第5話
「何?あの男の子のことで悩んでるの?イケメン王子」
母がにやにやしながら聞いてくる。
「えっ?違うよ!急に変なこと言わないで!」
依音は大慌てで否定した。
王子のことは気にならないわけではないが、今占ったのは別のことだからだ。
「あはは、ごめんごめん。そうだよね、あの子、彼女いるって言ってたもんね」
母の言葉に依音はビクッと動きを止めた。
「そ、そうだよ。何言ってんの!やめてよ!」
母は、言うだけ言っていつの間にかいなくなった。
依音は一人店内に残されたまま、ぽつんと立っていた。
そうだ、王子には彼女がいるのだ。
彼女のために嬉しそうにプレゼントを選んでいたではないか。
「そんなの、分かってるよ!考えてもないし!」
依音は思いっきり否定をした。
そうは言ったものの、急に何もかもが暗転し、どんよりした気持ちになってしまった。
確か、彼女の思いを引き継いでタロットの勉強をしていると言っていたことも思い出した。
考え方までイケメンだと依音は思っていた。
(彼女……いるんだったなぁ)
はぁ、と力の無いため息が宙を舞う。
あのイケメン王子の彼女とは、一体どんな女の子なのだろう。
きっと自分のように男か女か分からないような子ではないのだろう。
「私には関係ないことだよ!」
そう言って依音は、首をぶんぶん左右に振って自分に言い聞かせた。
先ほどまで悩んでいたことなど忘れてしまったかのようにもやもや気持ちが自分にのしかかってくる。
自分はいちいち小さなことで振り回されるちっぽけな存在すぎる。
身体が大きくても、裏腹に繊細な性格が災いしている。
するとそこへ、お店のドアがカランカランと音を立てて開いた。
はっと我に返った依音は顔を上げた。
「い、いらっしゃいませ!!あっ」
目の前にいたまさかの人物に釘付けになってしまった。
先日、依音にラブレターを手渡してきた中学生の女の子がいたのだ。
「あの、こんにちは」
「はぁ、こ、こんにちは」
よく分からない沈黙。
気まずい空気が店内いっぱいに広がっている。
どうしたらいいのかを先ほど占っていたばかりなのに、依音はぎくしゃくとぎこちない動きになってしまった。
二分ほど経過したあと、中学生の女の子が覚悟を決めたように口を開いた。
「突然すみません!先日のお返事を聞きにやって来ました!」
決意に満ちた表情。
依音の目の前までやってきた女の子は、返事を聞くまでは帰らないという瞳をしている。
もう、こうなっては依音も逃げも隠れも出来ないのだと察して心を決めた。
「あ~、あのですねぇ。えっと、その~」
腹をくくったわりにはヘタレなことしか言えない依音。
「はっきりしてください!彼女とか、いらっしゃるんですか?」
目を潤ませている女の子に、これではいけないと依音は今度こそ悟った。
「ごめんなさい!実は私、お、お、お……」
「お?何なんですか?」
女の子が聞き返す。
依音は、カッと目を見開いて、そして言った。
「私!女なんですっ!!」
店内に響き渡る声。
時が止まったかのようだ。
女子中学生は、「え?」という顔をして固まっている。
「あの、だから、あなたに良いお返事をすることは出来ないっていうか」
あたふたしている依音のことを女の子は相変わらず見つめている。
(どうしよう!何の反応もないんだけど!)
こんな時、どうしたらいいのかは学校で教えてくれないのだ。
今一番必要なことなのに、と依音は困った顔をした。
「それ、ホントですか?」
沈黙の後、女子中学生がぽつりと呟いた。
「あっ!そ、そうなんです!だからごめんなさい!」
だが、依音の心配を裏切るかのように、中学生の女の子は目をキラキラさせている。
「きゃーっ!素敵―!!かっこいいです!」
「へ?」
嬉しそうに飛び跳ねている女の子を見て、依音は狐につままれたかのような表情を見せた。
お断りをしたはずなのに、どうしてこんなに喜んでいるのだろう。
「こんなにカッコいい女の人が居るなんて、そっちのほうが素敵!きゃー!」
そう言って目の前で大騒ぎし始めたのだ。
依音はその反応に戸惑ったが、女子高生は憧れの眼差しでこちらを見ている。
そして、また遊びに来ますと言って去って行った。
わけが分からないまま依音はぽかんとしていたが、やはりごまかさないではっきりさせた方が良かったということか。
自分のためにも、彼女のためにも。
(占いも、役に立つのかな)
そう思った依音は、もう少しちゃんとした占いもできるようになりたいと思った。
そして、少し前向きな気持ちになれたような気がした。
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