第25話 新居が決まった

「上番中天候不良による非常呼集発令がありましたが現在呼集は解消されています。その他の異常はなし、引継ぎ下番します」

「了解。引継ぎ上番します」


 結納を挙げてから2週間後、啓太は当直についていて、そして今日下番した。

 その間、天気不良で非常呼集がかかったりとしたけれども、他部隊も含め出動に発展することもなく、無事下番することができた。

 

「鳴無三曹、非常呼集の分担呼集さすがでした。また鳴無三曹と当直一緒に就きたいですよ」


 と信電隊隊長の作田勉さくたつとむ二等陸尉が啓太に握手を求めてきたので、啓太もそれにこたえて作田二尉の手を握った。

 信電隊とは無線と暗号を主たる任務としている304さんまるよん基地通信中隊の小隊の一つである。

 

「いえ、私は命令されたことをただやっただけにすぎません。それにあの呼集は私だけでなく、宮田士長がいたからこそできたものでした」


 と作田二尉に自分の手柄ではない事、そして一番の功労者は宮田めぐみ陸士長であることを告げた。

 

「ははは、確かに宮田士長は何というか、まさに通信科職種の鏡といっていい程の仕事をしてくれましたね。ですがそれも鳴無三曹がしっかり指示をしたことによるものですよ。もっと手柄に対して貪欲になっていいと思いますよ鳴無三曹は」


 と啓太をべた褒めの作田二尉。

 

「とにかく、私は鳴無三曹に助けられました。そこは受け取ってくださいね」


 と、作田二尉が握手している反対の左手で啓太の肩をたたき、笑っている。

 そこまで言われて受け取らないのはあまりに失礼であるし、逆に嫌味にもなるので啓太は作田二尉の言葉を受け取った。

 

「はい、ありがとうございます。作田二尉」

「そういえば、鳴無三曹、ご婚約おめでとうございます。どうぞ幸せな家庭を作ってくださいね。また一緒に仕事をしましょう」

「ありがとうございます」


 そうして作田二尉は啓太を開放した。

 啓太と作田二尉の会話を見ていた中隊訓練幹部の吉田武史よしだたけし二等陸尉が啓太に寄ってきて、

 

「鳴無三曹、作田二尉にベタ惚れされてたね。これは今年の部内幹候に推薦するつもりかもしれないよ」


 と啓太にウィンクしてきた。

 「部内幹候」とは、部隊内における幹部候補選出のことで、陸曹になり4年以上経過した隊員の中から人事評価や部隊長等幹部自衛官が推薦した陸曹隊員が幹部候補生の昇任試験を受けることである。幹部候補生となるには防衛大学校本科卒業生で陸海空の自衛官として任官した者や、4年制大学卒業者を限定とした一般幹部候補生、そして部内幹候という3つのルートがある。

 

「私がですか? まさか――」

「いやいや、ここ最近うちから部内幹候で合格した人はいないし、実は私も鳴無三曹を推してるんだよ」


 と、吉田二尉は笑いながら啓太の背中をバシバシ叩いて幹部室に入っていった。

 

 ――俺が部内幹候なんて、まだちょっと早すぎるでしょ――

 

 と考えながら歩いていると、電話隊隊長武田三尉から呼び止められた。

 啓太が振り返ると、武田三尉は幹部室入口から啓太を手招きしていたので、幹部室に入室した。

 

「当直下番するところ申し訳ないね」

「いえ。どうかされたんですか?」

「何かって、鳴無三曹結婚するだろう? それでな、入籍をしたら婚姻受理証明書と一緒にこれを出してほしいんだよ」


 と武田三尉は営舎外居住許可申請書を啓太の前に出した。

 

「営外申請ですね」

「そう。できれば入籍した日に貰えれば、官舎も決めれるし、外借りるんなら住所と大家さんの氏名と職業の情報も必要だからね」

「了解しました」

「では、この用紙は渡しておくよ」


 啓太は武田三尉から営舎外居住許可申請書を貰い下番しようとしたところ、今度は伊原三佐から呼び止められた。

 

「下番するところ申し訳ない鳴無三曹、ちょっとこっちに来てもらえるかい?」

「はい――」


 なんだろう――と思いつつ、啓太は中隊長室に入った。


「申し訳ない、まあかけてくれ」


 伊原三佐に促されるまま、啓太はソファに掛けた。

 

「それで、何かありましたでしょうか?」

「時間取らせて申し訳ない。実はな――曹士用の官舎がどうも古いところしか空いてないようでね。もしよければなんだが、こちらを借りてはどうかと思ってね――」


 と伊原三佐が一通の封書を出してきた。その中には部屋の見取り図、外観の写真、内部の部屋や浴室、トイレ等の十数枚の写真が入っていた。その部屋は3LDKで民間の2階建てのテラスハウス仕様のコーポであった。

 

「これは?――」

「ここの大家さんな、駐屯地司令の奥さんが大家をされているところなんだよ。先日部隊長会議があった時にな、業務隊の隊長と駐屯地司令に止められて、この話を貰ったんだよ。インターネットやケーブルテレビも完備されていて、テラスハウス式のコーポでA〇LOKの警備サービスもついているらしいぞ。周囲も自衛官が住んでいるらしくてな、コーポの隣もこの駐屯地の隊員家族らしい。」


 と、伊原三佐が部屋の見取り図や写真を見ながら部屋の概略を説明する。

 このマンション、駐屯地から徒歩15分程、最寄り駅は井尻駅になるのだが、徒歩5分程の所にある物件で、しかも賃料には駐車場2台分もついているらしい。駐屯地近くにある物件であることを考えれば、良い物件と言えるだろう。

 

「なんか、家賃高そうですね――」


 と啓太が苦笑しながら伊原三佐に言うと、伊原三佐はニヤリとして、

 

「賃料はかなり勉強してくれるそうでな。その代わり敷金が3か月のところ4か月になるらしいのだが――」


 とかなり渋った感じで伊原三佐が言う。

 

「中隊長、渋らないで全部言ってください」


 と啓太が苦笑して返す。するとまた伊原三佐がニヤリとして、

 

「わかったよ。賃料は、6万5千円で良いそうだ。それに住宅補助費もこの額だと満額出るから、実質3万8千円になるな。ただ、この部屋にするのならお隣に家賃を聞かれたら満額の12万円と言っておいてほしい、というのが条件らしい」

「えっと、この辺りの平均賃料を知らないのですが、この額だと安いんですか?」

「この額だと破格の値段だぞ。駐車場もついてだからな。この辺りだと駐車場別で10万くらいが相場だろうな。あと築5年らしいからもう少し高いかもな。一応来月までは確保しておいてくれるそうだから、恵里菜さんとじっくり話して決めると良い。もし部屋が見たいというなら大家の司令の奥さんが対応してくれるそうだ」


 と伊原三佐が啓太にそう言って見取り図を渡した。


「わかりました。少し彼女と話してどうするか決めようと思います」


 啓太は見取り図を受け取り、そう言った。

 そんな啓太に伊原三佐は「よく話し合って決めるように」と言って啓太にゆっくり休むように言って解放した。

 

 

 

 その日の夕方、啓太は恵里菜と隊員クラブに来ていた。

 2人は伊原三佐から貰った部屋の見取り図や写真などを見ながらどうするかを話していた。

 すると、聞きなれた声が聞こえた。

 

「あら、その物件なら知ってるわよ」


 2人が声の主を見ると、そこには恵里菜の同室ルームメイトの山中三曹だった。そして山中三曹が連れていたのはめぐみと明美であった。

 

「あら、めぐみちゃんに明美ちゃんも一緒なの?」


 2人に気付いた恵里菜がそう言うと、めぐみと明美が顔の前で手を合わせてごめんなさいのポーズをしている。

 啓太は2人のサインが何なのかわからず首を傾げているが、その意味を理解した恵里菜が二人はウィンクして「大丈夫だ」というサインを送ると、めぐみも明美もほっと胸をなでおろした。

 なんだかわからない啓太は、恵里菜とめぐみ、明美をみてとりあえず解決したようなので放置することにした。

 

「それで、美嘉。この物件知ってるの?」


 と恵里菜が山中三曹に聞くと、

 

「知ってるも何も――あ、相席でもいい?」


 と、山中三曹が確認してきたので、啓太が「どうぞ」と相席を了承した。

 

「ありがと。この物件、競争倍率がすごく激しいのよ。で、今入ってるのがうちの吉田一曹なのよ。吉田一曹も少し高いけど大満足しているらしいわ」

「そんなにいいの?」

「えっとね、聞いたところによると――あ、生3つで――光インターネットが無料しかもNT〇のものらしいわ。あとケーブルテレビもHD画質の最高ランクプランのものが無料らしいから専門チャンネルも見放題らしいわ。それに部屋がきれいで子供と遊べるくらいの庭もついているらしいから子供ができた時でも安心らしいわ」


 山中三曹は生ビールをめぐみと明美の分も頼みつつ、啓太が伊原三曹から勧められた物件について吉田一曹から聞いたことをすべて話した。

 

「なんか、至れり尽くせりね――」

「凄いな――」


 啓太も恵里菜も山中一曹の話に驚いていた。

 

「それで、その物件に入る予定なの?」


 と山中三曹が聞いてくるので、「どうしようか迷ってる」と恵里菜が答えると、

 

「何、今まだ空いてるの? なら契約すべき! 契約しないのは損、大損だよ!」


 と山中三曹がまくし立ててくる。

 

「美嘉がそこまで言うなら――」

「一応、部屋も見えるらしいから、叔父さんにお願いしてみるよ」

「あ、部屋見れるんだ。それから決めてもいいかもね。でも私はそこに入れるのなら入ることをお勧めするわ」


 と、話しているうちに山中三曹が頼んだ生ビールが来たので、5人で乾杯をした。


「あ、そういえば料理頼んでなかった――」


 と恵里菜が言うと、

 

「ハァ?アンタらビールだけでその話してたわけ?」


 と山中三曹が呆れた顔をする。

 

「まあ、とりあえずここから料理頼んでみんなで食べるってのは?」


 と啓太が提案すると、

 

「それいいね、さすが啓太!」と恵里菜。

「ま、それもありだわ」と山中三曹。

「私は皆さんにお任せします」とめぐみ。

「鳴無三曹がそれで良いなら私は構いません」と最後に明美。


 という事で料理を頼むことにした。

 とりあえず、焼き鳥をお願いすると、待つこと10分――。大皿に乗った焼き鳥のオードブルが来た。

 

「鳴無三曹たち頼まないで話してるから、こっちで作ってたのよ」


 と持ってきた由佳が啓太にウィンクを1つ投げて大皿を置いていった。

 

「あ、それ私からのお・ご・り。お2人さん婚約おめでとうってことで!」

 

 と、由佳がいらんことを大声で残していったことで、男共も視線が啓太に集中した。

 

「えーと――」


 と啓太が困っていると、

 

「フン! 鳴無三曹が羨ましい奴らばかりか。アンタらついてんだろが! 悔しいなら彼女の1人でも作ってみやがれ!」


 と山中三曹が大声を上げると男共はブツブツ言いながら視線を戻していく。

 先日山中三曹が想い人とやっと恋人になれたらしい。その相手は普通科連隊に所属する寺田二曹だった。元ヤンキーだったという噂もある寺田二曹なのだが、基本は優しく面倒見も良い。ただキレるとかなりやばい人らしい。ただキレることはほとんどないらしいが――。

 まあようやく想いが通じたという事もあって、今まで男言葉だったものを恵里菜を使って女言葉に変える訓練をしているのだが、キレると男言葉に戻ってしまう、なんだか可愛い山中三曹なのであった。

 

「美嘉、カッコいいけど言葉――」

「あ――」


 やってしまったという表情の山中三曹に、めぐみと明美の陸士長婦人自衛官WACは「聞かなかったことにしまーす」と2人でユニゾンするのであった。

 うん、賢明な2人である――

 

 

 そんなこんなで解散した啓太達一行はというと、


「じゃあ、また明日ね――」


 と寂しそうな目で啓太と別れようとした恵里菜が啓太に走り寄って啓太にキスをするのであった。しかもみんな見ている前で――

 

「きゃー、初めて見たよ人のキス」とめぐみ。

「あんたもこないだやってたでしょうが。正門の前で――」と明美。

「お、それは聞き捨てならないなあ。めぐみちゃーん、隊舎でじっくり聞かせてもらおうかあ――」と山中三曹。


 今日も啓太の周りは平和である――。

 

 

 翌日――。

 啓太は中隊長室で伊原三佐に部屋の見学をお願いした。

 

「わかった。すぐに確認できるからちょっと待っててくれ」


 と伊原三佐は言うと、中隊長室から「外線を頼む――」と電話交換に依頼した。

 電話の相手は駐屯地司令の自宅であった。

 

「お世話になっております。304さんまるよんの伊原ですが、例の部屋の件で見学を――はい、はい。土曜日の10時に。お宅にお伺いすればよろしいのですか?――わかりました。では本人に伝えておきます。はい、ありがとうございます。失礼します」


 伊原三佐は電話を切ると、そのまま幹部室に行き、そして戻ってきた。

 

「待たせたね。聞いていた通り、土曜日の10時に司令のご自宅に来るようにとのことだ。勤務の方もしばらくは日勤体制にしてもらうよう武田三尉にはお願いしているから勤務の心配はしなくても良い。しっかり下川三曹――恵里菜さんと見てきなさい」

「何から何まですみません」


 啓太がそう謝罪すると、「こんなもん謝罪されることじゃないよ」と笑って啓太を中隊長室から送り出した。

 

 

 

 

 そして土曜日――。

 啓太と恵里菜は駐屯地司令、駒田陸将宅へ来ていた。

 啓太はスーツにネクタイ。恵里菜は成美からのお下がりだという腰に細いベルトを巻いた白のワンピースに薄いベージュ色のヒールの高めなウェッジソールサンダルを履いていた。

 啓太は恵里菜にネクタイを直してもらい、恵里菜もコンパクトの鏡で化粧と前髪のチェックをして、啓太が呼び鈴を押した。

 するとインターホンから女性の声が聞こえたので「伊原三佐からご紹介いただいた鳴無です」というと、玄関が開いて、女性ではなくゴールデンレトリバーが飛び出してきた。レトリバーは遊んでと言わんばかりにクーンクーンと鳴いているが、中から女性の声が聞こえると、そちらに向かって走り戻っていった。

 そして黒地に白い花柄のワンピースに紺のジャケットという品の良い中年女性が出てきた。

 

「時間通りにいらっしゃいましたね、さすが自衛官ですこと」


 とにこやかに笑いながらやってくる女性は「ちょっと待ってね」と言い残して一旦家に戻ると、薄い紺のスラックスにベージュのジャケットを着た男性が出てきた。

 その男性は、福岡駐屯地司令、駒田陸将であった。

 2人は、思わずその場で十度の敬礼をした。

 すると駒田陸将は、

 

「おいおい、今はオフなんだから敬礼はやめようや」

 

 と笑いながら二人を車に乗るように促した。

 駒田陸将の車は彼が長年愛し買い換えても同じ車種なレンジローバーであった。

 

「じゃあ出発するぞ」


 駒田陸将の妻でありこれから見学させてもらうコーポの大家でもある駒田晶子、そして啓太と恵里菜がのったことを確認すると、そう言って車を出した。

 

「いつも運転手が出してくれるから、こういう人を乗せて運転するのは楽しくなる。君たちにには感謝しているよ」


 と駒田陸将が啓太と恵里菜に声をかけると、2人とも恐縮してしまっている。

 

「おいおい、そんなに固くならないでくれよ。今は君達の司令ではなくただの六十手前のおっさんだ。そこらのおっさんと変わらんから気楽に話させてくれ」


 といって、駒田陸将は笑っている。

 

「この人は、いつも運転手さんに「運転させろ」なんていうんですよ。おかしいでしょ?」


 と駒田夫人もそう言って笑う。

 

「こんなオッサンだよ。できたら駐屯地で見かけた時には気軽に声を掛けてほしいくらいだ。私は根っからのおしゃべり好きだからね」


 そういう駒田陸将、2人はそれまで描いていた人物像とまるで違う事に顔を見合わせて目を丸くしていた。

 

「ほら、そういう顔が面白いんだよ。なんか君達は私を恐々と見てくる。けどな、私はそんな君達ともたくさんコミュニケーションを取りたいんだよ。けどなあ、副官の柴田君が厳しいからなあ。彼は厳しすぎるところがマイナス点だな」


 と駒田陸将がいうと、また啓太と恵里菜は「ああ、確かに――」という表情をする。

 それをミラーで確認した駒田陸将は大笑いした。

 

「そういえば、鳴無君。君とはもう三度会っているな」

「あ、はい。3回とも電話機の設置もしくは移設で司令室にお邪魔いたしました」

「そうだったな。しかし、君は仕事の時とプライベートの時とは顔つきが全く違うな。何というか、仕事の時は凛々しいが、プライベートの時は何というか優しい顔になるんだな」


 と駒田陸将が言ってきたので、恵里菜はうんうんと2度頷いた。

 

「おや、下川君も同感かね?」


 と、恵里菜に話が振られて、

 

「あ、は、はい。彼の仕事の時の顔と仕事ぶりに――」

 

 と、つい答えた恵里菜は、顔を真っ赤にしてポシェットで顔を隠した。

 

「あらあら、お若い方のこういうお話は大好物ですよ?」

「アハハ、私もだ。君達が駐屯地でデートをしているのも知っているぞ。あと司令部前を腕を組んで歩いていたところを柴田君に注意されたこともな」


 と駒田夫人がオホホホと品よく笑い、駒田陸将はまた大笑いした。

 

「ですが、あなたたちのような方にお部屋を案内できることは私にとっても名誉なことですわ」

「それは私も同感だ。家内の実家が不動産を営んでいてな。その縁あって家内が大家を務めている。その部屋を案内できるのは私にとっても名誉なことだよ」


 と陸将夫妻に言われて恐縮していると、案内してもらう部屋に到着した。

 外観は、ベージュ色で、外には2台置ける駐車場が設けてあり、さらにコーポの向かいには20台ほどの月極駐車場がある。この駐車場も駒田夫人が大家を務めるところなのだそうだ。

 コーポの駐車場の後ろに板壁があり、この壁をくるっと回り込むと、玄関がある。隣とも板壁で仕切られているつくりになっている。

 玄関だけで2畳くらいはあるのではないだろうかという広さで、玄関と廊下との段差は5センチほどで玄関とほぼ同じくらいの1メートル50センチくらいの幅で奥行きは3メートルくらいのホールがあって、その奥には階段があって2階へとつながっていて、ホールの左側にはLDKがある。LDKの入口は開き戸になっているが、その間口は約1メートル20センチくらいと広めのドアが着けられている。これは家具の入れやすさを取った広さなのだそうだ。

 LDKはフローリングの16畳ほどで、すでにエアコンもつけられている。エアコンは20畳タイプのものが着けられているらしい。

 LDKに入ってすぐ正面に広めのカウンターキッチンがあり、シンクの反対側には食器棚となる収納棚があって、キッチンの奥にはウォークインタイプの保存庫が設けられている。これは災害用の備蓄を入れてもらうためのスペースも兼ねているそうだ。さすが駐屯地司令夫人を務めるだけのことは晶子である。

 さらにLDKに入ってすぐ左には勝手口もあって、そこを開けると倉庫があり、その中には生ごみ処理機も取り付けてあり肥料としても使用することもできるし、その肥料を駒田夫人が買い取ることもしているらしい。

 LDK奥の窓は全面ガラスになっていて光を取り入れやすくなっているが、前に板壁があるため全面ガラスであっても板壁がちょうどよい目隠しになっている。しかもこのガラス、強化ガラスらしく、空き巣が入ってこようとしても切ることもできないガラスになっているらしい。しかもAS〇OKの警備も入っているのだから至れり尽くせりというものである。その窓を開けると、そこには2間ほどのテラスがあって、さらにその奥には3間ほどの人工芝の庭もついている。

 LDKの右奥には、浴室とトイレはLDKの右奥にあり、LDKから右に入って右側にトイレがあり、車椅子でも入れるような広い作りになっていてさらにウォシュレット完備である。左側には浴室があり、広い浴室で、浴槽も大人の男が足を伸ばして入れるような大きな浴槽である。しかもジャグジー機能もついているらしい。

 LDKを出で2階に上がると、玄関前のホールほどの広さのホールが2階にもあり、その先はバルコニーになっていて、このバルコニーはホール左側の8畳の部屋からも出られるようになっている。このバルコニーには雨が入らないようにバルコニーごと覆うことができるオーニングテントが付いていて、雨天でもバルコニーで洗濯物を干すことができるようになっている。

 2階ホールに戻って、ホールからL字に延びる廊下のホール正面の突き当りには押入れがあり、その押し入れの右にあるドアからは6畳の部屋があり、正面突き当りのドアからは同じく6畳の部屋があるこの部屋には一間のクローゼットがあるが、左の部屋には半間ほどのクローゼットしかない。

 そして廊下の右側にはバルコニーにも出られる8畳の部屋があって、この部屋の右奥には2間のウォークインクローゼットが付いている。

 二階の部屋の窓ガラスも強化ガラスになっているようである。

 

 駒田陸将夫妻と共に各部屋を見てLDKにもどってきた2人は、これであの6万五千円でいいのだろうかと少し気になってしまったので、それを確認してみたのだが、

 

「ええ、いいわよ。だって主人がその値段で良いっていうんだもの。ただね、お隣さんは正規の家賃なの。だから家賃が安くなってることは黙っててほしいのよ」


 と駒田陸将婦人はそう言って人差し指で「シー」のポーズをとった。

 

「あの、少し二人で話したいのですが――」


 と駒田陸将夫妻に言うと、「おお、しっかり話して決めてくれ」と陸将がニカッと笑って、玄関ホールに出た。

 夫妻がホールに出たのを確認した2人は、どうするかを話し合った。

 

「私は、ここ良いと思うんだけど、啓太的にはどう?」

「俺もここは掘り出し物だと思う。警備システムもついてるし、隣も山中三曹の知り合いみたいだし」

「じゃあ、ここに決めていい?」

「いいよ」

「わかった。じゃあ決めよう」


 という事でこの部屋に決めることにした。山中三曹も言っていたように、確かにここは良い。こんなに至れり尽くせりであの賃料ってのはないだろうし。まあ後で満額の12万に戻されることも考慮してもこの物件はそれ以上の価値があると啓太はみていた。

 啓太が駒田陸将夫妻の待つホールに出ると、夫妻にここに決めることを告げた。

 

「では、契約しなきゃね」


 と夫人は鞄から契約書を取り出した。

 

「え?まだ印鑑とか持ってきてませんが――」

「そんなのあとでもいいわよ」


 と、啓太に「こことここね」と氏名と現住所を書かせた。

 

「それからコレ鍵ね」


 と鍵を4セット啓太に渡した。

 

「あ、そうそう。印鑑はね実印が必要だから、鳴無さんの実印登録証と印鑑を今月末まででいいから主人のところに持ってきてくださる?」


 と駒田陸将婦人が言うと、

 

「おお、それじゃあまた鳴無君と話せるんだな。できればその時には下川君も司令室に来てくれないか?」

「あ、はい。了解です」


 と恵里菜と啓太が答えると、

 

「だから、その堅いのをやめてくれって」


 と駒田陸将はそう言って苦笑した。

 そして、何か閃いたように手を打つと、

 

「私と話すときに堅い話し方をしたら、のペナルティを課すから、そのつもりで」


 と駒田陸将に言われた2人は、

 

「そ、それはあんまり――」


 とつい砕けた感じで答えた。

 

「そう、その砕けた感じで話してくれんか。君達は家内とは大家と店子の間柄になるんだ。なんでも相談してくれんと困るからな」


 と駒田陸将は言って笑う。

 

「わかりました」


 と啓太は言い、

 

「ただ、司令室では――」


 と言おうとしたところ、

 

「司令室に入るところは普段通りで構わないが、入ってからは砕けた話し方でな。その時は柴田君には外れてもらうから、気にすることはない。もし堅い話し方をすれば――わかってるな?」


 と駒田陸将はいって、右の口角だけを上げてニヤリとする。

 

「わ、わかりました。善処します――」


 これが、啓太の精一杯だった。

 そして、その啓太の答えに大きく頷いた駒田陸将は、

 

「じゃあ、これから昼飯に付き合ってくれ」


 ととんでもないことを言い出した。

 結局断れない2人は駒田陸将の昼食に付き合わされてしまった。

 しかし、その場所は、Mマークで有名な、あのハンバーガーショップだった。

 

「いやあ、たまにはこういうジャンクフードも食べたくてなあ」


 と美味しそうにハンバーガーを頬張る駒田陸将。

 その姿はとても司令副官の柴田陸将補には見せられない者であったのだが、啓太も恵里菜も駒田陸将をなんだか可愛いおじさんという見方に変わっていた。

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