見せる態度からはあまり想像できないが、基本的には軽薄な者を嫌っているらしく、特に自分達がモデルだからとお近づきになりたいとかナンパ目的で近づいてくる男に関しては、結構容赦ないというか完全に心を閉ざすらしい。


 ただ応援してくれる、というだけであれば別らしいが。


 と、これは小鳥遊さん情報である。


「え、あ、い、いや・・・」


 さっきまで俺に話しかけてきていた時の顔と口調と比べ、明らかに変わったのがわかった上、“ただの”の部分を強調された堺は言葉に詰まってしまう。


「特にご用はないのですか?では、もうよろしいですね?」


 と、綾瀬さんは堺に対して完全にシャットダウンしてしまう。

 そうなると、堺にはもうどうしようもない。


「あ、はい・・・お邪魔してすみませんでした・・・」


 堺はそう言って、肩を落としながら戻っていった。


 そんな堺の姿など、すでに3人の目には写っていなかったのである。


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