第24話 結納
「さて、これで問題はある程度片付いたな」
伊原三佐はパンと手を合わせてそう言った。
「ねえ、私お腹空いた」
「そういえばもう6時なのね」
「啓太君も恵里菜さんも今日は特別外出と聞いているし、今日はこのまま泊っていきなさい。いや泊ってくれないと私が困る」
と、伊原三佐がチラリと
「そうだよ、今日は泊っていって。泊ってくれなきゃ私暴れちゃうから!」
「もう二人が泊っていってくれると思って、お夕飯もお布団も用意しちゃってるの」
と、ゆかりも由梨も啓太と恵里菜に逃げ道を作らせない圧力をかけてくる。
仕方なく二人は「お世話になります」と頭を下げると、ゆかりと由梨が
啓太と恵里菜はゆかりのエスコートでダイニングへ向かった。
ダイニングテーブルにはカセットコンロにしゃぶしゃぶ鍋が出してあって、由梨が肉に野菜にと用意をしているところだった。
「今日は2人が来るからと、しゃぶしゃぶを用意しているから、2人ともいっぱい食べて行ってくれ」
と、伊原三佐がしゃぶしゃぶ肉を冷蔵庫から10パック出してきた。
さすがの啓太も恵里菜もその肉の量に目が点になる。
「おいおい、2人とも自衛官だろ。これくらい食べてもらわんと困るぞ」
と、驚いている2人に伊原三佐は半ば呆れながらそう言ってくる。
しかし、大人4人と女子高生1人で10パックのしゃぶしゃぶ肉。つまり1人2パックという事になる――と啓太が計算していると、
「啓太君、まだ10パック冷蔵庫にあるからな。食べて行ってくれないと困るぞ」
と伊原三佐が追い打ちをかけてくる。
つまり、1人4パック――いや、内自衛官ではない女性が2人いるから、自衛官3人で5パックくらいは食べないといけなくなる。つまり肉だけで1kgという事になる。
「さ、さすがにそんなには――」
と啓太が言うと、
「おいおい、自衛官は毎日3600キロカロリー食べてるだろう。こんなのは序の口だと言ってもらわんと」
と、伊原三佐が小さなため息をつきながら言う――けれども、さすがにこれは多すぎだろう、と苦笑する啓太であった。
恵里菜にいたってはすでに考えるのを諦めたようで、キッチンで野菜を用意している由梨のところへ
「私もお手伝いします」
と申し出てたのだが、
「あらあ、ありがたいのだけど今日はだめよ。恵里菜さんは今日はまだお客様だから、椅子に座ってでんと構えてちょうだい」
と、由梨に笑顔で玉砕されてしまっていた。
かくして、啓太と恵里菜に大食い大会を迫っていく伊原家。
仕方なく食べられるだけ食べることに決めた啓太と恵里菜であったのだが、実際に食べ始めてみると、ゆかりの食べっぷりの良さに目が点になってしまった2人であった。
啓太と恵里菜が肉を1枚食べたくらいで、ゆかりは2枚食べている。かといって、ゆかりは全く太ってはいない。ぽっちゃりもしておらず、まだ大人の女性になりきっていない感じのほっそりした体形。それなのに、どこにそんなに入るのかと聞きたくなるほどの食べっぷりであった。
「ほら、啓ちゃんも恵里菜お姉ちゃんも食べないと私が全部食べちゃうぞ」
と首から紙エプロンを下げたゆかりがニコニコ顔で言う。さらに、
「啓太君も恵里菜さんももっと食べなさい。君達がこれからの日本の防衛を担う人材なんだからしっかり食べて備えてもらわなければ!」
と2人を煽る伊原三佐。
「さあさ、ご飯のお代わりもたくさんありますから、お釜を空にしてもらって構いませんからね」
と
2人は苦笑しながら食べるのであった。
食後、2人は由梨から昆布茶を受け取って口直ししていた。
「啓太君も恵里菜さんももっと食べるかと思ってたんだがなあ――」
と残った肉を見てポロリとこぼす伊原三佐。かくいう伊原三佐は3パックの肉を消化していた。
しかし、啓太も恵里菜も二人で5パックが精一杯であった。
そして、この中で1人で4パックを食べた人物がいた。それがゆかりであったのだ。どこにあんなに入るのだろうかと啓太も恵里菜もびっくりである。
食後しばらくしてから、ゆかりは自分がこれからなろうとている婦人自衛官というものについて、現職である恵里菜に色々と質問攻めにしていた。
入隊時に髪はショートカットに近い状態にまでカットを要求されるので、最初からショートカットかそれに近い状態にまでカットしておくと良いとか、体力は付けておいた方が良いなど、他にも女性特有のものであるとか色々と恵里菜はゆかりの質問に対して真摯に答えていた。
そして、ゆかりはどうして恵里菜が自衛官を目指そうと思ったのか、志望動機について聞いてきた。
「私は、お姉ちゃんが自衛官だったのね」
「恵里菜お姉ちゃんのお姉ちゃん?」
「そう。そのお姉ちゃんが休暇で帰ってきたときの制服をカッコいいなと思って私もなろうと思ったの」
「でも、なろうと思ったからってなれるものではないでしょ?」
「そうね。競争倍率は私の時で40倍を超えてたから、とにかく必死で勉強して、運動なんてしたことなかったけど、走ったり腕立て伏せやったり、体力もつけていったの」
「頑張ったんだね」
「そうじゃないと夢は掴めないからね」
「そっかー――」
と、ゆかりは「うーん」と背伸びをして、
「私も頑張んなきゃ!」
と拳を握って頑張るぞなポーズをした。
そんな二人を見ていた啓太が、
「ゆかりちゃん、今どのくらいの成績なの?」
と聞くと、ゆかりはニカッと笑って、
「防衛大学と九州大学、東京大学、京都大学にA判定!」
「え、マジで!?」
「大マジ! あ、ちょっと待っててね」
と、ゆかりは着物姿のまま走って2階に上がると、ドタドタと足音を立てながら何かをもって下りてきた。
「はい、啓ちゃん。証拠!」
と模擬試験の結果表を4枚持ってきた。
それぞれ違う、しかも名の知れた学習塾の模擬試験の結果表であり、そこには5教科合計点と平均点の全国の受験者数における順位と志望校5校の合格可能判定がA~Eの5段階評価がされていた。
ゆかりの全国模試順位は、平均して15位。そして、ゆかりが志望校として挙げていた大学の判定も載っていて、
防衛大学 A
防衛医科大学 A
東京大学 A
京都大学 A
九州大学 A
となっていた。
これには啓太も恵里菜も目が点になった。
啓太は防衛大学というものがあることは知っていたがそこに視線はいかなかったし、恵里菜は防衛大学は無理だろうからと啓太と同じ一般曹候補生で入隊したのである。
その恵里菜の全国模試の判定は、
熊本大学 C
福岡大学 B
であったのだ。
まあB判定、C判定であるからまだ良い方ではないのだろうか。
そもそも自衛官は学力だけではなれない国家公務員である。
その思想や思考が極端でないか、危険因子はないか、体力はあるか、身長や体重は規定に達しているのか、その体系は規定する体格内であるのか等、色々な要因をクリアしたものが自衛官となれるわけであるので、ひと口に学力だけあれば良いわけではないのであるのだが、しかし学力も一定水準以上でないと指揮命令に対して正しい行動はとれないわけなので、一定の学力があることは最低条件なのである。
しかし、ゆかりのそれは、啓太や恵里菜の斜め上をいっていたので、こうして目が点になっているのである。
さらにゆかりは、
「勉強だけじゃないよ。腕立て伏せも毎日続けてきたから40回はできるようになったし、腹筋は30回くらいかなあ。一応それくらいはできるようになったよ」
とニコニコ顔でいうゆかりに、
「私が何かをいうところの遥か上をいってるよ、ゆかりちゃん。ねえ、啓太」
と、恵里菜は苦笑した。そして啓太にも同意を求め、啓太も「凄いねゆかりちゃん」とやっぱり苦笑して言った。
現職自衛官の二人からそう言われたゆかりは、「やった!」とニコニコ顔である。
そんなこんなでだいぶお腹もこなれてきたので、
「恵里菜お姉ちゃん、一緒にお風呂入ろうよ」
とゆかりが誘ってきた。
そして、
「あ、啓ちゃんは来ちゃだめだよ? 女の子だけで入るんだから」
と啓太に不敵な笑みを浮かべて言うゆかり。
「俺がそんなことするはずないでしょ?」
と啓太が返すと、ゆかりはニヤーっとさらに不敵な笑みを浮かべて、
「啓ちゃん恵里菜お姉ちゃんと旅行先で一緒にお風呂入ったんでしょー?」
「な、なんでそれを、あ――」
「やった、引っかかったー! そっかー2人で一緒にお風呂入ってたんだあ。そっかー。恵里菜お姉ちゃんスタイルいいもんねえ。そっかー――」
とニヤニヤといやらしいオヤジのように啓太と恵里菜を見て、さらに恵里菜を上から下から嘗め回すようにニヤニヤしながら見るゆかり。
「ちょっと、ゆかりちゃん!」
と、何か変な感じを受けた恵里菜は啓太の後ろに身を隠した。
「ほらほら、隠さないでいいじゃん」
「こらゆかり、いい加減にしなさい!」
「あたっ」
指をワキワキしながら近づこうとするゆかりの頭を由梨が手刀で叩いた。
そんな会話をされて伊原三佐も恵里菜を見てくる。
「もう、ゆかりちゃんが変なこと言うからぁ!」
と、伊原三佐の視界からも啓太の陰に隠れる恵里菜。
そして、そんな
「あなたぁ? 私というものがありながら何を見ているのですか?」
と、まるで背中に「ゴゴゴゴゴゴ……」という文字を背負っているかのような鬼の笑みを浮かべた由梨が伊原三佐に詰め寄る。
「え? あ、いや。悪かった、悪かったから勘弁してえ――ぎゃああああ」
伊原三佐の謝罪もむなしく、由梨の雷が落ちてしまう伊原三佐なのであった――。
☆☆☆ ☆☆☆
そして、結納を挙げる土曜日――。
朝からスッキリと晴れ渡っており、結納を行うにふさわしい日となった。
啓太と恵里菜は伊原三佐の運転する車で結納を挙げるレストランに来ており、下川夫婦も啓太達が到着する少し前に到着していた。
電話では話していて声はわかっている両夫妻がそれぞれに挨拶をかわし、夫同士は名刺の交換し合い、結納会場となる和室に通された。
恵里菜は別室で式場の女性スタッフに着付けと化粧直しをしてもらい、再び結納会場へ戻ってきた。
恵里菜は、赤い生地に牡丹と桜が舞っている着物で、髪もアップして赤い球のかんざしでまとめられている。
着付けをした女性スタッフも興奮するほどにいつもより何倍も美しくなっていた。
その恵里菜に、啓太もごくりと生唾を飲み込んだほどであり、伊原三佐夫婦も感嘆の声を上げていた。
そして結納が執り行われた。
「この度は、下川家次女・恵里菜様と私どもの啓太との縁談をご承諾くださいまして誠にありがとうございます。本日はお日柄もよろしいので、両家の婚約の儀を執り行わせていただきます」
と、啓太の父親代理である伊原三佐が結納の開始口上を述べた。
そして、鳴無家から下川家に結納品を贈り、下川家から受書を貰い、
次いで、下川家から鳴無家に結納品を送り、下川家へ受書を返した。
最後に、啓太が
「この度は、私達のためにこのような式を催していただき誠にありがとうございます。2人手を取り合い笑顔の絶えない家庭を築いていきますので、今後とも幾久しくご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」
と口上を述べて式辞のを終えた。
恵里菜は目に涙を浮かべて目の前の啓太に微笑みを送る。
対する啓太も一つ頷いて微笑みを返す。
そんな二人をみて、美恵は涙をハンカチで拭い、突然の事故で両親を失ってから何事も一人でやると言って聞かずにここまで立派にやってきた啓太を思う伊原三佐と由梨もハンカチで涙を拭った。
こうして、2人は親の祝福を受けながら結納を終えたのであった。
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