第16話 墓参り

「お父さん、こんなとこで寝たら風邪ひきますよ」


 美恵が起こすが全く起きない恵里菜の父親、修二。

 その修二は顔を真っ赤にして気持ちよさそうにいびきをかいて眠っている。

 

「パパ、お酒弱いのに。よっぽど嬉しかったみたい」

「俺なんかでよければいつでもお父さんのお酒に付き合うよ」

「うん。啓太ならそう言ってくれるって思ってた」


 全く起きない修二を美恵が無理にでも起こそうとしている。

 それを見かねた啓太は、美恵を手伝うことにした。

 

「ちょっと手伝ってくるね」

「うん」


 啓太が「お父さん俺が運びますよ」と申し出ると、美恵は「あらそう?」といいつつもまんざらではない様子だ。

 結局、本来啓太が寝るはずだった床の間に寝かせることにした美恵は、「布団敷きますから」とさっさと布団を敷いて、そこに修二を寝かせるように指示した。そこに修二を寝かせた啓太は、息苦しくならないようにと喉元のシャツのボタンをはずし、ベルトも緩めて靴下を脱がせて掛布団をかけた。

 

「啓太さん、ありがとうございます」


 美恵はそう言って客間に啓太と共に客間に戻った。

 客間では、出前で頼んだ寿司桶を恵里菜が片付けていたところだった。

 

「パパ、床の間に寝かせたんだ」

「まさか二階にまで運んでとはいえないでしょ?」

「別に運べと言われれば運びましたよ?」


 三人は続きの間になっている床の間で気持ちよさそうに眠っている修二を眺める。

 

「パパ、本当にうれしかったんだね」


 と恵里菜が言うと、

 

「お父さん、本当は男の子が欲しかったのよ。その子が大人になって一緒に酒が飲みたいって若いころは良く言ってたわ」

「じゃあ三人目作ればよかったのに」


 と恵里菜が言うと、

 

「それも考えたんだけど、お父さんの仕事忙しくなっちゃったし海外勤務もあったからね」


 と美恵がお茶をすすりながら話す。

 

「お父さん、海外勤務もされていたんですね」


 海外勤務というところに食いついた啓太。

 啓太は日本から出たことがない。高校卒業した時に、記念にとハワイ旅行も計画を立てていたものの両親の突然の死でなくなってしまった。

 

「パパね、何か国か行ってたよね?アメリカとフランスとどこだったっけ?」

「イギリスよ」


 修二の会社は大手ではないものの所謂ゼネコンで、海外の建設監督等もやっている会社であった。その会社で一級建築士として結構敏腕に働いているのであった。今は過去の実績から取締役となり、昔みたいに汗水たらして働かなくともよいポジションにいた。あと少し腸を悪くして1か月ほど入院したこともあったが、今はすっかり健康そのものである。

 入院してからしばらくお酒は控えていたものの、啓太という新しい家族を得ることができて、その嬉しさからいつもよりも多くお酒を飲んでしまったがために、今酔いつぶれて気持ち良く就寝中であるのだった。

 

「じゃあ、語学も堪能なんですね」

「英会話はなんとかなってるみたいだけど、フランス語は全く。せっかくフランスに一年間も行ってたのに全く覚えてこなかったと帰ってきてから嘆いてたよね、パパ」

「そういえばそんなこともあったわね」


 と、母娘がくすくすと笑いあう。

 その光景を見て、啓太は――家族ってやっぱりいいな――そう感じていた。

 

「さて、さすがにもう遅いから私達も休みましょ」


 と美恵はそう言って寿司桶を盆にのせて運ぶ。

 啓太が手伝おうと言ったものの、「ママ、お盆持ったら離さないからそのままでいいよ」と恵里菜が遮った。

 

「あ、ママ。啓太寝るの?」

「あ――まあ、あなた達婚約してるんだし、同じ部屋で寝なさいな。ちょっと騒がしくしても耳塞いでで寝るから大丈夫よ?」


 と美恵がいうので、

 

「そんなことしないもん!」


 と恵里菜が反論した。すると、一度持った盆をテーブルに戻すと、

 

「まさか、あなた達、まだ一度もしてないなんてことないわよね?」


 と美恵が恵里菜に詰め寄った。

 

「まだしてないよ?」


 と恵里菜が答えると、

 

「あなた達、そんなんで子供どうするの?いいからさっさとお風呂入ってやることやりなさい!早めに子供作らないと後々辛くなるんだからね」


 普通、逆だよね――




 そんなこんなで二人とも交互に風呂に入ると、恵里菜に部屋に案内してもらった啓太。

 恵里菜の部屋は女の子らしい色合いで構成されていて、あちこちにぬいぐるみの類が整然とならんでいた。ベッドの枕元にもペンギンさんとブタさんの2体がいる。

 

「そういえば、同じ部屋で寝るのって初めてだね――」

「そりゃまさか婦人自衛官WAC隊舎に忍び込むわけにはいかないしねえ――」

「そりゃそうか――」


 会話が続かない2人。

 でもこういう雰囲気になると2人の距離が近づいてくる気がする。

 そうして二人の唇が触れ合おうとしたとき

 

「よしいけ!」


 という小さい声が部屋のドアの方から聞こえて、2人ともぱっと離れてしまう。

 

「マ、ママぁ!」

「ご、ごめんなさーい!邪魔者は寝まーす!」


 と、ドタドタと走る音がして、寝室だろうか、ドアが開いて閉まる音がした。

 

「もう、雰囲気台無しい」

「ハ、ハハハ――」


 ある意味これでよかったのかもしれない――たぶん――知らんけど。

 結局、啓太は下に敷いた布団で寝ることにした。

 

 しばらくして、恵里菜がベッドから

 

「啓太、もう寝た?」


 と聞いてくるので、

 

「まだ寝付けないところ――」


 と啓太が答える。

 すると衣擦れの音がして、

 

「ねえ、そっち行ってもいい?」


 と恵里菜がベッドから見下ろしてくる。啓太が体を横にずらして布団を開けると、そこにベッドから降りて恵里菜が啓太が明けたスペースに入ってきた。

 

「エヘヘ、あったかい」

「恵里菜は甘えん坊なのかな?」

「私は本当は甘えん坊だよ。だからお姉ちゃんにねだってお下がり貰ってるんだし」

「そういや、今日の服もお下がり?」


 と啓太は疑問に思っていたことを尋ねてみると、恵里菜は首を横に振った。

 

「今日のはね、明美ちゃんとめぐみちゃんと3人で買いに行ったの」

「そうなの?」

「うん。私、自衛隊に入ってから自分の服買ったよ」


 と恵里菜が言うと、啓太は驚いた。

 

「びっくりでしょ?私もびっくり」


 といって恵里菜はクスクス笑う。

 

「えっとねぇ、あの服買うときにね、啓太だったら私にどんな服着せないのかなあって考えながら選んだんだよ?」

「そなの?」

「うん!でね、私の服見て啓太の鼻の穴がピクピクってしてたから正解だったって」

「え、俺そんなことしてた?」

「してたよー。というか、啓太は何か気に入った時っていつも鼻の穴がピクピクしてるんだよ。きっと自分では気が付いてないだろうけどね」

「そんなところまで見てんの?」

「見てるよー。啓太のことなら何でも知りたいから」

「そりゃかないませんわ」

「エッヘン!」


 と寝ながらふんぞり返る恵里菜。

 そして二人でクスクス笑いあう。

 

「啓太、私ね。今年じゃ間に合わないけど、来年にはココに啓太の赤ちゃんほしい」


 と恵里菜が自分のお腹をさする。


「啓太はいや?もっと後が良い?」


 恵里菜が啓太を見上げてくる。

 

「来年か。じゃあ式挙げないとな」


 と恵里菜の頭を撫でる啓太。

 そして目を細めて気持ちよさそうにする恵里菜。

 けど、名残惜しそうにしながらも啓太の手を自分の手で押さえて止めると、

 

「多少順番が逆になってもいいんじゃないかな?」


 と言ってくる恵里菜。その目は潤んでその瞳の中に啓太自身が映っている。

 啓太は、抑えていた恵里菜の手をどけると両手で恵里菜を抱きしめた。

 

「順番はちゃんと守りたい。だから今年中に式を挙げよう。そうしたら恵里菜のその計画も叶えられると思う」

「うん、わかった」


 恵里菜は抱きしめてくる啓太の胸に顔をうずめた。

 

 ――啓太のにおいがする。安心できるにおい。大好きなにおい――

 

 そんなことを思いながら、恵里菜は夢の中に落ちていくのだった。

 

 

 ――翌朝

 

 下川家のダイニングでは、朝食の時間だった。

 朝食は、和食だ。ご飯に味噌汁、焼き鮭に高菜の漬物が出されている。

 今日は修二も出勤の日であるので、すでにスーツにネクタイ姿である。

 

「いやあ、昨晩は醜態さらして申し訳なかったね」


 と修二が啓太に詫びた。

 

「ホントだよ。啓太、パパを運んだんだからね」


 とぷくっと片頬を膨らませて言う恵里菜。

 

「いや、一部屋運んだだけだし」

「ほら、啓太も運んだって認識あるじゃん」

「いや、それは――」

「いや、ホント申し訳ない。でも啓太君、昨日言ったように私達を君の親だと思ってほしいというのは本当の気持ちだよ。困ったことがあったらいつでも頼ってほしい」

「ありがとうございます」


 と今度は啓太が修二に頭を下げた。

 

「さあさ、ご飯冷めちゃうから食べちゃいましょ」

 

 美恵の合図で、みんなで「いただきます」をして朝食をとった。

 

「啓太さん、ご飯お変わりありますからしっかり食べていってくださいね」


 と美恵が言うので、

 

「ママ、自衛官にそれ言ったらお釜の中空っぽになっちゃうよ?」


 と恵里菜が言うと、

 

「そういや健司君はにしていったよな」

「そうでしたね」


 と笑いあう修二と美恵夫婦。

 

 ――安居曹長、何やらかしてんですか……

 

 と内心健司に呆れる啓太であった。

 

 

 朝食も終え、いや、啓太は釜を空っぽにすることはなかったが、3杯お代わりをさせられたのであった。

 

 ――これ、全部安居曹長のせいだよな――

 

 と帰隊したら安居曹長に何かで仕返ししてやろうと心に決めた啓太であった。

 

 

 

「それでは、お世話になりました。それから恵里菜さんとのこと認めていただいてありがとうございます」


 啓太は玄関口で修二と美恵の未来の義両親にお礼を言った。

 

「もう行ってしまうのか?」

「朝からバタバタですみません。今日中に両親の墓参りに恵里菜さんを連れていきたいので」


 それは、今朝目を覚ました時、恵里菜が啓太に頼んだことだったのだ。

 

「そうか。それも大事なことだからな。恵里菜、啓太君の両親にしっかり挨拶してきなさい」

「うん。パパも仕事頑張ってね。ママも無理はだめだからね」


 と恵里菜は両親に告げると、啓太を伴って実家を後にした。

 

 

「行ってしまったな――」

「ええ――」

「でも、本当によい青年だった。あんな子が息子になってくれるなんて俺達は幸せ者だ」

「そうですね。早くあの子たちの子供が見たいですね」

「まったくだ。次は式か――。母さん、貯金はいくらくらいあったかね?」

「まだ4とか5とかはありましたよ」

「ではそれ全部あの子たちに使ってやってくれ。俺達の分はまた貯金し直せば良いだけだからな」

「良いのですか?」

「良いよ。あの恵里菜があそこまで明るくなったんだ。それは啓太君のおかげだろうからな」

「そうですね――でも、あの子たちまだしてないらしいんですよね」

「何をだ?」

「それは決まってるじゃありませんか、してないといったらしかないでしょ?」

ってなんだ?」

「あなた、年とってもダメになりましたの?」

「ハ?」

「男ってどうしてこうなんでしょ?啓太さんも少しは健司さんのガッツキさを見習ってほしいものですわ――」

ってのは、のことか!?」

「だからそう言ってるじゃありませんか」

「そうか――それは子供はまだ先かなあ――」


 ヒューーーー――

 

 

 

 ☆☆☆ ☆☆☆

 

 

 

 啓太と恵里菜は、新幹線に乗り、広島県に来ていた。

 広島駅でレンタカーを借りると、啓太は車を走らせる。途中花屋に立ち寄った。そこは啓太が墓参りに帰省した時に必ず立ち寄る場所で、なかなか来れないからといつも生花ではなく造化を買う。

 啓太は恵里菜と一緒にその花屋に入った。

 

「こんにちは」


 声をかけると奥から「はーい」という元気のよい女性の声が聞こえてきた。

 奥から出てきたのは、スラッとした花がよく似合いそうな可愛い女性だった。

 

「あら、啓太じゃない!」

「こんにちは、葵先輩」


 葵先輩と呼ばれた女性、河野葵かわのあおいは、啓太の1つ上の先輩でもあった。実は啓太の初恋の相手でもある。

 葵は、啓太の後ろにいる恵里菜を見つけて啓太に誰かと聞いてきたので、婚約者だと答えた。


「初めまして、下川恵里菜と申します」

「あらあ、初めまして。河野葵です。今後ともよろしくお願いしますね」


 と恵里菜と葵はお互いに挨拶を交わすと、葵は啓太にスススと寄って、

 

「美人さんじゃないのよ、どこでひっかけたんよ?」

「人聞き悪いな。恵里菜も自衛官なんだよ」


 と啓太が言うと、

 

「え?あの美人さんが自衛官?またまたあ」


 と信じてもらえないので、恵里菜に身分証を見せてあげてとお願いして、恵里菜が葵に身分証を見せた。

 

「あれま、ほんまやねえ。へえ自衛官にもこないな美人さんんがおっしゃるんやねえ」

「じゃけ、いいよるやろ」

「疑ごうて悪かったって。にしてもあん啓太が、結婚かあ」

「なんね?」

「いや、なんも?」

「ホンマ、変わっとらんの、葵先輩は」

「人はそないに簡単に変わらんけえねえ」

「まぁええわ」


 と啓太はため息をつく。

 

「で、どしたんね、今日は――」

「墓参りじゃ。恵里菜父さん母さんに会わせちゃろ思うて」

「なんね、それを早よ言わんね、まったく!」


 と葵は啓太の頭をパシッと叩く。

 

「叩かんでええじゃろが」

「あんたあ黙っちょき、今いっちゃんよか花出しちゃるけえ」


 と、葵は店の奥に入っていった。

 すると、二人の方言会話についていけなかった恵里菜が啓太に寄ってきて、

 

「なんて言いよったと?」


 と尋ねてきたので、葵との話を通訳したところ、

 

「広島弁って怖いイメージあったけど、こうして聞くと可愛いよね」


 という恵里菜。

 

「そういわれたのは初めてだわ」

「そなの?」

「そう」


 と二人でクスクス笑う。

 そんな二人に、奥から出てきた葵は「はい」と造化を渡してきた。

 

「やっぱ婚約者やね。いい雰囲気じゃ。啓太、奥さん大事にせんとバチ当たるけえね」

「わかっちょって。こんないい女は他にはおらんけえ」

「おお、いうがいうが。でもいいこっちゃ。あんときからの啓太の時間がまわりはじめたんじゃね。それだけれでうちは嬉しい」


 と葵は目に涙を浮かべる。そして恵里菜に向いて、

 

「こがん人じゃが、根はいい人じゃけ。啓太を末永ごうよろしくおねがいしますね」


 と頭を下げた。

 

「はい。任せてください」


 と、恵里菜も頭を下げた。

 

「あ、花、いくら?」


 と聞く啓太に、


「今日はお金はいらん。あんたん婚約祝いじゃ。黙ってもっていき」


 と葵はいってニカッと笑う。


「じゃあ、今日は言葉に甘えちょくわ」

「よし、啓太も自衛官になって物事がちったあわかってきょごたんね」

「やかまし!」

 

 

 

 花屋を出た二人はまた車に乗って5分ほど行ったところにある墓地の駐車場に車を止めた。

 そして、管理所で桶と柄杓を借りた二人は、桶に水を入れて、広島地方独特の逆三角形になった灯篭も一本買い、鳴無家の墓までやってきた。

 

「ここに俺の両親がいるんだよ」


 と、桶の水を柄杓で墓石の上から水をかけて墓石に水を流すと、墓の横の灯篭立てに灯篭を立てた。この墓地では安全上の観点から灯篭には火をつけないことになっていた。

 そして花屋で買ってきた造花と前の花を差し替える。増加は腐ることはないが日光に当てられたり風雨にさらされることで色合いが悪くなっていってしまうので、見栄えが悪くなった造花は管理人が抜いて捨てるようになっている。

 

「ここに啓太のご両親が――」

 

 恵里菜は自宅から持ってきた数珠を手にはめると、お墓に手を合わせた。

 そして――

 

「はじめまして。下川恵里菜と申します。この度啓太さんと結婚させていただくことになりました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」


 と恵里菜はお墓に深々とお辞儀をした。

 お辞儀から直った恵里菜の目には涙が浮かんでいた。

 

 自分の両親の墓で、自分の両親のために涙を流してくれる、こんな女性が妻となってくれることに啓太は心から喜び、そして、恵里菜を一生大切に守っていく。そう両親祖父母、そしてご先祖に誓うのだった。

 

 そのとき、なぜか墓石の前に啓太の両親が寄り添って微笑んで立っている、そんな感じがした啓太であった。

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