第5話 同僚・小鳥遊沙織と常連客・綾瀬翼との何気ない会話



 望月さんと水島さんが帰ったため、今はマスターと小鳥遊さんと俺の3人となっている。

 まだ夕方はそんなに忙しくはなく、混むのは夕飯時の18時以降くらいからだ。


 このアイドルタイム中に掃除やテーブル拭き、テーブル上の紙ナプキンや爪楊枝などの補充も行っていく。


 その作業の途中で、カラーンと店の入り口が開く音がする。


「いらっしゃいませ」と言いながら入り口に顔を向けると、そこにいたのは昨日も来てくれた常連客の綾瀬翼だった。


「こんにちは、キラくん。昨日ぶり~!」

「こんにちは、綾瀬さん。昨日ぶりですね」


 綾瀬さんは俺を見るなり、笑顔で挨拶をしてくる。

 そして彼女の姿を見て、小鳥遊さんも彼女に話しかける。


「いらっしゃいませ、翼さん。昨日も来てくれてたんだ?」

「うん。来れる時に来ないと、中々来る事が出来ないからね」


 この2人は同じ歳という事もあるせいか、綾瀬さんが常連となってからは小鳥遊さんと非常に仲が良い。


「確かに翼さんの仕事柄、それは仕方ないよね。でも、それだけこの店を気に入ってくれるのは嬉しいよ」

「もちろんお店もそうだけど、ここに来ないとさおりんにもキラくんにも、マスターにも会えないんだもん」


「え?でも私とは、たまに外で会ってるじゃない」

「うん、だからごめん。今言った、さおりんにもというのは、ただのこじ付けでした~」


 普通だとあまり無い事だが、この店の緩いというかマッタリした雰囲気のせいもあり、彼女達は連絡先を交換しており、たまに遊んだりする事もあるらしい。


 ・・・なぜ、そこに俺は呼ばれないんだろうか。


 って、それは当たり前だろう。

 俺なんかが相手にされるわけがないのだ。


 しかも、小鳥遊さんと違って異性なのだし。


「ちょっと、こじ付けって・・・」

「もちろん、さおりんに会える事も嬉しいけど、会おうと思えば会えるさおりんよりも、キラくんとマスターに会うために来ているという方が正確かなぁ」


 これまた、社交辞令にもほどがある。


 彼女が本当にモデルなのかは知らないけど、彼女ほどの可愛さがあれば、男なんて引く手数多だろう。

 俺ごときを相手にするわけがないのだ。


 彼女なりの冗談に違いない。

 その冗談を本気で捉えてしまっては、後で痛い目を見るのは自分だという事くらいわかっている。


「悪いけど翼さん?キラくんとマスターは、この店・・・いわば皆の至宝なんだから、いくら翼さんと言えども絶対不可触アンタッチャブルだからね」

「・・・・・・」


 小鳥遊さんの言葉に、綾瀬さんは油の切れた機械のように、首がギシギシと音をたてそうな感じでゆっくりと顔を背けた。


 というかマスターはまだしも、なんで俺がこの店の宝なんだ?

 しかもマスターより先に名前が上がるとか、意味がわからんし・・・


「ちょ、ちょっと翼さん!?貴方、キラくんに何かしたんじゃ!?」

「い、い、いいいいえ。な、何にもしてないですのよ?」


「何?その言葉遣い!何かしたでしょ!何をしたのか・・・さあ、白状なさい!」

「・・・え、えへへっ、キラくんの頭を撫でて、そして私も頭をなでなでしてもらいました・・・」


「――んなっ!!」

「あ、あははっ・・・」


 途中から、なぜか綾瀬さんが敬語になっている。

 なんか2人の話が盛り上がっているようだけど、綾瀬さんが来てからずっと立ち話をしている。


 何をしてるんだか・・・

 と思いながら、俺は2人に声をかける。


「小鳥遊さん、とりあえず綾瀬さんを席に通してあげたらどうですか?」


 俺の言葉に、小鳥遊さんは「あっ」という声を上げながらも、なんだか腑に落ちない顔をしつつ、いつもの席へと案内した。


 その間に俺はお冷を用意して、席に着いたのを見計らって持っていく。


「なんで僕が宝だとか、わけわかんない話になっているのか理解できませんが、その宝であるはずの僕は、小鳥遊さんに(パンツは履いていたけど)生まれたままの姿を見られましたけどね」

「「――!!」」


 綾瀬さんにお冷を出しながら、2人を前にして爆弾になるかどうかわからない爆弾を落としておいた。

 そして俺はそそくさと退散する。


「・・・さ~お~り~ん!?それは、どういう事なのかな~?」

「え、ちょ、ちょっと待って、キラくん、まだそれ引っ張るの!?冤罪!それは冤罪なのです!」


 なんか「キラく~ん!覚えてろよ~!」と聞こえた気がするが、きっと気のせいである。

 俺は気にせず、掃除やテーブルセッティングの続きをする事にした。



 ・・・・・



 俺が洗ったコップを拭いていると、綾瀬さんが話しかけて来た。


「そういえばキラくんの学校、もう少しで学祭だよね?」

「ええ、そうですよ。それがどうかしました?」


「いやあ、キラくんのクラスの出し物は何をするのかなぁ?って思って」

「ええっと、軽食喫茶みたいなものをやるようです」


「え?じゃあ、キラくんは、ここで働いているのと変わらないじゃん」

「まあ、そうかもしれませんね」


「じゃあ、もちろん接客するんだよね?」

「いえ、僕はこの店のおかげで料理が作れるようになった事もあり、料理担当で完全に裏方要員ですよ」


「ええ~!!キラくんのホール姿、見たかったのに・・・」

「いや、いつもここで見てるじゃないですか・・・・ん?え、もしかして、うちの学祭に来るつもりなんですか?」


 綾瀬さんが、うちの学祭に来るような言い方をしているのが気になったので聞いてみた。

 すると、一瞬俺の後ろから何らかの雰囲気を感じたのだが、それを見た綾瀬さんがワタワタと慌て始めた。


「ぎくっ!あ、い、いや、今のは・・・そう!キラくんがホールだと売り上げが伸びるのにねって言いたかったの。い、行くとは言ってないでしょう!?」

「いや、僕が表に出た所で売り上げは変わらないし、それ所かむしろ下がるでしょう?」


「そんな事無いって!キラくんはこんなにかわいらしいのに」

「いや、可愛いとか言われても・・・ていうか、今はバイト中だから前髪を上げて赤縁の眼鏡をしていますが、学校では前髪を下ろして黒縁の地味な眼鏡をしてるから、元々地味な僕が今以上に地味ですよ」


「ええ~?そうなの?・・・いや、でも・・・むしろその方がキラくんの良さを知る人が少なくなっていいのかも・・・ブツブツ」

「??」


 綾瀬さんの言葉は、最後の方は小声でブツブツ言っているので、何を言っているのか聞こえなかった。


「まあ、それはいいとして、綾瀬さんが来るはずがないですよね。仮にもモデルという事ですもんね」

「仮にもって・・・正真正銘のモデルなんですけどぉ」


「それでなくても、綾瀬さんは綺麗で目立つから、そんな人が来たら大騒ぎでは済まないですしね」

「ちょっ!キラくん!?んもう、な、何言ってくれちゃってるの!?き、綺麗だなんて、初めて言われたわ!?わ、私を、く、口説いてるの?・・・んもう!お姉さんをからかうもんじゃありません!」


「――??言っている事がよくわかりませんし、からかったつもりもありませんが・・・それよりも、初めてって・・・(仮にも)モデルなら、いくらでも綺麗って言われてますよね?」

「はあ・・・違うわ、キラくんにって事よ」


「あ、ああ、そうでしたっけ?まあ、僕は店員ですからね。さすがにお客さんに対して、そんな事はそうそう言えないでしょう」

「うう・・・キラくんとの心の距離を感じるよ・・・」


「心の距離って・・・綾瀬さんはお客様として、大事に思っていますよ?」

「確かにそれはそれで嬉しいけど・・・そうなんだけど、そうじゃなくて!」


「??」

「もっとこう、フレンドリーというかさぁ、店員と客の垣根を越えるというか・・・」


「そんな、僕ごときが綾瀬さんに気安くしていいわけないじゃないですか」

「なんで君は、そんなに自分を卑下するのかなぁ・・・もっと自信を持ってもいいのに・・・いや、自信を持ったら持ったで、大変な事に・・・ブツブツ」


「??」


 なんか今日は綾瀬さん、一人でブツブツ言っている事が多い気がする。

 よく聞き取れないな。


「あ、それはそうと・・・そういえばケイちゃんもキラくんに中々会えないって嘆いていたよ」

「ああ、確かに西野さんは最近来て無いですね。お仕事が忙しいんだろうとは思ってましたが」


 綾瀬さんが名前を上げた圭こと西野圭にしのけいも、この店の常連客であり綾瀬さんとはモデル仲間らしい。

 身長は綾瀬さんと同じくらいだが、西野さんはショートボブに軽いパーマをあてており、若干ほんわかとした癒し系である。


 最近、纏まった撮影の仕事が入ったとかなんとかで、中々時間が取れなくなるみたいな事をチラッと聞いていた。


「そうなの。だから、“キラちゃん成分が不足してる!!”って騒いでたから、そろそろキラくん成分を補充する為に顔を見せると思うわ」

「なんすか、それ・・・まあ、最近西野さんに会ってないから僕も会いたいので、来てくれるのはありがたいし嬉しい事ですけど」


 綾瀬さんの言っている意味はわからないが、俺もここしばらく西野さんを見ていないから、また来て欲しいとは思っていた所ではある。


「それ、会ったら本人に直接言ってあげて。泣いて喜ぶと思うから」


 綾瀬さんがニコッと笑いながら、俺にそう告げた。

 しかし俺は、綾瀬さんのいう事は冗談だとわかっている。


 その冗談を真に受けるほど、自惚れてはいないのだ。


「泣いて喜ぶって・・・それは嘘ですよね?そこまで喜ぶわけないじゃないですか」

「んもう、君は自分をわかってないなぁ・・・まあ確かに、泣きはしないだろうけど、喜ぶのは本当だと思うよ」


 自分で自分の何がわからないと言うのか・・・

 わかりすぎるくらいわかっているというのに。


 まあでも、喜んでくれるというのなら、本人に直接言うのも吝かではないのかもしれない。


 そんな事を考えながら、たまに小鳥遊さんを交えながら綾瀬さんと色々な話、特に俺の学校祭について話をするのであった。


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