SUN KID 青い目の陰陽児

左近ピロタカ

赤色の月・金色の乙女


「月がとっても赤いから〜、近道しよーおか〜♪」

 変なうたを唄いながら、小学五年生の狼堂えんどうはじめは家のお使いの後、自転車で帰り道を急いでいた。

 今夜は空気が生ぬるい。それに真っ赤な半月だ。(こんな春の夜は何か起きそう) 壱はそう感じていた……。

 彼が住んでるこの土地、宇野月町うのつきまちは山間にある、結構有名な温泉町。河をはさんで両側にホテルや老舗の旅館が立ち並ぶ町。そこでただ一つの神社、〝おいもり神社じんじゃ〟のひとり息子である彼は、幼い頃から霊感があった。ただ、いつでも見えたり感じたりはしない。

「こんなことなら、氏子さんへお使いするんじゃなかったな」

「うーん。こりゃ久々に変なもの見えるかもなぁ」

 とにかくすぐに帰りたかった。大通りの途中で抜け道へ入る。

 町の人たちが〝裏門うらもんどおり〟と呼んでいる道だ。両側はいかにもお金持ちが住んでいそうな大きな家がズラッと、そして立派な塀が続いている。ただ門らしきものは一切無い。

「あちゃ。失敗したかな?」

 入ってすぐに自転車を止めた。何か予感が。裏門通うらもんどおりの上には——赤い半月が待ちかまえていた。いつもより大きく見える気がする。街灯は無い。

(こちらへどうぞ)と誘われているみたいだ。月明かりのせいか、通りの石畳が赤く染まって見える気もした。予感は高まる。

「ええと……。まあ月明かりもあるし大丈夫だろ」

 かまわずに自転車をこぐ。でも油断大敵。壱は、見えちゃった。

 自転車で走り続けるはじめ

「あれ? いつの間に人が……」

 真っすぐに抜けるこの道は見通しがいい。向こう側から裏門通うらもんどおりに入ってくる人はすぐに分かるはずだ。なのに。

「こ、こんばんわ」

 すれ違いざま、はじめはあいさつをした。

(ん? この人……ちがう?)

「見えるのか?」

「はいーー!!?」

 町じゅうに聞こえそうな、すっとんきょうな裏声をあげるはじめ。すっげえ高い声だ。

歌手も拍手喝采だろう。 

「聞こえるのか?」

 思わず急ブレーキ。ふり返ったはじめは声の主の目、ではなく頭の方に目をうばわれた。

(なんかニョッキリ生えてるし!)

 それも二本。

「鬼だ! ヤバい!」

 あわてて自転車をこぎだすはじめ

 ガッチャンと、イヤな音がした。

〝こんな時に限っちゃってあるある〟が発動。チェーンが外れたのだ。さらに〝悪いこと

は重なっちゃうあるある〟も続く。

 勢いあまって自転車ごと派手に転がった。

「オレが見えるのか? オレの声が聞えるんだな? お前があのお方の敵か」

(なに言ってるか分かりません! 本当に!! ありがとうございまーす!!!!)

 と、心の中でお礼を叫んでる場合じゃない。

「痛たたた……」

 ひざから血が出ている。ひじも打ったようだ。

 早く逃げなきゃいけない。でも思うように起き上がれない。

 どんどん鬼が近づいて来る! 速い!

 もう自転車なんかどうでもいい。後ろなんか見ているヒマなんて無い。ヨロヨロと、やっと立ち上がって裏門通うらもんどおりの先へ顔を向けたその時——。

 黒い影がひとつ立っていた。人の形をしている。でもそれも、急に現れた。

「また出た! アッあれ?」

 黒い影の顔? のまわりが金色こんじきに光ってなびいている。

(コワくない……。あれは、オーラ?)

 ボヤ〜んとはじめは立ち止ってしまった。ボヤんボヤんしているより走ったほうが良いのだけれど。

「伏せなさい!」

 金色こんじきをなびかせた黒い影が叫ぶ。

「ハイッ!」

 とっさに答えるはじめ。一瞬で伏せる。スライディング土下座のように。でもこれでは弁慶の泣き所も、その姿もイタイ。

(女の子……の声?)

 声は迷いが無く、透き通っていて、力強く響いた。

 はじめは、おそるおそる顔を上げてみる。

「えっ。金色きんいろ金網かなあみ——じゃねぇ! 九字切くじぎり!!」

 横に五本、縦に四本の格子状の金の光が壱の頭上をすごい速さで通り過ぎる。鬼へと向かって。

九字切くじぎり(九字護身法くじごしんほう)〟とは邪悪な鬼を退けたり、消してしまう呪法だ。神社の息子であるはじめは知っていた。

 ちなみに、人に向かって使ってはいけない。良い子も悪い子もマネしちゃダメだぞ。

 鬼は、九字切くじぎりをまともに喰らった。ヤツの胸の当たりに格子が刻まれ、なんと、声をあげることも無く格子の中に吸い込まれていった。

 あっさりスッキリ————はじめはぽっか〜ん、きょっと〜ん。略してポッカンキョッン。略されてないが。なことはどうでもいい。ハッとして金色こんじきの女の子を見た。

「危なかったね」

「君、もう少しで連れて行かれるところだったのよ」

 さっきとは打って変わって落ち着いた声だ。

「カワイイ声……」

 はじめは思わず口に出してしまった。

「そう? ありがと」

 月明かりでは暗すぎて女の子の表情はわからない。

 でも少しだけ、はにかんでいるような感じがした。

「今夜は〝裏鬼門うらきもん〟が開いているわ。早くここから離れて」

「う、うん。ありがとう(裏鬼門うらきもんて、父さんから聞いたことがあるよな……)」

 ドギマギオドオドしながらお礼を言う。

 そしてふいに、壱は気づいた。

(もしかして、裏門通うらもんどおりは〝裏鬼門うらきもんどおりってことなのか……だから塀に出入り口が無かったんだ。鬼の字は縁起が悪いから外してあるのかな)

裏鬼門うらきもん〟。東北の方角は〝鬼門きもん〟と呼ばれている。怪奇なもの、悪霊や鬼などが出入りする。その反対側、南西の方角を〝裏鬼門うらきもん〟と言う。やはり〝鬼門きもん〟と同じく鬼が出入りするため、嫌われてる。

 壱が入ってしまった方角が、ちょうど南西の〝裏鬼門うらきもん〟と重なっていたのだ。そして出ようとした方角が東北の〝鬼門きもん〟。ドンピシャり。ちなみに東北側からは〝表鬼門おもてきもんどおり、通称、表門通おもてもんりと呼ばれる。ああ、ややこしや。

「じゃ、気をつけて帰ってね」

Good nightグッナイ. sweet dreamsスゥイードリームス.(おやすみなさい。良い夢を)」

 そう言葉を残して金色こんじきの女の子は消えた。塀の中へ。

 ヘナヘナへな〜とオノマトペな音が聞こえそうなくらい、はじめはそのままへたり込んだ。

「あの女の子も人じゃなかったんだ……」

「あ。おれも九字護身法くじごしんほう、使えるんだった!」

 はじめは父から習っていた。忘れていたのは混乱したせいか。

「とにかくここから逃げなきゃ。またなんか来たらたまらん」

 はじめは一目散に走った。自転車をかついで——自転車は転がすか乗る方が速いはずが、今の彼にはスッコーンと抜けていた。

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