第4話

数日後、依音はまた母の店の手伝いを頼まれることになった。

今日は何の日か分かるかと質問をされたが、依音には心当たりがない。

首をかしげている間に母は少し寂しそうにその場から離れていった。

今日もきっとそんなに頻繁にお客さんも来ないだろうとふんで、依音は店内のものをゆっくり見て廻ることにした。

今まで本当に興味も無く、軽~く何がどこにあるかぐらいしか把握できていなかったのだが、少しだけ魔女というものに興味が出始めてきたためだ。

そこへ、不意にカランカランと音がしてお客さんが入ってきた。

「い、いらっしゃいませ」

入口の方を見ると、つんとした表情の女の子が立っている。

依音と同じぐらいの年齢だろう。

艶やかなストレートの茶髪。

下の方にだけウェーブが掛かっている。

美しい顔立ちがつんとした表情によりキツい印象にさせてしまっているのがもったいない気がした。

ミニスカートからしゅっときれいな足が伸びている。

「あの~?これ、このお店の商品よね?」

甘ったるい声でそう言って女の子はカウンターの上に、ドサッと投げるようにその商品とやらを置いた。

透明ビニールに包まれ、リボンで飾られている。

依音はハッとした。

ポプリと蜂蜜の練り込まれた石けん、そしてレースの付いたグリーンのハンカチ。

斜めに向けると、レースが七色に輝いた。

カウンターからその女の子の方に視線を移した依音は、複雑な表情で彼女を見た。

「た、確かにこれは、うちで販売したもの、です……」

販売した日のことも覚えているし、買いに来た女子高生のこともはっきり覚えている、間違いない。

ふんと鼻を鳴らし、女の子は言った。

「でしょうね。見れば分かったわ」

彼女はつまらなさそうに、視線も合わさずにどこか遠いところを見ている。

そして、この商品は店内のどこに置いてあるのかを聞かれたので、依音は陳列棚に案内した。

一つ一つを手に取り、そしてぽつりと呟いた。

「な~んだ、大した金額じゃないじゃん」

(え?)

独り言のようだったが、依音の耳は彼女の呟いた言葉をはっきりと聞き取った。

眉間にしわを寄せているところへ、女の子からの次なる言葉が放たれた。

「人からもらったんだけど、瑠理、こんなのいらないの。返金して」

冷たい口調、そして突き刺さるような瞳で依音に向かって言い放つ。

「……それは出来ません」

「えー?何それ。それじゃあ、同金額の他の商品に交換してくれる?それで我慢してあげる」

言った後、自分のことを瑠理と呼ぶ女の子は店内のあらゆるものを物色し始めた。

「あの金額じゃあ、大した物と交換できないなぁ。つまんな~い」

彼女が次から次へと不満を口にする度、依音は歯をギリギリ鳴らし、拳に力を入れて我慢を続けた。

「変な店。もっといい物置きなさいよ。大体、魔女の店だなんてダサいのよね~」

「……いい加減にしてくれませんか」

依音は、とうとう自分の堪忍袋の緒が切れたことを感じ取った。

そして、目の前の瑠理のことをギロリと力一杯睨み付けた。

「な、何なのよ急に」

「……それは、あんたの友達が、あんたのために一生懸命選んだプレゼントなんだよ?」

「は?友達?瑠理に憧れてるクラスメートの子のこと言ってるの?」

瑠理の発言は宇宙語かとも思えるほど、全てが理解できないものばかりで、依音は自分がこんなにも怒りを覚えたことは今まで無いと思って手を震わせた。

「出てけ!!他の物にも交換なんてしないし、この店のことも悪く言わないで!」

「何この店ぇ!?店員がお客に暴言吐くなんて信じられな~い!?」

「客なもんか!大切に想ってる人の気持ちを穢さないで!!帰れ!!」

「キャーッ!!」

店の外へ力尽くで追い出され、瑠理は叫び声とともに逃げていった。

怒りに震えたままぐすんぐすんと店内に戻ってくると、目の前には心配そうな表情の母が立っている。

「い、依音……一体何があったの?」

「お母さん、ごめん……この店に泥を塗っちゃった。大切な……大切なお店なのに……」

言った後、わーっと声を上げて依音は泣き出した。

背の高い、男子に間違われるような風貌の自分が泣くなんておかしいと思いながらも、依音は泣き続けた。

泣き止むまで、どれぐらい時間がかかっただろう。

依音が落ち着くまで、母は彼女のことをぎゅっと抱きしめてくれていた。

落ち着いた頃に、レジカウンター内の椅子に二人は並んで腰掛けた。

「ありがとう。私の大切な場所を守ろうとしてくれたんだよね」

「……でも、あんなことになっちゃった」

悪い噂が広まったらどうしようと、依音は俯いてしまった。

「大丈夫だよ。ここに来てくれる人たちは、いい人が多いからね」

優しい微笑みが、依音のことを包んでいる。

泣き止んだはずなのに、また涙が出てきてしまう。

すると、カランカランと店の扉が開いた音がした。

依音は、泣いている自分を見られたくなくてさっと入口に背を向けて座り直した。

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