第5話

母は立ち上がり、「いらっしゃいませ」と客を迎えている。

「あら、あなたあの時の」

「はい、先日はどうもありがとうございました」

依音の背中で、聞き覚えのある声がした。

「今日は、お礼が言いたくて来たんです。この間アドバイスしていただいたペンダント、彼女にとても喜んでもらえたもので」

「あら~、まぁまぁご丁寧に」

その内容が耳に飛び込んできて、依音は確信に変わりパッと立ち上がった。

泣いていたことなどすっかり忘れているようだ。

(あの時の王子だ!)

依音のことを目で探していたイケメン男子高校生は、彼女の姿を見つけると同時に嬉しそうな顔をした。

「この間は、どうもありがとうございました」

深くお辞儀をした彼は、依音の赤く腫れた目を見て驚いた表情をした。

「あれ、どうされたんですか?」

「あ……ちょっと。あは。気にしないでください」

泣き顔のまま、依音は彼の前までたたっと走って近づき、そして言った。

「あの、その後、タロットの勉強ははかどってますか?」

突然質問をされイケメン高校生は目を見開いたが、次の瞬間目を細めて答えた。

「そんなに簡単に覚えられることではありませんが、楽しさを見つけられそうです。分かるようになれば、僕も誰か幸せのお手伝いが出来るんだと思うと力が入ります」

依音の心の奥で、何かがトクンと音を立てた。

「そうなんですね。わ、私もタロットの勉強を始めようと思っているので……時々、情報交換が出来れば嬉しいなって思って……えへへ」

イケメン高校生には彼女がいるので、「そういう意味」で言ったのではない。

ただ、同時期に同じ事を始めた仲間意識みたいなものというべきか。

依音の言葉を聞いたイケメン高校生も嬉しそうな顔を見せた。

「それは励みになります。魔女さんからも情報をいただけたらと思いますので、時々こちらへ伺っても良いですか?」

「はい!是非是非!一気に二人もタロットカードを勉強しようっていう子たちが増えて私も嬉しいわ~!」

母が嬉しそうに話に入ってきた。

もちろん、依音の顔を見て、今までに無いほどの笑顔になっている。

お互いに握手を交わし、イケメン男子はもう一度頭を深く下げて出ていった。

出ていく前に、妹へのお土産にと言ってクッキーを買っていってくれた。

「ね。爆弾みたいなのも時々いるけどね、このお店にはいい人達が大勢来てくれるのよ」

「……うん、そうだね。大切にしないと、だね」

一呼吸置いて、母が口を開いた。

「依音、あんたがタロットを覚えたいって言ってくれて、とっても嬉しい」

「……私にもうちょっと知識があれば、あんな変な客ももっとまともに対処できたのかなって思ったら悔しかったんだよ」

照れ隠しのために、依音は母から目線を外してそう言った。

「あ~、今日は素敵なプレゼントをもらったわ~!」

母が両手を上に伸ばし、嬉しそうにそう言った。

「え?何のこと?」

「今日が何の日か、あんた忘れてるでしょ?私の誕生日よ」

「あ、あーっ!そうだった!!ごめん、お母さんおめでとう」

とってつけたような祝い方になってしまったが、母は依音の肩をポンと叩いてにこにこ笑っている。

いつか、自分も誰かを幸せに導く力を身につけられたら。

魔女として胸を張れるようになったら、この店も守れるだろうか。

いつかそんな日が必ず訪れるように。

依音は、店の中を見渡した。

そして魔女コーナーに歩み寄り、棚からタロットカードを取り出して見つめた。

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