第3話 常連客・綾瀬翼
杉並と結城は30分ほど滞在してから帰っていった。
それから間もなくして。
「どうしたの
常連客である
綾瀬翼は19歳で、話によるとモデルをしているとか何とか。
芸能界に疎い俺には彼女が本当にモデルなのかどうかは定かではないが、そう言われても納得できるほど綺麗な人だ。
茶髪のサラサラロングヘアーに、パッチリお目々で整った顔立ち。
彼女が歩けば、男が振り向かないわけがないだろう。
そんな彼女もこの店を気に入ってくれた一人であり、良く顔を出してくれるようになった。
綾瀬さんに問いかけられた俺も、率直な疑問を彼女に投げかける。
「そんなにパッと見てわかるほどですか?」
「うん。これでもかって言うくらい、イライラ感が前面に出てるよ」
「そう・・・でしたか」
俺が尋ねると、綾瀬さんは呆れたように笑いながら答えた。
自分では怒りを抑えていたつもりだったけど、入ってきてすぐの彼女にわかるほど顔に出てしまっていたようだ。
俺は何とか切り替えようと頭を振ってから、綾瀬さんがいつも座る奥の2人掛け席へと通した。
その席は道路側の窓からはもちろん、入ってくる客からも見えにくい場所になっている為にゆっくり出来るという事で、空いていれば彼女の指定席となっている。
しかも小さな窓があり、そこからはマスターが手入れしている裏庭が見える為、街中のオアシス的な感じでなおさら気分が落ち着けるのだ。
席に座る綾瀬さんにお冷を持っていくと、「いつものお願い」と言われる。
俺はそれだけで理解し「かしこまりました」と答え、マスターに注文を通す。
彼女は気分を変えたい時以外、基本的には同じものを注文してくれるので、ツーといえばカーで通る。
そして彼女の言ういつものとは紅茶のアッサムであり、別容器にミルクを入れて持っていくのがお決まりだ。
彼女は、最初は普通に香りを楽しみながら飲み、途中からミルクを入れてミルクティーにして飲むのが好きらしい。
マスターが紅茶を用意している間、綾瀬さんに再び聞かれる。
「で?何があったの?お姉さんに言ってごらんなさい?」
綾瀬さんは俺に対してお姉さんぶる傾向があり、さらには気になる事は俺が答えるまで追求してくる。
それがわかっているため、俺は溜息を吐きながら仕方なく事の顛末を話した。
「あ~、なるほどね~。そりゃあ君の機嫌も悪くなるよね。
「察してくれますか・・・・」
「まあねぇ。その場にいたら、さすがの私でも怒ってたかもしれないしね」
「綾瀬さんにそんな事をさせるわけにはいきませんよ」
「お、かわいい事言ってくれるねぇ。それにしても、
綾瀬さんは立ち上がり「えらいえらい」と言いながら、俺の目線くらいの背の高さである彼女が、背伸びをしながら俺の頭を撫で始めた。
「ちょ、やめてくださいよ」
「ええ~?いいじゃない。いい事した子には褒めるのが基本だよ?」
「僕は子供じゃないんで、そんな事では喜びません」
「え~?じゃあ、どんな事で喜ぶのかなぁ?」
綾瀬さんはニヤニヤしながら、そう問いかけてくる。
その間も、俺の頭に置いた手を離さない。
ちなみに、普段は“俺”と言っているが、店員として客に接する時は余程親しい人以外には、誰が相手でも“僕”と言うようにしている。
「っ!い、いや、そういうのはいいから、いい加減やめてください」
俺は動揺しながらも、頭を撫でるのをやめてくれるように訴える。
「じゃあ、やめてもいいけど・・・その代わりに、君が私を撫でてくれるかな?」
「どうしてそうなるんですか!?」
「等価交換って言葉は知ってる?」
「いや、そのくらいは知ってますけど・・・何の関係があるんですか?」
「え~?だって、私が
「いやいや、その論理はおかしいですよ。そもそも、綾瀬さんが無理矢理撫でてきたんでしょう?」
「あ~、そういう事言うんだ?・・・って、まあそれは冗談だけど、きっと私を撫でてくれたら、星くんの気持ちも落ち着くと思うんだよ」
「・・・そんな事はないと思いますけど・・・そもそも、僕が綾瀬さんを撫でる意味がわかりませんし・・・」
「ふ~ん、そう?・・・じゃあ、やめない」
「くっ・・・・」
話しながらも、ずっと俺は頭を撫でられ続けていた。
そして綾瀬さんは一度決めると、絶対に引く事はしない。
特に俺をからかう事に関してはなおさらだ。
なぜなら、俺をからかう事に人生を掛けていると言っても過言では無いのだ!(いや、過言なのだが)
仕方がないと諦め、俺は溜息を吐きながらその要求に応える事にする。
「はあ、わかりましたよ・・・だから、とりあえず手をどけてください」
「うん。ほら、手を離したんだから、早く!」
綾瀬さんに急かされ、俺は彼女の頭に手を乗せる。
そして、そのまま優しく撫でてあげる。
「んっ、
綾瀬さんは、俺の撫で方を気に入ったようだ。
「ふふっ」と笑いながら気持ちよさそうにしている。
彼女の髪は猫っ毛で柔らかい上、サラサラのストレートなので触り心地がいい。
俺も最初は嫌々やっていたのが、逆に手を離せなくなってしまう。
やばい、綾瀬さんの言う通りになってしまった。
滅茶苦茶気分が落ち着く。
しかも、女の子(と、年上の女性に言っていいのかわからないけど)の頭を撫でるのって、こんなに気持ちが良くて幸せな気分になれるんだな・・・
と思いながら、いつまでも頭を撫でていると・・・
「ちょ、ちょっと、も、もういいよ。も、もう十分だよ」
綾瀬さんは気持ちよさそうでありながらも、ずっと撫でられている事が恥かしくなってきたようだ。
あまり見ることの出来ない彼女の姿に、俺は少し優越感に浸りながらも止める事はしない。
「んもう!これ以上はセクハラだよ!」
いつまでも止めない俺に、いい加減痺れをきらした綾瀬さんは顔を赤くして頬を膨らませながらプンプンと怒り出した。
さすがに俺も、それを言われてしまっては頭から手を離さざるを得ない。
名残惜しいが、泣く泣く手を離す。
「あのねぇ、今は他にお客さんが居ないとはいえ、
綾瀬さんに説教をくらってしまった。
「はい・・・すみません」
俺は素直に謝る。
が、ふと思い出す。
「って、確かに今のは店員としてあるまじき行為だけど、元々は綾瀬さんが無理矢理やれって言ったはずじゃ・・・?」
「んもう、人の揚げ足をとらない!それはそれ、これはこれだよ!」
「・・・はい、すみません」
逆切れされてしまいました。
彼女に正論は通じないらしい。
「ふふっ、全くもう・・・」
綾瀬さんは怒っていたかと思うと、すぐに表情を変えて楽しそうに微笑んでいた。
そんな綾瀬さんに振り回されながらも、俺の気持ちは穏やかになっていた。
その後も、他のお客さんが来るまでは彼女と楽しく会話をしていた。
そんなやり取りを、マスターは暖かい目で見守ってくれている。
マスターは俺がお客さんと話していても怒らない。
むしろ忙しくない限りは、話したいお客さんがいれば話をしていてもいいと薦めてくれる。
それはマスターがお客様を第一と考え、繋がりを大事にしたいと思っているから。
お客様がこの店に来て楽しい、居心地が良いと感じてほしいと思っているから。
そんな“花鳥風月”の全てが俺は好きだし、常連客もマスターとこの店の事が大好きなのだ。
そんなマスターの店を貶したあいつらを、俺は許す事は出来ないだろうと思った。
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