不思議色の糸・血の色の絆
「おーいそこの
コント、いやホームルームが終わるころ、カモカモ先生は壱たちに声をかけた。
(なんかカモカモ先生が英語かぶれになってる)
ヒソヒソヒソヒソ
(きっと、
ヒソヒソヒソヒソ
(ただのミーハーじゃない?)
(イージーだな)
ヒソヒソヒソヒソ……何人かが小声で言っている。
それをスルーして
「はーい。喜んで案内します」
「わかりました。カモカモ先生」
「ブツブツ。ぶつぶつ。ブツブツ——」
ずーっと何かをつぶやいていた。
「初めまして
「初めまして。ぼくは
「……」
「……」
「
「ぶつブツぶつブツ……エッ? なに?」
「何やってるの。早く自己紹介してよ」
「え。ああ。
かんだ。
「ちょっと大丈夫? 緊張してる?」
あわてて
「ごめんね
こんなの、は言い過ぎでは?
「
「じゃあ、給食は四人で食べましょう。時間があればその後に案内してもいい?」
「OK!」
——時間はなかった。給食中はもとより、
当たり前と言えば当たり前。彼女のような容姿の女の子が日本語ペラペラ、しかも日本人だと言うのだから。
みんな、興味しんしんとなるのは仕方がない。三人はクラスのみんなからアウトオブ眼中だった。(要するにだ、蚊帳の外だと)
放課後、やっと三人は
「
「私自身ビックリしたわ。あんなに質問されたの初めて。ちょっと疲れたかな」
「もうアイドルね。わたしも一度、経験してみたいな。なにかあこがれる。」
「
ら、けっこう人気あるんじゃないか?」
「
照れている
「わかるー。
「いえそんな。とてもとても……えへへ」
照れ隠しに
「ねえ
「そう呼んでくれるとうれしい。私も
「それは構わないけど。できれば呼び捨てがいいな。だって……その……
「Oh!
「それなら
「ぼくは構わないよ。
「オーケーオーケー。おれも気が楽だもん」
「うん、さっそく
「それは無理ーー」
「えー?
「えーそのーまあ、なんだ。とにかくそれは無理ーー」
会ったばかりの女の子でもフレンドリーに振る舞えるが、もう一歩は踏み込めない性格だ。すぐには呼びすてにできなかった。いつも時間をかけて克服してきた。
校内を案内しながら
「
「何?聞きたいことって
「うん
「
「あっ。えーと、両側に塀があって、石畳の道。この町じゃ、そう呼ばれてる」
「Oh ! yes. 分かった」
さすが日本語ペラペーラ、理解が早い。
「いたわよ?
「じゃ、やっぱり鬼に
「え!? もしかしてあの小っちゃい男の子は
「チッチャイオトコノコデ、ワルカッタデスネー。ジンジャノムスコデスカラ、シッテマシター」
彼の身長は149センチくらい。5年生男子としては平均より高い方なのだが。対して
五年一組の中では一番背が高い。もしかして
「なになに?
143センチの
「もしかして、昨日が二人の運命の出会いだったりして?」
「
「赤よ」
「赤だ」
「不思議な色かもね!」
「不思議な色ってなに色?
茶化す
「現実を受け入れなよー
「曲者じゃー! 誰か、誰かこの流れを止めてーーーー!!」
言ってる意味がわからねー。ごまかす
何人かの生徒がなんだなんだと顔を出してきた。
声を上げすぎて息を切らした壱は、肩を上下に動かしながら、
「そんなことより、まだ聞きたいことがあんだよ。
「
「私の名前の
「うん。
七世紀、
その後、日本独自に発達した知識と技は〝
平安時代中頃には
さらに時代は下り、十四世紀の室町幕府・将軍
「……昔、室町時代に
「シルクロードを通って、ヨーロッパのいろいろな国とかを巡りながら、途中の国・土地の人たちと交流して結婚して、子供が生まれて育てて——。でも止まることは無かった」
「ずっと、何世代も旅を続けてきたの」
「最後はアメリカ。私が生まれた国にたどり着いた」
「もちろん、日本人としての心と言葉、血の絆は、ずっと受け継がれてきたわ」
「それが今の私よ。ここまではクラスのみんなと一緒に聞いてたからわかるわね?」
「私は〝
「ここからは、
「あ。モウコンナジカンダ。アトハタイイクカント、リカジュンビシツヲ、アンナイシナテハ」
「
「今日はもう遅いから、その話しは明日で良いじゃん」
(何か理由があるのかな? この子、
櫻子は思った。これも、小さな予感?
三人は
二階建てで、一階は吹き抜けのちょっとした運動場になっている。雨の日でも授業を行える。二階はどこにでもある普通の小学校の体育館だ。一行は体育館の一階にもどった。
一通り説明し終えた
「実はここには、〝開かずの間〟があるんだ」
「〝開かずの間〟って?」
「あそこにドアがあるでしょ? 地下倉庫の入り口。元々そこにいろいろな道具を入れてあったの。そこが使えなくなって、今は別に物置を建てて入れてあるわ」
「いつからかわからないけど。立ち入り禁止になっているの。出るってウワサもあるわ」
「
「
「おれは見たぞ
「んー。隠しても意味ないか。私の前髪、ゆるいウェーブでしょ? 天然なの。
「何か変な物を感じると揺れちゃうのよ。めったにないけど。昨日の夜も……揺れたわ。おかげで
「すぐ気づくなんて、さすが神社の子ね、
「じゃあ、地下に何かあるのかしら?」
「うーん。今の時点じゃわからない。あるにはあるんだろうけど……。いやな感じは特にないかも。とにかく、ここを離れましょ」
理科準備室の前にやって来た。
「ここが理科準備室。放課後、カモカモ先生がずーっと入りびったてるんだぜ」
「夜な夜な、怪しい実験をやってるとか、やってないとか」
「
カモカモ先生は、五年一組の担任と同時に、理科の教師でもある。他のクラスや他の学年の理科の授業も受け持っている。
さらに
「実は他にもウ・ワ・サがあるんだぜぇ」
「気になる。
「やっぱり……何か感じる? 前髪、ゆれない?」
「特に何も感じないわねえ」
「ここにある人体模型が、夜中にマラソンやってるんだって。朝までずっと校内を走ってるって話しだよ。どこかのクラスの友達の弟の、親友が見たことがあるって言ってた」
よくある噂だ。必ず、〝自分がこの目で直接見た〟という生徒は一人もいない。なぜだか都市伝説によくある。本気にしてはいけない。けど。
「入ろう。先生がいるはず。センセー、カモカモ先生ー」
「Please come in. (どうぞー)」
カモカモ先生の声がした。あいかわらずの英語かぶれだ。発音が良くなっている。
「いるいる。入ろうぜ。おじゃましまーす。オープンザドゥア」
「ドゥアああああああああ!! なんじゃぁこりゃあああ!!」
準備室内にとどろく
扉を開けた途端、目の前に、真正面に、噂の人体模型がいた。
奥からカモカモ先生の声がした。
「どしたー?」
実験道具を入れた棚が壁のようになっていて、カモカモ先生の姿は見えない。
「悪趣味だー。先生! 扉のすぐ前にこんなの置かないでよ!」
「なんのことだー? 先生は知らんぞー? ずっと机の前にいるぞー? それより入って来ていいぞー」
「とにかくこれ、どかそうよ」
「重っ。何が詰まってんだこの中?」
「本当だ。
なんとか扉の脇に移動させた二人。
「みんな先に入ってくれよ」
「ん?」
「ん?」
同時に扉の方へ振り向く二人。無い。誰もいない。人体模型だけがそこに、ある。
感じる。二人いる? 一人はここに。もう一人は、どこか遠くから見ている。これは、この視線には覚えがある。〝紫色のあいつ〟だ。壱の背中にいやな汗が流れた。鳥肌が立つ。
「
変だ。普通じゃない。〝怨んでいる〟ような視線が迫って来る。すごい圧力だ。
「
「うん」
「私、初めてだわ。二つある。でも一つが、特に……。どこかから、私をじっと……睨んでる……気持ち悪い」
おそらく、
準備室の奥からふいに
「カモカモ先生? 急にコワイ顔してどうしたの?」
「お願い
「うん」
「早くみんなのところに行こう……
あの後、カモカモ先生の前まで来たら、怖い視線はすぐに感じなくなった。まるで何かにかき消されたように。もう一つはずっと二人を見ていたけど、イヤではなかった。
「
「うん大丈夫。学校から出たら楽になったわ。送ってくれてありがとう
「あの視線、何かわからないけど……。私が日本に……この町に来たのはたまたまじゃないの」
「私は来なきゃならなかった……。理由は多分、あれ」
「……」
どうしたら良いだろう。
「あの」
「何?
「今度の土曜か日曜、うちに来られないかな?」
「え?」
「おれの父さん、宮司だろ? 昔から
「だから、父さんに相談したら少しは
「それに……」
「
「じゃあ、これ、うちの住所と電話番号。都合のいい時間を教えてくれれば」
手書きのメモを櫻子に渡す。
「必ず行くわ。あ、ここが私の家」
でっかいドーンと目の前に家が、いや門があった。そして塀が続く。門の向こうには高級な日本家屋が。
目と口を大きく開けたままの
「あれ? ここ」
この家は、
「ここ? ここなの? ここ……」
「そんなにびっくりしないでよ。借りてるだけよ」
狐につままれたような顔の
「いやいやいや、昨日、塀の中に消えたじゃん。どないなっとんねん」
「ああ、隠し扉があるの。鬼に気づかれないように。ね?」
ただの日本家屋ではないようだ。鬼をさけるためにアレコレ仕掛けがあるのかも。
「うちと近いじゃん」
歩いて五分ほど先の小さい山に
「今日は本当にありがと。これ、私のスマホの番号。じゃ、また明日」
「電話してね。絶対よ。
手を振りながら、
「お、おう。や、約束するよ」
なぜか、いつの間にか
「なんでやねん」
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