第21話 福岡への帰路

「もう明日には帰るんだね――」

 

 と、恵里菜が啓太の布団の中で啓太の右腕を枕にしてそう呟いた。

 

「そうだなぁ、早かったよなぁこの一週間――」

「うん、もっと続けばいいのにね――」


 2人はこの一週間で行った先、出会った人達を思い出していた。

 青島神社で色々案内してくれた巫女、

 道の駅で色々教えてくれたおばさんにおじさん、

 都井岬で唯一ほっそりとやっていたお土産屋のおばさん、

 海岸でサーフィンやっていたカップル、

 禊池で色々説明してくれたおじさん、

 宮崎神宮で一緒に参拝することになった老夫婦、

 鵜戸神宮うどじんぐうで亀石に向けて運玉を投げて二人共入って大喜びしていたカップル、

 

 出会った人達を二人で出していってたとき、

 

「そういえば恵里菜をナンパしようとして恵里菜に返り討ちにされた人いたよね?」


 と啓太が思い出して言うと、

 

「あれは私は悪くないもん!勝手に人の肩に手を置こうとしてきたあの人が悪いんだもん!」


 とぷくっと膨れっ面で言う恵里菜を見て、啓太は思わず噴き出した。

 

「けど、恵里菜。まさかヒールの踵で足を踏み抜くとか、ククク」

「だって、あんなのに肩抱かれたくないもん!」

「そりゃわかるし俺も嫌だけど、痛そうだったよなぁ」

「だいたい嫌がる格闘徽章持ちの婦人自衛官WACをナンパしてくる方が悪いんだよ!」


 と、ますますプクーッと膨れっ面になる恵里菜。

 そんな恵里菜にひとしきり笑った啓太は、枕にされてる右腕で恵里菜を引き寄せると、

 

「恵里菜、強くなったね――」


 と恵里菜の顔にかかった髪を左指でよけた啓太は恵里菜の額にキスをした。

 

「うん、それは啓太が私を選んでくれたからだよ」


 と、今度は恵里菜が啓太の頭に左手をかけて引き寄せると、啓太の唇にキスをした。その薬指には小さいけどダイヤモンドが光る指輪が着けられていた。所謂である。実は福岡で注文していた指輪ができたと宮崎入りした翌日に連絡が入り、ホテルに送ってもらっていたものだった。それを先程恵里菜に贈ったのである。そのまま2人はお互いの愛情を確かめ合ったのだが、お互いの体温を直に感じた2人は再びお互いの愛情を感じ合うのであった。

 

 

 

 翌朝、これまで恵里菜に起こされていた啓太の方が一足早く目を覚ました。

 横には最愛の恵里菜が気持ちよさそうに眠っている。

 

「恵里菜が俺を選んでくれたから、俺も強くなれるんだよ――」


 と、愛する人の寝顔を見ながら呟く啓太。

 この休暇で、2人が呟いた件数は合わせて100件以上。その内、砂浜で2人腕を組み寄り添って朝陽を見ているところを2人の背中越しに知らないおじさんが撮ってくれた写真と、そして「自分達の宝物」という、そのつぶやきのいいねが1万件以上とバズッた。

 確かにあの朝陽は波間に作るその光を作る姿も、朝陽そのものもとにかく美しかったし、何よりあのおじさんのカメラセンスがすごく良かったんだと啓太は思っているのだが、2人のシルエットや2人が婚約中であることなどに関するコメントが数多く寄せられていた。しかしそのコメントの多さに読むのを諦めた2人でもあった。

 

 そんなこともあって、啓太は恵里菜の寝顔を見ながらこれからの生活のことなど、色々と思いを巡らせていた。

 すると、恵里菜が目を覚まして、啓太を目があって、とたんに顔を真っ赤にした。

 

「ど、どどどどうして啓太が早く起きてるの?というか、わ、わわわわ私、ね、ねねねね寝顔、みみみみみ見られちゃった?」


 と、どもりながら固まっていく。――いやどもりすぎやろ――

 

 

 

 ホテルでの最後の朝食――

 2人はトーストにオムレツにウィンナーにハムサラダに――と洋の朝食をとっていた。

 

「啓太も起こしてくれればよかったのに――」


 と膨れながらトーストに噛り付く恵里菜。まだ引きずっているようである。

 

「だってさ、可愛かったし――」


 と啓太に言われると、とたんにゆでだこのように真っ赤になり、頭がオーバーヒートして湯気が出てくる恵里菜。

 

「な、ななななななな、なにをい、いいいいいいいいってるのかなあ?――」


 盛大にどもってしまい、それをちびっ子に見られて、

 

「お姉ちゃん、タコさんみたいになってる」


 と言われてしまった恵里菜であった――。

 

 

 

 チェックアウトまでの時間を、2人は荷物をまとめながらのんびり過ごした。

 お土産は持参するところも含めてすでに直送便で送っているため、持って帰る荷物は来た時とそう変わらない。しかも二人ともキャリングケースであることと、昨夜までに洗濯も終わらせていたのとクリーニングも昨夜受け取っていたため、帰ってからのクリーニング品も一着のみであるため特に問題もない。

 布団についてもきちんと畳んで隅に置かれている。さすがにシーツは使用済みですよとわかるようにしてあるが、こういうところも入隊後にきっちり訓練される自衛官だなと思われるところだ。また2人共に初級陸曹課程を終えているだけあって、こういったところはやはりマメである。

 

「車返したら飛行機で帰るだけだね――」


 と少し寂しそうにしている恵里菜。

 昨夜啓太に甘えながらも同じことを言っていた恵里菜。

 休暇になるとあっという間に時間が過ぎていくように感じているのは恵里菜だけでなく、啓太も同じ気持ちであった。

 

「早かったね――でもまた来ようね」

「うん。また来よう!今度は赤ちゃんも一緒に来れたらいいね」

「そうだな、そうなってたらいいよね」

「うん!」


 と恵里菜が椅子に窓辺の椅子に座っている啓太の膝の上に腰を下ろすと、啓太にキスをした。

 

「んふふ、宮崎に来てから何度目のキスだろうね?」

「数えてないや――」

「私も――」


 と啓太の胸に顔を落とす恵里菜。

 

「啓太の心臓の音が聞こえる――トクン、トクン、トクン――」

「恵里菜好きだな、心臓の音聞くの」

「うん。だって啓太がここに生きてるって証拠だもん」

「まったく――」


 そう言いながら啓太は恵里菜の髪を撫でていく。

 

「啓太に頭撫でられるの大好きになったよ、私――」

「そうなの?」

「うん――今日帰って寝付けるかなぁ――」

「そんなに?」

「そう、そんなに。ねえ、啓太。今日婦人自衛官WAC隊舎で寝ない?」

「無茶言わない」


 と啓太は恵里菜の頭にポンと手を置くと、腕時計を見た。

 時刻は、9時45分。チェックアウトまであと45分。

 

「10時になったら出ようか」

「もうそんな時間か――」

「またすぐリフレッシュは来るよ」

「でも合わないかもしれないよ?」

「うーむ――」


 恵里菜に言われて考える啓太。

 しかし、良い案は浮かんでこない啓太であった。なので、話を変えることにしたのだが、大失敗。恵里菜にさらに突っ込まれることになる啓太であった。

 そんなとき、恵里菜のスマホに着信音が鳴った。

 

「あれ?お姉ちゃんからだ」

「安居三曹?」


 啓太の確認に一度頷いた恵里菜は電話に出た。

 

「お姉ちゃんどうしたの?」

『恵里菜達今日帰ってくるんでしょ?帰りは飛行機って言ってたわよね?』

「そうだけど――」

『何時の飛行機に乗るの?』

「えと、11時10分発だから12時には着くんじゃないかな?」

『あら、じゃあお昼一緒しようよ』

「え?いいけど――」

『じゃあ決まりね』

「うん、わかった――」


 と電話を切った恵里菜。

 

「安居三曹、なんだって?」

「んー、迎え行くからお昼一緒にしようって」

「そなの?」

「そうみたい――」

「こりゃお土産用意しとかなきゃだね」

「あ、そか――」


 と手をポンと打つ恵里菜。

 

「じゃあ早いけどもう出ようか」

「そだね――ゴメンね?予定狂わせちゃって」

「そんなの気にしない」


 と、啓太は恵里菜の額にキスをした。

 すると、恵里菜が不満そうに唇を指さしてきた。

 

「キスするならこっち!」


 と唇を人差し指でトントンと指してくるので、啓太は恵里菜の唇にキスをした。

 軽いフレンチ・キスだったが、恵里菜はご満悦な様子で「エヘヘ」と笑っている。

 

 という事で予定より早くチェックアウトするために1階フロントに降りた2人。

 チェックアウトは事務的に進められていく。追加料金も発生していないらしく、これでチェックアウト完了となった時、2人が婚約中であることを覚えていた女性スタッフから、記念にと知らないおじさんに撮ってもらっていた朝陽をバックに2人が寄り添って写っているあの写真が納められた記念品の折り畳み式の写真立てを頂いた。

 

「よろしいのですか?」


 と啓太がそう尋ねると、

 

「お2人にはまた来ていただきたいと思っていますので、その記念になればと――」


 なんともな心遣いである。

 恵里菜はそんな心遣いと、2人の中で最も記憶に残ったこの写真の写真立てを見て、目頭にうっすら涙が出てきた。

 

「嬉しい。こんなお心遣い、本当にうれしいです。ありがとうございます」


 と恵里菜は深々とお辞儀をしてホテルスタッフに感謝をした。

 そして2人がエントランスを出る時に、

 

「お幸せになってください」


 と声をかけられた2人は「ありがとうございます」と返事をして、ホテルを後にした。

 

 

 

 借りていたレンタカーは宮崎空港の同じレンタカー会社に返して、空港に入りそのままチェックインを済ませた2人はキャリングケースを手荷物に預けると、お土産コーナーに行った。そこで何がいいかを聞いてみると、

 

「宮崎なら『ういろう』だよ」


 とおばちゃんに教えてもらった2人は生ういろうと真空パックタイプのういろうを2セット買い、1セットを熊本の下川家に直送便で送り、1セットを安居家へのお土産にと持ち帰りとした。

 お土産を購入した2人はそのまま搭乗口に行くと、宮崎の夏みかん、日向夏を使った日向夏ドリンクの缶ジュースを自販機で買って飲んだ。

 

「さっぱりしてるね」

「うん、飲みやすい」


 2人共に高評価なご当地ドリンクであった。

 

 時間になり、2人は10番搭乗口から福岡行きのプロペラタイプの飛行機に乗った。

 2人は三列目のシートであり、窓側に啓太、通路側に恵里菜が座った。

 なぜ窓際が啓太なのかというと、恵里菜が高所恐怖症だからなのである。

 それでも帰りは飛行機でという事に反対はしなかった。というか、啓太が一緒なら大丈夫だとそう考えたからだったのだが、やはりこの鉄の塊が空を飛ぶとは考えられない恵里菜なのであった。

 搭乗からしばらくして、飛行機がバックしだして機内アナウンスと注意事項、そしてもしもの時の脱出手順等の説明がなされ、それから少しして飛行機が動き出した。

 空を飛ぶという緊張感から恵里菜は啓太の手をしっかりと握り、啓太に密着するくらいに体を寄せ合っている。

 どうやらそれがCAキャビンアテンダントには微笑ましい光景に映っていたようである。

 飛行機が飛び立ち、シートベルトサインが消えると、CAキャビンアテンダント達が機内サービスに動き出す。そんな中機内ギャレーでは――

 

「ねえねえ、三列目左側のカップル見た?」

「見た見た!新婚さんかな?」

「なんかそんな感じするよね?」

「それでさ、2人とも美形なんだよー」

「やっぱり美形には美形がくっつくんだねえ」

「それ禁句だよー」

「よし!私は仕事が恋人なんだ!」

「よう言うわーあちこち食い散らかしてるくせに」

「そんなことないよー。だってあっちから誘ってくるんだし」

「うわ、それなら誰だっていいってか?」

「こら、喋ってないで手と足を動かす!」


 とパーサーに怒られるCAだった。――この飛行機大丈夫か?――

 

 

 

 

 一方、安居家では――

 

「2人何時ごろ着くって?」


 と安居曹長が息子の成司を高い高いしながら、電話を切ったばかりの妻・成美に聞いた。

 

「お昼に着くって。だからお昼いっしょにしようって約束しちゃった」


 と成美がちろっと舌をだして夫・健司に右手を立てて「ごめん」のしぐさをするが、健司は、


「そうか。じゃあ成司もつれて5人で食べられるところを探すか」

「ありがとう、健司さん。お昼誘ったのこっちだし、2人分こっちで持たない?」

「ああ、旅行からの帰りだもんな。いいよ、2人の婚約祝いってことだな」

「そうね」

「パパ、ママ、どこか行くの?」


 と成司が聞いてくるので、

 

「これから恵里菜お姉ちゃんとその婚約者を迎えに行って、みんなで恵里菜お姉ちゃんたちのお祝いをするんだよー。お祝いできる人ー」

「はーい!」


 母親に言われて、右手を挙げて元気よく返事する成司であった。

 

 

 

 ☆☆☆ ☆☆☆

 

 

 

『これより当機は福岡空港へ着陸いたします。皆様ご着席の上今一度シートベルトをご確認くださいませ』


 そうCAキャビンアテンダントがアナウンスした。

 先程から飛行機が高度を下げていたのは啓太も恵里菜も気付いていた。

 

「もうすぐだよ。怖かったらしがみついてていいからね」


 と啓太が言うと、恵里菜は「うんうん」と啓太の腕にしっかとしがみつく。

 別にそこまでする必要はないのだが、婚約者恵里菜の柔らかい2つの丘を感じていたくてそんなことをいう啓太であった。啓太も健全な男の子なのである。ムッツリではあるが――。

 

 しばらくして、飛行機がキュッという音を立てて福岡空港の滑走路に降りた。その後逆推進をかけたことでぐぐーっとその速度が落ちていき、滑走路からタキシング路に出て一路到着ゲートに向けて飛行機が進んでいく。

 2人の乗った飛行機は82番ゲートに到着すると、いったんバスに乗って国内線到着ターミナルゲートへ。

 国内線到着ターミナルで2人のキャリングケースを受け取りターミナルを出たところで、

 

「恵里菜ー!」


 と恵里菜を呼ぶ成美の声が聞こえた。

 

「あ、お姉ちゃんだ」


 と恵里菜も声に気付いて啓太と一緒に成美のところに行った。

 

「2人ともおかえり」

「ただいま、お姉ちゃん」

「ただいまです、


 と啓太がそうあいさつすると、とたんに成美の機嫌が悪くなる。

 

「外で階級で呼ばれるのはイヤだなー、け・い・た・君!」


 と成美に言われて、「あ――」と気付いた啓太は、

 

「ただいまです、お義姉さん」

「それでよし」


 とニコーッと笑って、啓太の肩をバシバシ叩く成美。

 

「お姉ちゃん、よさそうね」


 という恵里菜を見た成美は恵里菜の左薬指に着けられた指輪に気付く。

 

「あらー、恵里菜。その指輪は何かなあ?」

「いいでしょー、婚約指輪だぞー!」


 ニターッと笑う成美。

 その成美にニコニコしながら指輪を自慢気に見せつける恵里菜。

 

「ウフフフ――」

「エヘヘへ――」


 まあ収集つかなくなりそうだったので、啓太が2人を押してターミナルを出た。

 と、出てすぐのところにハザードを焚いて止まっているパジェロ。そこにサングラスをかけた安居曹長が啓太達に手を振っている。

 その横でニコニコ顔で手を振っているちびっ子・成司。

 啓太が手を振り返すと、パッとさらに笑顔になる成司。

 

 トランクに2人のキャリングケースを積むと、啓太が成美に「お土産です」と宮崎空港で購入したういろうを渡した。

 

「あら、お土産なら昨日届いたわよ?」

「お姉ちゃんが迎えに来てくれるからって啓太が気を使ったんだよ」

「あら、そんなに気を使わなくてもいいのに――」


 といいつつも受け取る成美。

 

「生って書いてる方は明日までに食べてね」

「あ、了解。ありがとね、け・い・た・君」


 2度と外で階級呼称されたくない成美は、念押しもかねて啓太の名前で呼ぶ成美。

 

「アハハ、いえいえ。お義姉さん」

「おほほほほ――」

「あはははは――」


 笑いあう同期でもあり義姉弟となる啓太と成美であった。

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