不思議色の糸・血の色の絆

「おーいそこのトリオ三人組土御門つちみかどさんに学校をガイドしてやってくれないかな? 昼休みでも放課後でも構わないから」

 コント、いやホームルームが終わるころ、カモカモ先生は壱たちに声をかけた。

(なんかカモカモ先生が英語かぶれになってる)

 ヒソヒソヒソヒソ

(きっと、土御門つちみかどさんに気を使ってるのよ。きっと)

 ヒソヒソヒソヒソ

(ただのミーハーじゃない?)

(イージーだな)

 ヒソヒソヒソヒソ……何人かが小声で言っている。

 それをスルーして咲子さくこ

「はーい。喜んで案内します」

「わかりました。カモカモ先生」

 まもるも同意する。はじめ

「ブツブツ。ぶつぶつ。ブツブツ——」

 ずーっと何かをつぶやいていた。

「初めまして土御門つちみかどさん。わたしは木花このはな咲子と言います。よろしくね。背が高くてモデルさんみたい」

「初めまして。ぼくは天童てんどうまもる。日本語、上手だね。本当に足が長いなあ」

「……」

「……」

はじめちゃん。はじめちゃん!」

 はじめを肘で突っつく咲子さくこ

「ぶつブツぶつブツ……エッ? なに?」

「何やってるの。早く自己紹介してよ」

「え。ああ。狼堂えんどうはじめです。おい森神社もりじんじゃの息子やってます。よろしく土ッ、チュチミキャぢょッ、う! Ouchアウチ !(イタっ!)」

 かんだ。土御門つちみかどの名前を。ついでに舌も噛んだ。

「ちょっと大丈夫? 緊張してる?」

 あわてて咲子さくこがフォローする。両手で口を押さえてジタバタするはじめが、ホント痛そう。

「ごめんね土御門つちみかどさん。こんなので」

 こんなの、は言い過ぎでは?

Shakeシェイク itイット offオフ.(気にしないで) 私は問題ないわ、木花このはなさん。それと、天童てんどう君と神社の狼堂えんどう君ね。みんな、新ためましてこれからもよろしく」

 咲子さくこが提案する。

「じゃあ、給食は四人で食べましょう。時間があればその後に案内してもいい?」

「OK!」

 土御門つちみかど櫻子さくらこは元気な声で返事をした。


——時間はなかった。給食中はもとより、土御門つちみかど櫻子さくらこは昼休みの間、ずっとクラスメイトみんなから囲まれて質問攻めだったのだ。

 当たり前と言えば当たり前。彼女のような容姿の女の子が日本語ペラペラ、しかも日本人だと言うのだから。

 みんな、興味しんしんとなるのは仕方がない。三人はクラスのみんなからアウトオブ眼中だった。(要するにだ、蚊帳の外だと)


 放課後、やっと三人は土御門つちみかど櫻子さくらこに案内できた。学校の色々な場所を説明してまわる。

土御門つちみかどさん、すごい人気だね。」

 まもるが言うと土御門つちみかど櫻子さくらこ

「私自身ビックリしたわ。あんなに質問されたの初めて。ちょっと疲れたかな」

「もうアイドルね。わたしも一度、経験してみたいな。なにかあこがれる。」

咲子さくこはどうだろ。クラスの男たち、咲子さくこのこと話してるよ。悪いウワサじゃなかったか

ら、けっこう人気あるんじゃないか?」

はじめちゃん、それ本当? えへへ」

 照れている咲子さくこ土御門つちみかど櫻子さくらこは言う。

「わかるー。木花このはなさんはかわいいから当然だと思うわ」

「いえそんな。とてもとても……えへへ」

 照れ隠しに咲子さくこは話題を変える。

「ねえ土御門つちみかどさん。これからあなたのこと、櫻子さくらこちゃんて呼んでもいい?わたし、その方がいいな」

 土御門つちみかど櫻子さくらこの顔がパアッと明るくなった。

「そう呼んでくれるとうれしい。私も咲子さくこちゃんて呼ばせて?」

「それは構わないけど。できれば呼び捨てがいいな。だって……その……櫻子さくらこちゃん、お姉さんみたいだから……」

「Oh! 咲子さくこ。なんてかわいい! 咲子さくこって呼ぶ。私のこと本当のお姉さんと思ってくれていいのよーいいのよー!」

 櫻子さくらこ咲子さくこを抱きしめた。ギューっと。頬をスリスリ。咲子さくこは頬を桃色に染めてニコニコしていた。彼女を抱きしめながら櫻子さくらこは、

「それなら狼堂えんどう君と天童てんどう君は、はじめまもるって呼んでいい?」

 まもるは、

「ぼくは構わないよ。土御門つちみかどさんのことは『ちゃん』付けで呼ばせてよ。さくちゃんと同じようにしたいからね」

 櫻子さくらこがうなづく。

 はじめは、

「オーケーオーケー。おれも気が楽だもん」

「うん、さっそくはじめ。私を櫻子さくらこって呼んでいいわよ」

「それは無理ーー」

 はじめは速攻で返した。顔を赤に近い桃色にして。

「えー? Whyフワイ ? なんでーなんでー」

 櫻子さくらこが口をとがらせて言う。

「えーそのーまあ、なんだ。とにかくそれは無理ーー」

 はじめは——ただの“Chichenチキン heartハート”だった。いわゆるビビリ。ヘ・タ・レ。咲子さくこまもるはわかっている。

 会ったばかりの女の子でもフレンドリーに振る舞えるが、もう一歩は踏み込めない性格だ。すぐには呼びすてにできなかった。いつも時間をかけて克服してきた。咲子さくこの時もそうだった。櫻子さくらことの関係も時間が解決するはずだ。かも。

 校内を案内しながらはじめ櫻子さくらこに聞いた。

土御門つちみかど、聞きたいことがあるんだ。教えてくれないかな」

「何?聞きたいことってはじめ櫻子さくらこって呼んでいいわよ」

「うん土御門つちみかど。その、昨日の夜にさ、裏門通うらもんどおりにいなかった?」

裏門通うらもんどおりってなに?」

 櫻子さくらこが逆に聞いてきた。引っ越してきたばかりの彼女には、当然分かるはずがない。

「あっ。えーと、両側に塀があって、石畳の道。この町じゃ、そう呼ばれてる」

「Oh ! yes. 分かった」

 さすが日本語ペラペーラ、理解が早い。

「いたわよ? はじめ。なんで知っているの? 櫻子さくらこって呼んでいいわよ」

「じゃ、やっぱり鬼に九字くじを切ったのは土御門つちみかどだったんだ」

「え!? もしかしてあの小っちゃい男の子ははじめだったの? それに九字切くじぎりを知ってるなんて。櫻子さくらこって呼んでいいわよ」

「チッチャイオトコノコデ、ワルカッタデスネー。ジンジャノムスコデスカラ、シッテマシター」

 はじめはちょっとムスッとした。

 彼の身長は149センチくらい。5年生男子としては平均より高い方なのだが。対して櫻子さくらこは160センチを少し越えていた。

 五年一組の中では一番背が高い。もしかして宇野月うのづき小学校しょうがっこうの中でも一番かも。高身長であるはずのまもるよりも2センチは大きかった。櫻子さくらこが高すぎるのだ。

「なになに? はじめちゃんの話しに出てた女の子って櫻子さくらこちゃんのこと? やっぱり幽霊とかじゃなっかたんだ」

 143センチの咲子さくこが二人の会話に参加してきた。

「もしかして、昨日が二人の運命の出会いだったりして?」

 まもるもニコニコして参加する。

 まもるの言葉を聞いた櫻子さくらこが頬を桃色にして目を輝かせた。

Destinyディスティニー ! (運命!) ステキな響き。はじめ、私とあなたは、何色の糸で結ばれているのかしら? 櫻子さくらこって呼んでいいわよ」

「赤よ」

「赤だ」

 咲子さくこまもるがそれぞれ言っきった。

 はじめは力いっぱい首を左右にぶんぶん振って、

「不思議な色かもね!」

「不思議な色ってなに色? はじめちゃん。顔、桃色よ? 照れてるの? 照れてるの?」

 茶化す咲子さくこまもるも乗っかる。

「現実を受け入れなよーはじめちゃん」

「曲者じゃー! 誰か、誰かこの流れを止めてーーーー!!」

 言ってる意味がわからねー。ごまかすはじめのおたけびが廊下じゅうに響きわたる。

 何人かの生徒がなんだなんだと顔を出してきた。

 声を上げすぎて息を切らした壱は、肩を上下に動かしながら、

「そんなことより、まだ聞きたいことがあんだよ。土御門つちみかど

 咲子さくこが言う。

はじめちゃんがぶつぶつ言っていたこと? クラスのみんなも同じ質問してたけど」

「私の名前の土御門つちみかど? はじめ櫻子さくらこって呼んでいいわよ」

 はじめは、マジメな顔をして櫻子さくらこに聞く。

「うん。土御門つちみかどって名前、安倍晴明あべのせいめいの一族の〝陰陽師おんみょうじ〟の名門だよな。日本の土御門家つちみかどけは衰退したのに、アメリカから来た君が土御門つちみかどを名乗っているのはなんで? それに九字くじを切ることができる理由も教えてほしい」

 七世紀、陰陽五行思想おんみょうごぎょうしそうをもとに〝陰陽師おんみょうじ〟はまず、〝用語〟として生まれた。

 その後、日本独自に発達した知識と技は〝陰陽道おんみょうどう〟として確立される。

 平安時代中頃には安倍晴明あべのせいめいを筆頭に、占い・呪術を〝陰陽道おんみょうどう〟によって執り行うプロフェッショナル集団そのものが〝陰陽師おんみょうじ〟と呼ばれるようになったのだ。

 さらに時代は下り、十四世紀の室町幕府・将軍足利義満あしかがよしみつの時代、安倍家第十四代当主・有世ありよは〝土御門つちみかど〟を名乗り始める。

 はじめの目を真っすぐ見ながら、櫻子さくらこは語った。

「……昔、室町時代に土御門つちみかどの、ある一門が中国大陸に渡って行ったわ」

「シルクロードを通って、ヨーロッパのいろいろな国とかを巡りながら、途中の国・土地の人たちと交流して結婚して、子供が生まれて育てて——。でも止まることは無かった」

「ずっと、何世代も旅を続けてきたの」

「最後はアメリカ。私が生まれた国にたどり着いた」

「もちろん、日本人としての心と言葉、血の絆は、ずっと受け継がれてきたわ」

「それが今の私よ。ここまではクラスのみんなと一緒に聞いてたからわかるわね?」

 咲子さくこまもるは静かに聞いている。

「私は〝陰陽師おんみょうじ〟としてその知識と技と、血を受け継いでここにいる」

「ここからは、はじめ咲子さくこまもる。あなた達だけに……」

「あ。モウコンナジカンダ。アトハタイイクカント、リカジュンビシツヲ、アンナイシナテハ」

 はじめがポッキリと話しの腰を折る。咲子さくこまもるに聞かれたらまずい気がしたからだ。予感?

はじめちゃん、まだ話しの途中よ?」

「今日はもう遅いから、その話しは明日で良いじゃん」

 はじめの言葉に咲子さくこはしぶしぶしたがった。

(何か理由があるのかな? この子、陰陽師おんみょうじと関係がある?) 

 櫻子は思った。これも、小さな予感?

 三人は櫻子さくらこを体育館に連れて来た。

 二階建てで、一階は吹き抜けのちょっとした運動場になっている。雨の日でも授業を行える。二階はどこにでもある普通の小学校の体育館だ。一行は体育館の一階にもどった。

 一通り説明し終えたまもるが言う。

「実はここには、〝開かずの間〟があるんだ」

「〝開かずの間〟って?」

 櫻子さくらこが聞きなおす。この言葉は知らないようだった。

 咲子さくこまもるに代わって話した。

「あそこにドアがあるでしょ? 地下倉庫の入り口。元々そこにいろいろな道具を入れてあったの。そこが使えなくなって、今は別に物置を建てて入れてあるわ」

 咲子さくこは続けて話す。

「いつからかわからないけど。立ち入り禁止になっているの。出るってウワサもあるわ」

KEEPキープ OUTアウト ? (立ち入り禁止?) 出る? 何か——Oopsウープス(おっと)」

 櫻子さくらこがあわてて自分の前髪を抑えた

櫻子さくらこちゃん。どうしたの? 頭が痛くなった?」

 まもるが心配する。

 はじめが口を開いた。

「おれは見たぞ土御門つちみかど。風がないのに今、前髪がゆれただろ? 〝陰陽師おんみょうじ〟と関係があるのか?」

 櫻子さくらこが答える。

「んー。隠しても意味ないか。私の前髪、ゆるいウェーブでしょ? 天然なの。櫻子さくらこって呼んでいいわよ」

「何か変な物を感じると揺れちゃうのよ。めったにないけど。昨日の夜も……揺れたわ。おかげではじめと会えた。」

 櫻子さくらこはじめの顔を見ながら、

「すぐ気づくなんて、さすが神社の子ね、はじめ櫻子さくらこって呼んでいいわよ」

 咲子さくこの表情が曇る。

「じゃあ、地下に何かあるのかしら?」

 櫻子さくらこはしばらく考えて言う。

「うーん。今の時点じゃわからない。あるにはあるんだろうけど……。いやな感じは特にないかも。とにかく、ここを離れましょ」


 理科準備室の前にやって来た。

 はじめが説明する。

「ここが理科準備室。放課後、カモカモ先生がずーっと入りびったてるんだぜ」

「夜な夜な、怪しい実験をやってるとか、やってないとか」

Madマッド scientistサイエンティスト (異常な科学者)なの?」

 カモカモ先生は、五年一組の担任と同時に、理科の教師でもある。他のクラスや他の学年の理科の授業も受け持っている。

 さらにはじめがもったいぶって言う。

「実は他にもウ・ワ・サがあるんだぜぇ」

「気になる。櫻子さくらこって呼んでいいわよ」

「やっぱり……何か感じる? 前髪、ゆれない?」

 咲子さくこはおそるおそる聞く。櫻子さくらこは、

「特に何も感じないわねえ」

 まもるが言う。

「ここにある人体模型が、夜中にマラソンやってるんだって。朝までずっと校内を走ってるって話しだよ。どこかのクラスの友達の弟の、親友が見たことがあるって言ってた」

 よくある噂だ。必ず、〝自分がこの目で直接見た〟という生徒は一人もいない。なぜだか都市伝説によくある。本気にしてはいけない。けど。

「入ろう。先生がいるはず。センセー、カモカモ先生ー」

 はじめが中に向かって声をかける。

「Please come in. (どうぞー)」

 カモカモ先生の声がした。あいかわらずの英語かぶれだ。発音が良くなっている。

「いるいる。入ろうぜ。おじゃましまーす。オープンザドゥア」

 はじめは先頭に立って扉を開けた。

「ドゥアああああああああ!! なんじゃぁこりゃあああ!!」

 準備室内にとどろくはじめの悲鳴。

 扉を開けた途端、目の前に、真正面に、噂の人体模型がいた。

 奥からカモカモ先生の声がした。

「どしたー?」

 実験道具を入れた棚が壁のようになっていて、カモカモ先生の姿は見えない。

「悪趣味だー。先生! 扉のすぐ前にこんなの置かないでよ!」

 はじめの抗議に先生はサラッと、

「なんのことだー? 先生は知らんぞー? ずっと机の前にいるぞー? それより入って来ていいぞー」

「とにかくこれ、どかそうよ」

 まもるにうながされて、はじめは一緒に人体模型を動かす。

「重っ。何が詰まってんだこの中?」

 はじめの声にまもるも、

「本当だ。はじめちゃん、いくよ。セーノッ」

 なんとか扉の脇に移動させた二人。

「みんな先に入ってくれよ」

 はじめにうながされて、まもる咲子さくこ櫻子さくらこの順番で理科準備室に入る。

 櫻子さくらこの後に続くはじめ

「ん?」

 はじめは視線を感じた。

「ん?」

 櫻子さくらこの前髪が揺れる。

 同時に扉の方へ振り向く二人。無い。誰もいない。人体模型だけがそこに、ある。

 はじめ櫻子さくらこはお互いの顔を見る。

 感じる。二人いる? 一人はここに。もう一人は、どこか遠くから見ている。これは、この視線には覚えがある。〝紫色のあいつ〟だ。壱の背中にいやな汗が流れた。鳥肌が立つ。

土御門つちみかど。今……なんか」

 変だ。普通じゃない。〝怨んでいる〟ような視線が迫って来る。すごい圧力だ。

 櫻子さくらこは青ざめる。額から冷や汗が吹き出していた。はじめのシャツの裾を、ギュッと握る。

はじめ

「うん」

「私、初めてだわ。二つある。でも一つが、特に……。どこかから、私をじっと……睨んでる……気持ち悪い」

 おそらく、おい森神社もりじんじゃからだ。はじめは直感した。

 準備室の奥からふいに咲子さくこの声がした。

「カモカモ先生? 急にコワイ顔してどうしたの?」

 櫻子さくらこが、はじめの裾をさらに強く握る。

「お願いはじめ。一緒にいて……」

「うん」

 はじめ櫻子さくらこの背中にやさしく、手をそえる。

 櫻子さくらこは、はじめの手の平から、緋色ひいろのような暖かさを感じた。

「早くみんなのところに行こう……櫻子さくらこ


 はじめ櫻子さくらこと二人で下校していた。四人で途中まで一緒にいたのだが、はじめが一番遠い櫻子さくらこの家へ最後まで送ることにしたのだ。

 あの後、カモカモ先生の前まで来たら、怖い視線はすぐに感じなくなった。まるで何かにかき消されたように。もう一つはずっと二人を見ていたけど、イヤではなかった。

土御門つちみかど。大丈夫?」

 はじめ櫻子さくらこが答える。

「うん大丈夫。学校から出たら楽になったわ。送ってくれてありがとうはじめ

 櫻子さくらこが静かにしゃべり始める。

「あの視線、何かわからないけど……。私が日本に……この町に来たのはたまたまじゃないの」

「私は来なきゃならなかった……。理由は多分、あれ」

「……」

 はじめは聞きながら考えていた。自分たちに言おうとしたのもこのことだろう。

 どうしたら良いだろう。咲子さくこまもるは巻き込みたくない。でも、今の櫻子さくらこを見ていると……二人に黙っててほしいとは言えなかった。それは、わがままな気がしたからだ。

「あの」

「何? はじめ

「今度の土曜か日曜、うちに来られないかな?」

「え?」

 はじめの突然の誘いに櫻子さくらこは不思議に思った。

「おれの父さん、宮司だろ? 昔から祈祷きとうとかいろいろ神がかり的なこと、やって来てるんだ」

「だから、父さんに相談したら少しは土御門つちみかどの助けになるんじゃないかな」

「それに……」

 はじめは去年のことを全部、櫻子さくらこに話した。昨日の鬼の件も、自分の考えを含めて。

はじめにそんなことがあったんだ……。うん、心配してくれてありがとう」

 櫻子さくらこの小さな予感が的中した。

「じゃあ、これ、うちの住所と電話番号。都合のいい時間を教えてくれれば」

 手書きのメモを櫻子に渡す。

「必ず行くわ。あ、ここが私の家」

 でっかいドーンと目の前に家が、いや門があった。そして塀が続く。門の向こうには高級な日本家屋が。

 目と口を大きく開けたままのはじめ。ハッとして、

「あれ? ここ」

 この家は、裏門通うらもんどおりに沿って建っていた。昨日の出来事の後、通り抜けて出た場所だ。

「ここ? ここなの? ここ……」

「そんなにびっくりしないでよ。借りてるだけよ」

 狐につままれたような顔のはじめに笑う櫻子さくらこ

「いやいやいや、昨日、塀の中に消えたじゃん。どないなっとんねん」

「ああ、隠し扉があるの。鬼に気づかれないように。ね?」

 ただの日本家屋ではないようだ。鬼をさけるためにアレコレ仕掛けがあるのかも。

「うちと近いじゃん」

 歩いて五分ほど先の小さい山に鳥居とりいが見える。おい森神社もりじんじゃだ。

「今日は本当にありがと。これ、私のスマホの番号。じゃ、また明日」

「電話してね。絶対よ。櫻子さくらこって呼んでいいわよ」

 手を振りながら、櫻子さくらこは家の中へ入っていった。

「お、おう。や、約束するよ」

 なぜか、いつの間にかはじめの方から電話することになっていた。

「なんでやねん」

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