第3話

 グランディアハン帝国は本来、政治的・軍事的指導者としての権限と、宗教的権威を併せ持つ絶対君主としての皇帝を頂点とする、祭政一致体制の多民族国家である。帝国の開祖、マグヌス大帝は、近隣の諸部族を併呑すると同時に、各地域における土着の信仰を一つの体系にまとめ上げ、その教義に基づいて専門の聖職者集団からなる教会を組織した。すなわち、グランディアハン聖公会である。

 時代が下って、皇帝に絶対的な権力を与える先制体制の弊害が目立つようになると、聖公会の主教たちは、時の皇帝を退位させ、それ以降、グランディアハン“国王”が帝国の政治・軍事をつかさどり、宗教に関わる問題は7人の主教を頂点とする教会の領分とされるようになった。帝国はすでに250年のあいだ、皇帝は名目上空位とされたまま、グランディアハン国王と聖公会の主教たちによる、一種の共和政体のもとで統治されている。


 教会の最も重要な役割のひとつに、魔術の扱いがある。魔法そのものは古来から伝わるものだが、魔力の多寡は生得的なもので、時として国一つ滅ぼすような力を持った大魔術師も現れるが、大抵の人間の魔力は微々たるもので、強い魔術師が現れれば、民衆はその者に屈服せざるを得ない。実際、帝国が成立する以前のこの大陸では、時折現れる大魔術師を指導者とする集落が拮抗しつつ共存していたのである。

 グランディアハン聖公会はこの状況を変えた。マグヌス大帝に仕えた魔術師、メムーネスは、伝説と言われた「賢者の石」の生成を実現した。賢者の石は持ち主の魔力を増幅させ、定められた術式の魔法を自由に扱うことを可能にさせる。帝国が他民族を攻略することができたのは、主にこの賢者の石の力による。

 教会は、この賢者の石を管理し、資格のあるものに与える。これによって、帝国市民は等しく魔法の恩恵に浴することができるようになった一方で、教会の指導によらない魔術の使用を制限されている。生まれ持った魔力で身を立てるということを、教会は歓迎しないのである。

 とはいえ、現実問題として、たまたま生まれつき人並み外れた強い魔力を持ち、教会の教えを経ることなく魔法を用いることができるようになったというだけの理由で人を裁くのは難しい。人心を動揺させるというだけでなく、強い魔力を持って生まれること自体が罪であるとするならば、帝国の始祖マグヌスや、彼に仕え、グランディアハン聖公会の礎を築いた大賢者メムーネスが裁かれなければならないことになり、神学上の深刻な矛盾を生じるからだ。

 悩んだ教会は、生得的な強い魔力の使用者で、教会や国王政府に積極的に反抗しないものを「道士」と呼び、教会の秩序の外側に位置づけられるが罰する必要もない者たちとして扱うという苦肉の策を考え出した。道士たちは町や村で暮らすことを許されず、人里離れた山奥のような場所で孤独に生きることを強制された。生得の魔力が顕現するのは、14歳から16歳くらいの年齢であることが多い。その時期に、他人と違う力を示したものは、18歳になると郷里を追われる。

 人里離れた場所に居を構え、反社会的な行動を取らずに暮らしている限り、教会は道士を放任するが、教会の定める正統な教理と異なる理論や術式を用いる道士は異端と認定され、教会による粛清の対象となる。異端の道士の用いる術式は「外法げほう」と呼ばれた。

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