第2話 俺の大好きな場所・・・そして最悪な気分へと
学校ではそっけない俺が、唯一自分をさらけ出す場所。
素で居られる場所。
それが俺のバイト先なのである。
放課後になると、俺がバイトをしている喫茶“花鳥風月”へとやってきた。
この店は白髪交じりの髪を整え口の周りの髭がよく似合う、常に優しい笑顔を浮かべているマスターが個人経営で切り盛りしている。
店内はアンティーク調の落ち着く雰囲気で、ジャズなどのクラシックが流れている。
木目をそのまま残したテーブルや椅子を使用しており、店全体的に中々味があると思う。
キッチンからお客さんが見えるカウンター式で、正面のカウンターに7席、横のカウンターに3席、他に4人掛けテーブルが5箇所、そして入り口からは見えにくい奥には2人掛けテーブルが2箇所ある。
合計で34席あり、個人経営としてはそれなりの広さではないだろうか。
最初はマスター1人でやっていたらしいが、徐々に口コミでお客が増えてきてマスター1人では対応するのが難しくなり、お客様を待たせてしまう事を懸念したマスターがバイトを雇う事にしたらしい。
そこで以前、何気なくこの店に客として入り一目で気に入った事もあり、マスターに頼み込んで雇ってもらえる事になった。
そして現在、昼(早番)と夕方(遅番)に各2人ずつ、合計4人のバイトを雇っている。
俺以外のバイトは全員女性だ。
しかも早番は20代半ばの主婦と20歳のフリーター、俺と同じ遅番の人は大学1年と全員年上である。
今日はその大学生が休みなため、遅番のホールは俺1人だ。
とはいえ、基本的には調理担当のマスターとホール1人の2人稼動を主として考えられているので、マスターと2人だけなのは普通の事である。
ただバイトの休みを考えた時に早番遅番各1人ずつだと、マスター1人で回さないといけない日が出てきてしまう。
だからシフト上、昼と夜で最低各2人は必要なのだ。
本来ホールは1人でいい所、早番・遅番各2人ずつ雇っているので当然シフトが被れば2人共出勤の日も出てくる。
でもそこはマスターのご厚意により、休みさえ被らなければ俺達バイトが働きたいだけ働かせてくれている。
そんなマスターには感謝しかない。
そのためマスターとホール2人、合わせて3人稼動の時もあるというわけだ。
ちなみに俺は週4日ほど働かせてもらっている。
マスターだけは定休日以外はフル出勤だ。
そのため、倒れてしまわないかと心配してしまうが・・・
役割としては、忙しく無い時は料理もドリンクもマスターが担当して配膳はホールが行う。
しかし忙しくなってきてマスターが料理を作るのが精一杯になると、ホールの人がドリンクを作る事になる。
そのおかげで、お酒を含めたドリンクを作れるようになったし、コーヒーの淹れ方も覚えた。
特にコーヒーはマスターのこだわりがあり、注文が入ってからコーヒーケトルでお湯を沸かし、豆を手動のミルで挽き、お湯を直接で注いでコーヒーを淹れるドリップタイプの本格派。
その工程に自動機械を使わない(ガスコンロなどは別)こだわりようだ。
俺もマスターのおかげで、美味しいコーヒーを淹れられるようになった。
豆も数種類あるので、常連さんには俺のオリジナルを淹れる事もある。
そしてドリンク以外にも、店で出す料理もマスターに教えてもらったため、ある程度料理も出来るようになった。
ちなみに仕事は賄い付きである。
ほんと至れり尽くせりで、マスターには頭が上がらない。
そのため、他よりも多少時給が低かろうが全く不満は何もないし、辞める要素にもなりえないのだ。
それにお客さんの質も非常にいい。
この喫茶店に来てくれるお客さんは、この店を好きな常連さんが大半を占める。
たまに
場所も目立ちにくく穴場であるというのも、最終的な好印象に繋がっている。
そんな“花鳥風月”という店・関わる人も含めて、俺は大好きになっていた。
そして今日も常連さんを相手に、俺が接客をしていると・・・
カランカラ~ン
と店の入り口が開いた音がして、二人の若い女性が入ってきた。
「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」
今の時間はそんなに混まないので、自由に席を選ばせる。
どうやら2人は常連さんではなく新規のお客さんだな、と思ってよく見てみると・・・
俺のクラスの人気者である
2人は俺に気がつく事も無く、4人掛けの席へと座った。
俺はバイト中には、普段学校で使っている黒縁の丸いメタルフレームの眼鏡から赤縁のセルフレームの眼鏡に変え、いつもは目にかかっている前髪もきちんと上げている。
ちなみに眼鏡は度なし(伊達)である。
わざわざ眼鏡をしているのは、万が一中学時代の俺を知っている奴が来ても、パッと見ではわからないようにしているためだ。
まあ、そんな話はいいとして・・・
何にしても、眼鏡と髪型を変えるだけで人の雰囲気は大分変わるだろう。
だからこそ、彼女達も俺に気が付かない。
それに彼女達とはクラスメイトと言うだけで、俺はただでさえ影が薄い上に彼女達とほとんど話した事がないのも気づかれない理由の一つだろう。
ただこの日から・・・
俺の彼女達に対する印象は、急下降する事になる。
俺がお冷を用意している途中で、コソコソと話す彼女達の会話がわずかに聞こえてきた。
「このお店、ネットでは4,2のかなり高評価だったから気になって来てみたけど、思っていたより雰囲気が良いわけでもないし、店内もそんなにはオシャレではないみたい・・・」
「うん、なんか微妙・・・隠れ家的スポットというよりも、これは普通に隠れ家だねぇ」
「それは言い過ぎだと思うけど、でも気持ちは分からなくないかな。まあ、期待しすぎも良くないって事ね」
「そうだね・・・それに何この置物・・・変っていうか、普通にださいよね・・・これは完全にハズレかな」
・・・はっ?
こいつら何言ってんだ!?
杉並と結城の言葉を聞いても、あまりの事に一瞬何を言っているのか理解出来なかった。
しかし、2人がこの店をバカにするような発言をしたのだという事を徐々に理解し、段々と怒りが込み上げてくる。
自分達がこの店を選んで入って来たくせに、何いきなり勝手な事を言ってんだ!?
俺の大好きなこの店を、お前らの勝手な評価で貶してんじゃねえよ!!
と、怒りのあまり我を忘れそうになった。
俺は学校に興味がない代わりに、自分の好きな事・物に対しては凄く大切に思っている。
それが故に、2人の発言は許せる事ではなかった。
そのせいで、その後に杉並が「いや、そこまで言う程じゃないけどね」とボソッと言った言葉は、耳に入っていても頭には残らなかった。
雰囲気が良くないように感じるのは、店内を少しだけ暗めにしているせいだし、見る人が見ればオシャレであり、それは完全に好みの問題だ。
それに彼女達が言うほどに、一般的に見てもオシャレじゃないと断言出来るほど変ではない。
それは常連さんの中にも老若男女問わずにいる事からわかるし、一緒に働いているバイトメンバーとも話したことがあるから、俺だけの考えではない事は間違いない。
そして結城がダサいといった置物。
あれはマスターが亡くなった奥さんと一緒に旅行に出かけた時に買った物なのだと、嬉しそうな顔を見せながら教えてくれた思い出の品だ。
しかも、全然ダサい物ではない。
そりゃ、女子高生がそれを単品で見たら、欲しいと思えるような物ではないかもしれないが、店に置いてある分には、むしろこの雰囲気に非常に合っている物であった。
それを貶された事で頭に血が上った俺は、客に暴言を吐いて追い返すという接客業の店員としてあるまじき行為に出そうになった。
そして一歩を踏み出した瞬間、ポンと肩に手を置かれ抑えられていた。
振り返ると、マスターが優しそうな笑顔を俺に見せながら首を横に振っている。
マスターには俺が何をしようとしたのか、理解出来たのだろう。
(・・・そうだよ・・・馬鹿か俺は・・・ここはマスターが大事にしている店なんだ。いくら俺がこの店が好きで貶された事が許せないからといって、あいつらに文句を言う事で迷惑がかかるのはマスターじゃないか)
そう考えた俺は、一度深呼吸をして自分を抑えてから彼女達にお冷を持っていった。
「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
俺はなんとか冷静を保ち、無理矢理笑顔を作りながら声をかけてお冷やを出すと、すぐにその場を離れた。
2人は俺を見てはいたが、どうやらクラスメイトの風見
ただ俺が立ち去った後に何やらヒソヒソ話していたので、顔は見た事ある気がするけど誰か思い出せずにいるのだろうと思った。
「すみませ~ん!」
しばらくすると彼女達は注文が決まったらしく、お呼びがかかったので「ただ今伺います」と声をかけて彼女達の席へ向う。
「失礼致します。ご注文はお決まりでしょうか?」
「はい、ウチはアイスティー」
「私はホットのダージリンをお願いします」
注文を伝票に書いて復唱した後、マスターの所に伝票を持っていく為、「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」と言って身を翻そうとした、その時・・・
「あの~・・・唐突で失礼ですけど、どこかで会った事ないですか?」
杉並も気にはなっていたようだが聞けなかったのだろう。
代わりに結城が聞いた事で、興味深げに耳を傾けている。
その結城の質問に俺は・・・
「いえ、気のせいでしょう。僕はお二方を初めて拝見しましたよ」
と答えておいた。
俺はこの2人とは、学校でも学校外でも一切関わりたくないと思ったからである・・・
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