第17話 夏季休暇旅行計画
啓太と恵里菜が両家への挨拶を終えてから二週間経った。
自衛隊はちょうどリフレッシュウィークという所謂夏季長期休暇のシーズンに入っていた。
しかしすべての隊員がそのシーズンに取れるとは限らない。自衛隊は日本国で唯一の国防組織である。その任務は主任務の国防における防衛出動から災害発生時の災害派遣出動、そして現在では海外での災害復興支援や
そのため、各部隊には最低限必要な人員を確保しつつ、交代での休暇を取るようになっている。
民間のように会社がここからここまで休みです、と一斉に休暇入りすることはないのである。
まあ厳密にいえば交代で休暇を取るのは自衛隊の専売特許ではなく、警察も海上保安庁も各省庁官僚だって交代で休暇を取っているのである。官僚は国会答弁書作成やその他管轄状況に異常が発生した時にすぐに対応がとれるようにもなっている。その組織の一つが自衛隊であるのだ。
「ねえ、啓太――」
「ん?」
「啓太の休暇っていつから?」
ここにもその交代制での休暇を取らなければならない者が2人いた。
「えっと――来週、ありゃ今回は珍しく丸々休暇取れるわ」
「え、そうなの?」
「そうみたいだな」
とかく基地通信というのは夜勤や土日勤務というものが関わってくるので、最悪休暇が三分割されたりすることもあって、休暇なのに休暇という感覚が持てなくなることもある部隊である。
「どれどれ?」
恵里菜が身を乗り出して啓太の手帳を覗き込んでくるので、啓太は恵里菜が見やすいように返して見せた。
こういう時逆さからでも見れる人って得だと思う。まあ啓太の場合器用貧乏的なところもあったりするのだが――。
「あ、私と同じだよ」
「ホント?」
「ホントホント!」
前回は全く被らなかった2人。休暇入りから休暇終わりまで一緒というのは本当に珍しいことである。
「ねえ、こういう時ってそうそうないし、どこか旅行に行こうよ!」
「そうだな。恵里菜の両親も一緒にってのはどうだ?」
「え、いいの!?」
啓太の提案に恵里菜は椅子から立ち上がって大声で反応した。
ちなみに二人がいるここは隊員食堂である――。
あちこちからくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「ま、まあ恵里菜だしな――」
下川家への挨拶と鳴無家の墓参り以降、恵里菜のこういう行動はちょいちょい増えてきている。
まあ恵里菜がここまで明るくなってきたのは啓太としても喜ぶべきところでもあり、また日に日に天然度合が増しているところも可愛いと思えている啓太だからして、そんなのまったく苦にもならないところでもあった。
「ぶー、啓太がイジメル」
とブーたれる恵里菜。そんな恵里菜に頭にお盆を乗せる人物がいた。恵里菜の
「いつもながらお熱いねえお2人さん」
と山中三曹が恵里菜の隣に座る。
「それでどうして、あんな黄色い大声出したんだい?子猫ちゃん」
とさっそく恵里菜をいじる山中三曹。
「子猫ちゃんじゃないニャー」
「ニャーニャー」
「ニャーニャーニャー」
うん、収集つかなくなりそうだ――。
「で、鳴無三曹。もしかして休暇の話?」
「ああ、そうだよ。たまたま恵里菜と同じ休暇日程になってね」
「ほーほー」
「うん、それで旅行をね」
「ほーほー、それはえちぃ話だなー」
「そんなんじゃないもん!」
「いや、あんたらもう結婚するんでしょ?こっちの相性は抜群だってのは誰の目にも明らかなんだけどさ、あっちの相性はどうなのさ」
「「あっち?」」
山中三曹の問いに、大きなはてなマークを頭の上に出して首をかしげる2人。
その二人に、ガクッと落胆する山中三曹。
「おたくら、アレやったことあるの?」
「「アレ?」」
と再び大きなはてなマークを頭の上に掲げて首をかしげる2人――。
再びがっくりうなだれる山中三曹。
「あ、あんたら――男と女がやることって言ったら一つしかなかろうが!」
「「ああ、アレ!」」
ようやくビックリマークが付いて理解する2人。
しかしそこで共にフリーズしやがる2人。
「え?おーい――戻ってこーい――」
そして、二人して顔を真っ赤にして、同時に頭から煙を出す。
そんな二人を見て「あーやってらんねー」と昼食をかっ食らう山中三曹であった。
山中三曹が食べ終わってお茶で口を直していると、ようやく二人が再起動した。
「そ、そんなの!――」
「ま、まだはやいっていうか――」
としどろもどろになる2人。
山中三曹が大きなため息をつくと、
「あんたらいい大人だろ?しかも婚約してて、それでやってないってそれどうなん?こっちの相性だけじゃ持たないよ?」
と山中三曹が言うと、
「そ、そんなことないもん!来年にはココに赤ちゃん作ってくれるって啓太言ったもん!」
と突然立ち上がりお腹に手を当てて、これまたでっかい声で言う恵里菜。
「ちょ、恵里菜――」
と顔を真っ赤にする啓太。
そして、ギギギ……と油の切れたロボットのように「私やってもーた?」な
しばらくの沈黙の後、
「わーーーやっちゃったよおぉぉぉぉ!」
と顔を真っ赤にして泣きながらテーブルの下に隠れる恵里菜。
「ねえ、鳴無三曹――」
「はい?」
「これ、どうにかしてくんない?」
と山中三曹がテーブルを指さす。いや、実際に指しているのは恵里菜のことなのだが――。
「あははは、どうにもできません――」
「デスヨネー――」
そして、この日。「エリナちゃんとドケチを応援する板」と「今日の女神」の両掲示板はこれまで以上に大盛り上がりなのであった。
その主題目が恵里菜の「来年にはココに赤ちゃん作ってくれるって啓太言ったもん!」というあの発言による一連のことである。
前者は恵里菜可愛いの一色で、後者は
いや、どうでもいいけどそろそろまともに仕事しようや名無し自衛官共!――あ、今は昼休憩時間だったか――
☆☆☆ ☆☆☆
「パパ、あのね、再来週なんだけど一週間休める?」
『なんだ突然』
恵里菜は啓太の提案を受けて、二人の
「あ、主題言ってなかった、アハハ――」
『それで再来週がどうしたんだ?』
「えっとね、再来週私と啓太が珍しく同じ期間休暇なんだ。それで一緒に旅行とかどうかなと思って――」
『あーそうか――でもな、父さん再来週仕事に出なきゃならないんだよ』
「そうなんだ――」
『恵里菜――』
と、電話の声が
『あなたたち二人で行ってきなさいな。父さんどうしても外せない仕事があってね』
「そっか――残念。せっかく啓太が誘おうって言ってくれてたんだけど……」
『その言葉だけで充分よ。自衛隊ってなかなか休暇合わないんでしょ?成美もなかなか合わないってぼやていたくらいだし』
「まあそうなんだけどね――うん、わかった。じゃあ啓太と行ってくる」
『ええ、楽しんでくるといいわ。何なら今のうちに子供作っちゃってもいいわよ?』
「もう、ママったらぁ」
と電話口でもじもじする恵里菜。
それを見て声を殺しながら笑っている
『啓太さん、結構淡白っぽいから、あなたから襲うくらいでないとだめよ?』
「ママぁ、そんなことできないよぉ」
『昔から言うでしょ?女は度胸よ。じゃね』
と一方的に電話が切られた。
「むぅ、なんか釈然としない――」
という恵里菜に、山中三曹がついに堰を切ったように爆笑し始める。
「もう、美嘉ぁ!」
「つーかさ、恵里菜。あんたいい加減スピーカーホンで電話するのやめなよ。こっちはもう笑いを我慢するのに必死なんだぞ?」
「だってぇ――」
「つーか――ほんとドケチって恵里菜をよく見てるし、恵里菜の本性を出すのに長けてるよ」
「どういうこと?」
「今の恵里菜ってさ、あの事件の前に戻ってんだよ。あの頃のさ、キャピキャピしてた頃の恵里菜、そのまんまなんだよ。ホント恵里菜が羨ましいよ。そんな男に出会えるなんてさ」
とちょっと遠い目をする山中三曹。
「でも美嘉だって美人さんなんだから自分から誘えばきっとあの寺田二曹だって乗ってくれると思うんだけどなぁ」
「てめ、仕返しかぁ?私は寺田二曹を遠くから眺めてるだけで良いんだよ」
「それで寺田二曹がとられたら絶対泣くくせに――」
「ぐ――」
「だから、美嘉も頑張って!私応援してるから」
と山中三曹の手を取ってニッコリ微笑む恵里菜。
そんな恵里菜をハグする山中三曹。
「ホント、お前って優しいのな。処女のくせに」
「ふーん、そんなこと言うんだ。中古」
「なに?」
「だって、私はまだ新品だもん」
「あのな、中古の方が女の魅力は上がるんだぜ?」
「中古は中古だもん」
「てめ!」
二人はキャーキャー言いながら暴れる。
しかし、営内では規律が保たれなければならない。度を越して騒ぐことは、規律が保たれなくなる。
そんなわけで――
ドアがノックされ、返事する間もなくドアが開けられ、一週間の
翌朝――
いつものように啓太は恵里菜と一緒に朝食を取っていた。
違うのは、そこに山中三曹と、明美、めぐみがいることであった。
つまり1対4というわけである。
「私達ちょーっとだけじゃれてただけなのに一週間の
と、ちょっと甘ったれた口調で啓太に愚痴る恵里菜。
そんな恵里菜にめぐみはちょっと戸惑っていた。
「ねえねえ、明美――」
「なに?」
「下川三曹ってあんなだったっけ?」
「うん、まあ山中三曹に聞くところによると、あれが下川三曹の本来の姿らしいよ」
「そうなんだー女って男で変わるっていうけど、ホントなんだねぇ――」
「あんた、おばさんくさいよ?胸ないくせに」
「最後はいらないと思うんだけど?」
と明美とめぐみが話していると、山中三曹が二人の会話に混ざってきた。
「なーにこそこそ話してんだ?」
「え、あ、いえ――下川三曹の変わりようがすごくって――」
「あーそういうことなー。あれがホントの姿だよ。今までちょっとしたことがあってなそれで緊張しーだったんだわ」
「ちょっとしたことって?」
「それは言えない。いくらお前らでもな」
「残念――」
と秘密を知れそうだったのにそれができなくて落胆するめぐみであった。
で、当の啓太はというと、とにかく聞くことに徹底している。
基本的に恵里菜の愚痴って聞いてくれることが重要で、そこに答えを求めていないことが多い。
もし答えを求めているのなら、最初にそう言ってくる。それを言わないという事は、聞いてほしいだけという事なのだ。単純明快で分かりやすい――それが絵里奈であったりもするのだ。
そして、話がコロッと変わるのも恵里菜の特徴である。つまりマイペースというわけであり、小動物ともいえるのかもしれない。
「あ、そうそう。旅行ね、パパ仕事で来れないんだって。だから二人で行こうよ。啓太はどこがいい?」
「そうか、それは残念だなぁ。んー北海道とかどうかな?」
話が変わったことを即座に感じ取った啓太は、今までの愚痴はなかったことにして、旅行の話に食いついた。
「ハァ、あの一瞬で話変わったのわかっちゃうんだ」
と恵が啓太に感心している。
「まあ、そこが鳴無三曹のすごいところよね」
「ほんとなぁ、よくもああ、聞いてなさそうでちゃんと聞いてるってのがすごいよな鳴無三曹――」
と明美も山中三曹も感嘆していた。
で、結局二人はどこに行くか、今度旅行会社に行って聞いてみようという事になった。
「ありゃ、あの2人珍しく外に出ていくみたいだぞ」
「珍しいこともあるもんですねえ――」
「槍とか降らなきゃいいけど――」
「「それは失礼だ」」
槍というめぐみに明美と山中三曹が同時に突っ込んだ。
しかし、こうも近くにいるのに、なぜか二人の世界に入り込んでしまう啓太と恵里菜はやっぱりすごいと思う。
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