紫色の炎・青色の転校生


「——てなことが昨日の夜にあったのだよ。君たち」

「やだ。はじめちゃんたら言い方がオッサンみたい」

「ダメだよさくちゃん。オッサンなんて言っちゃ、はじめちゃんに悪いよ。せめてオヤジくさいって言うべきだよ?」

咲子さくこ〜、まもる〜。アンタたちゃおれのことなんだと思ってんだ」

 宇野月うのづき町立ちょうりつ宇野月うのづき小学校しょうがっこうの、五年一組の教室。

 朝のホームルーム前、昨日の出来事を話す壱に『オッサン』と言ったのは木花このはな咲子さくこ

 かわいくやさしい顔立ちで、背中まである黒いストレートのロングヘアはさらさらでふわふわっとしている。まるで日本人形みたいに。

 そして、そんな咲子さくこを注意した——ようでもっとヒドイ言葉をはじめに投げたのが天童守てんどうまもる

細身の長身で、ちょっと長めの髪型がよく似合ってる。イケメン。

 二人とも壱のクラスメイトで幼なじみ。小さいころから三人でおい森神社もりじんじゃの境内でよく遊んでいた仲だ。

「そう言えばまもるちゃんとわたしも、小さいころはたまに見えたわね。小学校に入学したとたんに見なくなったけど」

「ぼくは二年生までかな」

 まもるが続けて言う。

はじめちゃんの神社で遊ぶと三人一緒に大きなカラスと、同じくらいの大きさの白いキツネが見えたなあ。銀ギツネだよね?」

 咲子さくこが反論する。

「ちがうわ。ワンちゃんよきっと。あの大きさは秋田犬よ。カラスは……新種よね。黒だけど光が当ったところは虹色に見えた。あ、あと足が三本あったわね」

 はじめはあきれた。

「二人とも何年うちで遊んでんだよ。キツネでも犬でもねえよ。だいたい二階までとどく秋田犬ってどこにいるんだ。狼だよ。白金はっきんの狼。うちの神様!。大口真神おおくちのまがみさま!」

 続けて二人に、

「カラスは合ってる。八咫烏やたがらすさま。偉い神様のお使いをする神様だよ。何でうちにいるか知んないけど。咲子さくこ、新種って何だよもう。まもる咲子さくこも、宮司の父さんから聞いたの覚えてないの?」

「オホホホホ。そうだったかちら?」

 咲子さくこがふざけて答えた。

「うんうん。細かいことは気にしない」

 まもるも答える。

「それよりはじめちゃん。見えたの久しぶりじゃない? 二人? もいたなんて。鬼はともかくとしてその子、本当に幽霊か何かだったの?」

 さらふわっヘアをゆらしながら咲子さくこはじめに聞いた。

「ん〜。塀の中に消えたのは確かに見た。扉は無かったし」

「まあ、鬼とか見たのは四年生以来かな。あの時は、ちょうど去年の今ごろか……。ああ、ナニモカモミナナツカシイ…………」

 はじめは遠い目をしながら、宇宙の彼方にある地球をながめるようにシミジミと言った。

画像と映像でしかながめたことはないが。

「お〜い、もどって来いよはじめちゃん。まだっちゃダメだよ」

 ナイスでグッドなまもるのツッコミに、咲子さくこが愛らしく笑う。

「そうねえ。はじめちゃんから〝アレ〟を聞いた時は怖かったわ。夜になると自分の部屋に、いられなくなったもん」

「はっはっは。罪な男だぜおれも。ホレたらやけどするぜ?」

「なんでそうなるの。ナイナイナイナイナイナイ。大切なことだから六回言う」

「ブフっっっだめだ、止められないーー」

 吹き出して自分の腹筋を滅ぼしつくしすまもる

「ぼくも聞いた日の夜は眠るのが怖かったよ。目をつむると頭の中に〝アレ〟がちらついたんだ」

 二人が言っている〝アレ〟というのはこうだ。


 ——去年の春の夜、はじめが二階の自分の部屋から境内をぼんやりながめていた時。鳥居の前で小さな明かりが灯った。

「火事?」

 それは小さく、ゆらゆらゆれている。何か変だ。赤黒いようで紫色っぽい。ふつうの火の色じゃないのはすぐわかった。

「人魂だ! 父さん! 母さ——」

「!」

 火が急に大きくなって炎となった。なにかが照らされている。

 いや、照らされているんじゃない。それは、そこには……


〝右目が燃えている大きな顔だけ〟が浮いていた。

 真っ暗な境内で不気味に、白い歯を見せてニヤァっと笑っていた。はじめが部屋から逃げ出すまで、ずっと。————


「うん、おれは……あの時はさすがに怖くて泣きまくったなあ」

「え」

「え」

 咲子さくこまもるの同時に発した驚きの声。

「あ」

 しまったの顔になるはじめ。赤くなったり青くなったり。

「なに?なに?はじめちゃん、泣いちゃってたの!?」

「ぼくも初耳だよ! 今まで全然怖く無いって言ってたのに!」

「なななな何のことかちらぁあああ?(やばい。バレたら二人が危ないかも)」

 咲子さくこまもるの勢いに、目が泳ぐ。

「……はじめちゃん。怖くて泣いたって良いじゃない」

「そうだよ……。ガマンするほどのことじゃないよ」

「だって……恥ずかしいじゃん」

「大丈夫だよはじめちゃん。ぼくとさくちゃんは笑ったりしないし恥ずかしくなんんかいさ」

まもるちゃんの言う通りよ」

「あ、ありがとう咲子さくこまもる。(何とかごまかせたかな)」

 チャイムが鳴った。

「席にもどらなきゃ。じゃねはじめちゃん」

 手を振りながら離れる咲子さくこまもる咲子さくこの隣の席に座った。

 壱は二人の言葉がありがたかった。何かあればいつもはげましてくれる。もちろん、自分も咲子さくこまもるのことが一番大切だ。

 でも、本当は恥ずかしいからじゃない。だまっていた理由は他にある。

 きっと〝あのこと〟も伝えたら、二人は混乱する。そしてはじめのことを心配するだろう。

 なによりはじめは、咲子さくこまもるを巻き込んでしまうかもしれないことがいやだ。それが理由だった。

 昨夜のことは当然、両親にも伝えてある。二人は去年と同じように動揺した。そして、〝あのお方の敵〟——昨日の鬼の言葉が頭をよぎる。それで確信した。

(今も、ずっと続いている……)

 はじめは、もう一度去年のことを思いなおす。


 ——部屋から逃げ出す前、〝大きな顔だけ〟が突然、部屋の窓に来た。窓いっぱいの大きさ。ガラス全部をふさぐほど。それが、目の前に。

〝大きな顔だけ〟がしゃべった。

(久しぶりだ。ずいぶん楽に生きてるじゃないか)

 いや。声を出していない。頭の中に響いてきた。

 はじめは身の毛がよだった。一瞬で恐怖に襲われた。久しぶりも何もわけが分からない。パニックになるだけだった。

〝大きな顔だけ〟は続けて言う。

「お前たち二人と二柱ふたはしらを滅ぼしてやる。……復讐だ」

 また白い歯をむき出しにして笑う。

 〝滅ぼしてやる〟ということは〝殺してやる〟と同じだ。はじめは、たまらず逃げ出した。

 走って一階の両親の部屋に飛び込む。

「父さん! 母さん!」

 怖くて怖くて泣きじゃくった。母親に抱きつきながら、二階で見たことを話した。

 はじめをなだめながらそれを聞いた両親はひどくうろえていた。

 そして宮司である父親は、すぐに怒りを顔に出して境内へ走って行く。だが〝大きな顔だけ〟はすでに消えていたのだった。

(母さんは特にあわててたな。父さんは……父さんの怖い顔はなんか、頼もしかった) 

 はじめは、ずっと考えていた。

(えーと。あのあと父さんが、片方の〝お犬様いぬさま〟に注連縄しめなわを巻いて……「これでしばらくは大丈夫なはずだ」って言ってたっけ。咲子さくこまもるには言うなって。不思議だ。なんで〝お犬様いぬさま〟)

〝お犬様いぬさま〟とは狼のことだ。〝大口真神様おおくちのまがみさま〟をまつっているおい森神社もりじんじゃでは狛犬こまいぬの代わりに狼が置いてある。地元では〝お犬様いぬさま〟と呼ばれて親しまれていた。

(でもなあ、問題は〝二人と二柱ふたはしら〟か)

〝柱〟は神様の数えかただ。一柱は、ひとはしら・二柱は、ふたはしら・三柱は、みはしら・四柱は、よはしらと読む。

二柱ふたはしらのひとつのほうはうちの神様だよな? もう一柱ひとはしらは……よく来てた八咫烏様やたがらすさま? うちとどんな関係があるんだ?)

 ???? はじめの頭の中は『?』でいっぱいになった。

(復讐って何だ?〝二人〟一人はとうぜんおれだとしても、もう一人ってだれ?いや、どうしておれ?)

 はじめはちょっと怖くなってきた。恐怖が蘇ったと言っていい。自分といる咲子さくこは、まもるは、どうなるのだろう。

 はじめがガクブルモヤモヤしていると。

「おーい。狼堂えんどうクーン。っちゃだめだー。戻っておいでー」

 はじめを呼ぶ声がした。

「ハッ。良かった。おれ生きてた」

 とっさにボケるはじめ。ホームルームはすでに始まっている。

 声をかけたのははじめのクラス担任、『カモカモ先生』だ。

 本名は鴨武かもたけまこと。二十八歳。イケてるメンカッコいい面。顔と歳の割に声は太くて渋い。

 カラスのような黒いツヤツヤ髪にフチ無しメガネがよく合う。

 いつも黒いシャツと暗いグレー系のスーツをビシッと決めて、それが背の高い細マッチョな体型にばっちりだ。

 そしてなぜかネクタイの上にを、ネックレスにしていた。古くてさびている。音はしない。大きさはクルミほどか。

 カモカモ先生はクラスのみんなに、

アテンションプリーズ注目してくださーい

 英語を使って話しかける。

「カモカモ先生、何で英語?」

「発音が変でーす」

 クラスの何人かが茶化す。でもカモカモ先生は意に介さず。

オーダーせいしゅくにオーダーせいしゅくに

 しつこく英語。この単語を知っている小学生は多分、少ない。みんなは理解できず静かにしているだけだった。

「あー。今日はみんなに転校生を紹介するぞ。きっとビックリすると思う」

 とたんにクラスがざわついた。

「どんな子?」

「イケメンが良い!」

「いや、そこは美人の方が良いだろ」

「えー男子ぃ。それ差別ー」

「どの口がー」

 もうメチャメチャ。言い合いのルツボと化した。ちなみにルツボは英語で、メルティングポット。

「おーーーーーーだーーーーーー」

 カモカモ先生の太くて渋い声が教室を駆け巡る。静まる教室。

「入ってきなさい」

 促されて、音もなく扉の向こうから入って来たのは……。

 またクラスがざわつき始めた。

 当然だ。そこには、教壇の上に立っているのはスラリと背が高く、色白で小さい顔。

 美人でかわいくて大人っぽい。

 何より、金色の髪! 青い目! どう見ても外国の人。

 髪は肩までの長めのボブ。前髪は、パーマをかけているのだろうか。ゆるいウェーブが眉まで届いている。全体の雰囲気が活発そうな印象だ。

 そして彼女の目にはじめは吸い込まれそうだった。澄み切った色。

空の色より海の色より、どこまでも、いつまでも清らかな青色。

それはまるで……。はじめは心の中でつぶやく。

青い惑星ブループラネット……)

「自己紹介をお願いします」

 カモカモ先生は転校生に声をかけた。

Helloハロー, everyoneエヴリワン. Iアイ cameケイム fromフロム Los Angelesロサンゼルス. USAユーエスエー.(みなさん、こんにちわ。私は、アメリカのロサンゼルスから来ました)」

Thisディス isイズ myマイ first timeファーストタイム toトゥ come to Japanカムトゥジャパン.(日本に来たのは、今回が初めてです)」

I'mアイム excitedエクサイテッド toトゥ thinkシンク thatザット Iアイ canキャン learnラーン withウイズ youユー.(みなさんと一緒に勉強できるのが楽しみです)」

Everyoneエブリワン, Niceナイス toトゥ meet youミーチュー fromフロム todayトゥデイ !(みんな、今日からよろしくね!)」

 転校生は早口で言い終えた。教室の中がシーンとしている。

 来た。ポッカンキョットンがやって来た。みんなアングリと口を開けたままだ。

 咲子さくこまもるは、顔を見合わせて口をパクパクさせている。

(分かる、分かるぞみんな。さまよえる子羊になっているのがわかる! ここはおれが何とかしないと)

 はじめがひとりでカッコ付けていた。

(でもこの声……どこかで聞いたような)

 その時だ。開いていた窓から風が吹いてきた。

 転校生の髪が、金色きんいろがふわっと舞い上がる。

「あーーっ!」

 はじめは勢いよく椅子から立ち上がった。

 昨夜のなびく金色こんじきのオーラの姿と、ここにいる金髪をなびかせた転校生がつながった。

「昨日の……」

 九字切くじぎりを放ったあの黒い影だ。

「人間だったんだ!」

Heyヘイ youユー !」

 転校生がはじめを指差す。

「ウオう!」

 反射的にのけぞる。

Questionクエスチョン ?(質問あるの?)」

「ア、アウアウアーアウアウアー(この娘、なに言ってんだ?)」

 さっきのカッコ付けはどこへやら。はじめは脳をふり絞る。

(考えなきゃダメだ考えなきゃダメだ考えなきゃ……そうだ! あれがあった。あれさえあれば、きっと!)

 はじめは、伝家の宝刀・奥の手・困った時の神頼み・最終兵器、とも言う。をふりかざす。

「わ、わっちゃねえむ?(What your name ?あなたのお名前、なんてえの?)」

Ohオー ! sorryソーリー, sorryソーリー.(あ! ゴメンゴメン)」

 効果があった。転校生はあわてて謝っているようだ。

 彼女はゆっくり噛みしめるように、

Myマイ nameネイム isイズ ……(私の名は……)」

土御門つちみかど櫻子さくらこでっす!』

 再びポッカンキョットン、襲来。

 はじめは開けてはならぬ箱をまた開けてしまった。のかも。

「ホーホケキョ」

 ゆっくり流れる、平和アホな時間がこんなに恐ろしいとは。

 誰もが口をつぐんだままだ。

 そこに突然、平和アホが破られた。破ったのは他ならぬ、土御門つちみかど櫻子さくらこだ。

『わたし日本人やでぇ!』

 全員がコケた。見事なシンクロっぷりだ。十点満点。

 カモカモ先生が、

『若いって良いなぁ』

 みんなが、

『何でやねん!!』

 今この瞬間、初めてクラス全員の真心がひとつになった。

「ホーホケキョ」

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