第一章 ここは百年後の世界②
「それにしても……まだ六歳の子どもだったなんてね」
熱にうかされて『アレクシア』の記憶を取り
部屋の
転生したのだから外見は全く
(もしアレクシアの子どもの
風邪が治り、気が付くとアレクシアとシェイラの記憶は一つになっていた。
転生者の言い伝えは聞いたことがあったものの、これほどまでに前世の自分も今世の自分もどちらも自分なのだと自然に
前世の記憶が目覚めて以来、シェイラは気が付くとどうしてもこの書斎に来てしまう。
女王・アレクシアの治世が書かれた近代史の書物は、その中にかつての自分たちがいるようで。覚えのある名前や地名が書かれた数ページを
「文明に関しては……百年経ってもなかなか変わらないものなのね」
長い時間を経ているのに、この国の文明はあまり変わっていなかった。しかし、それは予想できた
プリエゼーダ王国の社会を成り立たせているものは『
(室内灯のように、魔力を込めなくても使える道具の開発は進んでいるみたいだけれど……。改良して
前世の
(……そして、
コンコン。
「! はい!」
シェイラは、手元の分厚い資料をサッと閉じると机の
ノックの後、顔を出したのは使用人のパメラだった。
「こちらにいらしたのですね、シェイラお
「……すぐに行くわ」
だだをこねることなく
「
「お嬢様……」
貴族の家に生まれた子どもは、物心がつく前に魔力を目覚めさせる。そして、文字が書けるほどの
(熱にうかされて目覚めた時から、何となく気が付いていたわ)
覚えのある、空っぽの感覚。
(でもいいの。だって、百年も経ってしまってはこの手で反逆者に
さっきまで読んでいた資料には、反逆者の処遇が書かれていた。
──プリエゼーダ
たしかに、国民や城に
それなのに、自分の感覚ではたった数日ですべてが終わってしまっている。悲しみや
「
庭に
「ルーク様、お言葉ですがシェイラ様は
「何だと?」
「いいの、パメラ。……遅くなってごめんなさい」
パメラが口を
シェイラ・スコット・キャンベルの身の上は、かなり複雑だった。
元々、このキャンベル
けれど、シェイラが三歳の時に大好きな母親は他界。その後、一年も
(お父様は、私が
四歳と二歳上の義兄たち、同じ年齢の
決して意図したものではないにしろ、彼らの存在はシェイラの居場所を奪っていった。
生まれつき魔力を持たず母親を
(魔力がないと分かっていて練習するなんて、
心の中で悪態をつく。けれど、絶対に表情は
魔法の練習の時間と言えば、家族の中で一人だけ魔法を使えないシェイラが、魔法の先生や兄姉たちからの言葉に
「先生を待たせてはいけないぞ。お前は本当に
「……」
シェイラがしおらしくルークに謝ったのを見て、次兄のジョージも眉を
「なっ、お前」
シェイラに無視されたジョージの顔は真っ赤だった。取るに足らない妹のくせに。彼の顔にはそう書いてあるけれど、すんと微笑んでかわす。
そこに割り込んだのは、シェイラと同じ年齢の義姉だった。
「お兄様、シェイラが魔法を使えないのは分かり切ったことでしょう? そんなにいじめないで!」
「……ローラお姉様」
白っぽく
「シェイラ、そんな呼び方をしなくてもいいの。だって私達同じ
義姉ローラの、六歳とは思えない
(でも、仕方がないことかもしれないわ。ローラお姉様はお母様とお兄様、そしてお父様を私にとられたくないのよね)
義兄二人の言葉はストレートすぎてむしろ
「いいえ。お気遣いありがとうございます、ローラお姉様」
軽く
「さあ、みなさん、はじめますよ」
会話が
「先生、まず、先週分の復習をしていて生じた疑問についてお答えいただけますでしょうか」
「ええ、いいですよ」
先生の許可を得ると、ルークはシャツのポケットから四角く
「ここの描き方なのですが。どちらの線を使ったらいいのかと」
「ああ、そうですね」
その手段というのが、この魔法陣である。
魔法がうまく発動するかはすべてこの魔法陣によって決まる。たとえば、ごく簡単な内容の魔法であれば魔法陣はごくシンプルになる。つむじ風や小さな火を起こす程度のものなら、子どもでも正しく描くことが可能だ。
けれど、難しい魔法になればなるほど魔法陣の線や数字は複雑化し、器用さを持ち魔法数学に明るい人物でなければ正しく仕上げることはできない。
街に行けば魔法道具屋でさまざまな種類の魔法陣が売られている。百ゼーダ、パンを一つ買える程度の安価で
魔力を持つ者はあらかじめ描かれた魔法陣を
ちなみに、戦場で使われるような危険な魔法陣は
「では、先週それぞれに出した宿題の魔法陣を使ってここで発動させてみましょう」
先生の言葉に、兄姉たちが魔法を発動させていく。
まず、次兄ジョージはつむじ風を起こして庭の木を
あらゆるものを精霊が支配するこの国では、自然の
「あ……シェイラ、悪い」
落ちてきたのは、春に
「あとで、お母様にお願いしたらジャムにしてくれるかしら!」
少し遠くから聞こえるローラの声を背にハルキイチゴを拾っていると、意外なことにジョージも拾うのを手伝ってくれた。
この家の
次に行われた長兄ルークの魔法は、土の中の草だけを焼き切るというマニアックなものだった。これからの季節、領地の種まきが始まることを
「つぎは、ローラ
「はい!」
ローラに与えられていた宿題は『小石を
けれど、目の前の小石はびくともしない。
「あれぇ?」
前世、シェイラは魔法陣を描くことが得意だった。そのせいで、無意識のうちにその初歩の魔法陣の
(何かが足りないはず……あ)
「ローラお姉様、ここに線がもう一本必要ではないでしょうか」
「ああ、本当ですね」
シェイラの助言に答えたのは、ローラではなく先生だった。
「簡単な魔法陣ですが、この線だけは省略してはいけません。むしろこの線だけを描けば発動しますよ」
「……はぁい」
シェイラに間違いを
無事、小石はふわりと浮き上がったのだった。
「ねえ」
「はい、ローラお姉様」
魔導士の先生による授業が終わって
「シェイラって魔力がないだけじゃなく、魔法陣を描くのも下手だったわよね?」
義兄たちは先に戻ってしまい、庭を歩いているのはシェイラとローラだけ。二人きりになると、ひどい言い草である。
「……
「ふぅん。次に余計なことを言ったらただじゃ置かないからね」
幼さを感じさせない低い声でローラは言い捨てると、走って行ってしまった。
(ただじゃ置かない、って……はぁ)
シェイラには、子ども用の魔法書が与えられていない。そもそも魔力がないのだから不要だろう、という
このローラの態度といい、父親の無関心さといい、シェイラを取り巻く
(だけど彼女の中に『
シェイラは幼い自分の
アレクシアの記憶を目覚めさせるまでの彼女に、この家族への怒りはない。ただ、いつも
別に
(なんだか……私は不思議な子みたい)
つい数日前に経験したばかりの絶望を持て余していたシェイラは、生まれ変わった後の自分の強さに好感を持っていた。
100年後に転生した私、前世の従騎士に求婚されました 陛下は私が元・王女だとお気づきでないようです 一分 咲/角川ビーンズ文庫 @beans
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