第20話 恵里菜、野生馬に懐かれる

「朝の散歩気持ちいいねー」


 啓太と恵里菜はバイキング形式の朝食を取った後、ホテルから歩いて青島神社へ参拝のため、神社への参拝路を歩いていた。

 時刻はまだ8時前。そんなに参拝客もいないその参拝路は、ちょっとした橋のようになっていて、その下には鬼の洗濯岩があり、さらに島に渡りきったところには大きな朱色の鳥居が二人を出迎えてくれている。2人は鳥居の前で一礼し、参拝路の右端を並んで歩く。参拝路の右手には鬼の洗濯岩がその自然の驚異を示してくれていて、それを見ながら歩いていくと参拝路が左に折れる。

 参拝路に沿って左折すると数段の階段があって、その先に青島神社の朱色の本殿がその姿を見せてくれる。

 

「あそこがあのドライブインのおばちゃんが教えてくれた青島神社の本殿だよ」

「凄い大きいねー」

「そうだね。あとね、ここが山幸彦やまさちひこ豊玉姫とよたまひめが結婚して新婚三年間を過ごした場所なんだって」

「そうか、あそこのおばちゃんが言ってたもんね」


 と本殿の方で神主さんたちが列を成している。よくよく見ると袴姿の男性と白無垢姿の女性がいる。

 

「ねえ、あれってもしかして――」

「ああ、たぶんだね――」

「わああ!ねえあのお2人さんをお祝いしようよ!」

「いいね。迷惑じゃなければお祝いさせていただこう」

「うん!」


 2人はさっそく本殿前の階段を上り、本殿境内入口で一礼をして本殿境内に入ると、

 

「ご結婚おめでとうございます。末永くお幸せに」


 と2人で新郎新婦に声をかけた。

 すると、新郎が照れ笑いをして、新婦は嬉しそうに小さくお辞儀をしてきた。

 その小さな反応が2人にとっては何よりもうれしかった。

 

「こんな早くからでもやってるんだね」

「そのようだね――」


 恵里菜が突然啓太の左腕に抱き着いてきた。

 何かと思い啓太は恵里菜を見下ろすと、

 

「ねえ啓太。私ここで結婚式挙げたいな」


 とすでに目がハートになっている。

 でも啓太もここでの結婚式も良いなと思った。

 

「うん、恵里菜のお父さんお母さんにも話してみよう」

「うん!私絶対に説得してみせるよ!」


 と開いている左手で拳を握って頑張るアピールをする恵里菜。

 そして、恵里菜が本殿周囲をぐるっと見渡してみると右手にがあるのを見つけた。

 

「啓太、ハート型のトンネルだよ!可愛いー!」


 恵里菜につられて本殿右側を見た啓太は、

 

「凄いな、この先、何があるんだろう?」


 と独り言のように感嘆してつぶやいた啓太に、神社の巫女が、

 

「この先には当神社の殿があるんですよ。ぜひお2人でトンネルをくぐってみてくださいね。トンネルをくぐるとき、お2人お互いのことを思いながらくぐっていただきますと、きっと良いご利益が頂けると思いますよ」


 と丁寧に説明してくれた。

 それを聞いていた恵里菜も、もう目の?がキラキラしている。

 

「ま、まずは本殿をお参りしてから行こうね」

「あ、そうだね」


 2人はお賽銭あるかなーと小銭入れを見ているが、10円とか5円がないことに気付いた。

 

「お賽銭どうしよう――」


 と啓太が考えていると、恵里菜が

 

「ここは奮発して千円お供えしようよ。私達の幸せのためにも」

「それもいいね。せっかくだし神様のご利益にあずからせていただこうね」


 と2人はそれぞれ千円ずつお賽銭入れに入れると、鈴を鳴らして二礼二拍手一礼でお参りした。

 お参りが終わると、

 

「ねえ、啓太はなんてお願いしたの?」


 と恵里菜は再び啓太の左腕に抱き着いてきて、啓太を見上げてそう尋ねた。

 

「俺?俺は恵里菜と二人でいつまでも幸せにいられますようにってお願いしたよ」


 と恵里菜見ながら答えると、恵里菜がニコーッとして「私も同じことお願いしちゃった!」と満面の笑みだ。

 ハートのトンネルに行く前に、2人は運試しにとおみくじを引いてみた。

 すると、啓太も恵里菜も大吉で、待ち人も同じく「すぐ来る」となっていた。

 ただ、啓太の方に健康には気を付けるようにと出ていたので、恵里菜は啓太の食生活は任せて!と左腕で力こぶを作って見せてきた。

 

「ねえ、大吉って持って帰ったほうがいいって言うよね――」

「そういえばそういうよね――どうなんだろう……」

「あ、巫女さんに聞いてくる!」


 言うが早いか恵里菜は社務所前にいる巫女に突撃していた。

 で、啓太はというと、

 

 ――あんなに積極的な恵里菜は初めて見るんじゃないだろうか――

 

 と半ば呆気にとられていた。

 

 恵里菜は巫女からいくつか説明を受けてニコニコしながら戻ってきた。

 

「聞いてきた!えとね、おみくじって結んでもいいし、持って帰ってもどちらでもいいんだって」

「そうなの?」

「そうみたい。でね、持って帰るときはできたら神棚に置いておく方が良いらしいんだけど、財布に入れて持っておくのもいいんだって。大事なのは持って帰った時には神様に失礼のないようにすることなんだって」

「へえ、勉強になったよ。ありがとね恵里菜」

「もっと褒めて褒めてー」


 と啓太にくっつく恵里菜。

 そんな恵里菜に啓太は苦笑して、


「そういうのが一番神様に失礼だったりして」


 とちょっと意地悪を言ってみた。

 言われた恵里菜の方は二の句が継げないでいたのだが、ここは啓太に甘えるのが正解だろうと、

 

「啓太がイジメル――」


 とウソ泣きをしてみる。

 が、啓太は恵里菜のウソ泣きをわかっているからか、おみくじを財布にしまうと恵里菜の頭にポンと手を置いて、

 

「ほら、ハートのトンネルくぐるよー」


 と恵里菜を置いて先に行こうとする。

 恵里菜は置いていかれまいと、おみくじを財布にしまって啓太に走り寄って啓太の左腕に抱き着いた。

 

「啓太は意地悪だー」

「意地悪なのは恵里菜が可愛いから――」


 恵里菜に意地悪といわれて、歯が浮くようなことを言ってみるが、言ってみて恥ずかしくなってそっぽを向く。

 

「可愛い?エヘヘ、ねえ、もう1回言って?」


 と啓太にねだる恵里菜。

 けれども啓太は恥ずかしさが増して、

 

「ダメー」


 と最初のハートのトンネルの前で止まり、下に書かれてあるメッセージに目を通す。

 

 そこにはこう書いてあった。

 

 『ハートの縁結びトンネル

  大切な人を思い浮かべながらくぐってください』

 

 啓太はこのメッセージを「素敵だな」と思った。

 そして、書いてあることを恵里菜に告げると、

 

「じゃあ、私は啓太のことだね。啓太は私のことを思ってね」

「もちろん。じゃあ行くよ?」

「うん!ねえ、啓太が号令掛けて?」

「号令?」

「うん。分隊行進号令」

「ああ、そういうことね」

「そゆこと!じゃあ、はい!」

「分隊前へー進め!」


 二人が啓太の号令によって同じタイミングで歩を進める。

 左、右、左、右……

 

「エヘヘ、一つ夢が叶った!」

「どんな夢?」

「啓太と啓太の号令で分隊行進する夢」

「そんなの言ってくれればいつでもやってあげるのに」

「ううん、ここだからいいの」

「ここ?」

「そ。ここで、このハートのトンネルで啓太と分隊行進。これが良いんだ」


 と、啓太に抱き着いていた手を放して、両手を左右に広げてハートのトンネルを指し示す。

 恵里菜の満面の笑みが啓太の心をくすぐった。

 啓太はたまらず恵里菜を抱きしめた。たぶん気持ちが高ぶりすぎたんだろう。

 突然、人通りもまばらだけどあるこのハートのトンネルの中で抱きしめられた恵里菜は目をパチクリさせている。

 

「どうしたの?」


 恵里菜に聞かれた啓太は「こうしたかっただけ――」とそれだけ答えて体を離した。

 抱きしめられたのが一瞬に感じられた恵里菜はちょっと物足りなそうな表情かおで、

 

「もう終わり?」


 そう上目遣いで言われた啓太は、苦笑して

 

「うん、終わり。さあ奥まで行こう」

「むー、もうちょっと抱きしめててほしかったなー」

「人通りもあるから恥ずかしいだろ?」

「人前で抱きしめてきたくせにそれを言うの?」

「ウ――」

「もう恥ずかしがり屋さんだなー」


 と逆に啓太に抱き着く恵里菜。

 けれどもそんな恵里菜に啓太は、

 

「つい最近まで俺の影に隠れていたヤツがそれを言うの?」

「ぐ――」


 と、今度は恵里菜が啓太に言われて固まってしまう。

 

「やっぱり啓太は意地悪だー」


 と啓太をポカポカ叩く。もちろんじゃれての叩きだから啓太も痛くはない。

 というか、2人ともでもあるから、本気でやったら周りはたまったものではなくなるだろうが――。

 

 ひとしきりじゃれた2人は、再び恵里菜が啓太の腕に抱き着く感じで腕を組み歩くのだった。

 

 ハートのトンネルを抜けた先の青島神社の元殿――。

 小さなお社ではあったが、何というか心が温かくなるそんな感じのする場所に感じられた2人。

 ここでも千円ずつお賽銭箱に入れてこれからの2人の幸せを祈った。

 

 また社務所に行くと2種類のが売ってあった。

 一つは赤いもので「結」と書かれてあり、もう一方は黄色いもので「幸」と書かれてあった。

 2人は一つずつ買い、それぞれに2人の連名で「幸せになりますように」と書いて、社務所の巫女に教えてもらった撮影スポットに絵馬を結んで、巫女に写真を撮ってもらった。そして二人でその写真をスマホの待ち受け画像に登録した。

 そんな2人を羨ましそうに、そして微笑ましく眺める巫女。さらに2人はその巫女と三人での写真を所望し、近くを通りかかった神主に巫女を挟んだスリーショットを撮ってもらった。

 2人にとって縁結びの神様がおわすこの青島神社でご利益たっぷりの有意義な時間を使った。

 また、ここで結婚式を挙げるためにどうすればよいのかの説明も受けて、2人は青島神社を後にした。

 

 

 いったんホテルに戻った2人は、預けていた貴重品を受け取って車に乗り、恵里菜が行きたいと言っていた都井岬へと向かうことにした。

 初めて運転する南国宮崎の道路。田舎らしいのどかな風景と南国らしい美しい海とのコントラストを楽しみながら進み、途中、昼食をとるため、道の駅なんごうへ立ち寄った。

 ここには「トロピカルドーム」という南国の植物が植えられている温室があり、2人の勤務地福岡では見れない花々を堪能してからレストランへ。

 レストランでは、宮崎の郷土料理だという「冷や汁」を頼んで食べた。

 きゅうりと魚がすりつぶされた出汁とがさっぱりとしていて食が進んだ。

 この「冷や汁」は、夏バテを起こした時などに食べるものだそうで、そうめんのように胃に優しいだけでなく、キュウリや魚も取ることができることから栄養価もかなり高いらしい。ちょっと癖はあるけれども2人にとっては初めての味という事もあって、2人ともこの「冷や汁」が気に入ったようである。

 

「今度帰ってからも作ってみようかな?」

「あ、それならご相伴に預かろうかな?」

「残念、婦人自衛官WAC隊舎だから男子は入れませーん」

「くー、ずるいぞー?」

「へへーんだ、悔しかったら婦人自衛官WAC隊舎まで乗り込んでおいでー」


 と変顔をする恵里菜。

 そして悔し顔をしながらも、

 

「恵里菜、それやったらたぶん俺、いや確実に懲戒処分受けると思う――」

「そこはほら、女装したりしてさ――」

「そもそもどうやって女装すんの?」

「まあ、そこは気合で」

「いや気合でどうなるもんでもないかと――」

「啓太ならできると思う――」

「俺、女になるの?そしたら結婚できなくなるけどいいの?」


 と啓太が返すと、恵里菜はちょっと考えて、

 

「それはイヤだ」

「でしょ?」

「仕方ない、作ったら営内隊舎の当直室に届けてあげるから、それ食べるといいよ」

「それ、俺の手に届く前に亡くなってる気がするのは気のせいでしょうか?」

「うーん――しょうがないなーじゃあ、売店PX裏とかで」

「それが一番安全かなー」


 と二人が一応納得して、そして再び二人とも思案にふける。

 

「ねえ、そもそもそこまでして食べたい?」

「んー、結婚してからでもいいかなー」

「デスヨネー――」


 と、一応落ちたところで、レストランを後にして再び都井岬へと進路を取る2人。

 しばらくすると油津港が見えてきて、それを過ぎると串間市に入った。

 都井岬は宮崎県最南端にある岬で、国の天然記念物でもある野生馬「岬馬」が生息する場所でもある。

 

 都井岬に入った2人は、その古ぼけたすでに廃業しているホテルとかをみて、せっかくの観光地なのにと寂しい気持ちになった。

 しばらくゆっくり走っていると、馬が見えたので、路肩に車を止めて馬に近づいてみる。

 元来馬は臆病な生き物である。そのため突然近づいてくるものがあれば離れていくものでもあるのだが――

 啓太が親馬らしい馬に近づいたところ、「フンッ」と鼻息を吹きかけられて撃沈――

 「じゃあ次私ね」と恵里菜が天真爛漫に近づくと、その馬は恵里菜をチラリと見てそのまま離れて行ってしまった。

 ちょっと悲しくなる恵里菜であったが、その時仔馬が恵里菜に向かって走ってきた。恵里菜のすぐ目の前で急停止した仔馬は恵里菜に頬ずりを始めた。

 

「あはは、くすぐったいよー」


 と恵里菜もまんざらではない様子で仔馬とじゃれあう。

 これなら大丈夫かもと近づこうとした啓太に、その仔馬は「あっちいけ」とでもいうように啓太に上唇をひっくり返して歯茎をみせてきた。

 でも恵里菜が「そんなことしたらダメ」と仔馬に言うと、仔馬はシュンとして恵里菜に甘えるしぐさをする。

 そこでもう一度啓太が近づくと、仔馬は「仕方ないなー」とでもいうように啓太に顔を撫でさせる。けれども恵里菜が撫でる時と比べて明らかに嫌そうに見えるのだ。

 

 しばらくじゃれあって、啓太がスマホで灯台と岬神社があることを見てそれを恵里菜に伝えると「行きたい」と仔馬から離れようとすると、仔馬は行かせまいとじゃれついてきた。

 どうやら本気で懐かれてしまったらしい恵里菜であった。

 

 そして、その事が夕方のローカルニュースに視聴者動画として出されることになり、一瞬となった恵里菜なのであった。

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