夕暮れ

やっち

夕暮れ

 俺は群衆の中にいた。周囲を見渡すと、ある者は緊張の面持ちで、ある者は不敵な笑みを浮かべて、またある者はいかにも無の境地で、各々の表情を浮かべ、目の前の扉を眺めている。

 その扉は多くを語らないが、俺は知っている。誰もが知っている。それは血みどろの扉。その扉の先に安息の地が待っているが、そこに辿り着けるのは僅か16人。翻って、扉の手前には30人以上。勝ち抜けるのは半分。

 誰もが思い思いの武器を手にしている。重い鈍器を持つ者もいれば、鋭利な刃物を持つ者もいる。遠距離武器とABC兵器──原子力、生物、化学兵器──は厳に禁止されている。従って弓矢や銃、そして少々強引な解釈によって化学兵器と看做されているガソリン等の可燃性物質を持つ者はいない。

 そして時が来た。轟音と共に強風が吹き荒れ、ほどなく扉が開く。扉が開き切った後、扉の向こうから現れる雪崩のようなものが収まってから、それは始まる。


 俺は前にいる女の頭に鉈を振り下ろした。頭蓋を突き破った鉈は容易に抜くことが出来ない。うかうかしていると俺自身がやられることになる。女の持っていた脇差を奪い、右から襲ってきた男の首を斬った。当然断頭に至るとは思っていない。気管に切れ込みを入れるに留まったが、しばしの間、戦闘力を奪うことが出来れば十分だ。目的は殺すことではなく、先に到達すること。いち早く安息の地に辿り着けさえすれば、他人の生死など関係ない。邪魔されなければそれでいい。

 左腕に、何かで刺されたような激痛が走った。見ると子供が全長1.5m程の槍を持っている。左腕の痛みはすぐに引いた。俺は槍を掴んで奪い取り、子供を蹴飛ばした。子供は悲鳴をあげて吹っ飛んでいくが、まだこんなことに関与して欲しくない。

 群衆の中で槍など使うものではない。俺は槍を捨て、脇差で一人また一人と戦闘力を削いでいく。

 少し離れたところでエンジンの音が聞こえ、悲鳴と血飛沫が舞い飛んでいる。どうやらチェーンソーを振り回している男がいるらしい。そいつを倒さないと先には進めない。目の前にいる者を一人ずつ始末して、チェーンソー男に近づいて行った。


 ──腕の一本や二本、構うもんか


 左腕を持っていかれる間に脇差で刺突する覚悟を決め、脇差を引いた刹那、脇差の刃が砕け散った。何らかの鈍器──おそらくバールのようなもの──で殴られたことはわかるが、今ここで武器を失うわけにはいかない。俺はバールのようなものを奪い取り、チェーンソーが俺の左腕を切り落としていく隙にチェーンソー男の頭にバールのようなものを叩き込んだ──


 そして俺は辿り着いた。ここは安息の地、その中でも一等地。8人がけシートの端っこだ。ずいぶんと失血している。切断された腕の傷口を縛りながら、郊外へと進む列車から外を見る。夕暮れの風景は美しか

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夕暮れ やっち @Yatch_alt

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