第28話 嫩との特別な日々
『はーい、みんなおはよう! 今日は早速だけど転校生を紹介するねー』
先生のその言葉を合図に、傍らに控えていた女の子が登壇し、教室内を一瞥してにっこりと微笑む。
『私、花木咲夜っていいます! よろしくおねがいしますっ!』
『席は……渡島さんの隣が空いてるかな』
流水のようにさらさらと長い茶髪をなびかせ、彼女は隣の席へと着く。
『改めて、花木咲夜です。よろしくね!』
「あああ! あの人っ! 私の嫩先輩に色目使ってるよね!?」
「落ち着いてお姉ちゃん。これそういう展開なだけ……っていうか一言多くない?」
私たちはVRが体験できる施設に来ていた。
……のだが、嫩先輩が体験しているVR世界は王道なラブコメで、架空の女の子をついついなんだこの女という目で見てしまう。
「あっ、いい名前だねって言ってる! そんなの私もいっつも思ってるし!」
「だからそういう設定なんじゃ」
「ぎゃあああああ! 嫩先輩もありがとうって返してる! これからよろしくって言っ」
「あーもう! わかったから! お店の人が微妙な顔してるんだけど!?」
私はいつもより強気というか、積極的に言葉に表していた。
嫩先輩が私の恋人だと主張するように。
なんでなのかは自分でもわからない。
この前色々あった時せいだろうか。もしくは、単に嫩先輩に声が聴こえていないからだろうか。
静かになった私の横で、莉央がなにやら熱心にメモを取っている。
チラッと覗いてみると、『VRで仲を深める二人と揉める二人』というタイトルみたいなものが上に書かれていて、その下にはおびただしい量の文章があってとても読めなかった。
本当になんでも創作の参考にするんだなぁと、呆れを通り越して尊敬する。
そんな莉央を無視して、また画面に視線を戻す。
そこでは嫩先輩と咲夜がたまたま家が同じ方向ということで一緒に下校している最中、豪雨に見舞われたところだった。
『ひゃー! いきなり降ってきたね……あはは、二人ともびしょびしょだー』
店の軒下でスカートを絞る咲夜の頬に、しっとりとした髪が貼り付いている。
そこから滴る水滴がつーっと肌を撫で、その軌跡のキラキラとした輝きまでもが丁寧に描画されていた。
「綺麗……」
思わず見とれてしまった。しかもライバルに。
いや、ライバルといっても架空の人物だからそこまで敵視する必要もないんだけど。
嫩先輩がその子のことを気にしていたらどうしようという不安がある。
「は、早く終わって……」
「いやいや、まだ終わらないでほしい。もっと私に創作のインスピレーションを……っ!」
「……それあんたの願望でしょ」
「いや、お姉ちゃんのも願望でしょ」
お互いがお互いに冷たい視線を向けていると、そのうちにどうやら終わったようだ。
「ふふっ、このVRっていうのも楽しいわね」
嫩先輩は本当に楽しそうに笑っている。
できればもう一回やりたいみたいな顔をしているように見える。
私の幻覚だといいんだけど。
「でも、あの子全然沙織ちゃんに似てないわね。それはちょっと残念だったわ」
「ほほう。やっぱり嫩さんはお姉ちゃん一筋ですかー。いいですねー」
「当然よ。私の特別な人なんだから」
そう言ってくれるのは嬉しいし不安も取れるけど、なんだか恥ずかしさでむずがゆい。
さっきの自分の取り乱しようよりも恥ずかしい。
「うぅぅ……もうやめてください……」
「え、沙織ちゃんどうしたの?」
「あー、多分放っておいても大丈夫ですよ」
「え?」
ワイワイガヤガヤと、嫩先輩がいることによってにぎやかさが増す。
やっぱりこの日常が、私にとってかけがえのないものだ。
嫩先輩と特別な関係を築きつつ、莉央やシロや夕陽先輩ともこういう日常をずっと送っていきたいと改めて思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます