赤銅色の学校・おみなえし色の自動人形

 次の朝。宇野月うのづき小学校しょうがっこうは賑やかだった。生徒たちが元気いっぱいに登校してくる。 

 昨日のことが嘘のようだ。

 ホンっとに嘘のようだ。生徒たちは何も起こらなかったかのように、普通にやって来ている。誰も知らない、見ていない感じだ。 体育館は瓦礫になった、校舎の三階は穴が空いた。何かの原因で。ただそれだけのことと思っているのか。

 なんでだ。

 本当のことを覚えているのは、五年一組だけ。

 こんな状態でも授業は行わなければならない。先生たちも苦労する。当然、そのふたつの場所は立ち入り禁止だ。

 五年一組のクラスメイトたちも次々と校門をくぐり抜けてくる。

 咲子さくこまもるの姿はない。

 はじめ櫻子さくらこが二人で登校して来た。櫻子さくらこはニコニコしながらはじめのシャツをつまんでいる。

シャツがビヨーンと延びていた。はじめの顔が赤い。黙ったまま。

「あの二人、今日も結界けっかい張ってる」

 昨日、母親の目で『こい結界けっかい』と名付けたクラスメイトの女子が言った。

「国際カップル」

 同じクラスの男子がつぶやく。

「やあね。土御門つちみかどさんは日本人よ」

「あ、そうか」

 もう一人の女子の声にその男子はうなづく。

「でも、あの二人の姿」

「うん」

「うん」

「うん」

「うん」

 いつの間にか、はじめ櫻子さくらこを除く五年一組で固まっていた。思ったことはみんな同じ。

 別の男子が言う。

「いやあ。口に出さないほうが……」

「賛成。みんなの心の声で言おう」

 一致団結。せーので心の中でつぶやいた。

狼堂えんどうが、土御門つちみかどに散歩させられてる。これじゃ……)

「お前ら。なにをコソコソ言ってるん?」

 はじめがみんなの間にヌッと顔を突き出した。後ろには櫻子さくらこ

「言ってない全然言ってない。〝狼堂が《えんどう》、土御門つちみかどに散歩させられてる。これじゃ犬の散歩みたい〟あ、しまった」

『ちっくしょー』とつぶやいた男子がポロッとばらした。

 みんな『アチャー』な顔をする。

「うるちぇえええ」

 はじめが静かに叫んだ。赤い顔が、青空によく似合う。

 後ろの櫻子さくらこはニッコニコで立ってる。シャツをつまんで——。


 穴の空いた五年一組の教室は使えない。とりあえず、ふたつある理科室のうちひとつを、五年一組として使う事になった。

「みんな。おはよう!」

 咲子さくこが、元気な声で入って来た。

「おはよう! みんな、昨日はありがとう」

 まもるも少し遅れて入る。

 クラスがワッと湧く。みんな、二人のまわりに集まる。

木花このはなさん、天童てんどうくん。元気になった?」

天童てんどうくん、顔がスッキリしてる」

「本当だ。ツキ物が落ちたみたいだな」

 みんなは二人を祝福してる。

「うん。正解。昨日、いてたから」

 守が軽く冗談を言った。

 ドッカンと笑いが起こる。平和な朝が戻った。

 そんなみんなを眺めるはじめ櫻子さくらこ

 櫻子さくらこがまた、はじめのシャツをつまむ。

「な、何か? 土御門つちみかど

 ちょっと冷静なはじめ

「んー。別に……。櫻子さくらこって呼んでいいわよ」

 答える櫻子さくらこ。新しい風物詩になるのか。うん、なる。

はじめちゃん、櫻子さくらこちゃん」

 咲子さくこまもるが駆け寄る。

「こうしていられるのも、二人のおかげよ」

「ありがとう。はじめちゃん、櫻子さくらこちゃん」

 咲子さくこまもるが二人の手を握った。


 チャイムが鳴る。カモカモ先生がやって来た。

「みんな座れー」

「昨日はみんなが大変な時に、休んですまなかった(嘘)」

「熱がでて動けなかったんだ(超嘘)」

「今朝、校長先生から聞いて……。初めて知ったんだ。(ウルトラ大嘘)みんな、本当にすまない」

 みんなが知らないと思って、いけしゃあしゃあ。

「今からプリントを配るぞ。みんなのお父さん・お母さんに集まってもらって、昨日のことを説明しなきゃならないんだ。詳しい日時が書いてあるから家で見せてくれ」

「ええと。授業の前に。狼堂えんどう君、土御門つちみかどさん、木花このはなさん、天童てんどうくん」

 四人の名前をあげるカモカモ先生。

「このカルテット《四人組》は、放課後に理科準備室へ来てくれな。何があったか詳しく知りたいから(果てしない嘘)」

「では授業を始めまーす」

 平和な、普通の授業。先週まで、こんな生活が続いていたのに。はじめはしみじみ思った。

 咲子さくこまもるには説明しなければならない。こうなった理由を。

 二人も、何か感じ取っているかもしれない。

 そして櫻子さくらこ。彼女からも、もっと詳しく話しを聞きたい。みんなでうちの神社に集まってもらおう——。

「おーい。狼堂えんどうクーン。っちゃだめだー。戻っておいでー」

 はじめを呼ぶカモカモ先生。

「ハッ。良かった。おれ生きてた。あれ? タイムスリップ?」

 Mistakeミステイク. (勘違い)


 アッという間に放課後。

 帰り支度や、残って先生の手伝いをする生徒たちなどで意外と校内はにぎやかだ。

 掃除当番を終えた四人は理科準備室へと。五年一組は理科室が仮の教室だからすぐ隣。

 それに、理科室から直接入られる扉がある。廊下に出る必要がないから、ほんの数秒と楽ちんだった。

「せんせー、カモカモ先生ー」

 はじめがノックして声をかける。返事は、ない。

「あれ? まだ職員室?」

 咲子さくこが言う。

「中で待っててもいいんじゃない?」

 櫻子さくらこが提案した。

「そうだな。おじゃましまーす。オープンザドゥア」

 はじめが扉を開ける。

「ドゥアああああああああ!! なんじゃぁこりゃあああ」

 準備室と理科室に轟くはじめの悲鳴。

 扉を開けた途端、目の前に、真正面に、また人体模型がいた。

 咲子さくこがあきれた目で言う。

「いやですよ、はじめおじいちゃんったら。先週もこんなことがあったばっかりでしょう?」

「アウアウ。まもるさんや。先生はまだかのう?」

「いやですよ、はじめおじいちゃん? さっき食べたばっかりじゃあないですかあ?」

 ……食べたく、ない。

「じゃねーよ! 先週は廊下のドアから入ったんだ! わざと置いたんだよここに! 悪趣味なイタズラじゃん! 性格わりーよ先生は!」

 叫ぶはじめ……。

「ん?」

 はじめは視線を感じた。

「ん?」

 櫻子さくらこの前髪がれる。 

「ん?」

 咲子さくこが視線を感じた。

「ん?」

 まもるも視線を感じる。

『え?』

 四人、同時に声を出す。顔を見合わせる。

『あれえ?』

 またみんなで声を出す。辺りが、学校が静かだ。

 理科室を見渡すと誰も、いなくなっていた。ついさっきまで残っていたクラスメイトが何人かいたはずだ。

 気のせいか、理科室が薄暗くなった? 変だ。

〝ジトーッ〟と、四人を見つめる視線。もしかして。はじめの記憶が帰ってきた。

「お前かああ!」

「あの時、櫻子さくらこを泣かせたのは! おーまーえーかあああ!!」

 人体模型の肩を両手でつかみ、力いっぱいらすはじめ! 

 がっくんガックン!

 怒りで目が血走っている。燃える色だ。怨念おんねんではなく。

 もっと、別の感情。

「ないない! 先週は泣いてないから! 落ち着いてはじめ!」

 羽交い締めにする櫻子さくらこ

 先週の転校初日、櫻子さくらこはじめが感じたふたつの視線。〝紫色のあいつ〟の他の、もうひとつが、この人体模型だったのか。この視線はイヤな感じはしなかったのに。どういうことだろう。

 校内が暗くなった。突然に。

「この色。皆既月食かいきげっしょくの色だ!」

 まもるが叫ぶ。

 地球の影に完全に包まれた、月の色。〝赤銅色しゃくどういろ〟。

 壁・天井・床。それどころか、外の景色や学校全部がこの色に染まっていた。

結界けっかいよ! これは強いわ!」

 櫻子さくらこの声だけが響く。静かすぎる。自分たち四人だけが学校にいるような。

(私たちと、学校だけを別の世界に持っていかれてる?)

(それとも、学校の形をした結界けっかいに連れてこられた?)

 わからない。とまどう櫻子さくらこ。とにかく。

「逃げるのが先! はじめも早く」

「てめえ! ◯の穴から手ぇ突っ込んで、脳みそガチガチ鳴らしてやろうかああああ!」

 言いたい放題。

 ◯の穴は、無い。脳みそは、直接ガチガチできる。人体模型だから。

「下品だよはじめちゃん! よっこいへ」

 ヒョイっとはじめを肩にかつぐまもる。まさかの力持ち。護法童子ごほうどうじの影響か? 暴れられないよう、はじめをしっかりつかむ。

「カッコイイ。まもるちゃん」

 咲子さくこが見つめる。

「いやあ、それほどでもお」

「そこ! 二人の結界けっかいを作ってる場合じゃ無い!」

 櫻子さくらこが彼女たちを叱る。結界けっかいの中で結界けっかいを作るな。ややこしくなる。ややこしや。

 はじめは相変わらずだ。

「離せ、まもる! コイツをー!」

「相手してやんよー! かかって来いやああ! あっ……」

 ギギギ。

「ああっ!」

 ギギギギ。固い音がする。はじめを見上げる人体模型。

What’s happeningワッツハプニング ?」

「何が起こってるの?」

 目が点の櫻子さくらこ


 人体模型が、動き出した。


 ガッチョン。台座の固定器具がはずれる音。

 そこからゆっくり、下りる人体模型。ヒタッ。ヒタッ。歩いて四人に近づいてくる。歩く度に、廊下に妙な波紋が広がる。

「……。あーーーー!」

 四人全員で悲鳴を上げる。

「アハハー。まもるが聞いたウワサは本当だったんだ〜。アハハハハー」

「壊れてる場合じゃないわよ! はじめ!」

Run awayラナウエイ !(逃げて!)Runラン !(走って!)Runラン !!(走れ!!)」

 櫻子さくらこの声で全員が走り出す。廊下に残る波紋。走っていないのはまもるの肩に乗ってるはじめだけ。

まもる! おれがアイツを止めるから、その間に!」

「ダメだよ。アレがどんなヤツかわかんないのに。危ない真似はさせない」

まもる!」

「ダメだ!」

「はい……」

 迫力にシュンとなる。

 まもるも必死だった。護ってくれたはじめを置いていくことはしない。そう決めた。みんな無事に、逃げることを優先すると。

 思ったけど。

「きゃ」

 咲子さくこが何かにつまづいた。よろけて、転びそうになる。

〝ペッ!〟

(〝ペッ!〟? なんだこれ。吐き出されたような)

 ゆっくりとはじめの思考がめぐった。天井が、床がスローモーションで回って見える。

 ボヨン。変な音をたててはじめが廊下に転がった。〝ペッ!〟の方はまもるに放り出された音だった。

 転がった廊下に広がる波紋。

まもる、てめえ!」

「ゴメン。はじめちゃん。先に護りたいから」

 咲子さくこを、お姫様抱ひめさまだっこしているまもる。転ぶ前に受け止めていた。

はじめちゃんも、護ってあげなきゃ」

「ゼエゼエ。なに転がってんのはじめ。ゼエゼエ。早く逃げなきゃ」

 櫻子さくらこが息を切らしている。長い距離を走るのは苦手なようだ。

 黙って彼女を抱き上げるはじめ。今日、初めての様式美。

「走るぞまもる。競走だ!」

 逃げるのが目的と違うんかい。

 お姫様抱ひめさまだっこで走るはじめたちに人体模型が、突撃して来る。二人の足より速い。

「よけろ! まもる!」

 はじめはよけることが出来たが。まもるには無理だった。櫻子さくらこが叫ぶ。

まもる! 咲子さくこ!」

 人体模型がぶつかる寸前! つるぎが現れた。何本も。まもる咲子さくこを中心にした、つるぎのボールが出現した。

護法童子ごほうどうじ……?」

 はじめの声に、櫻子さくらこが息をのむ。

 いや。あの時とは違う。銀色ぎんいろつるぎ桜色さくらいろつるぎが交互に並んでいる。まもる咲子さくこの光りの色だ。

 人体模型が、はじかれる。やつの表面にヒビが入った。それでも、動くのをやめない。今度ははじめ櫻子さくらこに突進して来る。

 つるぎのボールが回転を始めた。人体模型の後を追う。体当たりで止める気だ。 

 体当たりされるギリギリで、ジャンプでさける人体模型。華麗に舞う。

 つるぎのボールは勢い余ってそのまま、壁に衝突した。というより刺さった。あのスピードと回転なら、突き破るはずなのに。

「壁も廊下も変。この学校、全部が結界けっかい……?」

 櫻子さくらこがボソッと。

はじめちゃん、櫻子さくらこちゃん! 逃げて!」

咲子さくこ! まもる! またあいつに乗っ取られてないか?!」

「ぼくたちは大丈夫! 後から行く!」

 護法童子ごほうどうじの二人が叫んだ。

「絶対! 後から来いよ!」

 はじめ櫻子さくらこを抱いて走って行くしかなった。


さくちゃん。君のおかげだよ。ぼくも強くなれた」

「昨日と違うね。こわい感じがしないわ」

さくちゃんがそうしてくれたんだよ」

「わたしがこんなこと出来るなんて。えへへ」

「二人なら、いつでも出来るよ」

 つるぎのボールの中で認め合ってる二人。イチャイチャすんな。早く元に戻れや。


 ずっと、人体模型に追いかけられてる二人。

「どうやったらここから出られるんだ?」

「アメリカにいた頃、大きな結界けっかいを作った時にどうしてもほころびができたわ」

「小さな穴が開いちゃうの。きっとここにも抜け穴があるはずよ。これだけ大きいから、ボロが出てると思う。ひとつやふたつじゃないわ。たぶん」

 あった。一階へ向かう階段の下が少し明るくなってる。元の世界の明るさだ。

「あそこ!」

「どうする? 咲子さくこまもる、まだ来てないけど」

「私たちがおとりになってアイツも元の世界にさそい出そう。それなら、二人は襲われないはず。目印を置いていく」

 と。アイツが追いついた。二人と並んで走る。

「うわ。やば」

 はじめはあわてすぎた。櫻子さくらこを抱いたまま階段を踏み外してしまった。

「!」

 声出す間もなく、そのまま一階へ落下。

 ——しなかった。人体模型が受け止めたのだ。

「助けてくれた? なんで?」

 と櫻子さくらこが言ったら。二人をおろして三歩下がる。

 今度は通せんぼした。

「えええ? どっちやねん!」

 はじめがおどろく。で、つっこむ。

「理由がある? でも今は」

式神しきがみ!」

 赤いアゲハ蝶の群れが舞う。アイツに覆い被さっている隙に。のはずが。

 人体模型に触れる前に、アゲハ蝶が消えた。

「なにあれ? 効かない」

 アイツが手をヒラヒラさせて〝おいでおいで〟をする。

「誰が行くか。土御門つちみかど、戻るよ」

 お姫様抱ひめさまだっこしたまま、引き返すはじめ。ずっと櫻子さくらこを抱いて走ってきたが、疲れた様子がない。ゴイス。いや、すごい。

はじめちゃん、櫻子さくらこちゃん!」

 後を追ってきた咲子さくこまもるが合流した。まもるもお姫様抱ひめさまだっこで走って来た。ゴイスー。

「戻って! 私が指示するから、先に行って。出口を探す!」

 はじめの腕の中で言う櫻子さくらこまもるの首に両腕を回してつかまってる咲子さくこをじっと見る。

「アイツに式神しきがみが効かなかったー。ヤダー。コワイー」

 はじめの首に腕を回して、ギュッと、ピッタリくっつく。わざと。

「……」

 はじめは無言。

「どうしたのはじめちゃん。顔が真っ赤よ。疲れた?」

 振り返った咲子さくこが心配した。


「そこを右!」

 曲がった先に元の世界の明かりがあった。四人はそこを目指す。

 ガラガラガラ。防煙ぼうえんシャッターが急に閉まった。別の穴を探すしかない。しかし、その次の穴も、また次も、見つける度にシャッターが閉まってしまう。

「なんか。おれたちを、どこかに向かわせてないか?」

 はじめが言う。四人は、職員室の前を走り抜ける。

「カモカモ先生ー! いないのかよー!」

 その声に返事はない。

 追って来た人体模型が職員室の前で立ち止まった。

 走っていた間に表面のヒビが増えている。はがれ落ちた部分もいくつか、あった。

「このまま、追イ続ケテ、いいのデスカ?」

 人体模型がしゃべった……。ぎこちない言葉で職員室の中の誰かに問う。

「それでいい。彼らは気が付く。見つけねばならない」

 重い声が、こだまのように職員室から響いた。

「直接、声をかければ良いノデハ」

「これは、彼と彼女の試練だ」

「それハ、ハラスメント、では? 児童虐待、デハ?」

「いいのいいの。君の本当の姿をばらしたって、逃げられるだけでしょー? 同じことだよーん」

 とたんに明るくなる。口調が変わった。

「この方が、面白いしー」

 軽いなー。

「そんなことより、早く追いかけないと。あの子たち、結界けっかいから出て行っちゃうよ? そこんところ、よろしくー」

「……わかりマシタ。あの場所マデ、確実に、お送りシマス」

 人体模型は走り去った。パラパラ落ちていく表面が足跡のようだ。

 職員室の扉が、スーっと開く。


「若いっていなあ……」


 そっと閉じられる扉。


 四人はたどり着いた。体育館の一階に。残骸の山が、盛り盛りある。

「ホントにここにしか逃げられなかったの?」

 はじめ櫻子さくらこに聞く。

「だって、穴があったらすぐシャッターが閉じるんだもん」

「仕方がないよ。櫻子さくらこちゃんのせいじゃないよ」

 まもるがかばう。

「でも、ここって……。櫻子さくらこちゃん、変な感じしない?」

 咲子さくこがこわごわ聞いてくる。

 みんながいるのは、あの地下倉庫の入り口の前だった。扉に大きく〝立ち入り禁止〟の文字が書いてある。

 すりガラスの向こうから、明るい光が見えた。

「うん。なにも感じない。地下に抜け穴が開いてる」

 アイツの足音が聞こえてきた。

「早く入ろう! おれが最後に行く」

 はじめの声であわてて入る三人。バタバタと階段を下りる。

「あれ? 光りが消えた」

「うそ! 抜け穴がない!」

「真っ暗だ」

「どうしよう櫻子さくらこちゃん」

 みんなの会話が焦っていた。

 上から、ヒタッヒタッとアイツが下りて来る。

「みんな! 壁にそってしゃがんで!」

 はじめが指示をだす。手探りで壁を見つけたみんなは、階段をはさんでしゃがんだ。

 ヒタッヒタッ、ヒタッ。アイツが入って来た。

「とりゃ!」

 はじめが叫んでドロップキック!。顔へ見事ヒットした。

 倒れ込む人体模型。パキッ。となにか砕ける音がした。

「動かなくなった?」

 人体模型をのぞき込むはじめ。暗くてよくわからないが、動いてないようだ。

「ここから出よう。もう一度抜け穴を探さなきゃ」

 はじめがみんなを促す。

「待ってクダサイ。コンにちハ」

「ひえ。誰? 今言ったの」

 櫻子さくらこがおどろいた。

「ぼくは違うよ」

「わたしも言ってない」

「おれも」

「それハ、ワタシです」

 突然、地下室に明かりがついた。

「……。あーーーー!」

 四人全員で悲鳴を上げる。二度目。

「ロロロ、ロボット?」

 まもるが引きつった声をあげる。階段の前にあの人体模型が立っていた。階段をふさいだ状態で。

 はじめは前に出て、みんなをかばう。

 左半分の顔の表面と、身体からだの表面がはがれ落ちている。足下に脳みそ、落ちてんぞ。

 目の部分は、大きな丸い水晶? のようなものに淡い光が灯っていた。胸にはコスモスの花の模様。おなかは、目と同じだがもっと大きい。そこを中心に、いくつもの模様が放射状に延びている。

 なにかの金属でできている姿はおみなえしの花の、明るい緑みのある黄色。

 まさしくロボットに見える。

「いえイエ。ワタシは、自動人形デス。機械デハありマセン」

「自動人形? なにそれ」

 櫻子さくらこが聞く。

 人体模型あらため自動人形は、右側の顔、の表面をパッパッとはらい落とす。

 足下に模型の右目、落ちたぞ。

 顔の全部が現れた。頭には鳥みたいな彫刻がある。

「どう説明スれば。まあ、自動デ動く人形ト思ってクダサイ」

「そのまんまやないかい!」

 つっこむはじめ

「ねえ。さっき助けてくれたでしょ。理由があるの?」

 櫻子さくらこに答える、自動人形。

「ワタシはココへ、みなサンをお連れスルヨウに言われマシタ」

『ナイナイ! 連てきてもらって、ない!』

 声をそろえて思いっきり否定。四人の首がブンブンうなる。

「……みなサン。後ろヲ、ご覧クダさい」

 四人が振り向くと。

 ガラスケースに入れられた、棒のような杖のような。大事に保管されていた。

 棒の先にはいくつもトゲがついた玉。欠けた所やヒビもある。

 棒の部分はセピア色でボロボロになっている。古い。長さは七十センチくらいか。

「……これ、色のない写真で見たような」

 櫻子さくらこが言う。

霊感灯れいかんとうデス。インスピレーションライトとも。學天則がくてんそくガ持っテいまシタ」

學天則がくてんそく! 大昔の?!」

「そんなものが、どうしてここに」

 まもるがおどろいた声で言う。

 學天則がくてんそくは今からおよそ九十年前、一九二八年に日本で造られたロボットだ。机の前に座った姿で、高さ約三メートルもある巨人だった。右手に鏑矢かぶらやのペン、左手にこの霊感灯れいかんとうを持っていた。

 当時の姿は、白黒の写真でしか残っていない。いや、復元された姿は、大阪の科学館にいる。

土御門つちみかど櫻子さくらこサン。これをアナタに渡すヨウにト」

「誰? それ言ったのって」

 櫻子さくらこの問いに自動人形は。

「カ、いえ彼ハ恥ずかしガリ屋さんで……」

「こんな大きいのどないせえちゅうんじゃ。土御門つちみかど、かつぐ?」

 はじめは冗談混じりで櫻子さくらこに。

「大丈夫デス」

 ガラスケースに手のひらを当てる自動人形。中の霊感灯れいかんとうが輝いて、その姿を消した。

 櫻子さくらこの前に光のかたまりが。思わず両手を差し出す。

 彼女の手に、霊感灯れいかんとうが現れた。サイズはワンドくらい、片手でも握りやすい。ピカピカで新品みたいだ。

 そのやりとりを見たはじめ。自動人形に聞いてみる。

「お前、ロボットじゃないって言ってたな。神霊しんれいみたいな、ものか?」

「ピュリリ」

「何? 小鳥? その頭」

 咲子さくこがびっくりしている。自動人形の頭の彫刻が鳴いた。

 霊感灯れいかんとうの玉が光だす。淡かった光は一気に明るくなって消えた。

式神しきがみね。あなたは。あなたを造った、いえ生み出した人はこの学校にいる」

「あれ? 今、私が言ったことって……? 頭の中に急に浮かんだ……」

 とまどう櫻子さくらこ

「コレは告曉鳥こくぎょうデス」

 自分の頭の彫刻を指さす自動人形。

「〝ぎょう〟トハ、さとり・さとす、を意味しマス。それヲ告げる鳥」

櫻子さくらこサン。はじめサンの言葉ニ連想シテ、何か閃きマシタね?」

「コノ鳥が櫻子さくらこサンの閃きヲ感じトッテ、鳴くんデス」

「ソノ閃きヲ霊感灯れいかんとうガ大きくシマス」

「なぜカ、ワタシの閃きモ、感じトッテしまいマスけど」

「すごい! 櫻子さくらこちゃん、最強アイテムだよ」

 まもるが感動している。

「なるほど。Inspirationインスピレーション lightライト か……」

 櫻子さくらこがつぶやく。

(これがあれば、あいつをやっつける役に立つかも)

 はじめは小さくガッツポーズ。

「ありがとう。櫻子さくらこちゃんより先にお礼を言っちゃうわね。あなたのお名前は?」

「ワタシは、ワタシの名前ハ……。アレ? 何カナ?」

 自動人形は頭をポリポリ。

まなぶ……。天則あまのりまなぶちゃん! どう?」

 咲子さくこが提案する。

「ああ、學天則がくてんそくから。そう読めるね。さくちゃん、良いよそれ」

「閃いちゃった。えへへ」

 まもるに褒められて照れる咲子さくこ

「これからみんなでそう呼ぶわ。まなぶ、ありがとう」

 櫻子さくらこがお礼を言う。

「ありがとう、まなぶちゃん」

まなぶちゃん、ありがとう」

「ありがとう、まなぶ。思いっきりけったけど、ごめんな」

 四人から名前とお礼をもらって、まなぶは目の明かりを点滅させた。

「みなサン……ワタシの方こそアリガトウ、ござ、いマス……。うわああアン」

 大声で泣きだした。涙もろい性格のようだ。涙はないが。

「感情があるの? 人間と同じだ」

 やさしい目で見るはじめ

「みなサン。ヒックヒック、元の、エグエグ、世界ニ、アウアウ、帰りまショウ」

 泣きじゃくるまなぶ。涙はないけど。

「そんなに泣かないで。一緒に帰ろう?」

 なぐさめる咲子さくこ

「階段ヲ上れば、スグ戻れマス」

 みんなで階段を上る。まなぶも入れて五人で。

 扉を開けたら。放課後のにぎやかな学校だった。校庭で遊ぶ生徒たちがいる。

「みなサン……。ワタシはココで。元ノ人体模型に戻りマス。気をツケテお帰リ下サイ」

「さよならまなぶちゃん」

Bye Byeバイバイ

「さよなら」

「明日また学校でな! まなぶー」

 まなぶは、みんなの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


 学校を後にする四人。

「なあ、咲子さくこまもる。昨日のことだけど……」

 並んで歩きながら、二人に話しかけるはじめ

護法童子ごほうどうじのことかな?」

「それとも、まもるちゃんを乗っ取ったやつのこと?」

 二人がはじめに答える。櫻子さくらこはだまって聞いていた。

「うん。その、今までだまっててゴメン。実は」

「気にしないでよ。あいつが頭に入ってきた時、知っちゃったよ」

「わたしもまもるちゃんから聞いた。あの後、教えてくれたの」

咲子さくこ……。まもる……」

「不幸中の幸いかな。これではじめちゃんに協力できるよ」

「うん。わたしも一緒に闘える」

「二人とも、ありがとうな」

土御門つちみかどもいるし、みんなで鬼に金棒だな!」

「だね」

「よね」

Yesイエス ! 櫻子って呼んでいいわよ、はじめ

「ああ、そうだ。はじめちゃん。おじさんとおばさんに、ぼくたちの事を言いたいんだけど」

 まもるはじめに声をかける。

「え? 護法童子ごほうどうじに変身できる事? いいの?」

「良いのよ。まもるちゃんと話し合ったの。おじさんとおばさんには知ってて欲しいって」

「それに」

 咲子さくこはじめに言った。続けて、

「何かあったら、二人の前で変身しなきゃかも知れないし。ビックリさせたくないし」

「ぼくたちが、強くなった事、言いたいんだ。いつも助けてくれたから」

「恩返し、したいのよ」

 咲子さくこまもるは本当にそうしたかった。今の自分たちを見て欲しい。必死になって護ってくれた、洸壱こういち壱恵かずえに。

え子たちや。うっ」

 二人の言葉に涙ぐむ。真似をするはじめ。自分から言わなくて良かった。

「よっしゃ。みんな、今から家に来なよ。母さんがみんなを連れて来いって言ってたから。今日、ケーキ焼くからって、タイミング良いじゃん」

OHオーウ !! お母さんのケーキ!!」

「だから土御門つちみかどの母さんじゃねえしー」

「あら? なにか忘れてない?」

 首をかしげる櫻子さくらこ

「思い出せないなら、大したことナイナイ」

 手を横にふるはじめ

「うんうん。明日になれば思い出すさ」

 まもるもうなづく。

「身体が軽いわ。スッキリした」

 大きく伸びをする咲子さくこ

『ま、いっか』

 四人はケーキを目指して楽しく帰って行った。


「さてさてー。どんな顔して来るかなー。あの子たち」

「うププ。なに言うか楽しみだ。ズズ、ズー」

 お茶がうまい。ほくそ笑んで、四人を待つカモカモ先生。


 ……五年一組で四つのカバンも、宿題も四人を待っている。


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