第14話 挨拶(3)
しばらく待つと、ジャージ姿の啓太が出てきた。
「どうしたんだよ、こんな時間に。つか、仕事は?」
「半休の代休取った」
「え?マジで?」
「マジで」
と驚く啓太にニッコリ笑って返す恵里菜。
そんな二人を見ながら「俺も彼女ほしー」と当直がぼやきに気が付いた恵里菜は当直にニッコリ微笑んで一礼すると啓太の手を取って営内隊舎よこのスペースに引っ張って行った。
手を取られた啓太は赤面で辺りをきょろきょろしているが、恵里菜は手を繋ぐことはもう当たり前になってきている。そりゃまああれだけあちこちで見られていれば慣れてくるというものなのだろう。これを人は免疫が付くという。しかし、啓太はまだまだ免疫が付くまではいっていないようだ。
ガンバレ啓太(棒)――
スペースで手を放した恵里菜は屈伸したりストレッチしたりと準備運動を始めた。
しかし啓太は何が何やら理解できていないため、準備運動をしている恵里菜をボケっと見ている。
「ほら、走るんだから。準備運動しないとケガするよ?」
「え、走るの?今から?」
「そ、今から!」
恵里菜はそういって啓太に準備運動をさせようと膝カックンをして後ろから支える。
まあそんなことをすると恵里菜の胸が啓太の背中にくっつくわけで――
「え、恵里菜、背中にあたってるって」
「ん?だから何?」
「いやだからって――」
「それとも何?啓太は変な想像してるの?」
「そ、そそ、そんなわけないじゃないか……」
とどもる啓太。
「あ・や・し・い」
と少しジト目で啓太を見た恵里菜は、「えいっ」と中腰の啓太を下に押して膝をつかせると後ろから抱き着いた。
「私は啓太なら別に変な想像されても嫌じゃないよ。だって私達付き合ってるんだし、それに結婚もするんだから」
「い、いや。なんか言ってる意味が微妙に納得できないというか――」
という啓太に恵里菜はさらに強く抱き着いた。
「なに?私と結婚するの嫌なの?」
「そんなわけないだろ?結婚する気じゃなきゃあんなこと言わないよ」
「あんなこと」とは演習場宿舎の前で、電話でプロポーズしたことである。
「そうよね。私も啓太と結婚したい。でもその前に両親にも認めてもらって祝福してもらいたい」
「うん」
「でも、その啓太がなんか元気ない」
「そんなこと――」
「ううん、そんなことある。だからとりあえず体動かして色々吐き出してもらおうって思ったの」
地面に膝をついた状態で後ろから最愛の人に抱き着かれて、その上心配させてたと思うと自分が情けなくなる感情がわいてきた。
「そっか。俺情けないな――」
と啓太が自分を責めるので、恵里菜は首を横に振って否定した。
「そんなことない。啓太はただ緊張してるだけ。だから体動かしたらきっとそんな緊張どっかに飛んでっちゃう。私はそう思う」
「そうかな――」
「そうだよ。むしろ緊張でどうにかなってるのは、うちのパパの方だよ」
「パパ?」
思わず口に出してしまった「パパ」という単語に、恵里菜は恥ずかしくなり、首に手を急に強くしたものだから啓太の首が圧迫されて啓太が苦しがっているものの、恥ずかしいことで我を忘れた恵里菜は全く気付かない。
「え、えり…な、て、てを、は、はなして……し、しぬ――」
恵里菜が返ってきたときには、啓太が落ちる寸前であった――。
☆☆☆ ☆☆☆
「まったく、死ぬかと思ったよ――」
「だからゴメンって――」
駐屯地外周を走るジャージ姿の男女が一組。男はむくれた
そう、今駐屯地外周を走っているのは我らが啓太とヒロイン恵里菜なのである。
啓太がなぜむくれた
いや、マジで女性が照れた時の力ってのは、バカにできなかったりもする――。
「まあ、でも恵里菜も何というか、以前より物隠れしなくなったよな」
「そお?」
「そうだよ。なんというか、普通に横を歩いてくれる」
「そっかなあ」
「そうだよ」
この二人、走っているときも周りにラブラブ光線を出しまくっている。そろそろラブラブ光線禁止命令でも出るんじゃなかろうかというくらいに。
そして、例の掲示板もまあ賑やかである。
・
・
・
653:名無し自衛官
なんか美人が走ってると思ったら女神だった件
654:名無し自衛官
そんでドケチも一緒に走ってる件・・・(棒
655:名無し自衛官
あの二人婚約したの知らないの?
656:名無し自衛官
は?
657:名無し自衛官
情報班に調査命じる!
658:名無し自衛官
モレは認めんぞー!
659:名無し自衛官
待て、その情報がフェイクの可能性が・・・
660:名無し自衛官
私WACなんだけど、WAC隊舎じゃ有名な話だよ?
661:名無し自衛官
まじで?
662:名無し自衛官
660がWACだという証拠はどこにもないぞー
663:660
じゃあ、ほい!
https://https://www.XXXX.jp/lady-e-bb/images/huwt69hbbetr.jpg
664:名無し自衛官
お、おぱい・・・
665:名無し自衛官
ま、まて・・・こういうのはネットに転がって・・・いやしかし実に良いものを・・・
666:名無し自衛官
665通報しますた。
667:名無し自衛官
おれ4Sなんだけど、有名だぞ。女神が婚約したの。姉が自慢しまくってたからな・・・
668:名無し自衛官
お、おう・・・
669:名無し自衛官
まてまて、667が4Sという確証は・・・
670:名無し自衛官
私付隊なんだけど、4Sの旦那がやっぱり自慢しまくってたよ
671:名無し自衛官
は?なんで付隊が?
672:名無し自衛官
え?4S姉の旦那、付隊じゃん
673:名無し自衛官
え?4LS?
674:名無し自衛官
なんでよ!司令部付隊に決まってんじゃん!
675:名無し自衛官
ちょっと待て、姉、人妻なのか?
676:名無し自衛官
え゛・・・そこから?
677:名無し自衛官
まじで?
678:名無し自衛官
675を捕獲せよ!潜りだ!
679:名無し自衛官
WSGの同期に聞いてみたんだけど、マジで婚約してんぞ。
ドケチ、演習場宿舎前で電話でプロポーズしたらしい。
680:名無し自衛官
チョットナニイッテルカワカラナイ・・・
681:名無し自衛官
それ聞いたことある。基地通信のバカが演習場宿舎前でこっぱずかしいことやってたらしい
あれドケチだったのか
682:名無し自衛官
も、もれは認めんぞー!
683:名無し自衛官
別にアンタが認めなくても親が認めたら、ねえ・・・
684:名無し自衛官
ロムってたんだけど、ちょっと口挟ませてください。
ドケチさんなら親御さん認めると思いますよ。
なんたって預金額がすごいし、倹約家だし、あのルックスだし
685:660
684さん、それそれ!!
私もドケチさん狙ってたんだけどなあ、どっかのBSバカ娘にそそのかされてファン降りちゃったんだよね。
686:名無し自衛官
660も?私もー!
687:名無し自衛官
私も同じだわ・・・
688:名無し自衛官
ドケチが、あのドケチがこんなに人気だったなんて・・・
689:名無し自衛官
も、もれは認めんぞー!!!
690:名無し自衛官
別に689に認められなくても困らんww
691:名無し自衛官
690に一票!
692:名無し自衛官
てか689、フツーにキモいんだけどww
693:名無し自衛官
も、もれは認めんぞー!
694:名無し自衛官
689と693をスパムで通報しました。
695:名無し自衛官
694、GJ
696:名無し自衛官
も、もれは認めんぞー!!
697:名無し自衛官
696、ウザい
・
・
・
いや、マジで仕事しようか、名無し自衛官共――
☆☆☆ ☆☆☆
翌日、
午前中にシャワーを浴びたり、駐屯地内理容室で整髪したり顔剃りしたりして成りを整えた啓太は、ジャー戦姿で
一応
顔剃りでばっちり整えた啓太。元々のルックスも相まってかいつものルックスにさらに磨きがかかっていて、啓太の前を通る
そしてここでも例の掲示板が盛り上がっていたりもした。いつもの男共ではなく、今回は黄色い声が聞こえてきそうな書き込みだらけであった。ここでも情報班が写真を照合してそれが啓太であることを突き止めると、「え?あのドケチ?」といった驚きの書き込みも多数見られ、さらにそこにいつもの男共が混ざって
そんなことが起こっているとかまったく知らない、というか興味がない啓太は、今日挨拶する恵里菜の父親への挨拶をぶつぶつと繰り返しているのだった。
と、背中から誰かが抱き着いてきた。
「えへへー。待ってたよー啓太!」
その声に驚いた啓太は首をひねって背後を見ると、満面な笑みの恵里菜がそこにいた。
「どこから来てんの?」
「ん?ずっと待ってたの。いつ気付くかなーって」
「全然気づかんかったけど……」
「やった、大成功!じゃあご飯行こ!お腹すいちゃった」
「じゃあ行くか」
「うん」
そういって二人が向かうのは、当然隊員食堂である。
そしてここでもラブラブ光線乱射状態の二人。当てられた隊員達はいろいろ大変そうである。
しかしまあ、よく駐屯地ないでこんなにべたべたできるものだと思われるだろうが、この二人にとって駐屯地というのは一番のデートコースなのだ。外周を走れば話しながら走れるし、いい散歩コース的なところもあるし、体育館だって二階に上がればちょっとしたジム器具もあるし、外にはサーキットトレーニング場もある。健康的に体を鍛えながらデートをすることができる。これ以上に適したデートコースがあるだろうか――いや、まあ外の方がいっぱいあるんだけれども、この2人だからなあ……。
今日のメニューはサバみそだ。もちろんサバを卸すところから――ってのはさすがにないが、につけるところから全部やっているのが自衛隊の糧食班なのである。作るのはもう、そりゃあ大変なんてもんじゃない。
「和食でよかったね」
「確かに、カレーとかだとスパイスのにおいとかなかなか取れないもんね」
「そうそう!」
二人ともご機嫌である。
配膳を取って、テーブルについて、二人とも「いただきます」をしてから食べる。
味は、美味い。
量もたらふくある。
大食い人種にとっては自衛隊は天国かもしれない。訓練はキツいというレベルではないほどにキツいが――。
「ねえ、出る時間なんだけど。今日天気もいいし、新幹線も出てるし。30分遅らせない?」
「うーむ……」
恵里菜の提案に少し考える啓太。
「それにお土産もあるし、着替えるのにちょっと時間かかりそうで」
「うーむ、そういう事なら仕方ないか」
「うん、ありがと。――あ、啓太、お弁当ついてるよ?」
「え、マジ?」
「うん、ちょっと顔寄せて」
と啓太が顔を寄せたところで、啓太の唇についていたご飯粒を手で取ってそのまま自分の口に運んだ。
それを見ていた近場の隊員達は、
――そういうのは二人きりの時にやってよー
――うわあ、やるう
――ドケチ、許すまじ
――おれ、彼女できたらアレやった貰おう
――やってくれない方に一票
――むしろ彼女できない方に一票
そんな会話があった――
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