赤銅色の学校・おみなえし色の自動人形
次の朝。
昨日のことが嘘のようだ。
ホンっとに嘘のようだ。生徒たちは何も起こらなかったかのように、普通にやって来ている。誰も知らない、見ていない感じだ。 体育館は瓦礫になった、校舎の三階は穴が空いた。何かの原因で。ただそれだけのことと思っているのか。
なんでだ。
本当のことを覚えているのは、五年一組だけ。
こんな状態でも授業は行わなければならない。先生たちも苦労する。当然、そのふたつの場所は立ち入り禁止だ。
五年一組のクラスメイトたちも次々と校門をくぐり抜けてくる。
シャツがビヨーンと延びていた。
「あの二人、今日も
昨日、母親の目で『
「国際カップル」
同じクラスの男子がつぶやく。
「やあね。
「あ、そうか」
もう一人の女子の声にその男子はうなづく。
「でも、あの二人の姿」
「うん」
「うん」
「うん」
「うん」
いつの間にか、
別の男子が言う。
「いやあ。口に出さないほうが……」
「賛成。みんなの心の声で言おう」
一致団結。せーので心の中でつぶやいた。
(
「お前ら。なにをコソコソ言ってるん?」
「言ってない全然言ってない。〝狼堂が《えんどう》、
『ちっくしょー』とつぶやいた男子がポロッとばらした。
みんな『アチャー』な顔をする。
「うるちぇえええ」
後ろの
穴の空いた五年一組の教室は使えない。とりあえず、ふたつある理科室のうちひとつを、五年一組として使う事になった。
「みんな。おはよう!」
「おはよう! みんな、昨日はありがとう」
クラスがワッと湧く。みんな、二人のまわりに集まる。
「
「
「本当だ。ツキ物が落ちたみたいだな」
みんなは二人を祝福してる。
「うん。正解。昨日、
守が軽く冗談を言った。
ドッカンと笑いが起こる。平和な朝が戻った。
そんなみんなを眺める
「な、何か?
ちょっと冷静な
「んー。別に……。
答える
「
「こうしていられるのも、二人のおかげよ」
「ありがとう。
チャイムが鳴る。カモカモ先生がやって来た。
「みんな座れー」
「昨日はみんなが大変な時に、休んですまなかった(嘘)」
「熱がでて動けなかったんだ(超嘘)」
「今朝、校長先生から聞いて……。初めて知ったんだ。(ウルトラ大嘘)みんな、本当にすまない」
みんなが知らないと思って、いけしゃあしゃあ。
「今からプリントを配るぞ。みんなのお父さん・お母さんに集まってもらって、昨日のことを説明しなきゃならないんだ。詳しい日時が書いてあるから家で見せてくれ」
「ええと。授業の前に。
四人の名前をあげるカモカモ先生。
「このカルテット《四人組》は、放課後に理科準備室へ来てくれな。何があったか詳しく知りたいから(果てしない嘘)」
「では授業を始めまーす」
平和な、普通の授業。先週まで、こんな生活が続いていたのに。
二人も、何か感じ取っているかもしれない。
そして
「おーい。
「ハッ。良かった。おれ生きてた。あれ? タイムスリップ?」
アッという間に放課後。
帰り支度や、残って先生の手伝いをする生徒たちなどで意外と校内はにぎやかだ。
掃除当番を終えた四人は理科準備室へと。五年一組は理科室が仮の教室だからすぐ隣。
それに、理科室から直接入られる扉がある。廊下に出る必要がないから、ほんの数秒と楽ちんだった。
「せんせー、カモカモ先生ー」
「あれ? まだ職員室?」
「中で待っててもいいんじゃない?」
「そうだな。おじゃましまーす。オープンザドゥア」
「ドゥアああああああああ!! なんじゃぁこりゃあああ」
準備室と理科室に轟く
扉を開けた途端、目の前に、真正面に、また人体模型がいた。
「いやですよ、
「アウアウ。
「いやですよ、
……食べたく、ない。
「じゃねーよ! 先週は廊下のドアから入ったんだ! わざと置いたんだよここに! 悪趣味なイタズラじゃん! 性格わりーよ先生は!」
叫ぶ
「ん?」
「ん?」
「ん?」
「ん?」
『え?』
四人、同時に声を出す。顔を見合わせる。
『あれえ?』
またみんなで声を出す。辺りが、学校が静かだ。
理科室を見渡すと誰も、いなくなっていた。ついさっきまで残っていたクラスメイトが何人かいたはずだ。
気のせいか、理科室が薄暗くなった? 変だ。
〝ジトーッ〟と、四人を見つめる視線。もしかして。
「お前かああ!」
「あの時、
人体模型の肩を両手でつかみ、力いっぱい
がっくんガックン!
怒りで目が血走っている。燃える色だ。
もっと、別の感情。
「ないない! 先週は泣いてないから! 落ち着いて
羽交い締めにする
先週の転校初日、
校内が暗くなった。突然に。
「この色。
地球の影に完全に包まれた、月の色。〝
壁・天井・床。それどころか、外の景色や学校全部がこの色に染まっていた。
「
(私たちと、学校だけを別の世界に持っていかれてる?)
(それとも、学校の形をした
わからない。とまどう
「逃げるのが先!
「てめえ! ◯の穴から手ぇ突っ込んで、脳みそガチガチ鳴らしてやろうかああああ!」
言いたい放題。
◯の穴は、無い。脳みそは、直接ガチガチできる。人体模型だから。
「下品だよ
ヒョイっと
「カッコイイ。
「いやあ、それほどでもお」
「そこ! 二人の
「離せ、
「相手してやんよー! かかって来いやああ! あっ……」
ギギギ。
「ああっ!」
ギギギギ。固い音がする。
「
「何が起こってるの?」
目が点の
人体模型が、動き出した。
ガッチョン。台座の固定器具がはずれる音。
そこからゆっくり、下りる人体模型。ヒタッ。ヒタッ。歩いて四人に近づいてくる。歩く度に、廊下に妙な波紋が広がる。
「……。あーーーー!」
四人全員で悲鳴を上げる。
「アハハー。
「壊れてる場合じゃないわよ!
「
「
「ダメだよ。アレがどんなヤツかわかんないのに。危ない真似はさせない」
「
「ダメだ!」
「はい……」
迫力にシュンとなる。
思ったけど。
「きゃ」
〝ペッ!〟
(〝ペッ!〟? なんだこれ。吐き出されたような)
ゆっくりと
ボヨン。変な音をたてて
転がった廊下に広がる波紋。
「
「ゴメン。
「
「ゼエゼエ。なに転がってんの
黙って彼女を抱き上げる
「走るぞ
逃げるのが目的と違うんかい。
お
「よけろ!
「
人体模型がぶつかる寸前!
「
いや。あの時とは違う。
人体模型が、はじかれる。やつの表面にヒビが入った。それでも、動くのをやめない。今度は
体当たりされるギリギリで、ジャンプでさける人体模型。華麗に舞う。
「壁も廊下も変。この学校、全部が
「
「
「ぼくたちは大丈夫! 後から行く!」
「絶対! 後から来いよ!」
「
「昨日と違うね。こわい感じがしないわ」
「
「わたしがこんなこと出来るなんて。えへへ」
「二人なら、いつでも出来るよ」
ずっと、人体模型に追いかけられてる二人。
「どうやったらここから出られるんだ?」
「アメリカにいた頃、大きな
「小さな穴が開いちゃうの。きっとここにも抜け穴があるはずよ。これだけ大きいから、ボロが出てると思う。ひとつやふたつじゃないわ。たぶん」
あった。一階へ向かう階段の下が少し明るくなってる。元の世界の明るさだ。
「あそこ!」
「どうする?
「私たちがおとりになってアイツも元の世界にさそい出そう。それなら、二人は襲われないはず。目印を置いていく」
と。アイツが追いついた。二人と並んで走る。
「うわ。やば」
「!」
声出す間もなく、そのまま一階へ落下。
——しなかった。人体模型が受け止めたのだ。
「助けてくれた? なんで?」
と
今度は通せんぼした。
「えええ? どっちやねん!」
「理由がある? でも今は」
「
赤いアゲハ蝶の群れが舞う。アイツに覆い被さっている隙に。のはずが。
人体模型に触れる前に、アゲハ蝶が消えた。
「なにあれ? 効かない」
アイツが手をヒラヒラさせて〝おいでおいで〟をする。
「誰が行くか。
お
「
後を追ってきた
「戻って! 私が指示するから、先に行って。出口を探す!」
「アイツに
「……」
「どうしたの
振り返った
「そこを右!」
曲がった先に元の世界の明かりがあった。四人はそこを目指す。
ガラガラガラ。
「なんか。おれたちを、どこかに向かわせてないか?」
「カモカモ先生ー! いないのかよー!」
その声に返事はない。
追って来た人体模型が職員室の前で立ち止まった。
走っていた間に表面のヒビが増えている。はがれ落ちた部分もいくつか、あった。
「このまま、追イ続ケテ、いいのデスカ?」
人体模型がしゃべった……。ぎこちない言葉で職員室の中の誰かに問う。
「それでいい。彼らは気が付く。見つけねばならない」
重い声が、こだまのように職員室から響いた。
「直接、声をかければ良いノデハ」
「これは、彼と彼女の試練だ」
「それハ、ハラスメント、では? 児童虐待、デハ?」
「いいのいいの。君の本当の姿をばらしたって、逃げられるだけでしょー? 同じことだよーん」
とたんに明るくなる。口調が変わった。
「この方が、面白いしー」
軽いなー。
「そんなことより、早く追いかけないと。あの子たち、
「……わかりマシタ。あの場所マデ、確実に、お送りシマス」
人体模型は走り去った。パラパラ落ちていく表面が足跡のようだ。
職員室の扉が、スーっと開く。
「若いって
そっと閉じられる扉。
四人はたどり着いた。体育館の一階に。残骸の山が、盛り盛りある。
「ホントにここにしか逃げられなかったの?」
「だって、穴があったらすぐシャッターが閉じるんだもん」
「仕方がないよ。
「でも、ここって……。
みんながいるのは、あの地下倉庫の入り口の前だった。扉に大きく〝立ち入り禁止〟の文字が書いてある。
すりガラスの向こうから、明るい光が見えた。
「うん。なにも感じない。地下に抜け穴が開いてる」
アイツの足音が聞こえてきた。
「早く入ろう! おれが最後に行く」
「あれ? 光りが消えた」
「うそ! 抜け穴がない!」
「真っ暗だ」
「どうしよう
みんなの会話が焦っていた。
上から、ヒタッヒタッとアイツが下りて来る。
「みんな! 壁にそってしゃがんで!」
ヒタッヒタッ、ヒタッ。アイツが入って来た。
「とりゃ!」
倒れ込む人体模型。パキッ。となにか砕ける音がした。
「動かなくなった?」
人体模型をのぞき込む
「ここから出よう。もう一度抜け穴を探さなきゃ」
「待ってクダサイ。コンにちハ」
「ひえ。誰? 今言ったの」
「ぼくは違うよ」
「わたしも言ってない」
「おれも」
「それハ、ワタシです」
突然、地下室に明かりがついた。
「……。あーーーー!」
四人全員で悲鳴を上げる。二度目。
「ロロロ、ロボット?」
左半分の顔の表面と、
目の部分は、大きな丸い水晶? のようなものに淡い光が灯っていた。胸にはコスモスの花の模様。おなかは、目と同じだがもっと大きい。そこを中心に、いくつもの模様が放射状に延びている。
なにかの金属でできている姿はおみなえしの花の、明るい緑みのある黄色。
まさしくロボットに見える。
「いえイエ。ワタシは、自動人形デス。機械デハありマセン」
「自動人形? なにそれ」
人体模型あらため自動人形は、右側の顔、の表面をパッパッとはらい落とす。
足下に模型の右目、落ちたぞ。
顔の全部が現れた。頭には鳥みたいな彫刻がある。
「どう説明スれば。まあ、自動デ動く人形ト思ってクダサイ」
「そのまんまやないかい!」
つっこむ
「ねえ。さっき助けてくれたでしょ。理由があるの?」
「ワタシはココへ、みなサンをお連れスルヨウに言われマシタ」
『ナイナイ! 連てきてもらって、ない!』
声をそろえて思いっきり否定。四人の首がブンブンうなる。
「……みなサン。後ろヲ、ご覧クダさい」
四人が振り向くと。
ガラスケースに入れられた、棒のような杖のような。大事に保管されていた。
棒の先にはいくつもトゲがついた玉。欠けた所やヒビもある。
棒の部分はセピア色でボロボロになっている。古い。長さは七十センチくらいか。
「……これ、色のない写真で見たような」
「
「
「そんなものが、どうしてここに」
当時の姿は、白黒の写真でしか残っていない。いや、復元された姿は、大阪の科学館にいる。
「
「誰? それ言ったのって」
「カ、いえ彼ハ恥ずかしガリ屋さんで……」
「こんな大きいのどないせえちゅうんじゃ。
「大丈夫デス」
ガラスケースに手のひらを当てる自動人形。中の
彼女の手に、
そのやりとりを見た
「お前、ロボットじゃないって言ってたな。
「ピュリリ」
「何? 小鳥? その頭」
「
「あれ? 今、私が言ったことって……? 頭の中に急に浮かんだ……」
とまどう
「コレは
自分の頭の彫刻を指さす自動人形。
「〝
「
「コノ鳥が
「ソノ閃きヲ
「なぜカ、ワタシの閃きモ、感じトッテしまいマスけど」
「すごい!
「なるほど。
(これがあれば、あいつをやっつける役に立つかも)
「ありがとう。
「ワタシは、ワタシの名前ハ……。アレ? 何カナ?」
自動人形は頭をポリポリ。
「
「ああ、
「閃いちゃった。えへへ」
「これからみんなでそう呼ぶわ。
「ありがとう、
「
「ありがとう、
四人から名前とお礼をもらって、
「みなサン……ワタシの方こそアリガトウ、ござ、いマス……。うわああアン」
大声で泣きだした。涙もろい性格のようだ。涙はないが。
「感情があるの? 人間と同じだ」
やさしい目で見る
「みなサン。ヒックヒック、元の、エグエグ、世界ニ、アウアウ、帰りまショウ」
泣きじゃくる
「そんなに泣かないで。一緒に帰ろう?」
なぐさめる
「階段ヲ上れば、スグ戻れマス」
みんなで階段を上る。
扉を開けたら。放課後のにぎやかな学校だった。校庭で遊ぶ生徒たちがいる。
「みなサン……。ワタシはココで。元ノ人体模型に戻りマス。気をツケテお帰リ下サイ」
「さよなら
「
「さよなら」
「明日また学校でな!
学校を後にする四人。
「なあ、
並んで歩きながら、二人に話しかける
「
「それとも、
二人が
「うん。その、今までだまっててゴメン。実は」
「気にしないでよ。あいつが頭に入ってきた時、知っちゃったよ」
「わたしも
「
「不幸中の幸いかな。これで
「うん。わたしも一緒に闘える」
「二人とも、ありがとうな」
「
「だね」
「よね」
「
「ああ、そうだ。
「え?
「良いのよ。
「それに」
「何かあったら、二人の前で変身しなきゃかも知れないし。ビックリさせたくないし」
「ぼくたちが、強くなった事、言いたいんだ。いつも助けてくれたから」
「恩返し、したいのよ」
「
二人の言葉に涙ぐむ。真似をする
「よっしゃ。みんな、今から家に来なよ。母さんがみんなを連れて来いって言ってたから。今日、ケーキ焼くからって、タイミング良いじゃん」
「
「だから
「あら? なにか忘れてない?」
首をかしげる
「思い出せないなら、大したことナイナイ」
手を横にふる
「うんうん。明日になれば思い出すさ」
「身体が軽いわ。スッキリした」
大きく伸びをする
『ま、いっか』
四人はケーキを目指して楽しく帰って行った。
「さてさてー。どんな顔して来るかなー。あの子たち」
「うププ。なに言うか楽しみだ。ズズ、ズー」
お茶がうまい。ほくそ笑んで、四人を待つカモカモ先生。
……五年一組で四つのカバンも、宿題も四人を待っている。
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