第26話 シロが繋ぐキズナ

「サキくーん!」

「おぉ、ユキか。どうした?」


 私とサキくんは今、学校の屋上に来ている。

 少し涼しくて、あたたかい風が駆け抜けている。

 心地よい風が頬をなでる中、私は顔を上気させながらサキくんに駆け寄る。


「あのね……! お弁当作ってきたの! よかったら……」

「えっ!? あー……悪いんだけど、母親に作ってもらった弁当持ってきてて……」


 サキくんが申し訳なさそうに自分のお弁当を見せる。

 だけど私は、


「えっ!? 私と一緒にお弁当食べたくないの……?」

「……は?」


 ショックだった。

 ショックすぎてお弁当を落としそうになるも、なんとか耐える。

 声が震えて、なにかが込み上げてくる。


「私……サキくんと一緒にお弁当食べようと思ってたのに……!」

「え? は? ちょっと待って! そっちは――」

「……へ?」


 屋上には柵がある。

 だが、私があやまって踏み入ったところは、柵が壊れている。

 ようするに……


「ひぇっ……! し、死ぬぅぅぅ!?」


 あ……私、死ぬんだ……

 そう思って、私は目を瞑った。


「おいっ! なにしてんだよ!」

「ふぇ……?」


 ……どうやら助かったらしい。

 サキくんが、私の身体を支えてくれている。

 私の目には、冷や汗をかいているサキくんが映っている。

 そんなサキくんが、険しい表情で私を見下ろす。


「なにやってんだよ! 死にたいのか!?」


 かつてないほど真剣な眼差しでさけぶ。

 私は死にかけていたことを忘れ、かっこいいなと惚れ直した。


「おい……聞いてんのか? まさか、魂が抜けたのか?」

「ぴゃっ……! 頬をぺちぺちしないでよ……!」

「あはは。ごめんごめん」


 私は一部分だけ柵が壊れているという不自然さに気づくことができず、サキくんとじゃれあった。

 そして不意に、サキくんが重々しく口を開く。


「そういや……さっきの弁当の話だけど……」

「ん? 私と食べたくないって話?」

「いや、そうじゃなくて……俺、勘違いしてたんだ」

「勘違い?」


 私がそう聞くと、サキくんは深く頷く。


「その、作ってきたって言ってたから……てっきり俺にくれるんだとばかり……」

「え……あ、そっちの方がよかった?」

「別にそういう話じゃねぇよ!?」


 サキくんは勘違いしていたことが恥ずかしいのか、私と目を合わせないようにして喋る。

 私はそんなサキくんがなにを言いたいのか、全然わからない。

 サキくんはやがて腹を決めたのか、大きな声でさけぶ。


「だから、その……お前と一緒に弁当食うの、嫌じゃねぇから!」


 ☆ ☆ ☆


 私はなぜか公園まで走っていた。

 嫩先輩と顔を合わせにくくて、つい逃げてしまったんだ。


「はぁ……だめだな、私……」


 自己嫌悪と後悔と体力のなさにどうにかなりそうだった。

 冬なのに、少し走っただけで汗と息切れが止まらない。

 馬に乗っていても、体力はつかないみたいだ。

 まあ、乗馬はスポーツといっても馬に乗ってるだけだしね。


「ん、あれは……?」


 見覚えのある顔の二人がベンチで仲良くなにかを話している。

 邪魔しちゃ悪いかなと思いつつ、なにを話しているのか知りたいという思いが抑えられなかった。

 静かにそーっと近づいていく。


「それで、今の名前は愛白って言うの。愛に白って書いてましろ。どう? 素敵な名前でしょ?」

「愛が真っ白になるって意味ですね」

「あなた……意外とドSなのね」


 髪の毛が真っ白な子が名前を言ったら、うちの妹がクスクスと笑った。

 真っ白な子って、たぶん私がさっき会ったシロだよね。


 今でも“しろ”がつくんだ。

 なんだかすごく安心した。

 まあ、前の正式な名前はハクビジンで、シロっていうのは私が呼んでただけなんだけど。


「あ、あと、この髪はウィッグだから」

「えええええー!?」


 シロが真っ白な髪を持ち上げると、中から真っ黒な髪が見えた。

 そりゃそうだよねと思いつつ、真っ白な髪だったらよかったなという願望があったから思わず大きな声で叫んでしまった。


「あ、お姉ちゃん。ここ来たんだ」

「あら、沙織。さっきぶりね」


 私が声を上げても驚いた様子もなく、二人は冷静にこっちを見る。

 なんで二人はこんなに落ち着いてるの?

 いや、シロの髪色くらいでこんなに驚いている私がおかしいのか。

 色々なことがありすぎて、頭がパンクしそうだ。


「あ、えっと、二人っていつの間に仲良くなったの?」

「べつに、一緒にいれば自然と仲良くなるもんじゃない?」

「そうよ。私たち結構喋ってたものね」

「さすがコミュ力高い人たち……」


 私も二人みたいになりたいけど、とてもなれる気がしない。

 この二人は少し特殊なんだ。

 そう自分に言い聞かせて納得する。


「それじゃ、帰るわね」

「え、もう帰っちゃうの?」

「……私、今の姿は幼女だから。早く帰らないとなのよ」


 寂しげな視線をお互い向ける。

 だけど、あの時のお別れではない。

 だってシロは、今この瞬間生きているのだから。


「また、いつか会いましょう」


 ――またいつか会えると、信じられるんだ。

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